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運命の赤い糸

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運命の赤い糸

リアクション



今回も危険は真後ろです


 アルコリア達の渾身の一撃と饕餮の馬力に任せたパンチがぶつかり合った衝撃で、ついにロープは切れてミツエと未沙は宙に投げ出されてしまった。
「ミツエさん、どうせなら気持ちよく終わろうね……」
「嫌よ! こんな終わり方……っていうか、そこから離れなさいよ! 胸を揉むなー!」
 浮遊感が消えた刹那、二人はぐんぐん地面に近づいていく。
 ミツエは助けを呼ぼうと周りを見回したが、味方のイコンや龍騎士はアイアスの龍騎士達と交戦中だ。そもそもミツエと未沙がこんなところにいるとは思ってもいないだろう。
「未沙、何かないの!?」
 この状況を招いた元凶に大声で尋ねた時、視界の端に小型飛空艇を捉え、それはあっという間に接近してきて二人の体を受け止めた。
 お礼を言おうと運転手のほうを見たミツエの目に、とても目つきの悪い男が映る。
「あの野郎に選ばれるくらいだからな。なかなかの奴なんだろうと思えば……こんなとこで何やってんだ?」
 呆れや苛立ちの混じった顔で言うのは白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だ。
 ミツエはムッとして言い返す。
「好んでここにいたわけじゃないわよ。けど、死ぬとこだったから、礼は言うわ」
「いらねぇよ。俺がここに来たのはなァ、てめぇがアスコル野郎のパートナーになって、奴に余計な弱点ができるのが気に食わねぇからだ。奴を倒すのはこの俺だ! てめぇはすっ込んでろ」
「目つきも悪いけど口も悪いわね! ……わわっ」
 急に、飛空艇の高度が落ちた。
 竜造はしれっと言った。
「一人用に三人も乗ってんだ。重量オーバーだ」
 竜造が飛ばしているのは小型飛空艇ヘリファルテ。スピードはあるが一人用。
 それでも墜落することなく、地上一メートルほどまで下りると、竜造はミツエと未沙を放り出した。
 ミツエが怒鳴り声を上げる前にさっさと反転する。
 公称1000人の配下はいらねェ、と言い捨てて。
 未沙と結ばれていたロープを切ったミツエは、饕餮を思い出してその姿を探した。
 離れててもその巨体はすぐ見つかったが、一番頑丈にしてあるボディ部分に大きなへこみを見て驚愕に目を見開く。
 自分がピンピンしているのだから、詰め込んだ三人の英霊達のことはそれほど心配はしていない。それよりも今は饕餮が故障していないかのほうが重要だった。
 リモコンを持っているだろうアツシの姿が見えないことに、ミツエは苛立ちに地面を蹴った。
 一方、アルコリア達はというと。
 饕餮からだいぶ離れたところで疲れと傷で動けずにいた。
 一人、ラズンだけが暗い愉悦の笑い声を立てている。
「龍騎士が即死するわけだな……」
 シーマのこぼした声に、ラズンがリジェネーションをかける。アルコリアにはすでにかけられていて、じょじょに傷は癒されていっていた。
 続いてナコトにも魔法をかけ、最後に自分に。
「生きてたから、また痛いのも痛くするのもできるね」
 人型となったラズンの目がうっとりと空のほうを見上げた。

 竜造はヘリファルテの最高速度で敵龍騎士に突っ込みながら、アボミネーション、冥府の瘴気、と一つ一つ魔法をかけていく。
 目標は運命の赤い糸だが、その前に龍騎士達が邪魔だった。
 最初の従龍騎士に虎徹で斬りつける。
 従龍騎士は槍で刃を弾いた。
「邪魔する気か……上等じゃねぇか」
 竜造は、ちらりと赤い糸を見上げて皮肉気に笑う。
「運命の赤い糸ってのを表現するにしては、いい趣味してるじゃねぇか。その恋路を邪魔するこの外道は、そう簡単には引き下がらねぇぞ!」
 封印解凍も加えて従龍騎士に挑めば、敵もピリピリとした殺気で応じた。
「大帝の邪魔をする者はすべて排除する!」
「排除されんのはてめぇだ!」
