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リアクション
■ アルバムの中の過去 ■
孤児院シャングリラ。
そこが武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の育った場所だった。
普通に孤児院と言われてイメージするのとは少々違う所もあるけれど、それでも牙竜にとっての故郷であり、育ての親がいる場所だ。
そんな故郷を見て貰いたくて、牙竜はセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)を誘ってみた。
「セイニィ、俺は今年も里帰りするんだが、予定が空いていれば遊びに来ないか?」
「里帰りってことは地球? 暇だし、良いわよ」
あっさりと答えた後、セイニィは念を押す。
「遊びに行くのは、暇でやる事がないからよ。別に、あんたの故郷がどんなとこなのか、興味があるって訳じゃないんだからね。分かってる?」
「ああ、分かってる分かってる。んじゃ、詳しいことが決まったらまた連絡するわ」
早口に言ってくるセイニィに軽く手を掲げると、牙竜は早速チケットの手配に取りかかった。
駅からシャングリラまでの道のりは、牙竜とって馴染みのものだ。
道中にあるものを簡単にセイニィに説明しながら、のんびりと歩いてシャングリラの前までやってきた。
「へぇ、ここが牙竜の故郷なのね……」
セイニィはシャングリラの建物を見上げた。
施設は年代ものではあるが、手入れは行き届いている。まあ恐らく、この滞在の間に牙竜もその手入れに駆り出されるのだろうけれど。
「おーい、帰ってきたぞ」
扉を開けて呼ばわると、遊んでいた子供が顔を上げ、大声を張り上げた。
「ヒーローにぃちゃんが彼女連れてきたぞー!」
「カノジョ? あたしにも見せてー」
途端に子供たちが大騒ぎしながら集まってくる。
「彼女違うわ!」
口説き途中だ、と付け加えてから、牙竜は子供たちにジジィいるかと神父の所在を尋ねた。
「体育やってるよー。呼んでくるね」
ほどなく、子供たちに連れられた神父がやってきた。
鋭く尖った耳、歯、爪。神父というより悪魔の方が似合うのではないかという外見に加え、常に不気味な威圧感を漂わせている彼は、孤児院シャングリラの副管理者にして元諜報員、格闘技や刀など白兵戦すべてにおけるスペシャリストだ。
子供たちからどう聞いているのか、神父はセイニィに興味ありげな一瞥をくれる。
「客人か。大したおもてなしは出来ないが、自分の家だと思ってくつろいでくれ」
神父に迎え入れられて、セイニィはシャングリラの客人となった。
牙竜がセイニィにシャングリラの中を一通り案内し終えた頃を見計らい、神父が冊子のようなものを持ってやってきた。
「牙竜、貴様の部屋を整理してたらいろいろ出てきた。まずはこれだ!」
突きつけられたものはアルバムだ。
だが気になるのは、アルバムの表紙にでかでかと書かれたそのタイトル。
「おぃ……何だこの『愉快痛快悪ガキアルバム』ってのは?」
「秀逸なタイトルだとは思わんか」
自信満々の神父の様子にそこはかとなく嫌な予感がしたが、牙竜はそのアルバムを開いてみた。
「げ……」
「何この集団?」
ずらりと正座されられた子供たちの写真に、セイニィが首を傾げる。
「給食が足りなくて、クラス連中総出で校庭にあった木の実を食いあさって怒られた時のだ……。翌年から校則で、学校内に生えているものの飲食が禁止されたっけ」
「校則まで変える野性って……」
言いかけてセイニィが不意に吹き出す。そんなに木の実の話がうけたのかと思いきや、その視線の先にあるのは別の写真だ。
「み、みのむし……」
「それはスカートめくりが男子の間で流行ったときに、女子連中の反撃で簀巻きにされて逆さ吊りされた時の写真だな。……おいジジィ、まさかこのアルバム全部、こんな写真ばっかか?」
「ククク……過去の所行を想い人に見られ、悶え苦しむがいい!」
「てめぇ……!」
楽しそうな神父に内心舌打ちしたが、もう遅い。
セイニィはアルバムをめくっては笑っている。
