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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

リアクション



●イナテミス中心部:田中さん家

(ついに始まったか……。
 雪だるま王国、ウィール支城、どっちも思い入れがある場所だ。明け渡すワケには行かねぇ。
 牙竜達が使ってた時よりは劣るかも知れねぇが、やるだけのことはやってやるぜ!)

 『田中さん家』は、かつてない賑わいに包まれていた。しかしそれは、決して楽しげな雰囲気ではない。
 モニターの前には、悠が連れてきた文官が座り、二つの戦場から送られてくる情報を逐一纏め、今後予測される敵の行動をフレデリカの居るミスティルテイン騎士団イナテミス支部に送り、また直接二つの戦場にフィードバックする作業に専念していた。ニーズヘッグ襲撃の際の時に比べ、個々の能力に劣る分、人数でカバーしてる感じであった。

(各地のイコンデータも登録されている。これを参照すりゃあ、イコン戦を優位に戦えるはずだ。
 補給、それにある程度の応急処置も行えるようになってる。運用さえ間違えなければ、かなりの間戦える。
 ……そして、運用を上手くやれるかは、俺達にかかっている)

 決意を新たにする悠に文官の一人が、味方のイコン部隊と敵の竜兵部隊が接触した旨を報告する――。


●ウィール支城上空

(これは戦争、現実よ。ゲームじゃない。死人の出ない戦争なんて、現実じゃないわ。
 ……なんて言ってみたところで、結局は方便よね。ホント、戦争なんて、どこかで心を、感じることを麻痺させないと、やってられないわね)

 『コームラント』のヴァリエーション機である『アルジュナ』、機体名『インドラ』に乗り込んだ宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、自身がシャンバラ教導団に所属していた頃に経験した戦争のことを思い返し、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 一度の砲撃で、数十人、数百人の人命が失われる。それが戦争の、全てとは言わないが確たる一つの姿。
 そんな戦争に立ち向かうには、台に乗せた人間という名の果物を握り潰し、血の色をしたジュースを淡々と生成する機械のごとき精神が求められることだってある。

『祥子さん、敵はドラゴン一、ワイバーン三の四騎編成で飛行しています』
 そこに、同乗していたイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)からの報告が入り、祥子が表情を引き締める。強化されたセンサーは既に、遠くから接近する敵兵の位置を映し出していた。
(……そう、私達は、戦わねばならない。悲しいけど、これが戦争なのよね)

 理由もなしに動き続ける機械になれないのなら、何か一つ、戦う理由を掲げねばならない。

「……行きましょう、イオテス。私達の住むべき場所を守るために」

 今はその理由で十分、そう呟き、祥子が『インドラ』を浮上させる。装備した中で最も射程・威力に優れたプラズマライフルを構え、敵小隊を指揮しているはずのドラゴンライダーを狙い撃たんとする。
「指揮系統の混乱は、まずもって指揮官の撃破から、これは鉄則よね!」
 ロックオンマーカーの合った、ドラゴンを駆る小隊長と思しき兵士へ、プラズマライフルの弾丸が放たれる。直撃かと思われた瞬間、搭乗するドラゴンが身を捻り、自らで弾丸を受け止める格好になった。指揮官は空中に投げ出されるが、それを小隊内のワイバーンライダーが回収し、速度、高度共に落としながら撤退を図ろうとする。
 そして、最期に主を守る役目を果たしたドラゴンは、真っ逆さまに地上に落ち、既に動かなくなった身体を砕かせた――。

 竜兵部隊の接近に連れて、イコン部隊の応射は激しさを増す。編成がほぼマギウスの大火力兵装に偏っている面が、この時点では問題とならず、むしろ近付こうとする竜兵部隊にとって脅威となっていた。
「これは、予想以上の抵抗だな。単純な力押しだけでは被害が増大するばかりか。
 ……部隊の内、半数を正面に向けろ。無理に突破する必要はない。敵の攻撃を引きつけるんだ。
 残る半数は二手に分かれ、敵応戦部隊の真横を突くように進路を取れ。見たところ、敵部隊の機動力はこちらより劣っている。
 取り囲めば逃げられはしまい」
 ヘレスの指示が各騎に伝えられ、中隊の内半数が攻撃を引き受けるべく正面を進み、一〇小隊あまりの別働隊が両脇を迂回するように飛行し、取り囲むための縄を張り巡らせようとする――。

『敵、正面の部隊と両脇の部隊に分かれ始めています』
「こちらを取り囲むつもり!? 確かに、それを行えるだけの数の余裕があるわよね。
 突破が無理なら下がるしかないか……両脇の部隊への応戦は?」
 ガトリングガンに切り替え、津波のように迫り来る敵竜兵を押し留めていた祥子が、イオテスの報告に悔しげに呟き、後退すると同時に両脇の部隊への対応を尋ねる。
『狙撃兵装のアルマインが向かっています。……あっ、反応が二つ、消えました』
 イオテスが覗き込んでいたセンサーから、敵兵の反応を示すアイコンが二つ、消える。

