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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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●Desolation Row (2)

 ルカルカとクラフトの握手に大きな拍手をして、
「しようよ、作戦のお話」
 と、その場の視線を一気に集めた姿があった。
 入口から姿を見せ白衣の女性だった。医師の白衣だ。ただ、その白衣はほうぼうは血の染みで赤黒く汚れており、裾も激しく消耗していた。
「まだ? ねえ? こう見えて忙しいんでね!」
 という発言の主が九条 ジェライザ・ローズだとわかった途端、クランジλ(ラムダ)は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「嫌っ! ボク……あの人……怖い……!」
「大丈夫。あの人はラムダにはなにもしないから。あたしが、なにもさせないから……」
 アテフェフ・アル・カイユームがラムダの肩を抱き言い聞かせている。その一方でアテフェフは、厳しい視線をジェライザ・ローズに向けていた。
 アテフェフは医師。ローズも医師。しかし両者の目指すところはあまりに異なっていた。
 ローズはアテフェフの目を見ても動じない。そればかりか、嘲笑うようにフンと鼻を鳴らして、奥のスツールに腰を下ろした。
 しかし、
「九条ジェライザ・ローズ、あなたは今回の作戦(オペレーション)には無関係だと思うけど?」
 と言ってその隣に着席した姿があった。
 ヌーメーニアーだ。
 褐色の肌。銀の髪。やや吊り目気味の赤い瞳は、砂漠に昇る月を思わせる。
 アテフェフのように怒りを込めた視線をヌーメーニアーは見せない。だが、剥き身ではないだけで、彼女の眼光には刃の薄寒さがあった。いつでも抜くことのできる日本刀のようだった。
 しかしローズは動じなかった。舌を出して笑った。
「また会ったね。鬼崎朔(※)さん……!」
「その名前は捨てた。今は『ヌーメーニアー』だ」
「承知の上だよ。ヌーメーニアーっての、古代ギリシャ語で『新月』って意味だったかね……よく似合ってる」
「あいにくと、お前と世間話する時間はない」
「そう? 似たもの同士仲良くしようよ。ヌーメーニアー、あなた、体の半分くらいは自前じゃないんだってね……?」
 言いながらローズは、白衣の両袖をまくり上げて見せた。
私みたいに……!
 ラムダが悲鳴を上げた。
 すでに『事情』をある程度知っている者も、そうでない者も、その場にいる者はみな息を飲まずにはいられなかった。
 ローズの肌は雪のように白い。だが両の腕はまるで違う。浅黒く、ごつごつした腕だ。うっすらと体毛も生えている。ローズが白衣をさらにまくると、二の腕の中ほどで腕が継がれているのがはっきりとわかった。別人の腕、それも男性の腕を、自分の両腕として移植しているのだ。腕の太さが違うだけに、継ぎ目はひどくいびつである。
 周囲の反応を楽しむようにハミングしながら、ローズは右側の目を大きく見開いてヌーメーニアーに顔を寄せた。
「こっちの目もね。ほら、瞳の色が違うだろう? 左目が私の本来の目、右は腕と同じく移植した目……私の愛する人からもらったもの」
「それがどうした」
 ヌーメーニアーはローズの襟首をつかむと、額同士がぶつかるほどに自分の顔も近づけた。そして吼えるようにこう言った。
「そうとも。私はこの戦争のせいで廃人になりかけた。……いや、実際廃人だった。体も、心も。半ば以上機械に体を置き換えたのは生きていくためだ。戦うためだ。ローズ、お前のようにノスタルジアからじゃない!」
「ノスタルジア? 違う。腕の移植も眼の移植も、すべては私が、復讐をするために必要な処置。連中への恨みを忘れないためのね。だから『似たもの同士』と言ったまでだよ」
 二人は立ち上がっていた。ヌーメーニアーはローズの、ローズはヌーメーニアーの、それぞれの胸ぐらをつかんだまま一歩も引かない。
「聞いてるぞ。ローズ、お前が医師の立場を利用して、非人道的な実験をしているということを」
「『科学的支援』と言ってもらいたいね」
 ローズは赤い口を開いて笑った。
「実験をしていることは否定しないよ。体の改造から脳の直接干渉……開頭手術ともロボトミーともいうね。戦闘に邪魔な思考や感情や趣味や記憶なんかを排除するんだ。まあ、実用にはまだ至らないけど、動物での実験は上々だよ。手足がもげようが士気の落ちない勇敢な戦士を作ってるってわけ。非人道的って言うけど、この世界で『人道』なんて糞の役にも立ちゃしないから」
「そんなものを実用したら奴らと同じだ!」
「毒をもって毒を制す……私は現実を直視しているだけ。止める権利はあなたにはない」
「今ここで止めてやっても……」
 このとき、
「ヤめロ」
 両者の間に立ち入り、ぐいと力を込めて二人を引き離したのはクランジξ(クシー)だった。これまでずっと、誰の話も聞いていないような顔をしていたのだが、こらえきれなくなったのだろうか。
「ラムダが怖がってル。二人とも喧嘩すルため来たんじゃないダロ? リラックスOK?」
 クシーは白い八重歯を見せて笑っていたが、目は真剣だった。
「けど、この女は……」
 ヌーメーニアーが抗弁しようとするも、彼女はその腕をアテフェフにつかまれていた。
「あたしからもお願いするわ。クシーの言っている通りよ。それに、いま味方同士争うことは百害あって一利なしでしょう?」
「……わかったよ」
「そう、ヌーメーニアーなら判ってクレると思っテた」
 クシーが両手を挙げた。ぱんとヌーメーニアーはこれにハイタッチした。
「大丈夫だよ……ね? ね?」
 ラムダが泣きそうな顔をしていたので、朔は微笑してそのヌーメーニアーを撫でる。
「ああ。大丈夫だ」
 これを見て冷笑を浮かべると、
「私はもともとケンカするつもりじゃなかったものでね」
 ローズも引き下がった。

