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四話  舞台の外で起きたこと



 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の乱入で慌しくはなっていたが、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の発案した計画は継続中だ。
「本当だ! 前回のテロの黒幕だよ!」
 犯人の振りをして騒いでいるのは涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)だ。これまた劇団員から借りたウィッグやメイクで、一見しても誰だかわからない見た目にはなっているが。
「大人しくしなさい!」
 彼を捕縛しているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)も迫真の演技だ。近くにいると「いたたそれは痛い」「あらごめんなさい」という小声のやり取りも聞こえるのだが。
「蜃気楼も近くにいるぞ! お前ら、全員殺されちまえ!」
 涼介がわざと大声で叫ぶ。
 覗き見ていたVIP席にいた男はしばらく様子を見ていたが、すぐに引き返した。酒杜 陽一(さかもり・よういち)があとを追う。
「はいはーい、もういいって」
 陽一の指示を受け、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)は涼介たちに言った。セレンが手を離すと、涼介はふう、と息を吐く。
「……なんで私が犯人なんだ?」
「ナイス演技だったからいいの。劇団に入ってみたら?」
 くふふ、と笑いながらアリアクルスイドは言った。
 陽一が男に気づかれないようにあとを追うと、男は観客席に戻るようだった。
『彼は芸能プロダクション会社の社長よ』
 通信機から聞こえてきたのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の声だ。
『前の主犯格だったロイ、そして、行方不明のカイザー。彼らと契約していた芸能プロダクションが、前回の事件で多少ダメージを受けたからね。株価も急落、雑誌とか、グッズとかも返品が相次いでね。その隙間に入ってきたのが、その男の芸能プロダクション。男の子のアイドルユニットとかを引っ張り出して、売り上げを急激に伸ばしている会社よ』
 セレアナがそんな情報を口にした。
「それが、前回の事件と関わってるってことか……ちょっと待って、」
 陽一は、男が立ち止まって急に進路を変えたのに気づいた。早足でどこかへ向かうと、物影から現れた男と話しているようだ。


「馬鹿を言うな! ちゃんと約束の額は払ったはずだ!」


 大声が陽一の元まで聞こえてきた。「ビンゴみたいだ」と陽一は口にし、男たちとの距離を詰めた。


「今回だけだと言ったはずだぞ! これ以上、悪事に手を貸すつもりはない!」
「ざっけんなよ、一度協力した時点で、もうあんたらは協力者なんだ。協力しねえと、次に爆発させるのが、あんたらの事務所ってことになるだけだ」


 聞こえてきた声はそんな形だ。イヤホンマイクを向けてなんとか会話を録音しようと陽一は試みるが、
「ん?」
「なに?」
 二人のそんな声が聞こえ、陽一は嫌な予感がした。


「お行きなさい、わが子たち」


 とっさに陽一は物影から飛び出す。おびただしい数の【毒虫の群れ】が、先ほどまで陽一の立っていた場所に飛んでいった。
「っ、【ソード・オブ・リコ】!」
 方向を変えて飛んでくる【毒虫の群れ】を、陽一は両手剣を使って払う。光の力が秘められた剣の一振りで虫を追い払い顔を上げると、目の前には蜂の姿をした人物――女王・蜂(くいーん・びー)が立ち塞がっている。
「くっ!」
「ちっ」
 男と、VIP席の男は別々の方向へと走り出した。
「男たちが逃げた、追ってくれ……おっと!」
 女王・蜂の飛ばした【毒針】を弾く。さらに接近してきて振るわれる槍を、陽一は体を逸らせて避けた。
 体を戻す動きでそのまま剣を振るうが、すでに女王・蜂は距離を取っている。その距離から放たれる【毒針】を、今度は横へと転がって避けた。
「陽一さん!」
 そこに、涼介、アリアクルスイドが現れる。女王・蜂は『リターニングダガー』と【毒針】を二人に放った。涼介はアリアを抱えて壁に隠れ、それをやり過ごす。陽一が立ち上がり、涼介が壁から身を出すと、すでに女王・蜂はそこにいなかった。
「逃げたか……」
 見事な【戦略的撤退】だ。一瞬の隙を突いて、気配すら感じさせず、完璧に逃げ切った。
「男たちの追跡は?」
 陽一が聞く。
「VIP席にいたほうは追ってるよ。もう片方は、捜してる最中」
 アリアクルスイドはそのように答えた。
「そうか……俺たちも探そう」
 陽一の言葉に二人は頷いた。