 基本的にすれ違う瞬間の攻防になるが、どちらも譲らずなかなか勝負はつきそうにない。
 そのまま突っ切ってしまおうにも、囲まれていてそれもできない。
 それなら全部倒すだけだ、と竜造は虎徹を握り直した。
 地上でアツシを探すミツエは、ふと呼び止められた。
 そちらを見たミツエは、失礼とは思いつつも何となく引いてしまった。
 そんな彼女の反応もまったく意に介さず、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は不気味な笑みを浮かべながら「ねぇ」と話しかける。
「どうしてそんなに大帝との契約を嫌がるのかな。大帝のパートナーになれば、乙王朝は帝国との対等な同盟国となることが可能だと思うし、国として帝国に正式に認められることは、パラミタに覇を唱えんとする王朝にとって重要なことだと思うんだけど」
「そうね。契約して権力を握るのも悪くないわね」
「それなら、アイアスに話し合いを申し込んだらどうかな。ボクが説得に行くよ」
 眼鏡の奥でブルタの目が鋭く光った時、イリアスが割り込んできた。
「ミツエ殿、本気でそうお考えか!」
 ブルタはミツエとイリアスの間に立ちふさがり、彼に向かって声を張り上げる。
「黙れ。真に大帝の臣下であるならば、大帝の力を信じないでどうするか!」
 別人のような迫力に、ミツエもイリアスも目を丸くした。
 が、イリアスはすぐに威圧的にブルタを見据える。
「大帝のために危険な芽はどんなに小さくとも潰すのだ。……ミツエ殿、先ほどの発言は……」
「ブルタの言うこともいい考えだけど、一つ、気に入らないことがあるのよ」
 上空の運命の赤い糸を睨みつけ、フンと鼻を鳴らすミツエ。
「あたしと契約したいなら、本人が来るべきよ!」
 言い切ったミツエに、この場にいなかった者の声が強く同意を示した。
「その通り! こんな契約の仕方を認めるわけにはいかないぜ! 仮にも大帝を名乗るくらいなら、自分が出てきて自分の言葉でミツエを口説くべきだ。それが男だろ!」
 天御柱学院のパイロットスーツを着た御剣 紫音(みつるぎ・しおん)だった。
 彼女の目は、まっすぐイリアスを向いている。
 それから、ふと挑発的な笑みをした。
「──それとも、大衆に振られたことがわかってしまうのが怖いのか?」
「貴様、大帝を侮辱するかッ」
「だったら、アスコルド大帝自ら来いってんだ」
 すでに旧主とはいえ、馬鹿にされたことに怒りで身を震わせるイリアスを鼻で笑い、紫音はイーグリット【ゲイ・ボルグ アサルト】に乗り込んだ。
 中では綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が出撃準備を整えて待っていた。
「ええんどすか? あの龍騎士さんをあんなふうに怒らせて。味方やろ?」
「あれで怒ってまた敵になるなら、あいつはいい加減な奴だったってことだ」
 が、モニターから見えるイリアスにその様子はない。
 それどころか、聞き捨てならない言葉が拾われた。
『あのようなおなごに男を語られるとは……!』
「俺は男だ〜!」
 突然のゲイ・ボルグからの叫び、イリアス達はビクッと飛び上がった。
「風花! あの邪魔な龍騎士どもを蹴散らすぞ!」
「はい。……あの、あんまり頭に血を上らせて戦うのは、良くないと思いますぇ」
 ムスッとした表情のまま、紫音は深呼吸を数回繰り返す。
 効果のほどはわからない。
 が、上空の戦いに参加するべく地を蹴り、ビームサーベルを起動した。
 近づいてくる同士討ちの場を見据え、紫音は風花に戦況を尋ねた。
「今は五分のようどすが、それは饕餮がいないからでしょうなぁ。先ほどの戦いから見ますに、戦線復帰したら確実に不利どすぇ」
「なるほど。早いとこリモコンを取り戻してほしいところだな。それはともかく、俺達は敵を倒して赤い糸を破壊する!」
「はい」
 参戦してきたゲイ・ボルグに気づいた龍騎士が、さっそく挑みかかってきた。
 激しい攻防を繰り広げる中、風花は戦場から離れたところに空京大学のイコン、アルジュナを見つけた。
 何をするつもりかと思えば、プラズマライフルで赤い糸を狙っている。
