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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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リアクション


●棺の中

 両手にはめられた手錠が重い。
 だがそれよりも首にはめられた枷……能力制御プレートはずっと重かった。
 ――これが『棺』。
 拘束された状態で押し込められた飛空艇、クランジが囚人を移送するのに使うもの、それがこの通称『棺』だ。
 早朝の空をぐんぐんと、棺は『エデン』を目指し航行していた。
 風森 望(かぜもり・のぞみ)はその中にいた。すぐ隣には、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の姿もあった。
 二人はテロ行為を働いた容疑で逮捕された。単なる容疑だろうと裁判も行われず、問答無用でエデンに放り込まれるのがこの世界だ。収監時期の長さも、監獄長が恣意的に決めているらしい。といっても、まだエデンを釈放された人間は一人もいないのだが。
「どれくらいの懲役期間になるのでしょうね?」
 ノートは、まるで他人事のように呑気な口ぶりだった。
「ところで、あなたがたはどういう理由でここに? 違法出版物? 破壊活動?」
 などと、正面に座らされた青年に話しかけている。
 青年は二人のパートナーを連れていた。
 黒髪の少女とブロンドの女性だ。
 青年は樹月刀真で、少女は漆髪月夜、封印の巫女白花がブロンドの女性だ。本日、この『棺』でエデンに運ばれるのは望とノート、あとは彼ら三人だけだった。
「お嬢様、そのような……」
 望が遮ろうとするが、ノートは平然としている。
 しかし刀真は、黙って首を振るだけだった。
「ちょっと、彼、大丈夫ですの?」
 ノートは声を上げた。
「心神喪失だかなんだか知りませんけれど、これ以上そんな辛気くさい様子じゃ息が詰まりますわ! ただでさえ憂鬱だというのに!」
「お嬢様!」
「おだまりすっとこどっこい! いつまでも望の思う通りにはいかなくってよ!」
「……おや、なにやら聞き捨てならないことをおっしゃったご様子」
「ちょっと! そんな怖い顔したからって意味ありませんわよ! どうせお互いに手枷首枷のこのざまで……!」
 望とノート、二人の声は高まるばかりだ。たまらなくなったか白花が立ち上がって、鉄格子越しに呼びかける。
「誰か……誰か来て下さいません!?」
 やがて鍵が開き量産型クランジが二体、電磁鞭を腕から伸ばした状態で入ってきた。
「あの二人が……!」
 白花は望とノートを指したが、次の瞬間にはもう、両手を合わせて作った拳で、背後から量産型の頭部を一撃していた。
 白花だけではない。
 月夜も同時に、同じクランジに足払いをかけていた。
 望とノートも同時に、もう一体のクランジに飛びかかっている。しなる鞭の一撃を鼻先で避けるとノートは肩から体当たりし、望が腕を巻きつけてクランジの首を絞め上げた。
 そう、四人ともすでに、手錠を外していたのだ。
 どこかから戻ってきた刀真が、両手に握るひと振りずつの剣をともにクランジの頭部に深々と突き刺すと、いずれのクランジも動かなくなった。
「本当だったのね、あの噂」
 刀真が投げ渡してきたハンドガンを受け取ると、弾倉を確かめて月夜は言った。
「獄長のゼータが、収監者の武器も一緒に溜め込んでいるという噂ですよね? 同じ『棺』で運んでいるなんて……馬鹿にされたものです」
 望は龍銃ヴィシャスを腰に戻すと、首にはめられた枷を外し窓の外に投げ捨てていた。
「残っている量産型はいません。『棺』は制圧しました」
 白花が戻ってきて告げた。
 わざと逮捕され、移送時に棺を乗っ取る……これが風森望の立てた作戦だった。
 刀真の協力を提案したのはノート・シュヴェルトライテである。互いにレジスタンスから外れた非主流派の抵抗勢力同士、横のつながりがあった。
「移送が行われるまでの数日だったとはいえ、なんとも不快な経験でしたわね、これ!」
 ノートも忌々しげに制御パネルを外して、これを白いブーツの爪先で蹴り飛ばした。
「つけている間、本当に無力になってしまうんですもの」
「そうですね」
 望の右手には小型の装置があった。
 見たところ、簡単なスイッチがついただけの小箱のようである。
 ただし、単なる箱ではないのだ。これはスカサハ・オイフェウスの開発した無効化装置だった。このボタンを押した途端、数多くの契約者やそのパートナーたちを苦しめてきたこの枷が、簡単に無力となり外せるようになるのだ。効果範囲は半径一メートル程度のようだが、全員が『棺』のなかに膝突き合わせて座らされていたのでそれで充分すぎるほどだった。
 スカサハが開発し、ジェイコブが受け取ったこの装置が、なぜ彼女たちの手にあるのか。
 数日前のことだ。空京郊外の荒廃地で風森望は、傷を負い死にかけている鷹を保護した。
 その鷹の足に、これがくくりつけてあった。
 付属する説明書きから、これがレジスタンスのものであることを望は知ったが、彼女はこれをレジスタンスに届けるということをしなかった。
 まず第一に、現在のレジスタンスがどこにいるかを望は知らない。かつては望もレジスタンスに籍を置いたことがあるが、ルカルカ・ルーとは意見の相違があり、
「背を預けることができない方と無理に共闘したとて、余計な負担となるだけでしょう? ならば邪魔にならぬよう、互いに利用しあうということでよろしいのでは?」
 という言葉を残して、ノートとともに立ち去ってしまったからである。
 鷹の回復を待って届けさせるという方法もあるが、あいにくと望はそこまでお人好しではない。『利用しあう』という宣言の通りに行動したのだった。
 といっても彼女とて、レジスタンスを邪魔するつもりはなかった。
 この装置の所在からも、いよいよレジスタンスが総攻撃に入ると判断して、刀真と連絡を取り合って行動に入ったのである。
「さて……これでエデンまでの足は確保しましたが……」
 望は思考を中断した。
「来て!」
 棺の前方から月夜が呼ばわるのが聞こえたのだ。
「見て下さい。『エデンへの囚人搬送は中止。速やかに地上に帰投せよ』とというメッセージが」
 操縦桿の前に用意されたモニターを月夜は指し示す。
 モニターには文字だけが表示されていた。音声通信の傍受を警戒して、クランジたちは暗号化された文字メッセージをやりとりする傾向がある。
「どういうことですの!?」
 というノートの言葉に応えるように、モニターには新たなメッセージが表示された。
 メッセージは、以下のものだった。
『ルカルカ・ルー以下、レジスタンスのエデン侵入を確認したため。
 なお、レジスタンスの侵入は予期されていたため速やかに拘束することが可能。応援部隊は不要』