「ちょっと、待ってくれないか」
 飛び出てきた芸能プロダクション社長の前に、ロゼが立ち塞がる。
「さっきの会話は聞いていたよ。もしよかったら、話を聞かせてもらえないかな」
 男は警戒しているのか、数歩後ろへと下がりながら、
「ふ、ふん。私を逮捕するつもりだろうが、そうはいかんぞ。なにせ、なんの証拠もないんだ。不当逮捕したお前らのほうが、社会的な制裁を受けることになるぞ」
 いかにも悪役の台詞を吐く。ロゼは軽く息を吐いて、
「そうじゃないよ。私たちは前の飛行艇レース場での事件、それと、今回のテロ予告の詳細を知りたいんだ」
「ふざけるな、私は知らん、なにも知らんぞ!」
 話すつもりはないらしい。関わりがあると言うことを言っているようなものなんだけど……と、ロゼは再び息を吐いた。
「じゃあ、これは?」
「なに?」
 ロゼは【エリクシル原石】を社長に見せつけた。
「なんだ、それは」
「これは『賢者の石』の原料だよ。これがないと、『賢者の石』は作れない」
 ロゼはそのように言う。
「はは、『賢者の石』か。あの女が欲しがっていたな……」
「女?」
 ロゼがそのキーワードに反応した。
「悪いが私は、もう関わるのはやめたんだ。話すようなことなんて、なにもない!」
「あ……」
 社長はそのまま走り去った。
「ロゼ、無事?」
 客席から飛び出してきたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が、ロゼの横を抜けた。
「大丈夫なの!?」
「あ、ああ。問題ないよ」
 振り返って聞いてきたリネンの言葉に、ロゼは答える。ロゼが無事なのを確認すると、リネンは社長を追った。
「女……アーシャル・ハンターズのことかな。『賢者の石』を欲しがっているのは、彼女なのか?」
 ロゼはその場で小さく呟いた。

「待ちなさい!」
 VIP席のほうにいた芸能プロダクション社長は、正面の入り口に向かっていた。警備員を押し飛ばし、入場しようとしている観客たちを押しのけて、外へと出ようとする。
「っ、ミュート、足止め!」
 リネンはマイクに向かって叫んだ。社長が会場の外へと出た、そのとき、彼の足元に銃弾が飛んできた。
「逃がしませんよぉ?」
 ミュートは言う。
 まあ、変な奴だが、狙撃の腕は完璧だ。フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は横目でミュートを眺めてそう思う。
「そのまま狙ってて。殺さないように」
「さあ、もう逃げられないわよ!」
 リネンが叫ぶ。
 男は焦ったような表情を浮かべたが、一転、小さく笑みを浮かべて、手にしていた携帯端末を胸元に掲げた。リネンは身構える。
「見ろ。この女がどうなってもいいのか!」
 そして、男が見せてきた端末にはなにかが映っていた。
「玲央那!?」
 リネンはその映像を見て驚く。
「どうして……」
 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が、椅子に縛り付けられて座っていた。その横には、サバイバルナイフのようなものを手にした男が二人、立っている。
「警備がいることくらい把握済みだよ。この女、前はレースクイーンだったな。彼女の制服も、レースクイーンみたく切り刻んでやろうか!」
 男は叫ぶ。
『こっちからは背中しか見えません。撃ちますかぁ?』
 ミュートはそのように言うが、
「ダメよ、手出ししないで!」
 リネンが無線機にそう言う。向かいのビルにいるミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)が軽く手を上げた。
 ――フェイミィの視界の隅で、なにかが光った。ビルの上だ。なにかと思って目を凝らし、それが人影だというのを確認すると、フェイミィはなにも考えずに飛び出していた。
「ミュート!」
「はい?」
 フェイミィはミュートに向かって飛んできた銃弾を【天馬のバルディッシュ】で弾く。カキン、という甲高い音が、その場に響いた。
「フェイミィさん……」
「いいから狙ってろ! こっちはオレが抑える!」
 フェイミィはそう言い、両手で武器を構えビルの上を見る。ビルの上にいたメイド服姿の人影は、いつのまにやらいなくなっていた。
「いまの狙撃……もしかしたら、イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)ですかねぇ」
 ミュートは構えたまま口にする。
「おそらくそうだな。くそ、見えなくなった」
 フェイミィは息を吐いて言う。
 イブは【カモフラージュ】で隠れて移動していた。近くなら気づくかもしれないが、距離が離れるとさすがに視界に捕らえるのは難しい。 
 そんなやり取りの最中、男は狙撃を警戒してか、リネンたちの横を通り、逆に会場内へと入ってゆく。
「今のは?」
 リネンは通信機越しに叫んだ。
「おそらくイブ・シンフォニールだ。ミュートを狙っていやがった!」
 フェイミィは叫んだ。
「こっちには女王・蜂が現れたから、きっとそうね。どこへ行ったかわかる?」
「そこまではわかんねえ」
 フェイミィは視線をめぐらせながらも答える。
「お客さんが騒ぎ出しましたよぉ?」
 ミュートは入り口付近の様子を見て口にする。
「……そうね。フェイミィ、ここはお願い。並んでいる人たちを静めて。私は彼を追うわ」
「わかった!」
 リネンの言葉に、フェイミィは騒いでいる人たちを静めに向かった。
「フェイミィさん」
「あん?」
 ビルから飛び降りようとしたフェイミィを、ミュートが制する。
「ありがとうございます」
 ミュートはそう、素直に例を言った。
「はん、一応、仲間だから、助けてやっただけなんだからな」
 フェイミィは言い、
「オレが離れている間、自分の身は自分で守れよ」
 そう言って、ビルから入り口付近へと飛ぶ。
「はぁい」
 ミュートはちょっとだけ嬉しそうに笑みを浮かべて答えた。
 そして、周囲にほかに不届き者がいないか、見回す。
 助けられたから、今度は助けないと、ですねぇ。そう、ミュートは小さく口にした。
 


