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運命の赤い糸

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運命の赤い糸

リアクション

 声の主はパワードスーツをフル装備の男だった。
 危険な雰囲気漂う彼に、フィーネが警戒の視線を送る。
 パワードスーツの男は低く笑い、敵じゃないと告げた。
「よぉ、火口。そいつの勧めに乗る前に、ちょっとオレの提案を試してみないか? 大帝の紹介する女に、まだ少しくらいは興味あるんだろ? なぁに、失敗したらそこの男にリモコン渡せばいい」
 彼の名はジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)と言うが、パワードマスクを装備しているため顔はわからないし、彼も名乗らなかった。
 その辺を不審に思いながらも、言われて何となく大帝からの紹介の彼女への未練が蘇ってきてしまったアツシは、話しを聞くだけ聞いてみようという気になった。
 ジャジラッドは自分の案をアツシだけに聞かせたいようだったので、アツシはイーオンに断りを入れてその場を離れた。
 そして、聞かされた内容は、ミツエが自分から大帝のもとに行くよう仕向ける、というものだったが、問題はアツシの演技力だ。
「いきなりは噛んじゃうかもしれないっスから、ちょっと練習するっス。えーと……ミツエ、どうせ乙王朝の今の発展も親の力なんスよね? 全ては親の後ろ盾のおかげで、おまえは全部いいとこ取りっス。羨ましいっスグホァッ!」
 ブツブツと練習していると、いつの間に追いつかれていたのか、ミツエ本人がいて鬼のような形相でアツシを殴り飛ばした。
「アツシ! あんた、あたしのことをそんなふうに思ってたの!?」
「ゲッ、ミツエ!」
「たかが彼女くらいで何よ。あんたって昔っから優柔不断で心が狭いのよ! そんなんじゃ、彼女ができてもすぐにお別れね!」
「ムッ。ミツエこそ、恋する前に終わったじゃないっスか!」
「あんたには関係ないでしょ!」
 取っ組み合いになりそうな勢いで言い合うアツシの後ろで、小さくため息をつくジャジラッド。
 ハッと思い出したアツシは、軽く咳払いした後、教えられた台詞を口にした。
「ミツエを慕ってついてきてくれる乙王朝の連中は、これから何人死ぬんスかね? あんたのわがままのために、まだ犠牲は続くんスか? 運命を乗りこなす? それも結構っスが、人の上に立つ者として乙王朝の未来を少しは考えてみるといいっスよ」
「ハッ、何をすかして言ってんのよ。帝国の一つや二つ飲み込めないようじゃ、中原制覇なんて夢のまた夢よ。あたしが劉備達と契約したのは、そんな半端な覚悟なんかじゃないわ。あんたみたいにつまんないことで後ろ向いていじけてる暇はないわね!」
「つまんないこととは何スか!」
「どうせ彼女なんて一生できないんだから、すっぱり諦めたらいいのよ」
「人の人生決め付けないでほしいっス!」
 結局話題は戻り、また二人は鼻がくっつきそうなほど睨みあい、喧嘩を始めた。
 ジャジラッドは石像のように動かず、イーオンは額を押さえてうむついた。
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)にとって、これは再び訪れたリモコン奪取のチャンスだった。ミツエがいるのは予定外だが、このへんはどうにでもなろう。
 一度目はイーオンの登場によりその機会を見送った。
 今、アツシの意識は完全にミツエに向いている。
 陽一は隠れていた場所から飛び出し、身を低くしてアツシを急襲した。
 リモコンをむしり取ると同時にアツシをぶん殴る。
 突然、横にふっ飛ばされたアツシに、ミツエはきょとんとしたが、次の瞬間には陽一の手にリモコンがあるのを目ざとく見つけ、猛然と追いかけだした。
 陽一がリモコンを奪ったのはミツエに返すためだったので、すぐにそうしても良かったのだけれど、念のためアツシからもう少し離れることにした。
 そろそろいいかと思った時。
「待ァつっスよーッ!」
「アツシ! ──ちょっとあんた、リモコン返してよ!」