 ふと、敵龍騎士達の戦意に綻びができた。
 紫音はそれを見逃さず、目の前の龍騎士を斬り伏せた。
 アルジュナ【インドラ】のパイロット宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)那須 朱美(なす・あけみ)がクスッと笑う。
 インドラの肩にはリリカルあおいが乗っている。途中で拾ったのだ。
「これもあれを傷つけることはできないようですが、わかっていても気になってしまうみたいね」
「祥子、休まずいくわよ。あおいも頼んだわよ!」
 朱美の元気の良い呼びかけに、あおいからも元気の良い返事がくる。
 プラズマライフルとシューティングスター☆彡が赤い糸に撃ち込まれ、降り注ぐ。
 祥子はゲイ・ボルグがこちらの動きにより、意識がそれた敵龍騎士を攻撃していることに気づき、口元を綻ばせた。
 何も言わずとも、見ている者は見ているようだ。そのうち、他の味方も気づくだろう。
「それにしても、あの兜にくっつけたモヒカンはいいアイデアだったわね」
「ふふ。間違えて味方を攻撃したら大変だものね」
 祥子の案により、イリアス配下の龍騎士と従龍騎士の兜には、味方の目印としてモヒカンが付けられていた。
 最初は渋った彼らだが、
「間違えて攻撃したら目も当てられないわ」
 と言った祥子に頷かざるをえず、くっつけたというわけだった。
 おかげで、混戦になっても区別をつけられている。
『ねぇ、ずっとこうしてるわけにもいかないよねぇ?』
 あおいからの疑問はもっともで、祥子はそれについても対策を持っていた。
「私に考えがあるんだけど……今はまだ、その時じゃないの。後でちゃんと話すから、もう少し力を貸してほしいわ」
『──わかった。がんばろう』
 移動する赤い糸と、敵龍騎士の動きに気をつけながら、インドラとあおいはできることを続けた。

 ずいぶん大きくなった運命の赤い糸は、間違いようもなくミツエを目指している。
「ミツエー! 私のイコンに乗って移動するですよー」
 イーグリット【スカイフォーチュン】の開いたハッチから、桐生 ひな(きりゅう・ひな)が顔を覗かせてミツエを呼ぶ。
 走って移動しても意味がなさそうなので、ミツエは素直に頷いた。
「ナリュキと一緒に乗ってくださいです〜」
 ちょっと狭いですけど我慢してくださいね、と言うひなに、ミツエは何やら不吉な予感がしてならなかった。
 赤い糸の危機か、ナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)の危機か……。
「何をしておるのじゃ。早く乗らんと、あれに追いつかれるにゃ」
 ひなに代わってナリュキが顔を出し、ミツエを機内に引き込んだ。
「わらわの膝の上で我慢してくれ」
 やっぱり降りようとミツエが言い出す前に、ナリュキが安全ベルトで二人を固定する。
 その頃ひなは戦況を確認していた。
 思った通り、少しずつ下がってきている。赤い糸の移動に合わせて。
「龍騎士に目を付けられる前に行くですよー」
 攻撃された時に備えてアサルトライフルを持たせる。
 離陸時による加重がやわらぐと、さっそくナリュキが自らの使命と言っている胸育を始めた。
 背後から胸を鷲掴みにされたミツエは、思わず叫んだ。
「やっぱり予感は当たったわ!」
「なんじゃ。わらわのレッスンを待っていたのかにゃ。では、今日はとことんやらせてもらおうかの」
「やんないでいいっての!」
「むぅ、あまり育っておらんのぅ。やはりしばらく離れておったから……」
「未沙といいあんたといい、人の話を聞けー!」
 バタバタと暴れるミツエに、ナリュキはさすがに押さえ込めず、
「これ、落ち着くのじゃ。そのうち気持ちよくなるかりゃ」
 と、宥めようとするが、かえって逆効果だったり。
 とうとうミツエは安全ベルトを外してスカイフォーチュンの外へ飛び出した。
 これにはナリュキも驚いた。
 ミツエも驚いた。
「こんな高いとこまで上ってたのー!?」
 先ほどは未沙がいたが、今回は一人だ。
 その時は運良く竜造に助けられたが、今度は──?
