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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 空京。

「……」
 何かに気付いた川村 詩亜(かわむら・しあ)は忙しなく自分の周囲を見回してから
「……玲亜がいつの間にかいない」
 溜息混じりに呟いた。極度の方向音痴のアリスの川村 玲亜(かわむら・れあ)がいつの間にかいなくなっていたのだ。つい先程までは自分の隣にいたはずなのに。
「また迷子になっちゃったんだ。はぁ、今日こそはただのお買い物……のはずだったのに」
 今日も迷子捜しに忙しい一日になると悟りまた溜息。お姉ちゃんは大変である。
「捜しに行かなきゃ……でも偶には迷子にならないで終わる事はないのかしら」
 迷子捜し必須道具試作量産型わたげうさぎ型HCを抱え妹捜しを開始した。ちなみにアリス玲亜の服には発信機が縫い付けられている。

 迷子捜索開始後。
「……えーと」
 詩亜はアリス玲亜に取り付けている発信機を頼りに捜索をしていた。
 その時、
「あれ?」
 詩亜は足元に箱が転がっているのに気付き、拾い上げた。
「……これ、誰かの落とし物かな」
 箱を手に取り小首を傾げるが
「誰の……もしかしてあの人のかな?」
 前方に四人組を発見。その一人が大量の荷物を持っているのを見てもしかしたらと推測し
「あの、落とし物だよ!」
 詩亜は声をかけながら前方を歩く団体に駆け寄った。

 背後からの声に
「ん?」
 四人組の一人荷物持ちの凶司が歩を止めて振り返り詩亜を迎えた。
「これ、落ちてたけど……持ち主さん?」
 詩亜が箱を差し出すと
「えぇ、そうです。ありがとうございます(……弾薬か。いつの間に)」
 商品を確認し自分達の物だと認識した所で凶司は礼を言いながら受け取った。
「どういたしまして……あっ、袋に穴が開いているよ。大丈夫?」
 にこっと言った後、詩亜は紙袋に穴が開いてる事を指摘した。大量の荷物に耐えられず穴が開き小さな商品であった弾薬の箱が落下したのだろう。
「あぁ、本当ですね。心配入りませんよ。後で何とかしますので」
 凶司はひとまず穴を手で押さえてから拾ってくれた詩亜を安心させるために言った。
「それなら心配ないね。それじゃ……」
 詩亜は凶司の言葉に安堵してから再び妹捜しに戻った。
 この後、凶司は穴の開いた袋を何とかして三人娘のショッピングに付き合った。

 凶司に遭遇した後。
「……今日はいつもより迷子がひどいような。早く見付けないと」
 詩亜は溜息混じりに呟きながら捜索に戻った。
 発信機のおかげですぐに空京から飛び出していた事に気付いた。
 そして、その結果詩亜が辿り着いたのは
「……イルミンスールに来ちゃったけど……まさか空京からここに来ているなんて」
 イルミンスールであった。まさかの別地域。手助けするツールがなかったらもっと捜索に手こずっていただろう。

 発信機を辿り詩亜は
「……間違えずに行っているはずなのに……ここ、人もお店もいなくて寂しい通り」
 表通りの賑やかさとは正反対に静かな寂れた通りにいた。
 そしてどこからかする甘い匂いに
「……甘くていい匂い……どこからするのかなぁ」
 詩亜は気付き、好奇心を刺激されてしまい迷子捜索が頭から吹っ飛び、甘い匂いを辿ってややこしい道を行く事に。
 その結果、詩亜は古めかしい明らかに流行っていない喫茶店に到着し、好奇心旺盛な詩亜は迷わず入店した。

 詩亜が気付き捜索に出る少し前。
「あれっ、お姉ちゃ〜ん、どこ〜!?」
 アリス玲亜はいるはずの詩亜が隣にいない事に気付き、周囲をきょろきょろ見回し名前を呼ぶが当然返答はない。
 その結果から
「えぇと、えぇと……ま、まさか……またまた迷子〜!?」
 いつもの極度の方向音痴を発揮した事に気付き、可愛らしい顔をくしゃりとした。
「うぅっ、私から迷子取ったら消えちゃうとか無いよね……?」
 アリス玲亜はいつもの展開に余計な事まで考えてしまいますます元気がなくなる。
 とその時
「えっ、交代? うぅっ、出番おしまい……?」
 無事にアリス玲亜が迷子とになった事から正常な方向感覚を持つ奈落人の川村 玲亜(かわむら・れあ)が意識同士のやり取りで交代の旨を告げられアリス玲亜は引っ込み、
「……玲亜ちゃん……本当に迷子取ったら消えちゃうんじゃないよね……?」
 奈落人玲亜がアリス玲亜に妙な心配を抱きながら満を持して登場。
「それはともかく、お姉ちゃんと合流しなきゃ……」
 奈落人玲亜は現在の状況に目を向け、最大の目的を確認し周囲を見回すが
「……ところで、ここってどこなのかなぁ?」
 見覚えのない風景が広がっていた。
「……空京じゃないみたいだし人もいないしお店もあまりない」
 人影も賑わう店もなく明らかに裏通りな光景に奈落人玲亜は困った顔。人や店に溢れていた賑やかな空京とは打って変わってである。
「……今日の迷子、いつもよりひどいかも」
 いくら正常な方向感覚の持ち主でも今回は合流のために第一歩が踏み出せない模様。
 その結果
「……知らない場所だからあまり動かないようにしてお姉ちゃんが来るのを待とう」
 奈落人玲亜は無駄にうろうろするのを諦めて近くの年季の入った木製ベンチに座って待機する事にした。
 その時、
「……甘くて良い匂い……どこからなのかなぁ」
 甘い匂いが奈落人玲亜の鼻をくすぐり好奇心まで刺激され
「……くんくん」
 鼻をヒクヒクさせて匂いを辿って行く。