 焦るミツエに、陽一がここでリモコンを返してアツシを食い止めようかと考えたが、その前にアツシが奈落の鉄鎖と思われる力で陽一を絡めとろうとした。
 グンッ、と体が後方に引っ張られた陽一は、とっさにミツエにリモコンを投げ渡す。
「行け!」
 陽一の声に、ミツエは逡巡するも、礼を言って走り出した。
 危険だが、一時的にでも身を晦ますために戦場へ。
 潜り込んだ先は七瀬巡のところだった。彼女はミツエの作戦通り配下全員で一人の敵を叩いていた。
「ミツエねーちゃん?」
「ごめん、隠れさせて。鬼が追ってくるの」
「鬼?」
 巡が首を傾げた時、
「ミツエー! 出てくるっスー!」
 と、アツシの呼ぶ声が聞こえてきた。
 しかも、すぐに発見されてしまった。
「あんたしつこいわね!」
「ミツエも、もう諦めて契約するっスよ!」
 運命の赤い糸は間近に迫ってきている。
 巡の目の前でいきなりもめ始めた結果、アツシの手に再びリモコンが握られた。
「巡っ、アツシをぶっ潰すのよ!」
「わ、わかった……!」
「1000人がかりなんて卑怯っス!」
「あんたの強さのほうが卑怯だっての!」
 ミツエが言い返した時、突然閃光が走った。
 不意打ちに、その場にいたほとんどが目をつぶる。
 さらに魔法と思われる激しい落雷の後、重く密度のある突風に悲鳴をあげた。
 混乱するアツシの体が、何者かに引き上げられる。
 抵抗しようとする彼に、
「味方だ」
 と、低く告げる声。
 アツシはおとなしく引かれる力に従った。
 ふわり、と浮遊感を感じた。
 ミツエ達の視力が戻ったのは、その時だった。
 空飛ぶ箒で飛んでいくイルミン崩れの魔術師の後ろにアツシがいる。
 ミツエはその魔術師を知っていた。
「追うのよ!」
 ミツエの声に、巡とその配下が走り出す。
 撃ち落とせ、と叫ぶミツエ達の前に、三つの人影が立ちふさがった。
 いや、そのうち二つは武者人形だ。
 ユニコーンに跨ったシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が両脇に武者人形を従えて、龍骨の剣を手に待ち構えていた。
「蹴散らせーッ!」
 勢いを増す兵の群に、シグルズは高揚感を抑え切れなかった。自然と口の端に笑みが浮かんでしまう。
「何とも素晴らしい……」
 敵の多さが、である。
 これだけの人数と士気の高さを持った集団は、まともにやり合ってもこちらが痛い目をみるだけだと彼はわかっていた。
 何より、今回の目的は違う。
 充分な攻撃範囲内まで敵勢が近づいたところで、シグルズは則天去私で前衛を切り崩した。
 一瞬その一角が乱れたが、ミツエの指揮に勢いを盛り返しシグルズを飲み込もうとする。
 彼はもう一度、則天去私で敵兵を退けると、目だけを空に向けてアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が充分離れたことを確認した。
「悪いが今日はここまでだ!」
 言い捨てて、武者人形を回収するとユニコーンを方向転換させて駆け出した。
「いちいちムカつくわね! あいつはいいわ、アツシを追うわよ!」
 だいぶ離れてしまった空飛ぶ箒の影を睨みつけ、ミツエは走り出す。
 一団がやや岩の多い地点を走りぬけようとした時、今度は後方が騒ぎ出した。
 中ほどにいるミツエにはよくわからないが、様子を見に行った巡から何者かに雷術あたりで攻撃を受けたと知らされた。
 舌打ちしてミツエは足を止める。
「あんなに離れたら饕餮のコントロールも無理ね……怪我人回収していったん戻るわ」
 ミツエは悔しそうに口をへの字に歪めた。
 戻っていくミツエ達を見送った後方襲撃者の司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)は、身を潜めていた岩陰から出てくると、遠くに見える饕餮に向けて哄笑する。
「ふぁっはっはっはっは! 曹操! その屑鉄を貴様の墓場にしてくれるわ!」
 
 その頃、アルツールに助けられたアツシは。
 ヨシオに関する新たな事実を聞かされていた。
