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夏のS-1クライマックス

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【三 レフェリー正子と愉快な面々】

 続く選抜予選第三試合では、弁天屋 菊(べんてんや・きく)コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の試合が組まれているのだが、その際、ラウンドガールとして試合前のリングに上がったのは美緒とフィリシアではなく、佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)佐野 悠里(さの・ゆうり)のふたりであった。
「……どうした? うぬは試合には出んのか?」
 既にリングへと上がっていた主審判の正子に問われ、ルーシェリアはボードを頭上に掲げてリング内を一周しながら、気恥ずかしそうな笑みを返した。
「いやぁ〜、そのぅ、何といいますかぁ……ちょっとした大人の事情で、出そびれちゃったんですぅ」
「そうか、まぁ、うぬが納得しておるのなら、それでも良いのだが……しかしまた、えげつないレオタードを着てきおったのう」
 正子が指摘するように、ルーシェリアと悠里が着用しているレオタードは、ラウンドガール用にしては随分と露出度が高く、これでもかという程のセックスアピールを前面に押し出している。
 当初、悠里などは恥ずかしさの余り顔が真っ赤に紅潮していたのだが、今はもうすっかり開き直ってしまったのか、或いは変なところでやる気が出てきているのか、妙に堂々とした態度でボードを掲げている。
「余り観客を変な方向に挑発せんようにな。プロレスの大会で性犯罪者なんぞが出られても困る」
「大丈夫ですよ〜う……それに悠里ちゃんも、始まってしまえばやる気満々ですしねぇ」
 ころころと笑うルーシェリアの台詞に反応して、悠里が物凄く微妙な表情で力一杯、首を左右に振った。
 このふたり、ちゃんと意思疎通出来ておるのか――正子は本気で心配する有様だった。
 ともあれ、ルーシェリアと悠里のラウンドガールは、それまでとはまた違った方向で観客を満足させていたことは事実である。
 そういう意味では、運営スタッフのひとりである正子としても、余りどうこういうつもりは無かったらしく、そのままふたりに仕事を続けさせていた。
 やがて理沙とセレスティアによる選手紹介が始まり、次いで入場という運びとなった。
 先に花道を通ってきたのは、コアである。
「蒼空戦士ハーティオンッ! 正々堂々、キャンバスに参るッ!」
 高らかに宣言してリングインを果たしたコアは、決めのポーズを取って観客を沸かせた後、レフェリー姿の正子のもとへと歩み寄って、にこやかに右手を掲げた。
「久しぶりだな。元気にされていただろうか」
「うぬも、変わらず健やかな様子だな」
 挨拶を交わしてから、コアは腕を組んで二度三度、納得した様子で深く頷く。
「うむ。貴女のジャッジならば安心だ。私も全力で戦うことが出来るというもの」
「……しかし、相手は厄介だぞ」
 正子の言葉を受けて、コアは神妙は表情を見せた。
 これからコアが相手に廻さねばならぬのは、弁天屋菊――女性である上に、正子の正当なライバルとして君臨する人物である。
 正直いって、コアとしても非常にやりにくい相手であった。
 その菊が、反対側の入場ゲートから花道を通ってリングを目指してくる。
 背中に大きく『菊』の一文字を刺繍したガウンを羽織り、その右手には木刀が一本。勿論、試合で使えば即凶器扱いとなる為、あくまでも入場時のパフォーマンス用だ。
 軽快な調子でトップロープを飛び越えリングインを果たすと、ガウンを脱ぎ捨て、木刀の先端を何故かコアにではなく、審判である正子に向けた。
「よぉ正子ッ! 今日はあんたとやり合える機会は無さそうだが、次はしっかり、舞台を整えておいてくれるよう頼んでおくぜッ!」
「……おいおい、審判を挑発してどうする」
 苦笑する正子の隣で、何となく蚊帳の外感がハンパないコアは、微妙に寂しげな表情を浮かべていた。
 ところで今回菊がリング用にと用意した衣装は、中々意匠が凝っている。
 背中を彩る自慢の弁財天が全て見えるように、背面は透明性の特殊素材を用いており、マットの上で色鮮やかな弁財天が観客にしっかり披露される形となっていた。
「さぁさぁ、おっぱじめようぜ。この弁天様にかけて必ず、優勝してみせらぁッ!」
 木刀を場外に放り出し、早くも臨線態勢に入る菊。
 一方のコアも気を取り直し、ファイティングポーズを取った。
 両者準備良しと見た正子、場外の審判本部にゴングを要請。
 宙空に、金属質の高い音が鳴り響いた。


