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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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壊獣へ至る系譜:その先を夢見る者 後編

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■ 立ち塞がる者【4】 ■



 簡単な内容はキリハから聞いている。
「ドッペルゲンガーみたい」
「ねぇ、ジブリール。ドッペルゲンガーって出会うと3日で死ぬって本当かしら!」
 慌てるシェリーにジブリールは落ち着いてと、普段よりも慌てやすくなっているシェリーに、気持ちが昂ぶっているのも無理はないなと思う。気丈に振舞いつつも不安に緊張しているのが、端々から伺えた。
「でも、でも!」
「キリハさんが言ってただろ、セキュリティってやつだよ、な、舞花」
 同意を求められ舞花は頷く。
「はい。そもそもドッペルゲンガーというのは……って、説明する時間が無いですね」
「舞花ぁ」
「シェリーさんはオカルト好きですか? あと、本とか読みます? 帰ったら何冊かお貸ししましょうか? できればミステリー系をお勧めしたいんですが」
「舞花?」
「事件を解決して、皆で帰りましょう。行きたいと私に言ったのはシェリーさんじゃないですか。それとも、その言葉は嘘なのですか?」
「違うわ!」
 聞かれて、シェリーは首を振った。舞花はにこりと笑う。
「自信を持ってください。私は応援していますし、危険がないように努めます」
 頼りにしてくださいと舞花は自分の胸に右手を添えた。
「そうだよ。シェリーが戦えないのはわかっているんだから、連れ帰ることだけにシェリーは集中してればいいんだ」
 それにさ、とジブリールは、己の姿をした排除者に向き直り、
「オレのドッペル……面白いよね」
 囁いた。
「確かにキミはオレかもしれない。でも残念だけどキミはオレにはなれない。
 ……オレはあの時貪欲に求めると言ったよね?
 それはただ大人しく誰から与えて貰う幸せや、誰かの幸せを奪って得る幸せが欲しい訳じゃない。キミには違いが解らないかもね?
 そして今のオレが求めるのはシェリーや系譜全員の自由」
 シェリーが驚きの表情でジブリールを見た。それに気づきながらもジブリールは視線を動かさず自分と相対する。
「そう。キミが欲する幸せと異なる。だからキミに消えて欲しいけど……。
 オレ、不殺の約束があるから殺せないし死ねないんだ。大体痛い目に遭うのもゴメンだし」
 言葉を区切り、ジブリールはシェリーを見た。
「シェリー、ここはフレンディスさん達に任せて先に進むよ?」
「え?」
 シェリーはそこで初めて、自分達に振り返っているフレンディス、ベルクの二人に気づいた。目が合って、力強く頷かれる。
 ジブリールはシェリーの手を取って走りだした。
 追いかけようとしたジブリールの分身の前にフレンディスは素早く回りこむ。
「フレンディス!」
「すぐ追いつきますからご心配なきよう」
 隙は自分達が作り出して、ジブリール達を先に進ませる。勿論、目的を成し遂げたら追いかけ追いつくつもりだからとフレンディスは後ろを振り返ったまま走るシェリーに前を見てくれと答えた。
「それに致しましても排除者に手出しが出来ぬとは厄介ですね」
 手荒な真似もできないとなれば、致し方無いとフレンディスは横手で杖を構えるベルクに瞳だけで目配せする。
「マスター負傷覚悟となりますがご協力致したく……」
 苦手な不殺、手加減を強いられる状況に、それでも家族の為ならばと表情も凛々しく毅然とするフレンディスにベルクは一歩前に出た。
 フレンディスは、目を瞬(しばた)く。
 戦闘の気配を感じていつもの如く自分を顧みず無茶をしようとするフレンディスに、ジブリールは勿論フレンディスにも無茶をさせるわけにはいかないと、彼女の恋人であり、フレンディスと共にジブリールの家族である自分こそがここで体を張るべきだと、言葉無く主張する。
「さて、殺されねぇ程度にやらせて貰おうか」
 開始の声は、いつもの調子で。



 舞花は、五歩の距離を開けて、セキュリティが生み出した自分と対峙していた。
 まっすぐとした目で自分に見つめられて、舞花は唇を引き結ぶ。
 他と違って自分の分身は囁く言葉が少ない。
「あなたは私の鏡像ですか?」
 聞いてみるが、返答は無い。
 無いのも当然だ。
 『それ』は舞花ではないのだから。
 舞花にとって自分以外の者は『舞花』では無い。
 それは当然で、当然過ぎること。
 惑うこと無く、宣言できること。
 自分が他人に成り得ないのと同じく、
 他人は自分には成り得ない。
 同じであるから、同一であるとは限らない。
「『あなた』は『私』ではありません。そこを退いてください」
 与えられたものが全て還元される。
 どうして還元されるのか。
 同一と思わせる仕組みが、この洞窟にセキュリティとして張り巡らされている。
 舞花は舞花である。惑わされはしない。
 昨日の問いかけに舞花が出した答えが、此処に繋がるとしたら、
 『あなた』が『あなた』である事。
 前日の質問に、舞花は今はっきりと此処に示し応えた。
 セキュリティは機能を失い、その場から動けなくなる。



