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リアクション
【序章】拒絶
薄暗い研究室の中にあって、絶えず数列の処理を続けているコンピュータ類のみが人工的な光を発していた。
地を這う幾本ものケーブルは繭型のカプセルに接続されている。人間一人大のそれは、石棺のように安置されたまま薄く機器の光に照らされて、見る者にひどく物体的な重苦しさを感じさせた。
ソーン・レナンディは気遣うようにそっとカプセルに触れながら、その頭部を覗き込んだ。一部分だけ透明な素材で出来た「窓」からは、その中に横たわった女性の顔を見ることが出来る。眉にかかった彼女の銀髪は、ソーンのそれと同じようにブルーライトに照らされてぼんやりと光っていた。
「……怒っていますか?」
彼女に意識があったなら、恐らくはこっぴどく叱られることだろう。その確信はあったが、ソーンには今更引き返す選択肢などあるはずもなかった。
デスクの上に置かれた小さな筐体。その中に納められた緑色の機晶石に関しては、既にある程度の解析を終えている。
その筐体から伸びた接続端子を手に取ると、ソーンはそれをテスト用ロボットの背に突き刺した。鋼鉄で出来た人形は、むき出しの骨組みのまま沈黙を守っている。その背面から伸びる別のケーブルがデスク上のコンピュータと接続されていることを確認してから、ソーンはロボットのスイッチを入れた。
暗い眼窩に機晶石と同じ色の光が灯る。
それを横目で見ながら手繰り寄せたパソコンのキーボードを、ソーンは素早く正確に叩いていく。指の動きに合わせて情報がロボットに流れ込んでいることを、想定通りに目の前のモニターは示していた。「彼女」の行動や思考のパターン、幼い頃から共に過ごしてきた記憶――その全てを、ケーブルに乗せて流し込んでいく。
ふと、ロボットの目の光が強くなる。
モニターにERRORの文字が吐き出されたのは、それと同時だった。流入する情報に抗うように、否、すでに存在する自我という名のデータが上書きされるのを嫌うように、周辺機器からの信号が全て遮断される。
ロボットは命令もなしに動き出そうとして、ガタガタと音を立てた。むき出しの関節から草花が湧き出たかと思うと、見る見るうちに枯れては鋼を錆びつかせていく。
あっという間に赤錆でぼろぼろになった足は機能するはずもなく、ロボットはそのまま崩れ落ちるように倒れた。一瞬だけソーンを捉えたその瞳は、底知れぬ恨みを抱いているかのようだった。
「……やはり、まだ自我が残っているのですか」
嘆息しながら、ソーンはロボットのケーブルを全て引き抜いた。そして、残されたガラクタを持ち上げると部屋の隅へ引きずって行く。同じような機械人形が幾体も捨て置かれている傍にそれを放ってから、鼻の上で少しずれていた眼鏡の位置を直す。
血液に似た、鉄錆の臭いがした。
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