     * * *


 試合は序盤から、菊がコアを押しまくる展開となった。
 相手が女性となると、途端に実力が発揮出来なくなってしまうコアの悪い癖が、早々に出てしまっていた。
 アイアンハンマー(要はラリアット)を仕掛ければ、空振りしたところをボディスラムでぶん投げられ、シルバーキャノン(要は前蹴り)を仕掛ければ、脚を取られてバランスを崩されたところで、みちのくドライバーで沈められてしまう始末である。
 170センチも無い菊が、巨体を誇るコアの肉体を翻弄する様は、柔よく剛を制すという展開で、観客席を大いに沸かせている。
 そういう意味ではコアの菊にやられっぱなしという試合も、それなりに成功といえる訳なのだが、リングサイドで次の試合に備えつつ観戦しているラブの目からすれば、
(んもう、情けないわね……ッ!)
 などと容赦ない評価しか下されないのが事実であった。
「ぐぬぬぬ……いかん、いかんぞ……このままでは……」
 何とか起死回生の逆転を狙おうとするコアだが、そう思えば思う程、菊の露出している背中が妙に目に入ってしまい、変なところで戦意が奪われてしまう。
 菊は弁財天の刺青を披露する為に敢えて背中を露出しているのだが、コアの男性目線からすれば、背中一杯の柔肌が目についてしまい、どうしても菊が女性であることを意識させられてしまう有様であった。
 もうこうなると、コアには出来ることが何も無い。
 菊が容赦ない張り手の連発でコアを攻めたて、尻もちをついたところで背後に廻り、今度は裸絞めで落としにかかる。
 この時も、後頭部に菊の柔らかな胸の感触が伝わってきて、脱出しようという意欲が大いに削がれてしまうという弊害が出てしまっていた。
「ぬぅ……これはいかんッ!」
 正子は、コアが落とされるだけでなく、本当に絞め殺される危険を感じ、慌ててTKOを宣告した。
 全く良いところの無いまま、菊に一方的な勝利を献上してしまったコアだが、しかし自身の信条を決して曲げなかったのは、寧ろ正子にとっては高い評価だったといえよう。
 正子がコアの巨躯に肩を貸して立ち上がらせると、コアは心底、申し訳無さそうな色を浮かべた。
「いやはや……何ともかたじけない。レフェリーショウコに、気を遣って頂くことになるとは」
「まぁ、仕方なかろう。今回は相手が悪過ぎた。対戦者がヴァンダレイであれば、うぬも存分に力が発揮出来たのだろうがな……くじ運が悪かったと諦めてくれい」
 と、そこへ菊が何ともばつの悪そうな表情で、反対側からコアに肩を貸してきた。
「いやぁ、済まねぇ。こいつはプロレスだったんだよな。ついつい、いつもの調子で真剣勝負に出過ぎちまったよ」
「……とはいえ、この大会はあくまで勝敗を決めることが目的だ。その姿勢は間違ってはいない」
 負けて尚、この信念の持ち方というのは、中々、真似が出来るものではない。
「次の試合からは、ちゃんとプロレスやるように心がけるよ」
「私を倒したのだから、出来れば決勝まで進んで貰いたい」
 正子と菊に肩を借りて場外へと去ろうとするコアの背後では、ルーシェリアと悠里が、次の対戦カードを記したボードを高々と掲げて、リング内をゆっくりと歩いて廻る。
 しかしふたりが着用しているレオタードは、先程までのものとはまた別のものであった。
 どうやら、お色直しをしてきたらしい。
 観客席からは、それまでの試合展開に対するものとは明らかに異なる色の歓声が飛んできていた。
「やれやれ……用意周到というか、何といおうか……」
「彼女達もまた、大会を盛り上げようという気概に燃えている、というところだろう」
 呆れる正子とは対照的に、コアはルーシェリアと悠里のレオタード姿に対して、プロ意識ようなものを感じ取っていた。


     * * *


 ―― 選抜予選、第三試合 ――

 ○弁天屋 菊 (8分22秒、テクニカルノックアウト) コア・ハーティオン●