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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第1章 13日の魔物 3

 一般人の避難誘導・救助は、なにも警察だけに任されているわけではない。
 当然、石原肥満によって編成された特別チームの中には救助・治療を専門とするチームが存在している。中でも、彼らは一般人の救助だけを目的にしているわけではなかった。
 すなわち、対魔物チームの中で傷ついた者たちの治療や救助である。
 言わば戦場の衛生兵といったところか。
 『魔物』を見る素質はあれど、まだ契約者としての力は開眼していないヤクザ者を中心に、彼らは傷ついた者たちのもとへと救急パックを持って駆けつけていくのである。
 そして――アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)もその一人だった。
「ったく、無茶ばっかするからこうなるんだよ」
「面目ねえ」
 アキラは片腕をざっくりとやられてしまっているヤクザ者の腕に、びしゃっと容赦なく消毒液をふっかけた。
 傷口に液が染みこみ、ヤクザ者の悲鳴のような声が漏れた。
「も、もちょっと優しくしてくれよっ……」
「男なんじゃ。少しは我慢せぇ」
 アキラと一緒に衛生兵として働いている、パートナーのルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がぴしゃりとそれを切り捨てる。
 用意していた包帯を、彼女は口調とは裏腹に丁寧に巻き付けていった。
 口は悪いが、腕は確かだ。ヤクザ者がそれを実感する。するとその時、彼の足下でちょこちょこと歩く小さな人影があった。
「ど、どーぞヨ……」
 それは、コップを両手で抱えてよたよたと歩いていたゆる族だった。
 名はアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)。身長はわずか30センチ。いや、それにも達していないだろうか。そのあまりの小ささと愛らしさに、一瞬、人形か何かのようにも錯覚するほどである。実際、幼い女の子の部屋にあったら人形だと思うことは間違いない。
 そんな、あの有名な童話のアリスと同じような格好をした金髪の少女が、水の入ったコップを渡そうと一生懸命手を伸ばしていた。
「あ、ああ、すまねぇ」
 ヤクザ者はそう言って、コップを受け取る。一口飲んだ冷たい水は、疲れた身体の芯まで染みこんでいくようだった。
 すると――
「アリス、そんなに珍しいノ?」
 ヤクザ者の視線に気付いたアリスが、小首をかしげながら彼に聞いた。
「い、いや、まあ珍しいだろうけどよ。そういう存在がいるってのは事前に聞いてたから……少し驚いただけさ。それに、俺たちにとっては子供の頃から読んでたあのアリスが絵本から飛び出てるみたいに見えるからな。ちょっと、嬉しくてよ」
 彼は恥ずかしそうに笑う。実際、ヤクザ者が絵本を読んでいたという話に、アキラとルシェイメアも少し笑ってしまいそうになった。いつの世も、子供の頃は無垢だということである。
「アリスは、その童話のアリスを元に作られた人形なんだよ。だから似てて当然かな。未来のパラミタには結構、そういう人形遣いがたくさんいるぜ」
「はぁー、なるほどな。そりゃ、未来が楽しみだ」
 すべてが終われば、この戦いの記憶も彼らのことも忘れてしまうというのは、事前に聞かされていることだった。
 それでも、ヤクザ者は楽しそうに笑った。
 光ある未来を。幸せな未来を。それを守ろうとする気持ちは、アキラたちも、ヤクザ者たちも同じである。人形が動く世界を見るためにも、ヤクザ者は負けてられないと自分に言い聞かせているのだった。
 と――その時だった。
「アキラっ!?」
 ルシェイメアが鬼気迫る声を発した。
 ガーゴイルが治療のために建物の蔭に隠れていたこちらを発見したのだ。
 ごうっと、翼をはためかせる盛大な音を立てて、猛スピードでこちらに降下してくる。慌ててアキラたちは逃げようとするが、間に合いそうになかった。
 すると――彼らの前に黒い影が躍り出てきたのはその時だった。
 それは二人乗りの大型可変型機晶バイクだった。2009年ではまず見られることのない、曲線と各部シーム部品とが重なり合った鋭角的なデザイン。状況に応じて人間型のロボットにも変形することの出来るそのバイクは、二人の人影を乗せたまま――ギャギャッと激しいタイヤの音を鳴らした。
 そのままフルスロットルを止めず、バイクはどんな仕組みなのか地を蹴るように跳ぶと、ガーゴイルにぶつかっていった。スピードを緩めずにガーゴイルに体当たりをかます。
 バイクはそのまま路面に着地すると、すぐに搭乗者を降ろして人間型に変形した。
「ありゃ……真司か?」
 アキラは目を見開いてその搭乗者たちを見た。
 装着していたゴーグルを額まであげたその顔は、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)その人だった。
 真司が両手に持った魔銃ケルベロスの銃口は、仲間がやられたことをかぎつけてやって来た、空中にいる他のガーゴイルたちに向けられる。
 〈アクセルギア〉――展開。
 腕時計型の加速装置が、彼の体感速度を30倍にも高めていく。
「ヴェルリア、準備はいいか」
「いつでも大丈夫です」
 瞬間――真司の姿は疾風のそれとなった。
 アキラたちの目に見えるのは、黒い影が線と点となって飛び回る音と残像のみである。いくつもの穴ぼこが空いていくのは、彼が着地した名残か。銃声と、ガーゴイルが次々と銃弾に穿たれて落下していくさま。
 人間型に変形した機晶ロボットのバックアップを受けながら、ガーゴイルたちが次々と倒されていく。
 ヴェルリアの操る大型の魔導銃――リアル・アトラスの破壊力抜群の一撃も見事なものだ。天を焼き尽くすような爆炎が、ガーゴイルたちを包み込んでいく。
 さらに、彼女の操るPBWは厄介だった。
 念動力を操るヴェルリア特有の武器であり、一つ一つが彼女の念動力に応じて独特の動きを見せる。コの字に変形して中央部に備えたレーザー射出機構で放射攻撃を行うため、ガーゴイルにとっては自分たちの周りを包囲されているのと同じようなものだ。
 次々と銃弾とレーザーの餌食になり、気付けば――
「終わったな」
 ガーゴイルたちの姿は無残に散っていた。
「真司。被害は軽微。一面のガーゴイルは殲滅完了です」
「ああ、とりあえずはなんとかなったか。…………アキラさん?」
 真司はアキラたちの姿が見えないことに気付き、彼らを探した。
 と、彼らの姿を見つける。彼らは皆、横転した車の後ろに隠れていた。
「そこでなにやってるんですか?」
「あのなぁ……」
 被害から逃れるために隠れていたわけだが――。
 それを言うのもばからしく、アキラはため息をつくばかりだった。自分もたいがい無茶をするが、真司も負けてはいない。というか、契約者が大体にしてそんなものだろうか。
「み、未来ってのは過激な世界なんだな……」
 戦いの様相を見ていたヤクザ者が、ぼそっとそう言った。