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女王危篤──シャンバラの決断

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女王危篤──シャンバラの決断
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ヒダカ

「もしかして……ヒダカさん?」
 空京。使節団の臨時事務所兼倉庫にやってきた人物に、西シャンバラ・ロイヤルガードジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)が自信なさそうに聞く。
「そうだ」
 答えたのは透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)。当のヒダカ・ラクシャーサらしき人物は、ただただ着ぶくれて、マスクの奥で何か言ったかもしれないが、ジョシュアの耳には聞き取れなかった。
 頭だけでも帽子、マスク、飛行用ゴーグル、マフラー、耳あてをつけている。ヒダカはガリガリに痩せているのだが、着ぶくれして、けっこうなぽっちゃり体型に見えている。これなら転んでも怪我はしないだろう。ダウンの上にどてら……なかなか無い着こなしである。
 もともと着ぶくれていたところに、(状態、あまり良くなさそうだな……)と心配した透玻がさらに防寒用具を渡したので、こういう状態になっていた。
「どうしても寒い、と言うからな。動きにくそうなので、こうして付き添っている」
 ジョシュアはふうと息をういた。ヒダカを保護する葦原明倫館の生徒(透玻)が一緒で、妙に着ぶくれている事から、もしやと思って声をかけたのだ
「そっか。これじゃヒダカさんを探しても、見つからない訳だね。
 そういえば幸村さんは一緒じゃなかったの?」
「彼なら、特使の体調が悪くて検査中だから、こちらに来るまで待つそうだ。ぼうっとしているのも気が引けると、私のパートナーと共に荷運びの手伝いに行った。おそらくコンテナの方にいるのではないかな?」


 その頃、使節団の荷物をコンテナに運び入れている現場では、真田 幸村(さなだ・ゆきむら)璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)と共に、荷物を運んでいた。
「これで一段落かな?」
「そのようですね」
 荷物をコンテナに詰めて出てくると、幸村の背中をいきなり叩いてくる者がいる。
「おーす、幸村! 元気にしてっか?」
「誰かと思えば、神尾殿か」
 神尾 惣介(かみお・そうすけ)はカラカラと笑った。
「殿って、ほどのモンじゃねよ。
 幸村こそ、なんかハイナの嬢ちゃんから手紙をもらってたな」
「ああ、総奉行殿から託された」
「まさか恋文か!? うひょー! 幸村も隅に置けねぇぜ!」
 惣介の冗談を、幸村は真に受けた。
「そ、そのような文ではない。亜米利加よりミスター・ラングレイ……いや、特使の砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)宛ての文書だ」
「かの有名な【性帝】砕音宛の手紙か? そりゃ、どんな物だ?」
 惣介の言葉に、幸村は少々戸惑った表情で、懐から封筒を取り出す。ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)から渡された手紙だが。
「このような状態だ……」
「おいおい、人様の手紙をずいぶんと大胆に開封したな」
 手紙は一片を切り取られ、明らかに誰かが読んだ後だ。
「俺ではない。総奉行殿が、開封するなり爆発したり、タンソキンなどの怪しい粉が入っていてはいけない、と中身を確認されたのだ」
 惣介は呆れる。
「米国ってな、そこまでするかもしれねぇのか? 無理矢理はいただけねぇな。奴さんも今はパラミタで婚約して幸せな身なんだろ? その幸せを壊すようなマネは俺の武士道に反するぜ。
 そもそも何が書かれてたんだ?」
 惣介は手紙を読んでみる。が、その眉間にシワがよる。
「……で、これは何がどうだって?」
 手紙は堅苦しいアメリカ英語で書かれていた。
「ここはジョシュアに聞いてみっか……」
 ジョシュアはアメイカはオハイオ州の出身だ。
 先程ジョシュアから、ヒダカと透玻に合流した、とメールが来ている。


