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夏最後の一日

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夏最後の一日

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「……グラキエス様のお目覚めもそろそろですし、食事の準備をしましょうか……円滑に支払いをして頂くためにも」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の食事の準備を始めた。先程眠るグラキエスの様子を確認し、もうぼちぼち目覚めるだろうと判断しての事である。
「……起きたばかりでも食べやすい物がいいですね」
 目覚めてすぐ食べる事も考慮し、『調理』を有するエルデネストは気を遣った美味しいメニューを作製する。明らかに楽しげであった。それは料理ではなく先の言の支払いのためであるが。
 しばらくして
「……さて、食事の用意も完了出来ましたし……」
 グラキエスに合わせた料理の用意が完了するなり
「グラキエス様の様子を見に行きましょうか」
 エルデネストはグラキエスの様子を窺いに言った。

 一方。
「……今年の夏もようやく今日で終わりか……もうそろそろ起きる頃だな。奴も浮かれているから間違い無いだろう」
 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の方もまたエルデネストの動きとグラキエスの様子からぼちぼちお目覚めだろうと読んでいた。
 そして
「……それよりも目を覚ましたらあれは勝手な気遣いで辛いとなどとはまた言わないだろうな」
 グラキエスが目覚めた後の事を想像し少々苛立ちを口元に浮かべた。なぜなら、ウルディカ達の幸せのためパートナーロストを起こさないためにも自分が元気にならねばとグラキエスが今まで以上に苦痛を口にしなくなったからだ。
「……様子を見に行くか」
 ウルディカは軽く溜息を吐きながらグラキエスの様子を見に行った。

 グラキエスが眠る部屋。

「……」
 仲間達の浮かれや心配を一心に受けるグラキエスは現在眠りの中。
 暑さに弱く増した魔力に蝕まれ衰弱し続ける体のため夏の間、数日昏睡状態に陥ったり体調が悪く起き上がる事すら出来ない事も多々あった。
「……」
 今年の夏も夏休みに浮かれる事も宿題がどうのと一喜一憂する事もなく、唯自分の体に振り回されるばかりであった。
 しばらくして
「……ん……」
 形の良い唇から声が洩れ、僅かにまぶたが震え
「…………」
 グラキエスは数日の長い眠りからようやく目覚めた所で
「グラキエス様、お目覚めですか」
 様子を見に来たエルデネストが現れた。
「……あぁ、エルデネストか」
 久しぶりの仲間の顔に心無しか安堵するグラキエス。
「そろそろお目覚めになる頃かと思い、食事をご用意しましたので如何ですか?」
 エルデネストは今し方用意出来た食事の事を伝え、
「ここ数日はずっと眠っておられましたから多少体力が回復した分空腹でしょう……それに少し食事を摂って頂かなければ支払にも支障がありますので」
 グラキエスから夏の間にたんまりした手助けの見返りを完璧に支払って貰おうと食事をするよう勧める。エルデネストはグラキエスの魔力を一時的に鎮める能力を持つ他、執事兼主治医兼料理人など多岐に能力を発揮する優秀な悪魔。ただ、手助けには相応の見返りが必須のため。今のように体調が良い時にこまめに支払いとなっているのだ。特にグラキエスの天敵である夏は。
「……そうだな」
 グラキエスは言われた通り空腹を感じ、食事をする事にした。見返りについては何も言わない。エルデネストの思惑も全て知った上で側にいさせているのだから。
「では、今お持ちしますので、少々お待ちを」
 エルデネストは心無しか楽しそうに食事を取りに行った。

 エルデネストが部屋を出て行った後。
「……」
 グラキエスは起き上がろうとするも数日間眠り続けたせいで体が思うように動かず
「……体が重いな……数日眠り続けていたから仕方ないか……(少しでも体を回復させてウルディカ達を安心させたいが……そう簡単にいかないな)」
 不甲斐ない自分の体に溜息を洩らすグラキエス。
 起き上がるのを諦めるかと思いきや
「…………」
 諦めず重たい体を何とか動かして起き上がろうとするが、どうにも上手く行かない。
 そこへ
「エンドロア、まだ起き上がるな」
 様子を見に来たウルディカが現れ、鋭い声でグラキエスを押しとどめた。
「……ウルディカか。大丈夫だ」
 グラキエスは体調が戻っていない事を隠した空元気な笑みでウルディカ達を心配させないための嘘を紡ぐ。
「……どう見ても大丈夫ではないだろ。どんなに言葉を重ねようとも俺はごまかされんぞ。お前の大丈夫は信用出来ないからな」
 毎度の事のためウルディカは嘘を真に受けない。むしろ軽い苛立ちが見受けられた。
「……本当に大丈夫だ」
 グラキエスはなおも言い張る。自分の体調のせいで仲間達に面倒ばかり掛け申し訳なく思っているため尚更である。
 そのグラキエスの仲間を気遣い今まで以上に苦痛を口にしなくなった事が
「……はぁ」
 ウルディカに忸怩たる思いを抱かせる。気遣わせれば気遣わせるほどますますグラキエスの体に負担をかけていると心配しているから。
「……本当に、お前は何度言ったら分かるんだ。いいか、俺はお前を助けるために側にいるんだ。お前に無理をさせるためじゃない。辛い時は辛いと言え。言わない事が心配させない事じゃない……少しでもいいから分かってくれ。平気ではないのに平気だと言い張るお前を見ている俺達の気持ちも」
 そう言ってウルディカは呆れ半分にグラキエスの頭をくしゃりと撫でた。
「……(……せめて振る舞いだけでも元気そうに見せたかったんだが……エルデネストも当然俺の今の状態がどうなのか見破られているだろう)」
 グラキエスはウルディカの顔を見ながら皆には敵わないと苦い笑いを洩らした。
「……ただ、お前が俺達の幸せを願っている事も心配させたくないという気持ちもよく分かっている」
 ウルディカは注意だけでなくグラキエスの優しい気持ちに対しても口にした。グラキエスがしている事はウルディカ達に心配を与える行為ではあるが、込められた気持ちは嬉しいからだろう。
 丁度その時、
「……チッ、もう戻って来たか」
 聞き慣れたやたら独占欲が強い悪魔の足音が聞こえ、ウルディカは忌々しそうな表情になった。
 同時に
「グラキエス様、お待たせ致しま……」
 エルデネストが現れたが、グラキエスの頭を撫でるウルディカの姿を確認するなり
「……グラキエス様の食事を取りに行っている間に何をしている」
 鋭く睨み威嚇する。
「……グラキエス様は今から食事を摂らなければなりませんので、どうぞ回れ右をして退室して下さい」
 エルデネストは刺々しい言葉で一層ウルディカを威嚇し追い払おうとする。
「別にやましい思いはないぞ、お前と一緒にするな、この悪魔が」
 ウルディカはグラキエスの頭から手を離し、エルデネストに鋭い言葉を投げつけ睨み合う。

 当のグラキエスは
「……(今年もみんなのおかげで夏が終わるまで生き延びたなぁ)」
 いつもの睨み合いの光景に妙な実感を得て和み
「……(いつかベッドの上でなく自分の足で立ってこの日を迎えたいものだな)」
 叶う事が難しい願いを胸中でつぶやいていた。

 夏の最後の今日もいつも通りのようであった。