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夏祭りの魔法

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夏祭りの魔法
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「ヴァッサゴー、話があります」
  ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は大真面目な顔をして、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の前に立った。
 夏祭りの、数日前のことだ。
「何だ」
 エルデネストはつまらなそうな表情で答える。するとロアは、一枚のカードをエルデネストへと差し出した。
 カードには招待状、と書かれている。のの達から届いた、夏祭りの招待状だ。
 彼らのパートナーであるグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)宛に届いたものだが、何をどうしたか、ロアが持っている。
「最近ウォークライは恋の成就のために地味に頑張ってます。ヴァッサゴー、あなたはどうなんです」
 ロアは一歩距離を詰め、エルデネストの顔を覗き込む。最近、この悪魔をおちょくることを覚えたロアである。
「契約があるからとかのたまってますが、契約に頼りすぎじゃないですか? エンドはいい子ですから、約束を破ったりはしないでしょう。ですが、それだけです」
 元々はただの契約関係だったはずのエルデネストとグラキエスだが、一言では語り尽くせない紆余曲折の末、ここのところはくっつきそうでくっついているのかどうなのか、とりあえずエルデネストからの過剰なスキンシップは日常茶飯事、という、見る者を非常にやきもきさせる関係を続けている。
「あなたも少しは自覚して、デートの一つやふたつ誘ってみなさい」
 そう言ってロアは、手にした招待状をエルデネストに押しつけ、答えも聞かずに足早に立ち去った。 
「この私を利用しようとは、良い度胸だ」
 残されたエルデネストは、口の端を歪めて笑う。
 自分を焚き付けてグラキエスとの関係を深めさせ、現在体力の限界を迎えているグラキエスに、少しでも生きる気力を持たせようとか――どうせロアの魂胆はそんなところだろう。と、思いながら、しかしそれに乗ってやるのも悪くないという気がしている。人間――いや、悪魔だが、変われば変わるもの、だ。
 そんな訳で。
「それにしても、あなたからの誘いとは珍しい。まさか、キースの『遊び』に巻き込まれたのか」
 薄々グラキエスに経緯を感づかれながらも、二人は連れだって屋敷へと足を運んでいた。
 体が弱り切っているグラキエスにとって、これからやってくる夏は、余計に体力を奪われる危険な季節だ。本格的に暑くなる前に遊びに出る口実が出来たのは、グラキエスに取っても嬉しいことのようで、祭の会場に着くなり、嬉しそうな表情で夜店を見てまわり、祭の空気を楽しんだ。
 だが、まだ夏本番ではないとはいえ、暑いことは暑いわけで。
「……目眩がする」
 ものの一時間も経たないうちに、グラキエスは体調不良を訴えて足を止めてしまった。
「おや……それはいけない」
 エルデネストはふらふらしているグラキエスの体を抱きかかえると、休憩所となっているダイニングホールの奥まったところ、窓からの直射日光も当たらない小陰まで運んだ。椅子に座らせてやると、ふう、と辛そうな表情で天井を仰ぐ。
「お待ち下さい」
 エルデネストは一礼すると、すっとその場を立ち去った。水でも取ってくるのかと言われた通りに待っていると、暫くして戻って来たエルデネストの両手には、水のコップではなく。
「……かき氷?」
 一つずつ、かき氷の入ったカップが乗っていた。
「こちらの方が、体を冷やすのに良いでしょう」
 どうぞ、とグラキエスに一つを差し出し、自らはその隣に腰を下ろした。
 そして、しゃく、と涼やかな音を立てて、かき氷に添えられたストロー(先端がスプーン状になっている、お決まりのやつだ)で氷の山を突き崩す。
 いかにも御貴族様な端正な顔立ちで、ぴっとした服装をして居るくせ、「氷」と赤い勘亭流で書かれたプラスチックカップを持って、ストローでかき氷を食す悪魔の図。そのアンバランスさに、グラキエスは一瞬、体調不良のことも忘れて見入ってしまう。
 その視線に気付いたエルデネストが、なんですか、といわんばかりの眼差しでグラキエスを見る。
「食べさせて差し上げましょうか?」
 それもまた一興ですが、とエルデネストが含み笑いを浮かべてみせると、グラキエスはいや、と自分の分のかき氷に手を付けた。
 爽やかなレモンの風味とキンと来る冷気が口の中に広がる。
 と、そういえばとグラキエスはエルデネストの手元を見た。エルデネストの手元にあるのは、真っ赤なシロップの掛かったかき氷。どうやら別の味を買ってきたらしい。
「エルデネスト、あなたのと俺のとは、味が違うのか」
「味が気になるのですか?」
 グラキエスの瞳が、俺にも一口、と訴えているのが丸わかりで、エルデネストは楽しそうに口角を上げた。
 仕方がありませんね、とか言いながら満更でも無さそうな様子で、自分のストローで一口ぶんをすくい上げると、グラキエスの口元へ運んでやる。するとグラキエスはぱくり、と無邪気に食いついた。
「なるほど、イチゴ味だ。そちらもなかなか美味い。俺のも食べるか」
 そう言ってグラキエスは、自分の分を一口すくい、エルデネストの眼前へと差し出す。
 レモン味のシロップをたっぷり吸った氷を有り難く手ずから頂いたエルデネストは、何かを思いついたように片眉をぴくりと上げて、ニヤリと笑う。
「頂いてしまったら、こちらもお返ししなくては」
 そう言いながら、イチゴ味のかき氷を一口、自らの口に持っていく。次の一口を貰えるのかと待ち構えているグラキエスに、しかしエルデネストは間髪入れず彼の顎を引き寄せ、有無を言わせず口付けた。
 既にほとんど溶けてしまっているイチゴ味のシロップが、ふたりの唇を濡らす。滴る真っ赤な雫を零さないように、着色料に染まった舌がぺろりと唇を舐めて行った。氷に冷やされた舌のひんやりとした感覚に、グラキエスは思わず肩を竦める。
「っ……冷たいだろう、エルデネスト」
「体を冷やすには、最適かと」
「……あまり効果は無いようだが」
 かき氷で体が冷えた分、先ほどより少し楽になってはいる。しかし、未だに目眩は収まっていない。
「では、別のものもお分けしましょうか」
 エルデネストはそう言うと、かき氷のカップを手近な机の上に置き、グラキエスの顎に手を掛けた。人前であることに多少のためらいを覚えたグラキエスだが、背に腹は替えられない。促されるまま口移しに、吸精幻夜で精気を分けて貰う。
「さて、これ以上は流石にこの場では」
 ちゅ、とわざとらしい音を立てて唇を話したエルデネストが、企み顔で囁く。
 今だ体力は充分回復したとはいえないグラキエスは、その提案に頷くしかない。既に数度利用しているので、勝手知ったる人の家、エルデネストは再びグラキエスを抱き上げると、客間へと消えていった。