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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 昼、海。

 降り注ぐ陽光に真っ青な海と白い砂浜、まさに夏という景色が広がっていた。
「んー……白い砂浜と真っ青な海、まさに夏って感じね!」
 セシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)は思いっきり空に伸びをし、夏を感じると共に自分が砂浜に立ってこうして元気な姿でいる事を実感していた。
「折角だからアイツにメール送信しとこっと」
 セシリアは父親とは不仲である医者の息子にメールを送った。
 それが終わるとどこまでも続く海を見据え
「……そう言えば未来では親と行った事がなかったなぁ。というか、親が来られる状態じゃなかったんだっけ」
 セシリアはどこか寂しそうな切なそうな目で遙か遠くにある自分の未来世界を見ていた。父親であるアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は植物人間、母親である六連 すばる(むづら・すばる)は死亡という悲しい世界を。
「……(この時間軸に来て、元気な二人に会えればいい、それだけだったはずが、まさかわたしの病気まで治して貰えるなんて……)」
 実はこちらのアルテッツァ達と知り合いのみんなのおかげで生まれながらに抱えていた多数の遺伝子疾患が快方に向かいこうして砂浜に立つに至っていた。
 その事は
「……(……本当に過ぎた話よね)」
 セシリアにとっては思いがけない事で幸せ過ぎる事であり感謝してもしきれない事であった。
 ここで一通りの感傷を終えた所で
「にしても、パパーイもママーイもパラソルの下から動かないし……あれじゃ、海に来た意味ないじゃない。せっかく、誘って連れて来たのに」
 セシリアは、後ろに振り返り、パラソルの下で和む二人の姿に唇を尖らせにらんだ。
 そこで何かを思いついたセシリアは
「……そうだ。あの二人には……」
 ごそごそ何事かをしてから
「……折角来た海をわたしだけが楽しんだって意味ないんだから(だって、今回の目的はパパーイとママーイを仲良くさせるためなんだから)」
 パラソルの二人の元に向かった。確固たる目的を胸に抱きながら。

 砂浜に立てたパラソルの下。

 セシリアが海を眺めて楽しんでいる頃。
 茶を購入しに行っていたすばるがいそいそと戻って来るなり
「マスター、お茶を買って参りまし……あら……」
 渡そうとしてアルテッツァの側にある茶に気付き、言葉が止まった。
 同じく気付いたアルテッツァは
「……スバル、キミも買ってきたのですか? どうしましょう、このもう一本は」
 余った茶を一つ手にして思案し始めた。捨てるのはもったいないしだからと言って有効利用する方法が浮かばない。
 そこにすかさず
「それは『娘』の分で、良いのではないかと、思います」
 すばるは微笑み、有効的な活用方法を提案すると
「……そうですね、シシィに残して置いてあげましょう」
 アルテッツァは思考がすっきりとしたようだ。
 二人はパラソルの下、並んで座り
「……」
 海を見つめるセシリアの姿を眺めていた。
 そして
「……それにしても不思議なものですね……大きな『娘』と海に行くなんて」
 アルテッツァは苦みを含んだ笑みでセシリアを見ている。まさか未来から来たとは言え娘と海水浴に来るとはアルテッツァにとって不思議そのものだが、嫌ではない。嫌であればそもそもここにいないだろう。
「……そうですね。でも来て良かったと思います(マスターもセシリアさんも楽しそうで何よりです。ワタクシも……)」
 すばるは楽しんでいる二人を見て口元をゆるめた。すばる自身もちろん楽しんでいるのは言うまでも無し。
「この頃、シシィの体調が少しずつ良くなってきているのは……苦々しい話ですが、例の彼主導の治療が功を奏しているのでしょうか?」
 アルテッツァは犬猿の仲のある人物を思い出して毒虫をかみつぶしたような苦々しい物言いで隣のすばるに言った。
「ハイ、ナノレベルの治療技術と「正常な状態へ戻す」魔法治療技術の混合療法の結果です」
 すばるは力強くアルテッツァにうなずいた。
 ここから二人はセシリアの病の治療内容について長々と話し始めた。
「魔法治療は『「正常な状態の認識」が出来れば可能』というものでしたよね。遺伝子疾患を持つシシィにとって「正常な状態」が……よもや、彼女の卵原細胞から得られるとは思いませんでした」
 アルテッツァはセシリアのために費やした時間を振り返り
「「正常な状態」の細胞を卵原細胞からイメージし細胞一つ一つを「正常な状態」へと置換する……全く、芦原の藪医者は無茶な事を考えたものです」
 アルテッツァ曰く芦原の藪医者に呆れていた。
「ええ、正常なDNAを残す細胞があったお陰で本当に少しずつではありますが、セシリアさ……彼女の治療が進んでいるんですから」
 すばるもまたセシリアのために費やした時間を振り返っていった。
「ワタクシもその治療は苦労しました……超能力を使うんですよ、細胞1個1個のテレポートとか」
 治療に関わったすばるは微笑しながら言った。上手く行ったからこそ笑みを交えて話せるのかもしれない。

 何やかんやと話が一段落した所で
「いー加減海に繰り出したらどうなのよう! ホエールアヴァターラ・クラフト置いて来た意味ないじゃん」
 後ろ手に何かを隠したセシリアが現れ、海に待機するホエールアヴァターラ・クラフトに顔を向けた。
「流石に日差しが厳しいので、ボクは遠慮致します、赤くなってしまうので」
 アルテッツァは燦々と降り注ぐ陽光を嫌そうに見ながら即断り
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ、セシリアさん。昼間のクルージングも楽しいですが、夕暮れ時も楽しいと思いますよ。そうですよね、マスター?」
 すばるは息巻くセシリアを宥め、アルテッツァのフォローをする。
 それを聞いた途端、
「もう、分かった……ウォーターガンよーい、一斉掃射始めーっ!」
 セシリアは後ろ手に隠していたウォーターガンを構え、断った二人を総攻撃。
 不意打ちのため
「うわっ、シシィ、何をいきなり……冷たいではないですか!」
「キャア! セシリアさん、やめて、やめて下さい」
 アルテッツァとすばるは思いっきり攻撃を受けてしまいびしょびしょとなってしまった。とはいえ、嫌そうな様子は無くすばるに至っては楽しそうであった。

 水を全て放射し終えた所で
「パパーイ、ママーイ、海に来たんだから海で出来る事しようよ! ほら、ホエールアヴァターラ・クラフトで、波乗りしに行こう! 水に濡れて丁度いいし」
 セシリアは空になったウォーターガンを構えたままもう一度二人を海に誘う。
 それだけではなく
「後、ママーイ、わたしの前で言った、罰金!」
 可愛らしく怒った顔をすばるに向けた。
「ええっ!?」
 すばるは戸惑いの声。
 それを見て何事かと思いに至ったアルテッツァは
「ああ、シシィが言いだした“ボクをマスター呼びしたら100ゴルダ罰金”ですか。でもシシィは、スバルがボクの事をどう呼んだらいいか、考えているんですか? 多分考えずに言っていると思うんですがね、シシィ?」
 苦笑しながらすばるのためなのかセシリアにツッコミを入れた。
「それは……」
 アルテッツァのもっともな言い分にセシリアは少々困った顔を浮かべ
「もうっ、何て言えばいいんですかっ」
 すばるはマスターという呼び名以外思いつかず困惑の渦中にいた。

 三人の家族団らんはまだまだ始まったばかりであった。