 それを見た紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の第一印象は「あー、俺だなぁ」だった。
 嫌な予感はするし、幸せについて語るのは、素直に怖いというより、気持ち悪かった。
 自分と同じ姿というのがむしろ枷が無く、取り敢えずと一番初めに行ったのは、ぶっ飛ばす事だった。
「って、駄目だコレ」
 走り抜けた左頬の痛みに下された判断は早く、反射的に唯斗は距離を開ける。
 ジブリールに手を引かれ走りだしたシェリーに気づき唯斗も駆ける。分身がついてくるのを認めつつ、シェリーの排除者が居ないことにも気づいた。
「シェリー」
「なぁに? って、きゃぁ」
 ジブリールが掴んでいるのとは反対側の手を掴み、唯斗は加速した。速度が変化してジブリールはシェリーの手を掴むことを止めて、唯斗とシェリーを挟んでできるだけ並走できるような位置に移動する。これだけで移動速度が上がった。
「何故かは知らんがお前には偽物がいねぇしな。ちょうどいいから進むぜー?」
 多少強引ではあるが、押し進む道を唯斗は取った。邪魔をする自分を払えば痛みが還ってくるが構ってはいられない。
 同じ力、同じ技量なら向こうもこっちを振り払えない。
「シェリー、ちょっと押してくんね?」
 なので、お願いする。
「いいの?」
「できれば早くして欲しいなぁ」
 唯斗に集中していた排除者は横手から伸びてきた第三者の手に気付かなかった。
「ほら、これで俺も助けてもらったな! お相子だ!」
 派手に転がって行った姿を見送ること無く唯斗はシェリーに笑ってみせた。
 彼女が痛い思いをしないで済むのなら、自分はどんな痛みでも耐え抜こう。
「このまま一番奥までゴー!」
 唯斗の明るい声に、シェリーやジブリール、舞花がつられて笑う。



 シェリー達が先行くのを見送り、早く自分達もと焦る千返 かつみ(ちがえ・かつみ)達は、
「私たちと同調した排除者?
 深く同調しているなら、絶対私たちには手を出さないだろう?」
 と何が問題なのかと平然としているノーン・ノート(のーん・のーと)に、きょとんとした。
 きょとんとされてノーンが逆に驚く。
「えーだってーかつみ、私たちの事大好きだろう?」
 先に出した答え。
 互いにくすぐったさに笑いあったあの時間。
 思い出して、かつみは声を詰まらせた。
「怪我させたいとか絶対思わないだろー?」
 トドメにニヤリと笑われてしまえば、かつみはちらりと自分の分身を見遣り、横に居るエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)千返 ナオ(ちがえ・なお)の姿を視界に入れて、うーんと唸る。
 四人でいる幸せ。
 それは、四人集まっただけで実現される事。
 とても普通の事で、とても尊い事。
 排除者(彼等)もまた、四人集えば、幸せは再現され、実現され、それ以上の何を望むと言うのだろう。
「なー、ほら、こなーい」
 突然とんでもない事をと思ったが、ノーンの言う通り、排除者達は攻撃してくるような素振りを見せなかった。
「こっちから攻撃してこないから反応しないだけじゃないのか」
「どーだろうねぇ?」
「……」
 かつみに対し、ノーンのニヤニヤは止まらない。
「かつみ……」
「……先生」
 エドゥアルトとナオはこの状況をどうしたものかと二人で眺め、どんな顔をしていいのかわからずただ唸るだけのかつみにお互いに顔を見合わせた。
 そして、三人の視線を受けて、かつみはいよいよある意味窮地に立たされる。
「ああ、もうみんな先に行っていいから!」
 どんな理由であれ排除者が襲ってこない内にこの場を走り抜けるのが賢明か。このまま自分で藪を突きたくないかつみは追い立てるように皆を促す。

 昔は閉ざされた世界の中にいたようなもので、独りでいて幸せとか不幸以前に何も感じなかった。
 そして、パートナー達と出会って、嬉しいことや辛いこと知って、やっと幸せってものに気がついた。
 さらに今少しづつ世界が広がって、縁があって出会える人も増えた。
 自分の世界はそうやって繋がり、広がり、今日へと続いている。
 シェリーが何の憂いもなく学校に通えるようにしてやりたいし、破名やキリハを系譜の子供たちの元へ返してやりたい。
 他人からすれば、ちっぽけな事かもしれないけど、せっかく出会えたのだから、自分が力になれるのなら、かつみは躊躇い無く手を伸ばそうと思う。
 多分閉ざされた平穏な世界じゃ、幸せなんて感じないと、そう思うからだ。

 駆けながら、きゅっとナオはノーンを抱える腕に力を入れた。
「俺は難しいことはわからないけれど、幸せになるのって、こんな大きな仕掛けが必要ですか?」
 トーンを落とした声に、エドゥアルトはナオの横に並ぶ。
「少なくともシェリーさんが幸せになれるのは、破名さんがちゃんと起きて、ただいまって言ってくれればそれだけでいいと思うんです」
「そうだね」
「テレパシーでもいいです。声は伝わるでしょうか」
「ナオがやりたいと思った事を思いっきりやってみよう?」
「……はい」
 試せるものがあるのなら、試そうと思う気持ちが大事だ。
 試して失敗することが成功への近道になるのかもしれないし。
 突破口はどこに転がっているのかわからないものだ。
 その為にはまず辿り着かねばならない。