※正史では『椎堂 朔(しどう・さく)』となるが、この世界において朔は結婚していおらず2024年現在も『鬼崎』姓のままである。

「やれやれ」
 にわかに持ち上がった緊張に、シリウスは腰を浮かしかけていたが、とりあえず収束したようなので背もたれに身を任せ溜息をついた。ロボトミー云々というのは穏やかじゃない。時間があったら調べよう――とは思った。
 シリウスはふと横を向いてぎょっとする。リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がその背に負った剣『対星剣・オルタナティヴ7』に手をかけた姿勢で立っていたのだ。彼女ばかりではない。サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)も腰に佩く剣の柄を握っていた。
「おい、二人とも……それは、な」
 シリウスは冷たい汗を額に感じながら、両手を下げて『穏便に』と合図した。
「シリウス、あの医師の行っている暴挙、看過していいとお思いですか」
 噴飯やるかたなしとでも言うように、リーブラはシリウスに詰め寄った。
「非人道的なロボトミーなど、絶対に認めてはいけません。私もヌーメーニアーの意見に賛成です。汚れ役が必要ならば、いつでも私が斬り捨てましょう」
 リーブラの口調は強い。どこかしら及び腰のシリウスとは好対照だ。十二星華の一人ティセラ・リーブラがクランジ戦争で帰らぬ人になってから、その遺志を引き継ごうというのか彼女は、強い正義感と曲げぬ信念を抱くようになった。強すぎるほどに。
「ボクも同感だ。あの人……いつか大いなる禍根となるかもしれない」
 サビクも険しい表情だった。
「弱気で言ってるんじゃないが」
 と断っておきながら、シリウスは弱気な自分を意識せずにはおれない。
「あいつ……ローズか。それほど悪い人間には見えないんだ。俺にはね」
 一方でジェイコブ・バウアーは、シリウスらとはまた別の感慨を抱いている。
 ――クランジξか。遊んでいるかと思えば仲裁に入り……真意がまるで読めない。気まぐれな猫のような。
 ジェイコブは、レジスタンスの活動にほぼ最初から参加していた。参加のきっかけは、かつて所属していた第4師団がクランジの一方的な「屠殺」に遭い、その絶望的な後退戦の中でパートナーと生き別れになったことにある。
 ただしジェイコブは、パートナーの生存を確信している。彼女とのつながりを今も感じるのだ。しかし彼は、パートナーとの再会にはそれほど期待していなかった。それは『希望』としてすがるにはあまりに心細い糸だった。
 ジェイコブは現実主義者を自負している。少なくとも他のレジスタンスメンバーのようには、クランジの二人を信用してはいない。
 ――クシーが俺たちに手を貸す理由、それが『オミクロンのやることが気に食わない』というのであれば、人間も気に食わなくなれば平然と裏切るだろう。
 また、ラムダについても、精神のバランスを崩している者が実際の戦いでどれほど役に立つか疑問視していた。いつかラムダが暴走し、敵味方関係なく攻撃をしかけてくる可能性は否定しえない。
 ジェイコブの見たところ、クシー、ラムダが敵に回ったとき躊躇なく撃てるのは、レジスタンス内でも数名だと思われた。
 だが自分は少なくとも、背後からでも彼女らを撃てる――ジェイコブは考えている。それが必要であるならば。
 クシーに引き離されてもジェライザ・ローズは平然としていた。余談が長くなったけど、と前置きして彼女は言った。
「今回の作戦について、私は無関係ではないと思うんだ。なぜって、私の新しい助手に作戦に参加してもらおうと思っているからね」
 薄笑みを浮かべてローズは振り向いた。
「さあ、入っていいよ。ファイス」
「ファイス?」
 ヌーメーニアーは顔色を変えた。
 彼女ばかりではない。七枷陣は立ち上がり、クシーも「Really?」と訊き返した。
「『ファイス』って言ったら……そりゃあ……」
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の言葉をダリルが継ぐ。
クランジφ(ファイ)、この世界で目撃された最初のクランジの一人だな」
 暗がりから、カシャ、カシャッ、と古いカメラのシャッターを切るような音が聞こえてきた。
「訂正を求めたい。コードネーム『ファイ』はすでに本機の名ではない。その名はすでに破棄している」
 姿を見せたのは、真新しい白衣に身を包んだ少女だった。歩くたび、カシャカシャと機械音が立つ。間接が音を立てているのだろうか。シャッターに似た音は小刻みに続いた。
 音が止まった。彼女がローズのそばで停止したのだ。
 くすんだブルネットを三つ編みにし、さらにこれを頭の後ろで巻いてシニヨンにしている。肌は白いというより青白いというものに近く、険のある目線とあいまって近寄りがたい印象を受けた。しかし、美少女といってまず間違いないだろう。
「久闊を詫びる。初対面の人は、以後見知りおきを。本機のことは『ファイス』と呼んでほしい」
 数年前一度だけ姿を見せ、その後消息不明となったクランジ……クランジφ(ファイ)ことファイス・G・クルーンだった。
 ――またクランジか。
 ジェイコブ・バウアーは皮肉を感じずにはおれない。
 クランジと戦うためクランジを使う。凄まじい時代になったものだ。