 辿り着いたのは
「……ここからするけど……古めかしいお店……気になるなぁ」
 明らかに流行っていない古めかしい喫茶店だった。好奇心に負けて奈落人玲亜は店内に入った。すっかり大人しく待つという事を忘れていた。

 客が小さな女の子一人だけの静かな店内。

「いらっしゃいませ」
 マスターの中年の狐獣人が快く奈落人玲亜を迎えた。手にはたった一人いる客の注文であるケーキがあった。
 奈落人玲亜を導いた匂いはまさにそのケーキが出来上がる間に生まれた物であった。

 適当な席に着いた奈落人玲亜は
「……何にしようかなぁ」
 メニューを開け、どれを注文するか思考していた。
 その時、
「いらっしゃいませ」
 マスターの声と共に
「玲亜!!」
 聞き知った声が飛び込んできた。
「あっ、お姉ちゃん!」
 まさかの再会に奈落人玲亜はびっくり。
「玲亜、ここにいたのね。美味しそうな匂いが気になって入ってみたら」
 詩亜はびっくり。発信機ではなく好奇心に導かれてやって来た先に捜していた妹がいたものだから。
「私も同じだよ。ねぇ、お姉ちゃん、何か食べよう!」
 奈落人玲亜がにこにことメニューを見せながら誘うと
「そうね。何にしようかなぁ」
 詩亜はあっさりと向かいの席に座りメニューを広げた。
 そして、二人は美味しそうなケーキと飲み物を頼む事にした。

 注文を取って貰った後
「ねぇ、マスターさん、どうしてこんな寂しい場所にお店を出してるの?」
 詩亜が少し気になる事を訊ねた。これも好奇心を満たすため。
「偶々空いていた店舗がここしかなくてね。ただ場所が悪いせいか客が少ない上に半分趣味で売り上げを伸ばそうと考えていないせいもあったりして穴場みたいなもんになっていてね」
 マスターは人の良さそうな笑みを湛えながら事情を明かした。
 マスターの答えを聞くなり
「そうなの、すごいお店に来たね、お姉ちゃん」
「そうね、何かわくわくするね」
 詩亜と奈落人玲亜は楽しそうに言った。

 しばらくして注文した料理が運ばれ二人はパクリとケーキに食い付き
「……美味しい」
 口の中の幸せな甘さに表情を蕩けさせた。
 そこに
「おいしいでしょ、お姉ちゃん達。マスターさんのケーキ」
 ケーキを食べ終わった先客の5歳のシャンバラ人の少女が人懐こそうに詩亜達に話しかけて来た。
「うん、美味しい」
「とっても」
 詩亜と奈落人玲亜は幸せそうな顔でこくりと頷いた。
「そう言ってくれると嬉しいな。このお店、アタシのお気に入りなんだ」
 少女は二人の答えに心底嬉しいのかぱぁと明るい顔になってから
「アタシ、キーアって言うんだ。それじゃね」
 名前を名乗り手を振りながら店を出て行った。
「それじゃね」
「バイバイ」
 詩亜と奈落人玲亜も親しげに店を出て行くキーアを手を振って見送った。

 キーアを見送った後。
「お姉ちゃん、これ食べたら探検しよう」
「うん、もしかしたら他にも秘密のお店があるかもしれないもんね」
 奈落人玲亜と詩亜は顔を見合わせた。すっかり最初の目的である買い物を忘れていた。
 この後、ケーキを食べ終わった二人は仲良く手を繋いで好奇心の赴くまま街探検を始めた。ただし、好奇心が刺激されたからと言って、詩亜は無駄遣いはしなかった。

 夏最後の今日、仲良し姉妹は探検な一日を過ごしたという。