 パートナー達が合流すると、ジョシュアは開封された手紙を読んでみた。
「うーん……要は、『昔の事は悪いと思ってるので、事を荒立てないでね』って頼んでるみたい。『君がアメリカ国民として国家の機密を守るなら、我々も相応の態度で君を迎えよう』……なんか、あやしげだな。差出人はCIAの偉い人だよ」
「国家機密ってな大事だな」
 惣介の言葉に、ジョシュアは首をかしげる。
「そもそもCIA自体が機密の固まりだからね。あの人がCIA職員です、とか、こんな仕事やってました、とか、そういうのが全部、機密になるんじゃないかな」
「亜米利加国における忍びのようなものか?」
 幸村の問いに、ジョシュアはうなずく。
「そうなるかな。敵の陣地に忍び込んで、情報を探ったり工作するのが仕事だから」
 などと話していると、そこに当の砕音がやってきた。
「きな臭い話をしてるな……」
 耳に入った「CIA」という言葉に、嫌な予感を覚えているようだ。
「ラングレイ、久しぶりだ。加減はもう良いのか?」
「点滴を二本打って復活した。俺に何か用があって探していると生徒が言ってたが?」
 幸村は、ちらと惣介とジョシュアを見てから、砕音に手紙を渡す。ハイナから渡され、また開封された経緯も説明する。
 砕音は渋い顔で手紙を読んだ。
「……感想は『うえー』。まあ、この手紙の主は、最近になって、しょーもないCIAを改革する為に外部から入局した人なので、『よく知らないのに、こんなに謝らせてどうもすみません』としか言えないな」
「米国の連中、何を目論んでんだ?」
 惣介がストレートに聞いた。
「昔、職業上知った秘密は漏らさないでね、と頼んでる。
 ただなぁ。この人は俺が知らないと思ってるようだけど、俺が聖アトラーテ病院に入院してた時、CIAが交渉なり暗殺なりを考えて近くに潜入してて、林 紅月にさくっと始末されてるんだが……」
「信用ならねぇな」
 惣介は、気に入らない、という顔だ。砕音は恨めしそうに手紙を見る。
「公開して一般人に迷惑かかるような情報を公にするつもりはない、とは返事しておこう」


 人騒がせな手紙がある一方で、想いを込めた手紙もある。
 透玻と一仕事終えた璃央は、使節団事務所の一角で、女王への手紙を書くことにした

「シャンバラという国が…いや、あなたがいなかったなら
 私は『私の大事な人』と会うこともなかったに違いない。

 彼が前生を生きた国、
 そして、今生を生きる国の女王陛下……
 本当に、ありがとう。

 願わくば、この手紙が、道しるべの1つになりますように」

 その手紙を書き終えた透玻は、そっと目の前にいる『大事な人』を見た。
 璃央は視線に気付いた様子もなく、手紙に向き合っていた。

「五千年前を生きた者の一人として、
 貴女様の回復と、心の安寧を切にお祈り申し上げます」

 そう記した簡単な手紙に、一輪の花を添える。

「せめて女王様の意識がお戻りになるといいのですが……」
 そうつぶやいた璃央に、透玻が笑いかける。
「私も微力ながら治療を手伝い、驚きの歌でサポートするつもりだ。この縁の礼は返さなくてはな」



 事務所に置かれた旧式のストーブの前に、ヒダカが陣取っていた。
「熱くない?」
 ジョシュアが聞く。ヒダカは先程と同じ、ころころに着ぶくれたまま、うなずく。
「島が滅んだあの時から……俺はずっと寒風の中にいたようだものだ……」
 着ぶくれていなければ、憂いに満ちた光景だったのだが。
 ゴロン。透玻が渡した湯たんぽが、どてらから落ちた。
 ジョシュアは眩暈を覚える。
「ここまでしても寒いなんて……そうだ、道中、手を繋いで行くっていうのはどうかな?」
「手?」
 ヒダカは自身の、手袋に包まれた手を見た。
「うん、ボクが地球でパパとママと寒い日に出かける時は手を繋いで歩いてたんだ。
そうすると不思議と寒さを感じなかったんだよね」
 ジョシュアは、ヒダカの手を取った。ヒダカはしばらく考え、マスクの奥でボソボソとつぶやいた。
「……まあ、お前ならいいか」
 近しい存在だと思っているのか、それとも子供だからか。
 ジョシュアはその理由が気になったが、話を続ける。
「あとね、治療助手としてのお役目を全うする事が出来たら、ヒダカさんが地球に行っていいって、ハイナ総奉行からお許しが出たよ。
 地球に行ければ、故郷の地は踏めなくても、その近くにまで行って亡くなった同郷の人達のお墓を建てられるかもしれない」
 ヒダカは、故郷の青く美しい海とまばゆい太陽を思い起こした。
「……ならば、とっとと役目を果たしてくるか」
 ヒダカは転がりそうになりながら立ち上がる。そして、もそもそと紙束を取り出して、術に使うだろう呪符を作りはじめる。ジョシュアは着すぎで動きの鈍い彼に代わり、細かい作業を手伝った。