「……あ、あれ?」
 何らかの衝撃の後、ミツエの体は宙に浮いていた。
 彼女自身が何かをしたわけではない。
「何、なんか背中が生暖かい……。ちょっと、何なの、気持ち悪い……っ」
 後ろから拘束してくる何かの正体を知りたくてもがいてみたが、不意に眠気に襲われてそのまま眠りに落ちていった。
「生暖かくて、気持ち悪くてわるかったな」
 声と共に、景色から滲み出るように人の輪郭が現れる。
「ま、そのまま眠っててくれや」
 呟いた国頭 武尊(くにがみ・たける)は、サイコキネシスでロープを操って自分とミツエに巻きつけた。
 宮殿用飛行翼を羽ばたかせ、一直線に運命の赤い糸を目指す。
 武尊は、聞いていないだろうミツエにか、あるいは独り言か、思いはパラ実に向けて呟いた。
「悪く思うなよ。正直なところ、パラ実に災厄を呼び込む君には、近場にいてほしくないんだよ。だから、さっさと大帝と契約して、帝国を二分する内乱でも何でも、オレの目の届かないところで好きにやってくれ」
 ミツエを赤い大河と接触させる際、ロープを切ってミツエだけを放り込むか、万が一を考えて自分も突っ込むか、武尊は迷った。
 が、それはわずかな時間で、結論はすぐに出る。
 これまでのミツエの強運から見て、放り込むのは失敗するかもしれない。
 ならば、自分も行くべきだ。
 プラズマライフルやシューティングスター☆彡にはビクともしない赤い糸だが、武尊はあまり心配していなかった。
 狙いがミツエだからだ。
 戦闘中の龍騎士達が邪魔だが、迂回すればどうにかなるだろう。
 と、進路を決めた時。
「ウルトラ・ダイビング・ゲブータックルー!」
 下のほうから物凄いスピードと大声で、何かがミツエに体当たりしてきた。
 武尊がよろけるほどの勢いに、ミツエが目を覚ます。
「君、だれ!?」
「あんた何者!?」
 武尊とミツエの同時が発した問いに、ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)は得意気に答えた。
「俺様はゲブー様だ。助けに来たぜ!」
 敵か、と武尊の目つきが鋭くなる。
 その様子に気づかずゲブーはニヤリとして続けた。
「助けてやるから、俺様のナオンになれよ。ついでにおっぱいも大きくしてやるぜ」
「きゃー! どこ触ってんの!」
 体当たりした時、ゲブーはミツエの薄い胸に抱きついただけでなく、片方の手は胸を掴んでいた。
(そうそう、俺様がおっぱいをモミモミすれば、ナオンはきゃーきゃー大絶賛ででかくなること間違いなしだぜ!)
 きゃーきゃーの意味がゲブーの想像と現実とではまるで正反対なのだが、彼は気づいていなかった。
 そこでようやくゲブーは武尊の存在が目に入った。
「何だ? 文句ありそうだな、ン? 俺様のラブを邪魔しようってのか? ミツエはてめぇの嫁か? 大丈夫だ、俺様はそんな細かいことは気にしねぇからよ!」
 がははは、とゲブーは豪快に笑う。
「武尊、今だけ手を組まない? こいつを突き落とそう」
「そうだな」
「待てー! ここから落ちたら死ぬから!」
 こいつ落ちろ、蹴落とそうとするミツエとしがみつくゲブー。
 三人でもがいている上に、二人分の体重に武尊の腕も疲れてきている上、宮殿用飛行翼では高度を保てなくなっている。
 武尊に拘束されていて不自由ながらも、ポケットから携帯を抜き出したミツエは、ストラップ代わりについている伝国璽をゲブーに向けた。
「どさくさに紛れて、その唇は何なの!」
「愛の誓いのキスを……」
「いらんわー!」
 伝国璽から放たれた雷撃がゲブーを打つ。
 遠ざかっていく悲鳴と共にゲブーは落ちていった。
 ついでにミツエはそれでロープを焼き切り、空中に逃げ出す。
 けっこう高いが、これくらいなら怪我ですむかなーと一生懸命明るく考えていた。
 武尊が追いかけてくるのがわかったが、適当に伝国璽を撃って牽制した。
 ゲブーの落下地点ではホー・アー(ほー・あー)が待ち構えていた。
 ゲブーをミツエのもとまで投げ飛ばしたのは彼だ。
 一人で落ちてくるゲブーに、ホーは切なげなため息をついた。
「うまくいかなかったか」
 受け止めたゲブーのモヒカンがちりちりのパーマになっていることから、ホーはさらに一つため息を増やしたのだった。