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森の精霊と抜けない棘

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森の精霊と抜けない棘

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【1章】信念さえ曲げる


「それ以上近付くなであります」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は屋根の上から狙撃姿勢を取りつつ、『灰色の棘』の連中にそう言い放った。
「まず何があってここに着たのかを白状するであります」
 吹雪は眉間に皺を寄せて男たちに狙いを定めている。
 思わぬ事態に作業を中断されでもしたのだろうか、彼女は不機嫌そうに「こっちは村の中に秘密の地下室を作るのに忙しいのであります」と呟いた。
「そうよ!」
 そう声を上げて、男たちの前に駆け付けたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)。『灰色の棘』の進路を阻むように集落の入口に立ち、堂々とした態度で相手の方を見据えている。
「『助けてくれ』って? それが随分と虫が良い話だってのは分かってるよね? それでもなお助けてほしい事情があるってことかな」
「ああ……」
リーダー格らしい先頭の男は、ルカルカの言葉に重々しく頷きを返した。
「まず武器を地面に下ろして離れて頂戴。 言っとくけど、この対話が罠や陽動だったら明日の太陽は拝めないよ」
 にっこり笑ったその表情とは裏腹に、有無を言わさぬ口調でルカルカはそう言う。
 男は自らの武装を解くと、後ろに控えている4人にも同様にするよう促した。その間、吹雪は自らのライフルを決して離そうとはしなかったし、迎撃体制のまま樹の裏に隠れていたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)も警戒を解くことはなかった。
 イブは男たちの一挙手一投足を観察しながら、いつでも狙撃できるよう【エイミング】で狙いを定めている。連中が怪しい動きをした時には、即座に警告弾を打ち込むつもりだった。
「……これでいいか? 信じちゃくれねぇだろうけど、今日はあんた等に危害を加える気はねぇ。それよりも……!」
 両手を挙げて無抵抗の意思を示しながら、リーダーの男は訴える。それを諌めるように、落ち着いた様子で御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー・御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が制した。舞花は自身のスキルを用いて男たちの敵意や隠し持った武器の有無を探っていたが、今のところ特段の危険は感じられない。
「切羽詰っていらっしゃるのは雰囲気でわかるのですが、先ずは、そちらの状況を余さずに説明してください」
「……分った」
 舞花の言葉に、男は覚悟を決めた表情で頷いた。


