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リアクション
第一章
くすくすくす……
「う、うわああああ!!」
突然、木の上から落ちてきた何かに驚く男子生徒。その隣で、きっと恋人と思われる女子生徒も思わず身体が跳ねた。
「ああ、びっくりした。なによ、コレ。人形じゃない。意外とクオリティが低いのね」
と、女子生徒の右手が宙ぶらりんになった人形に触れた瞬間だった。
かたん……
「ひゃぎゃああああ!!」
なんと、人形の手が動き、右手に絡み付いた。
続いて、人形の首が異様な動きをしながら、かたん、と前を向いた。
「ひっ……」
にたあ……と、人形が冷たく笑った。
「うわあああ!」
「きゃああ! ごめんなさーい!」
そしてカップルはコースの先へと猛ダッシュで逃げていった。
傀儡仕掛け・笑う人形。
その後ろで仕掛け人がけたけた笑いながらリアクションを楽しんでいるとは誰も思うまい。
■■■
笑う人形を通過してしばらく行ったある地点。
多種多様な仕掛けに驚きながらも、また別のカップルがおっかなびっくり歩いていた。
「ねえ? 恐ろしいモノが見たくありませんか?」
びく、と二人が驚く。
どこかから突然聞こえる声。若い男性のようだ。
あたりを見回すも、明かりが頼りなさ過ぎてどこにいるのかはっきり分からない。
「あ、あれ!」
女子生徒のほうが何かに気付き、道の右側のある地点を指差した。
すると一点、明かりが不自然にゆらゆら動いているのを見つけた。
よく見ると、ロッキングチェアに乗って揺れている誰かがいる。右手にランタンを持ち、その明かりがひげ面の男性の姿を照らしている。
チノパンにアロハシャツ、パナマ帽子と完全に南国スタイルだが、両隣にも誰かがいた。
「……うわ!」
それは、いい感じにメイクされた人形だった。
この仕掛けには、今回のイベントスタッフが謎の逃亡を遂げたことにより集まった契約者の一人、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が持ち場。
傍らには人形が二体。片方にはぼろぼろの作業着を着せられ、もう片方にはぼろぼろのツナギ、加えて血のりを塗った羊のマスクをかぶっている。
そしてどこからともなく、歌が聞こえてくる。
「この社会は人間の魂に毒され、醜い虚栄心が蔓延してる。あなた方の力なんかじゃ到底どうすることもできない。ですが奇妙な事に、そこには調和と美が混在する」
テンポや音は存外ポップな感じだが、英語を嗜んでいる者ならばその意味は理解できるし、知っている人は知っている。これは、霊歌。黒人霊歌だ。
「私達は――世の中に蔓延る嘘や秘密を暴き、調和を維持する者。勿論、私にも秘密はあります。あいつらが動き出す」
その歌の意味は、世界も雨も風も、そしてすべての人間も神の手の中にある、という神を賛美する歌だ。
「あ、あいつら……?」
カップルは、両サイドの二つの人形を見た。これも、動くのか。そう疑った時、がさ、とすぐ近くの茂みが動いた。
振り向けば、ゴスロリの服に精気が抜けたような青白い顔をした少女が、棺桶を引きずって茂みから出てきた。
「あなた方に真実を語りましょう」
「え? し、真実って……」
ミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)は顔色を青白くメイクして、ゆっくりと語り掛ける。
「ヒーローなんて存在しないんです。あなた方は理想のヒーロー像を作り上げ、それに心酔しているだけですわ。1日の終わりに脳内でキスをしてもらい“心配ないよ”と言って欲しいのでしょう? けれど、ヒーローの末路をあなたはご存知かしら?」
ゆっくりと、ミリィの手が棺桶に触れる。イヤな予感がする。
その反応に、ミリィがにやぁりと笑みを浮かべた。
「そう、これが憐れな英雄のなれの果てですわぁ」
棺桶を勢い良く開ける。そこからは、五体バラバラに斬り刻まれた、血まみれの人(人形)がぼとぼととこぼれ落ちた。
「「ひっ!」」
「くすくす……」
カップルの顔が一気に青ざめる。
「あはははは! あははははは! きゃはははは!」
ミリィが狂ったように笑いはじめた。
すると、森のあちこちから、反響するように響き渡る甲高い少女の笑い声。
カップルは耳を塞ぎながら悲鳴を上げて、先のコースへと走り去って行った。
「あははは……あら。行ってしまいましたわ」
「完璧ですね」
涼介とミリィは手を叩き合った。
「音響演出も完璧でした。この調子でお願いしますね!」
涼介は後ろの茂みの、その奥にいる者に向かって声を上げた。
「御神楽 舞花(みかぐら・まいか)さん!」
すると、向こうからひょこっと小さな顔が出てきた。
「任せてください!」
■■■
今回、舞花はパートナーの御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が諸事情で不在のため、一人で参加している。
担当は音響。今回の仕掛けの半分ほどの、音に関する制御を行っている。傍らには小さな小人、ポムクルさんが三体。小さいため夜の森の中でも目立たずに行動することができ、各装置のセッティングやメンテナンスを行っている。
先ほどのミリィの笑い声の大反響も、あちこちにスピーカーを設置し、あらかじめ録音しておいた少女たちの色々な笑い声をランダム再生で流す、という仕掛けだ。ちなみに音の素材は雷鳴、獣の咆哮、風の音などを収集しているため、抜かりはない。
そんな舞花が次の仕掛けの用意をしていた、その時だった。
どこかから、ずどん、という爆音が聞こえた。
「うわあ! 火術が暴発したぞ!」
「やばい! 仕掛けが! 衣装が燃える!」
「くそ、装置をやられた! だれか直せないか!」
途端、向こうが騒がしくなった。
――あちらは確か、ヒトダマトラップの……。
「仕方ありません。ちょっと見てきます。ポムクルさん、ここを少しの間お願いします。涼介さんたちにも伝えてください。何かあればすぐに私に連絡を」
「了解なのだー!」
舞花は機械を担当する以上、機晶技術や先端テクノロジーを使えるようにしている。これで処置できるような破損レベルだと嬉しいのだが。
舞花は森の中を疾走。爆発事故の現場まで大急ぎで走って行った。
■■■
辿り着いてみると、地面が爆風でややめくれ、術者も火傷を負って治療中。音響装置含む、この辺りのトラップや装置も破壊されていた。
使えるものは持ち出された後みたいだが、人形や遠隔操作のコントローラも破壊され、ざっと見た感じ、周辺エリアの仕掛けは半減したとみて間違いない。
すでに火の方は別の契約者の活躍で完全に消されている。問題は機械の方だ。
「とにかく直してみましょう。これは……だめですね。全損です。使える部品すらありませんね。これは、この部品さえ交換できれば……」
そこで舞花のメカニックなスキルが大活躍を始める。
機能しなくなった機械や念のための予備の機材を分解し、仕えそうな部品を摘出して移植するという作業をやってのけ、約三十分後にはエリアの仕掛けが復旧した。
さすがに完全とはいかなかったものの、それこそ各人の持ち前のスキルや特技を駆使してのアドリブで、終わりまでしっかりと仕事をやり切った。
そして舞花はふと、それに気付いた。
「あら? 今、幼い女の子の笑い声が聞こえたような……」
後ろを振り向けばすぐそこに、見慣れない少女がいた。