仕方なく牙竜もアルバムを眺め、子供の頃の悪ガキぶりをいちいち説明するという羞恥プレイをさせられることとなった。
恥ずかしくはあるものの、どれもが懐かしい思い出でもある。牙竜もいつしかアルバムの写真に引き込まれていった。
その中に、見覚えのない女の子がミニスカートの端をつまんで嬉しそうに笑っている写真を見付け、牙竜は神父に言う。
「ジジィ、女の子の写真がまざってるぞ。誰、これ? 随分美少女だけど……」
「貴様だ、牙竜」
「え、俺?」
牙竜は写真を見直した。こんなのを取られるようなことがあっただろうか。
「小学校1年生にあがってすぐの頃だ。女の子ばかりスカートを穿いてずるいと言い出して聞かないから着せてみたのだ」
「着せるのはともかく、なんで写真にして残してるんだよ!」
「ゆくゆく何かに役立つのではないかと思ってな」
「……何に役立てるつもりなんだ、これを」
ぶつつきながらも、セイニィが楽しそうに見ているのを邪魔も出来ず、牙竜は過去の自分の行状がどんどん暴露されてゆくのを見守っているしか出来なかった。
アルバムをすべて見せ終えると、神父は1通の封筒を牙竜に差し出した。
「これは貴様がパラミタに旅立った時に、妻が認めた手紙だ……ありがたく読み、涙を滂沱の如く流し天に感謝せよ!」
何だろうと受け取って開いた手紙には、こう書かれていた。
貴方が捨てられてきてから随分と時が過ぎました。
門のところに捨てられていた貴方を誰かが、私の所へ抱きながら訪ねてきて、私たちに託していきました。
吹雪で姿が見えませんでしたが、一言「強く育ててくれ……」と残し、吹雪の中へ去っていきました。
私には「その時、奇跡が起こった!」としか思えない出来事でした。
元気に強い意志を持った子に育ってくれたと思います。
これから先、様々な困難があるでしょう。
恐れないでくださいな……たった1人の戦いだと思っていても、誰かが貴方を見つめ愛していることを……
「セイニィと言ったか……我ら夫婦は実の親ではない」
「親がいない……それだけで社会に出た時に不利だからな。ローンを組むのも、就職だってな……一番堪えるのが世間の目だな。みんながみんな、偏見無しで見てくれる訳じゃないからな……偏見で見る奴は大抵、発言力の強い奴に取り入ってたり、徒党を組んでるから。獲物を見付けた狼の群れだぜ、あれは……それでいて世間体を良くしようとしてるから質が悪い」
牙竜は何かを思い出したように顔をしかめてから続けた。
「だから、ジジィたちは1人でも立ち向かえるように、政治、経済、歴史などや、武器の扱い方に格闘術や剣術、サバイバル……個人の資質に合わせて、死ぬほど鍛えてくれた。厄介なことに、教育は上手くてな……気が付けばいろいろ知識や戦闘方法が身に付いてた。そうなると、自然と自信がつくんだよ……負けずに生きていけるってな……」
「だが我らには、持っている知識や経験を教え、人生の戦いを生き抜けるように教育することしか出来ん。……馬鹿な息子だが、これからも何かとよろしく頼む……無力なものだ……神父として出来ることは祈ることのみ」
神父は敬虔に十字を切った。
「父と子と精霊の御名のもとに……アーメン!」
「よ、よろしくって……こ、こんな奴心配じゃないけど! そ、そうね、馬鹿な息子ほど可愛いし、手が掛かるって言うわよね! 仕方ないから頼まれてあげるわ!」
そこまで言うと、セイニィは牙竜に向き直る。
「ベ、別に神父の顔を立てただけで、あんたの事なんか、男性だとかそんな風に考えてないんだからね!」
相変わらずのセイニィに、牙竜はつい笑みを漏らす。
「セイニィ……俺はここで育ったからパラミタに行く決心して君に出会えた……この親に感謝しないとな」
場に漂うしみじみとした雰囲気……それを壊したのは神父だった。
「ところで……孫の顔はいつ頃見れるのだ?」
「ま、ごぉ!? 牙竜、あんた、ここでどういう話をしてんのよ!」
「いや、俺は別に……違う、誤解だ!」
拳を振り上げるセイニィから、牙竜はじりじりと後退った。
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