シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

リアクション公開中!

壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

リアクション


a thing of the past



 『箱』に手を伸ばす。
 箱にしまいこんだ彼は赤子の様にやすらぎの顔で眠っていた。
 そんな彼の髪を、血の気を失い白を通り越して青くなっている指が撫でる。
「すっかり髪の色が白くなってしまいましたね」
 溜息混じりに力無く囁かれた声は細く掠れていて、生気を感じさせない。
「色々と詰め込み過ぎましたか」
 唇も微かに震え、眉間に刻まれた深い皺のせいで、折角浮かべることのできた微笑みも形にすらならない。
 笑うことも出来ず、苦渋の表情へと変わる自分に気づき、手の中の既に一発撃ち終えた『武器』を、その存在を確かめるように握り直す。
 鉄製の感触と共に『古いものを好むんだなと同僚に笑われた事』を思い出し、らしくもなく感傷的になっている自分に幾度目かの自嘲を漏らした。
「それでも、私は幸せでしたよ?」
 名残惜しさにもう一度彼の頭を撫でて、立ち上がった。



「クロフォード博士」
 名前を呼ばれて、振り返る。
 箱に横たわる白い髪の彼を抱く形で同じく横たわっていた少女は不安に揺らめく瞳を、返り血で斑に染まるクロフォードに向けていた。
「やはり起きてしまいましたか。本当に薬が効きませんね。
 ……すみません。貴女まで巻き込んでしまいました」
 謝罪を口にしながら膝を折り手を伸ばすと、色味豊かで黒く見える少女の髪を頭ごと撫でる。
 頭を撫でられて、撫でるという行為が何を意味するのかクロフォードの癖を知っている少女は諦めたように嘆息した。
「いつも博士達は勝手です。ですから私は怒っていません」
「そうですか。それは救われます。封印の作業を開始しますから貴女も眠りなさい」
 悠長にしている時間も無いと立ち上がるクロフォードに少女は慌てて腕を付いて上半身を起こした。
「博士!」
 呼び声にクロフォードは振り返る。
「横になりなさい」
「博士はこれから施設にお戻りになるのです、よね?」
 その手の武器を持って。
 叱責を受けると覚悟した上での、問いかけというよりも、確認するような口調と表情を浮かべる少女。
 クロフォードは上下関係である自分達に言葉を選ぶ余裕も無いのかと悟って、それもそうかと少女を咎めることはしなかった。
「貴女は何でも知っていますね」
 質問への答えの代わりに両肩を竦められて、少女は閉じた唇にきゅっと力を入れて、左右に緩く首を振った。
「……そんなことはありません」
 知っていることしか知らない。自分がどこまで知っているかわかっているから、笑わせようと軽口を口にしたクロフォードに少女は上手く応えることができなかった。いつもの無表情も浮かべ続けることができない。
「わかりません。私は全然わかりません。何も全て無に返すことなんてなかったはずです!」
 少女の訴えに、クロフォードは薄く笑った。
「世に一欠片も残らなかったと知ったらこの子は嘆くでしょうね――否」
 言いかけて、否定した。
「嘆くなんてそんな上等な事もできないでしょうから、それも無理ですか」
 そもそもそんな性格でもないだろうし。きっと怒ることも無い。ただ、呆れるだけだろう。独りごちに昔を思い出してクロフォードは、うん、とひとつ頷く。
「悲しんでくれればいいと思ってしまうのは私のエゴですね」
「博士、私は――」
「貴女は悲しまない。でしょう?」
 優しい口調で遮られて少女は口を噤んだ。
「それと誤解しないでください。無にはできません。在ったことを無かったことにはできない以上、当事者には責任を果たす義務があります。それはわかりますよね?」
「……はい」
「全く、どうして逃がすような真似をするのでしょうか」
 愚痴るクロフォードは薄く笑ったままだ。心当たりがありすぎて、結局はと諦念に両肩を竦める。
「もし……もしあればの話ですが、この子が迷う様なことがあれば『逃した責任は果たしなさい』と私が怒っていたと伝えて下さい」
「博士が怒らないのは誰もが知っています。脅しの手段にするには説得力がありません」
 クロフォードは言付けを頼むが真顔で少女に反論される。
 少女は自分を取り巻く事態に取り乱すことはなく、むしろ現状を受け入れている様で、クロフォードは内心安堵していた。彼とは違って少女は知っているから拒絶される可能性の方が高かった。
「多くを引き換えにさせてしまった。その上、共に滅びることも許されずとなれば、この子は自分の務めに励むでしょう」
 道具であることを許諾した悪魔はきっとずっといつまでも道具として在り続けてくれる。
「私はズルい人間ですね」
 わかっていて、その考えの愚かさを修正しない。悪魔故の自分の欲に忠実なその性質を利用することに躊躇いも無い。
「『系譜』の技術を必要としている人間か、『系図』が起動した場合に封印が解かれるようにしておきました。私が処分できなかった被験者達……消しきれなかった系図に何かあればどんな形にしろ対処はするべきです。
 未来の子等をお願いしますね」
 託すのは何か。
 共に生きるか、共に滅びるか、その選択肢を与えて、クロフォードは会話を打ち切る為に箱の蓋を閉じた。
「――おやすみなさい」
 願うことは一つ。
 ただ、それが叶わなかった場合、
 もし、封印がとかれ目覚める日が来るとするならば、
 どうか、その日が、晴れた日の陽光の様に白く輝く時代でありますように。



 ただ、祈らん。

担当マスターより

▼担当マスター

保坂紫子

▼マスターコメント

 皆様初めまして、またおひさしぶりです。保坂紫子です。
 今回のシナリオはいかがでしたでしょうか。皆様の素敵なアクションに、少しでもお返しできていれば幸いです。
 この終わり方は予想もしてなかった。というのが保坂の正直な感想でした。
 本シナリオを持って無事、壊獣へ至る系譜、これにて終了となります。
 皆様にはシリーズを通して様々な形で助けて頂いて感謝の言葉が足りません。本当にありがとうございました。

 また、推敲を重ねておりますが、誤字脱字等がございましたらどうかご容赦願います。
 では、ご縁がございましたらまた会いましょう。