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夏祭りの魔法

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「次はかき氷が食べたいかな」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、手元のクレープを食べきるなり、かき氷の屋台を指差した。纏った浴衣の袖が、ふわりと揺れる。
 なんだか甘い物ばかり食べている気がするけれど、折角の祭だから、細かい事は気にしない。
「流石に食べ過ぎですよ、北都……気持ちは解りますが」
 北都の恋人であるクナイ・アヤシ(くない・あやし)が、やんわりと忠告する。が、これ以上食べるな、というつもりもないのだろう、結局、ふたりで一つのかき氷を購入した。
 真っ白な氷の上に広がる鮮やかなブルーが、プラスチックカップの中に広がっている。
 歩きながら、二人で一つのかき氷をつつく。
「青い色が好きなんだよね……クナイの髪と同じ色だから」
 迷わずブルーハワイを選んだ北都が、そういって笑う。
「私にとっては、北都の瞳の色ですが」
 言いながらクナイは、二つ付けて貰ったストロースプーンで氷を一口取る。
 それに倣って、北都もスプーンに一口分の氷を載せる。
 真っ青なシロップをたっぷり吸った、クナイの髪の色をした氷。
――あ、今、クナイを食べてる。
 正確には「クナイの髪と同じ色のかき氷を食べている」なのだが、ダブってしまったイメージはなかなか払拭できない。
 一度そう思ってしまうとどんどん気になってしまう。つい、北都の注意がかき氷から逸れた。
 と。
「わっ……ご、ごめんなさい!」
 どん、と軽い音と共に北都の背中が、通りがかりの人とぶつかった。その拍子にかき氷が飛び散って、北都の襟元から浴衣の中へと入り込んでしまう。
 うひゃぁ、とあまりの冷たさに悲鳴が上がった。
「大丈夫ですか、北都」
「う、うん、怪我とかはないけど、すごく冷たい……」
「シミになるといけませんし、拭かないと。個室をお借りしましょうか」
 個室、という響きに何かを感じないでは無かったが、今は背に腹は替えられない。北都はこくりと頷いて、急ぎ足に客間へと向かった。その間にクナイは、タオルを借りに走る。
 北都は客間へ駆け込むが早いか、ばさ、と帯を外して浴衣を脱ぎ捨てた。
 氷はもうすっかり溶けてしまっていて、北都の肌に真っ青な雫を垂らしている。
 幸い急いで脱いだお陰で浴衣はシミにならなかった様だが、ひたすら冷たいわ、ベタベタして不快だわで、一刻も早く拭き取りたい。
 丁度その時、ドアがノックされた。いいよ、と答えると、細く開いたドアの隙間からクナイが滑り込んでくる(どうやら、浴衣を脱いでしまっているだろう北都に気を遣ってくれたらしい)。
「タオル、貰ってきました……」
 素早くドアを閉めたクナイが、タオル片手に振り向く。丁度良かった、早く貸して、と手を伸ばす北都の胸元を、つぅ、と青い雫が走った。
 と。
「クナイ? タオルちょうだ……」
 訝しむ北都をよそに、クナイは手にしていたタオルを放り出して、北都の腕を掴んだ。そして、有無を言わせずそのままベッドの上に倒れ込む。
「ちょっ……クナイってば」
「私が、拭き取って差し上げますよ」
 咄嗟のことに驚いている北都にはお構いなしで、クナイはぺろりと、舌で青い雫を掬った。
 ひゃ、と北都の口から甘い声が漏れる。
 その反応に気を良くしたクナイは、こぼれている他の雫も全て、唇で受ける。鎖骨のあたりから胸元、腹の方まで垂れているしたたりを残らず舐め取る頃にはもう、二人とも後戻りなど出来なくなっている。
 人の家でこんなこと、と僅かに残った北都の理性が警鐘を鳴らしているが、客間には鍵も掛かる。誰も来ない。
 あとは、暗転。

 北都たちがよろしくやっている頃、北都のもう一人のパートナーであるソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、庭で右往左往していた。
「畜生、屋敷の中だからって油断してた……」
 本人は断じて認めないが迷子体質のソーマは、やっぱり恋人とはぐれていた。繋いでいたはずの手が、いつの間にか離れている。
 だが、いつもなら誰かがすぐ迎えに来てくれるのだが、今日はいやに遅い。
 何かあったのかも知れない、という予感が胸を過ぎる。
 恋人の名前を呼びながら、あちらこちら探し回っていると。
「ソーマ!」
 青い顔をした久途 侘助(くず・わびすけ)が、人混みの隙間から現れた。
 と思った次の瞬間、一気に二人の距離はゼロになり、侘助の頭が胸元に押しつけられていた。
「やっと会えた……」
「な、何泣いてんだよ」
 探していた恋人が突然現れたかと思ったら泣き出され、ソーマは事態を処理しきれない。
「独りにするなよ」
 だが、侘助の絞り出す様な言葉にはっとする。
「独りで、どっか行くな……独りは嫌なんだ……もう離すなよ、ばか……」
 ソーマのことを探す間、よほど不安だったのだろう。ぽろぽろと止めどなく溢れている涙が、何より雄弁にそれを物語っている。
 不安にさせてしまったことを反省すると同時に、自分も不安だったことを自覚する。
 ソーマはそっと、しかし強く、侘助の背中を抱きしめた。
「もう、お前を独りにはしない。これから、ずっと」
 耳元に優しく囁くと、侘助は小さく頷いて、ようやく少し落ち着きを見せた。涙を拭おうと身を捩るので、ソーマは腕を緩めてやる。
 それから、侘助の左手を取って、恭しくその薬指に口づけをした。

「ずっと。病める時も、健やかなる時も――」

 な、と照れ隠しの様に付け加えて、侘助の顔を覗き込む。
 侘助は、顔を真っ赤に染めて呆然とソーマを見上げている。
「……え、それって……プロポーズに、聞こえる……」
「……そのつもりなんだが」
 侘助の問いかけに、ソーマはちょっと視線を逸らす。照れているのだ。
「……本当に?」
「嘘や冗談で言うと思うのかよ……一緒に、なろう」
 ソーマの言葉に、再び侘助の瞳から止まりかけていた雫がぽろぽろとこぼれ落ちる。
 だが、今度のは嬉し泣きだ。
「だから……泣くなって」
 ぽんぽん、とソーマが侘助の頭を撫でてやると、うん、うん、と頷いて、侘助はようやく顔を上げた。
 そして。
「俺も、お前を独りになんてさせない。……一緒になろう。一緒に、歩いて行こう」
 まだ瞳は濡れたままだけれど、それでも精一杯の笑顔を作って答える。
 すると、いきなり侘助の顔が近づいて来て――音も無く唇が触れた。
 それはほんの一瞬で、あっという間に離れていってしまったけれど。
「誓いのキス……なんてな」
 元の位置に戻った侘助が笑う。
 ソーマは一瞬、驚いたように口元に手を遣った。が、すぐに笑顔になると、侘助の手を取る。
 そして、強く強く握りしめた。
 二度と離れる事のないように。