 防護柵の内側では、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が妖精たちに避難を呼びかけていた。その対象は護衛術の教え子だけではない。彼らの友人たちも含めて護ってこその先生なのだ。『灰色の棘』は何か弱り切った様子であったが、以前リト・マーニ(りと・まーに)をさらおうとした前科がある。妖精たちには念のため、建物の中に留まって外出しないよう言って聞かせた。
 一方、刹那のパートナー・アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)は、自身が店長を務める洋服店『フェアリームーン』を避難所として開放して、頼ってきた妖精たちを温かく迎え入れていた。
「大丈夫。せっちゃん達が必ず護ってくれるから」
 不安がる妖精たちにそう声をかけながら、アルミナは落ち着く香りのするお茶を振舞う。傍らの機晶ドッグ・きぃちゃんは、その可愛らしさで妖精たちの心を慰めているようだ。店の屋根に配置したレッサーブレードドラゴンのれっちゃんには集落全体を見回し、異変があった場合には鳴いて呼ぶよう言ってあるが、今のところ差し迫った危険はないようで少し安心する。
「せっちゃんとイブなら……心配いらないよね?」
 窓の外に視線をやりながら、アルミナは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
 その視線の先に、刹那の姿は映っていない。なぜなら避難誘導を終えた彼女は既に得意の忍術によって気配を消し、誰の目にも留まらぬよう『灰色の棘』に近づいていたからだ。
 刹那はイブが隠れているのとは別の低木に身を潜めて、ならず者連中と契約者たちの会話に耳を澄ませる。
「……単刀直入に言う。お頭は、実験と称して人を殺す気だ。俺たちはそれを止めたい。で、あんたらの力を借りたい」
 悪党らしからぬ物言いに、その場に居た契約者たちは違和感を覚えた。
 ひょっとしたら頭であるソーンの真意を知らされないまま男たちは派遣されたのではないか、と舞花は危ぶんでいたが、これではソーンの意思とは関係なく彼らが自主的に助けを求めてきたかのようではないか。これは【エセンシャルリーディング】の本領を発揮すべき時であるようだ。
「俺たちはお頭に人さらいを命じられた。ターゲットはとある金持ちの商人とその周辺の人間、数人だ。おさげの嬢ちゃんや『煌めきの災禍』をさらうのと比べたら、その仕事自体は簡単だったさ。でもお頭は……今思えば、あの時からおかしかったんだよな」
 その後の男の言葉を要約すると、ソーンは現在手下にさらわせた人間を使って人体実験を試みているらしい。だが、その様子が尋常ではないと言う。被験者たる人質を見る目はいつもの冷静沈着さを欠いており、かと言って実験に対する熱心さや好奇心が彼を駆り立てているとも言い難い。そこにあるのは明らかな侮蔑と憎しみの色であった、と男は言う。
「お頭はそいつらを人間と思っていないみたいだった……『殺そうとしている』かどうかは分らない。でも、『死んでもいい』と思っていたのは確かだ。……初めは、お頭がそいつの金か何かを利用するために俺たちにさらわせたのかと思っていた。だがそれは違った。あの人は金なんかに興味は持たず、ただひたすらモルモットに接しているかのように生体実験を繰り返して……」
「ちょっと待って、いくつか聞きたいことがあるの。まず、お頭さんはその時何のために実験していたの?」
 舞花と同様のスキルを働かせながら、ルカルカはそう尋ねる。
「……生憎俺たちは馬鹿なもんで、よく解らねぇ。だが、最初お頭は機晶石――ほら、例の緑のやつを、人間の脳とリンクさせようとしていた……らしい。実験された人質は狂っちまって、上手くいかなかったみたいだがな」
 男はそう言ってかぶりを振った。
「つまり、緑の機晶石は今もソーンが持っているのね。その時、他に一緒にいた人はいるかしら」
「いや、いないはずだ。居場所がバレないように、極力他人を遠ざけていたからな。俺たちも……もう用無しだと追い出されたよ」
 男の答えを聞いて、ルカルカは一度長めに息を吐いてから、ある意味本題とも言える問いを口にする。
「それで、どうして私達に助けを求めに来たの? そもそも 貴方達、『灰色の棘』の思想って本当に正しいと思う? 今回は 自分達で考えて私達に助けを求めにきたのよね。 それと同じに棘の活動についても考えてみてほしいわ。 ――それと、助ける対価に緑の機晶石を頂くわ。 それが条件よ。お頭しか決められないのは分かってるけど、命には代えられないよね?」
 そう一気に言い切って、ルカルカは男の目を見据えた。男は一度その瞳を避けて視線を地面に落としたが、やがてゆっくりと顔を上げて言った。
「命、というのなら、俺たちは一度そいつを捨てている」
 舞花、そしてその肩越しにエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の姿を確認して、「前に話したかも知れないが」と男は続けた。
「俺たちは疫病で野垂れ死にそうだったところを、お頭に助けられたんだ――後で分ったことだが、あの病は古代のウイルスだか細菌だかが引き起こすものらしい」
 事の顛末を要約すると、こういうことらしい――当時からゴロツキをやっていた男たちは、たまたまある小島に上陸した。その島には普通に人が住んでいたのにも関わらず、数年前に突然住民に捨てられてからはゴーストタウンになっているという噂を聞いて、家財道具やら金銭を盗んでやろうと思ったからだ。その時の男たちは、何故島から人が消えたのかという理由までは知らなかった。それが分ったのは、疫病に冒され生死の境を彷徨った後のことだった。
 数年前、地震によってその島にある異変が起きた。崩れた崖の跡に、突如として古代遺跡が出現したのだ。その遺跡は島に古い病をもたらし、住民を死の淵へと追いやった。運よく一命を取り留めた者は、故郷を捨てて近隣の島々へと移住したという。男たちはそれを知らずに上陸したせいで、島に足を踏み入れてすぐその疫病にかかってしまった。
「その時だ。俺たちの他に人の気配すらないゴーストタウンの路上で、あの人に会った。お頭はあまり自分のことを語りたがらなかったが、治療を受けた後で島のことや病気のことを話してくれてな。自分はこの島の出身なのだと言っていた。そのせいなのかは知らないが、お頭は俺たちと違って、島の毒気にあてられても平気らしい。ワクチンを打ってあるから、免疫がついているそうだ」
 ここまで言って、男は少し余計なことを話しすぎたことに気付いたらしい。軌道を修正するように「そういうわけで」と付け加えてから言葉を繋ぐ。
「俺たちはあの時お頭に会ったから、今も生きている。少なくとも俺にとって命なんていうのは大した問題じゃねぇ。ただ……お頭は違う。あの人は命に関する研究をして、命ってものを救えるだけの頭脳を持ってる。あの人は本来『殺しは嫌』な人なんだ。だから、あの人に殺しなんてさせちゃいけねぇ。お頭が自分の流儀さえ裏切るっていうなら、俺たちだって今までの信念を曲げて他人様に頭下げてやろうと思ったんだ」