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第4章 花を植え、思う人


「アイシャちゃん、今日は付き合ってくれてありがとう」
 笑顔でお礼を言う騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に、吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)はゆっくりと首を横に降ると、微笑んだ。
「いいえ。こちらこそ誘ってくれてありがとう、詩穂」
 そう微笑んでくれることに、詩穂は喜びを感じていた。
 目の前の土をスコップで掘れば、それはあの時頭の中に埋め込まれたタイムカプセルを掘り起こしているような感覚を覚える。
(会長が言っていた言葉……「あの方が戻っていらしたら」……ラズィーヤさん)
 かつてラズィーヤに言われた言葉の真意を、詩穂は彼女なりに解釈し、それを正解だと思った。あの時のラズィーヤには恩がある。
(おかげで今はこうして数年来経てようやく私の元に戻ってきてくれた人が隣にいます)
 隔たれ、そして一時は命を危ぶまれた彼女が、水の入った如雨露に楽しそうに触れている。
 ――だから、詩穂は志願したのだ。
「ラズィーヤさんは戻ってきます、未来を信じて見続ける人です、もしよろしければ微力ながら花束の1つに加えさせてくださいっ!」
 ……そしてその話をして、ここに誘ったアイシャもまた、ラズィーヤに感謝しているようだった。
「シャンバラのため尽くされてきた方ですよね。私が皆の力でこうしていられるのですから。今度は私も、少しでもお力になれれば……」
 一人の少女に戻ったアイシャには、女王であった時のような特別な力はもうない。
 けれど祈りは通じるかもしれず、またラズィーヤのことを思う人たちの心の慰めにはなる。
「……詩穂は、今日は何の花を植えるんですか?」
 浅く掘った土を整えると、詩穂は小さくて薄い手製の封筒を取り出した。片方の折目を、縦に裂く。中から花の種が現れた。
「これは『ハイ・ブラゼルの花の種』。どんな色の花が咲くかわからないんだよ」
 ティル・ナ・ノーグのハイ・ブラゼル地方は、花妖精の住む村があるという場所。花にとって特別な場所だ。
 詩穂は切った紙の上に遊ぶ種を、パラパラと均等になるように湿った土に撒いていく。
「だけど、それこそ花の名前なんか知らなくても季節季節で『ああ、綺麗だな』って季節を感じられる日常がどれだけ有難いか」
 土をかぶせ、そこにアイシャが上から水をたっぷりとかけた。
 無事に花の種をまいた後、不思議なハーブティーを飲んで陽気になった詩穂は、こんなことを言った。
「自分の感性で綺麗だなと思う花に自分だけの想いを込める、それが『雅』というものじゃないかな」