「良雄か……アレは、告白なぞしとらんくせに、妙にお互い心は通じ合っている。今時珍しい純なカップルだったな。周りから見ればアツアツなのに、本人達には自覚がないから困ったものだ」
「自覚が、ない……? ということは、周りの認識はともかく、本人同士は片思いの気持ちっスか?」
「そんなところだろう」
 まだ恋人同士ではない。
 アツシの体から安堵やら何やらで力が抜けていった。
 やはり、ヨシオはヨシオだったか、と。
「饕餮を握る理由もないだろう。壊したらどうだ? 放っておけば、あの赤い糸がすべて片付けてくれよう」
「う〜ん……」
 アツシは、もったいないな、とちょっぴり思っていた。
「何だかミツエも追ってこないみたいっスし、ここで降りるっス。助かったっス。ありがとう」
 アツシは軽く頭を下げると、箒から飛び降りた。
 ゆっくりと降りていく様子から、何らかのスキルを持っているのがわかる。
 束の間の空飛ぶ箒を体験したアツシは、遠くの戦場を眺めてため息をついた。
「ここからじゃ饕餮は動かせないっスね」
 せっかくここまで逃がしてもらったが、気になるので少し戻ることにした。もちろん、見つからないようにだ。
 周囲の気配に気をつけつつ歩いていると、この地に似合わない人がふらふらと足を動かしている。
 全体的に白い女の子だ。
 まっすぐ戦場を目指しているように見えた。
 アーデルハイトのような例もあるので、必ずしも見た目と中身が一致しないのがシャンバラだが、何となく本当に弱そうに見えなくもない。
 このまま進んだら一秒ももたずに死んでしまうんじゃないかと思ったアツシは、その女の子に危険を知らせるために呼び止めた。
 アツシの声に足を止めた女の子は、目を閉じていた。
 こんな命知らずな罰ゲームはないだろうから、おそらく目が見えないのだろう。
「戻ったほうがいいっスよ。この先戦闘中っスから」
「ありがとうございます。ですが、そこに探している人がいますので」
「じゃあ、俺が探してくるっス。名前を教えてもらえるっスか?」
「火口敦様です」
 目の前の女の子に会った覚えのないアツシは、少しの沈黙の後に首を傾げて聞いた。
「……どちらさんっスか?」
 女の子の名前はフィリア・グレモリー(ふぃりあ・ぐれもりー)と言った。やはり閉ざされた目は見えず、さらに記憶も失くしてしまっているという。
 どうやら周りの誰かに、アツシが恋人だと吹き込まれてはるばる会いにやって来たらしい。
(記憶喪失の人に何ていうコト吹き込むっスか!)
 フィリアの勘違いを正そうと、アツシは大帝との約束を持ち出した。
 彼女に緊張が走ったのをアツシは感じた。
「敦様が私の彼氏だと聞いたのは、間違いだったのですね……」
 落ち込むフィリアに焦るアツシ。足踏みしそうになる足を必死に押さえて慰めようとする。
「ま、まぁ、それは間違いだったっスけど、本当の恋人はきっとどこかにいるっスよ。恋人じゃなくても、友達とか……。だから、そんなに気落ちしちゃダメっス」
「昔のことがわからない上に、たとえ記憶があっても顔もわからない私には、もう……。あ、ごめんなさい、愚痴なんか」
「いや、愚痴くらい良いっスけど……」
 困り果てて言葉に詰まってしまったアツシに、フィリアは沈んだ気持ちを押し込めて淡い笑みを浮かべた。
「頼れる彼氏がいると聞かされて……嬉しかったです。こうして会ってみて、優しそうな感じだったので、ちょっと残念でした」
「あ、ン……何か、すまないっスね」
「いいえ、私こそ。──それに、敦様も私が彼女だなんて迷惑ですよね」
 帰ります、とフィリアは背を向ける。
 それをアツシは慌てて止めた。
「送ってくっス。途中でカツアゲ団にでも会ったら大変っスから」
 断られてもついていくつもりの気配が伝わったのか、フィリアは「ありがとうございます」と微笑んだ。
 と、そこにアツシを呼ぶイーオンの声がした。
「こんなところまで来ていたのか……その子は?」
 アツシが簡単に経緯を話すと、イーオンは頷いて「しっかり守れ」と言った後、リモコンのことに触れた。
「すっかり忘れてたっス。これ、ミツエに返しといてほしいっス。──ヨシオ達、まだ恋人じゃないらしいっスね」
 安心したような笑顔を見せると、アツシはフィリアと共に去っていった。