 モニタールームには武神 雅(たけがみ・みやび)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)と警備員が数人いた。
 怪人 デスストーカー(かいじん・ですすとーかー)たちがなだれ込んできたときは抵抗したのだが、警備員たちが人質になり、抵抗できなかった。今では捕まっている。
「ハデス師匠の指示通り、死者は出してはならない! 武装は、暴徒鎮圧用のゴムスタン弾を用いるように!」
 それから、近くにあるほかの部屋からも、次々と警備員が連れられてくる。
「落ち着け灯。心配は要らないからな」
「……はい」
 雅と灯はそう言って頷き合った。
「二人とも、あれを」
 フィリシアの指示で、監視カメラの一部を目にする。そこには、この部屋に向かっている人物の姿があった。ここにいる戦闘員やデスストーカーは、搬入口で行われているハデスたちの戦闘を見ていて気づいていない。
「知っているか、物語にはルールがあるのだよ」
 雅は口を開いた。デスストーカー、戦闘員たちがこちらを向く。
「ええ。基本的なルールと言うものは、やはり存在しますね」
 フィリシアが同意する。
「ルール?」
 デスストーカーが聞きなおすと、
「悪が物語において勝つことなんてありえません。必ず、正義は勝つんです」
 灯が強い口調で答えた。
「フハハハハ! 物語の中でしか存在し得ないルールなんて、そんなの僕たちには関係ない! 必ずや、我らオリュンポスは勝利する!」
「フィーッ!」
 デスストーカーたちは叫ぶ。
「それとな……もうひとつ、ルールがある」
 雅はにやりと笑った。そして灯、フィリシアと顔を見合わせる。


「正義のヒーローは、」「必ず遅れて」「やってくる!」


 ドガン、と音が鳴り響き、モニタールームの扉が開かれた。たちまち流れ込んでくる数人の人影。戦闘員たちは押しのけられ突き飛ばされ、あっという間に戦闘不能になった。


「待たせたな」とジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)


「怪我はないでありますね」と葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)


「正義のヒーロー、ケンリュウガー、ただいま参上!」


 そして、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)
 三人のヒーローが、モニタールームの警備員たちの縄を、次々と解いてゆく。
「遅いですわ」
「悪かった」
 そして、フィリシアたちの縄も。フィリシアの嬉しそうな言葉に、ジェイコブも笑みを浮かべて答えた。
「今回は実に正義のヒーローらしかったな。愚弟」
「褒めているのか、それ」
 牙竜も雅を、
「もう大丈夫であります」
「ありがとうございます、吹雪さん」
 吹雪も灯を解放した。
「く、このままでは終われん!」
 が、動く影がひとつあった。デスストーカーが立ち上がり、モニタールームから飛び出した。
「待て!」
 牙竜が追うが、
「フィーッ!」
 まだ動ける戦闘員が、入り口前に立つ。戦闘員ともみ合った末、排除してから通路に出ると、すでにデスストーカーの姿はない。
「搬入口のほうへ向かったぞ」
 ジェイコブが映像を確認して口にした。
「ハデスと合流する気でありますね」
 吹雪も立ち上がって言った。
「私が指示しよう。愚弟たちは追え」
 雅がイヤホンマイクを付け直し、そう口にする。
「ありがとな、みやねぇ!」
「助けてくれた礼だ。あとでたっぷりと抱きしめさせてやる」
 牙竜は走りながら「遠慮する!」と叫んだ。
「やはり愚弟は胸の小さくないとダメなのか。複雑だ」
 雅は息を吐いて言う。
「たまたま好きになって人がそうだっただけじゃないですか?」
 フィリシアもその場に残っていた。イヤホンマイクを装着し、モニターと向き合う。
「かもしれないな。恋仲になったのが巨乳の子なら、おっぱい萌えー、とか言っていたかもしれない」
 「誰が言うか! 聞こえてるぞ!」と牙竜の声が響く。そんなやり取りにフィリシアは小さく笑って、マイクに指を添えた。