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リアクション
「進路相談……というか、報告なんですけど」
マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)は今、百合園女学院の進路相談室にいた。
机を挟んで向かいには桜井 静香(さくらい・しずか)が座っており、真面目な顔でマリカの言葉に耳を傾けていた。
「パートナーさんは何て?」
「テレサも賛成してくれました」
テレサも微笑んでくれた。ただし、彼女は半年くらい旅行に出掛けるから、教師になる道は自分で探せと放りだしたのだ。父から付けられた教育係なのにひどくない? と思うマリカだったが、とりあえず自分で考えて、校長に相談することにしたのだった。
「それで、来年の春には体育教員の免許を取るための勉強をしようと思うんですけど……専攻科にどう行けばいいとか、何の勉強すればできるのかとか、さっぱりなので教えてもらえないですか?」
「うん。マリカさんはヴァイシャリーにいる、ということでいいんだよね?」
「はい」
静香は立ち上がると、背後の書類棚から幾つかのパンフレットや用紙を取り出して、机の上に並べていった。
「これが百合園の認定専攻科の資料と願書、これが教員免許の資料だよ。マリカさんがしたいことは、専攻科に行けば出来ると思うんだ。免許も取得できる。
卒業後は、百合園の教師になるっていう道もあるよ。他の学校に行ってもいいけど、ね。
……頑張ってね、応援してるよ」
マリカは資料の入った封筒と、一匹の猫を抱えて、ヴァイシャリーを歩く。
住宅街の中、本屋さんの角を曲がって三つ目の通りを通ると、道に突然猫型のスタンドが現れた。そこには猫カフェ<鍵しっぽ>と書かれている。
「いらっしゃいませー」
「あの、待ち合わせしてるんですが」
マリカは店内を見回すと、隅っこで白い猫を毛玉で遊ばせながら、猫じゃらしをピコピコ振っている友人の姿を見付けて、向かいに腰を下ろした。
「……お待たせ、ケイティさん」
ケイティ・プワトロンはそっと顔を上げると、こくりと頷いた。
変わりなく元気そうだ。
「ケイティさんは烏龍茶? あたしは何にしようかな」
「おすすめ……煮干し。その子にも……あげたら?」
ケイティは床に置いた小皿の上の煮干しを一本取り上げると、白猫――ハクの鼻先にかざした。ハクは毛玉を追いかけるのを一瞬止め、両前足の肉球で煮干しをキャッチしてもぐもぐすると、また毛玉を転がす遊びに戻っていった。
とはいってももう仔猫ではないから、その遊びっぷりには余裕すら見える。
マリカは、飼い猫のミヌースを床に放つ。ハクと同じ白色の体だが、真っ白ではなくて、四肢と尻尾、顔がこげ茶の猫だ。
ハクはミヌースを警戒するように見ていたが、くんくん匂いを嗅ぐように鼻先を押し付けると、毛玉を新しい友人の方に放ってやって、自分はケイティの猫じゃらしを叩く遊びに移る。
ミヌースはコロコロ転がる毛玉の、ゆらゆら揺れる毛糸の先を追いかけていく。やがて毛玉は猫じゃらしにぶつかって、ミヌースはハクとぶつかって、二匹は毛玉のようにもつれ合いながら遊び始めた。
「そっか、じゃあ煮干しとコーヒー頼もうっと。
ところでケイティさん。今日はあたし、進路相談で貰って来たの。百合園の専攻科のパンフレット」
「……そう」
コーヒーと煮干しが運ばれてきて、マリカはカップに一口、口を付けると話し始めた。
「パラミタに来る前は、色々な強い人に会って、強い人を観察する事で、自分がどうやれば強くなれるかを吸収できるかなと思ってた。
まあ、最近までそう思っていたんだけどね。
あたしが目指していた強さって、お互いに高め合うとか、何かを守るとか、そういうのの上にあるんじゃないかと気付いたの」
単なる力としての強さを得る、ということではなく。
「強くなろうとするのに行こうとしていた先は何か違っていたのかなー、と思ってね。特に最近感じたのは、この前、空京でケイティやジークリンデを見て……かな」
「……私……を?」
ケイティが目を瞬く。
マリカは頷く。
「うん。だから武者修行と称して飛び回ってるのはやめて、しばらくはヴァイシャリーに落ち着こうと考えたの。
百合園OGと胸をはって言える物を身につけたかは自信が無いけど、学校は好きだから」
「……学校……マリカの居場所……なんだね」
「あたしが守りたいもの、何かを教えたい人、ともに高みを目指したい人、同じ所に並び立ちたい人、追い抜きたい人。全部、ここと空京にあるし、見つけられると思う」
真っ直ぐな瞳で、マリカは語る。まるで彼女の取る柔道のスタイルのように。
ケイティは感情の読み取りにくい顔と抑揚が少ない声に、少し感情をにじませながら、こくこくと頷いて、ミヌースを追いかけるハクを膝に抱き上げた。
「私はまだ、そういう目標は……ない。でもマリカがこの子と会わせてくれて……友達もできて……私も変わったと……思う」
ケイティは「できそこない」で、魔槍グングニル・ガーティを扱うための道具で、スフィアの持ち主だった。
自分の意思がなく、ケイティの全ては彼女と同じ薄茶色の髪の『ママ』の為にあった。それが、変わって。教導団を出て。バイト仲間もできた。
「マリカを応援する。それに、私もいつか見つけたい」
「……うん、ありがとう」
ささやかな旅立ちの祝いに、二人はコーヒーのカップを二つ持ち上げ、軽く打ち合わせた。
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