「まったく、本当はアメイアが出てくるまで待機してるつもりだったんですけどね……。これではアメイアが出てくる前にこちらが占領されかねません。前回と違って威力が低い分、回数撃てますからね。寝かせておくのは流石に」
 呟いて、『アルマイン・ブレイバー』に乗り込んだ六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が、マジックライフルを構え、敵指揮官を狙い撃つ。「威力が低い」という割には、ニーズヘッグ襲撃の際も同じ兵装を用いていたことによる経験が生き、回り込もうとしていた敵竜兵を尽く撃ち落としていく。高射程・高威力(その分魔力消費は大きい)のライフルが直撃すれば、生物最強とも言われるドラゴンですらひとたまりもない。どこに当たってもそれ以上の戦闘続行は不可能に追い込まれていく。
「うわー、鼎さんげっどーう。手の届かないところから狙撃とか、うっわー。
 これで何ですか、女性にまで同じことしようとしていたなんて、鼎さん、とても気持ち悪いですよ?」
「うるせぇ! ディングもある意味加害者だろが!」
「わたしゃ魔力を送るだけ。操縦してるのは貴方。わたしゃ知らん」
 鼎の後方に位置するディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)が、さも私は無関係です、と言わんばかりの表情を見せる。実際はディングがいるからこそ、アルマインは通常の能力を発揮できているのだが、本人は自分を二人目の拡張パックとでも思っているようであった。
「気分悪いですねぇ……さっさと出てきませんかねぇ」
「ま、普通に考えたら、しばらくは出てきませんよ。こちらが向こうを追い詰めでもしない限り、ね」
「それまで戦えとでも? ……マジックミラージュで隠れてましょうか」
「貴方のお好きにどうぞ」

 何だかんだ言いつつも、結局、鼎は狙撃、移動の繰り返しで、敵竜兵を片端から撃ち落としていたのであった。

 月詠 司(つくよみ・つかさ)の乗る『アルマイン・ブレイバー』の構えるマジックライフルから、黒い闇を帯びた弾丸が放たれる。それはワイバーンライダーに直撃すると、その周囲に闇を撒き散らす。
「ほうほう、篝里くんの力を借りると、煙幕弾な役割を果たせる、と。となると御守くんの力を借りると、差し詰め閃光弾的な役割を果たせるはずですね。……ところで、何故御守くんがここに?」
「あらホント、姉上、何時から居たの? まぁ〜ったくぜ〜んぜん気付かなかったわん」
「うぅ〜、司殿もヨミも、ヒドイですわっ……。こんなシリアスな時にまで、そんな事仰らなくてもっ!」
 司と月夜夢 篝里(つくよみ・かがり)に存在を軽視され、天寺 御守(あまでら・みもり)が目に涙を浮かべながら訴える。
「御二人ばかりアルマインの操縦に習熟なさって、ズルイですわっ!
 ということで、ワタクシも参戦に致しますわ♪」
「司ちゃん、戦況の確認はアタシに任せてね。戦場では何時何が起きるか分からないって言うしねぇ」
「そうですね、頼みましたよ、篝里くん。……ではひとまず、煙幕効果を期待して闇黒の属性による狙撃を――」
「ちょっと! 無視するなんてあんまりじゃございません!?」
 華麗にスルーを食らった御守の反論に、篝里が、そして司が呆れた表情を浮かべる。
「いや、まあ……光輝属性を選べる点では評価しますが……」
「あ、アタシを見たって何も出てこないわよ?」
 司に視線を向けられた篝里が、話を逸らしにかかる。先程まで、御守のことをアホだの揶揄していたことは、秘密にしておいた。
「……まあ兎に角、必要になったら呼びますので、其れまで静かにしていて下さいね。
 あと、余りはしゃがないで下さい、邪魔ですから」
「ガァァァ〜ン……そんな、邪魔だなんて、ヒドイですわっ。ワタクシは只この暗いふいんきを盛り上げようとっ……。
 ワタクシだって、皆様のお役に立ちたいですわっ!」
 ぐっ、と意気込む御守、実際は彼女が乗っていることでアルマインの魔力キャパシティが増大している(その分、ダメージを受けた時の影響も大きくなるが)ため、役には立っている……はずである。
(姉上らしいと言うかなんと言うか……アホね)
 本日二度目のアホを心に呟いて、篝里がセンサーに目をやると、新たな敵影が確認できた。
「司ちゃん、一〇時の方向、敵四!」
 篝里の言葉に、即座に司が銃口を振り向け、弾丸を放つ。弾はドラゴンを掠め、生じた闇が混乱を誘い、衝突したワイバーン同士がもつれながら地面へと落下していった。
「ヨミ、かっこいいですわ!
 分かりました、ワタクシも周囲の警戒に務めますわ! ゴミ一つ見逃しはいたしませんわよ!」
 篝里の振る舞いに感銘を受けたか、御守が篝里の真似事をして周囲の警戒に当たる。
(二人も要らないような気もしますが……ともかく、こちらの目的は飽く迄防衛。
 敵の増援も考えられますし、出来るだけ消費を抑えつつ戦いたいですね)
 搭乗人数が一人多いとはいえ、無駄撃ちは控えたい。
「……? ヨミ、これは何がどうなっていますの?」
「姉上、これはですね……」
 そのためには、まずなんとかして御守を抑え込まなくてはいけないようであった。

「マッカリー隊長! 両脇の部隊が敵の狙撃に遭い、思うように進軍出来ません!」
 部下からの報告を受け、ヘレスが苦虫を噛むような表情を見せる。
「……敵は、攻撃を命中させることに長けているようだ。確かに応射は激しいが、量は大したことがない。
 にもかかわらず、既にこちらは戦力の一割強を損失している。地の利があるとはいえ、敵もなかなかやる」
 賞賛とも取れる言葉を吐き、ヘレスが思案した後、方針を伝える。
「両脇の部隊は迂回を中止し、敵の狙撃部隊を引きつけろ。中央は上下二手に分かれ、進軍速度を合わせて進め。
 各小隊はワイバーンを前に出し、ドラゴンを守れ。確実にドラゴンを炎弾の射程に入れ、攻撃を加えられるようにするのだ」
「了解しました!」
 ヘレスの指示を伝えに、伝令がワイバーンを羽ばたかせる。
(攻撃については概ね理解した。……では、実際に攻撃を受ければ、どうなる?
 部下には苦労をかけるが、その苦労、今後のために生かさせてもらうぞ)