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恐竜騎士団の陰謀

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恐竜騎士団の陰謀
恐竜騎士団の陰謀 恐竜騎士団の陰謀

リアクション



1.風紀委員試験始まる



 肌を焼くような強い光が容赦なく降り注ぐのは、闘技場に天井が無いからだ。
 だが、これから試合が始まろうとしているのに、客席にほとんど人影が無いのは、この日差しのせいではない。闘技場を見下ろせる高い場所に作られた、言うならば特等席を陣取っているごく一部の限られた人々が、無人の闘技場の理由であり、そして試合の管轄者でもある。
「我を楽しませてくれるような奴でも出てくればいいのだがな」
 選定神バージェスは、眠そうな目で闘技場を見下ろす。
 これから行われるのは、風紀委員希望者を募って行われる試験だ。試験の内容は単純かつ明快、こちらが恐竜騎士団が用意した恐竜と戦い勝てばいい。そうすれば、晴れて風紀委員として認められ、それだけの地位と権力が約束される。
「どうせ、恐竜の餌になっておしまいですよ」
 バージェスの傍らに立つ騎士が、口元を綻ばせながら言う。恐竜による殺戮ショーが始まるものだと決め込んでいるようだ。
「ふん、それならそれで構わん。だが、それでは我が面白くない。勝つ者がいるからこそ、負ける者の悲惨さというのが際立つのだ。だから、そうだのう、このリストのうち二割か、三割程度は受かってもらわねばな」
「なるほど、確かに。そうでなくては、次の募集がかけられないというもの。さすがはバージェス様」
「貴様もせいぜい追い落とされぬように気をつけるのだな。我の横に立てるのは、我の次に強い奴だけだ。よぉくその少ない頭でかみしめておけ………もっとも、それは貴様が一番よくわかっている事か。そろそろ始めろ」



 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)の変装は完璧だった。セーラー服に三つ編、そして眼鏡を装備。どう見ても、委員長である。しかし、いくら姿を見事に誤魔化してみせても、
「んだよ、もっとでっかい奴かと思ってたが、全然違うじゃねぇか」
 口調にはあまり気が回ってはいない様子だった。
 ともあれ、風紀委員試験のしかも一番手に選ばれてしまったナガンのすべき事は、目の前の用意された相手を倒す事である。そのための仕込みもいくつかしてあった。
 もっとも想定外と言えば、反対側の檻から出てきたのは、巨大な肉食恐竜ではなく、比較的小型のパキケファロサウルスだった事だ。
 パキケファロサウルスの特徴は、ドーム状の頭骨だ。この頭骨は頭突きのためのものと考えられていたが、実際はそこまで強固なものではないという説もある。それに、この恐竜は草食だ。
「なんだぁ、こんなので………うおぉぉぉっ!」
 パキケファロはナガンを見るなり、真っ直ぐに突っ込んできた。小型とはいえ、高さは二メートル以上、体の長さは五メートルに達する。それが全速力で突っ込んでくるのだから、その迫力は侮れない。
 ナガンが咄嗟に避けても、パキケファロの勢いは止まらずそのまま壁に突っ込んでいく。大きく重い石で詰まれた、頑丈な壁はまるで積み木を崩すかのようにあっさりと崩れ落ちた。
「脆いんじゃねぇのかよ、あの頭。あんなのまともに受けられるかっての」
 体重は一トン以上にもなるパキケファロの突進である。大型バイクよりも重く、そのうえ異常に強固な頭部は、ただでさえ重い一撃をより強力なものにしている。
 そのうえ、恐竜の中では小柄な体躯は予想を上回る程素早く動き、直線に並ぶとすぐに突進で迫ってくる。一対一の状況だからこそ、落ち着いて見れば回避そのものは難しくないが、これが群れをなしていたらと思うとぞっとしない話である。
 これが真剣勝負であるなら、その突進をなんとかして倒すべきだろう。しかし、ナガンにそんなつもりは一切無かった。
「こっちだハゲ頭っ!」
 パキケファロが振り返ったタイミングで光術を使って視界を奪った。
 すぐに背後へ回り込みつつ、非物質化していた機関銃を設置。
「ギャハハハハハ!」
 まだ背中を見せているパキケファロサウルスに向かって、弾丸が尽きるまでひたすら撃ちまくった。
 ばら撒かれた弾丸で撒き上がった砂埃が晴れるまでは、ナガンは何が起きても対応できるように気を引き締めていたが、そんな緊張の糸もすぐに途切れた。
 パキケファロサウルスは、正面を向いている状態では強固な頭は武器としてだけではなく盾としての機能も果たす。だからこそ、正面以外の部位はそれほど強くはなかった。
「あーちかれた」
 倒れたパキケファロサウルスには目もくれず、作ってもらった近道を使ってナガンはその場をあとにする。



 一番手のナガンの勝利によって、一時的に試験参加者の控え室は盛り上がっていたが、それも長くは続かなかった。次に出てきた恐竜は、ティラノサウルスの仲間のダスプレトサウルスが、次々と参加者をおいしく頂いてしまったからである。
 全長およそ九メートル。鋭い歯を持つ肉食の恐竜である。
「うふふふふふ」
 そんな相手を目の前にして、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は笑みを零した。
 威嚇のつもりなのか、優梨子に向かってダスプレトサウルスが咆哮をしてみせた。
 大地が揺れるような大きな声もそうだが、何より口を開くと見える歯の鋭さに背筋が凍る。しかも、先ほどまでの犠牲者によって真っ赤になっており、鋭さには保障つきだ。
 そんな相手を前にして、優梨子が零す笑みは諦めでも狂気もでもなく、純粋に楽しみから出るものだという。
「さぁさぁ、遊びましょ♪」
 その呼びかけに応えたからか、ダスプレトサウルスが口を大きく開けて優梨子に向かって噛み付く。しかし、鋭い牙は空気を噛むだけで、肝心の餌が口の中に入らない。
 ダスプレトサウルスは、大きいからだを持ち上げて、周囲を見てまわる。口の中に入ったはずの獲物の感触がなく、そのうえ視界から姿を消したからだ。
 攻撃は、黒檀の砂時計で自分の速度をあげて回避、姿を消したのは光学迷彩によってである。どうやら、この恐竜は目を使って見ているのは間違いないらしい。
「あら、勘がいいのかしら?」
 姿を消している優梨子の居る場所をなぎ払うように尻尾が向かってくる。地面に足をつけていたら、逃げ場の無い攻撃だ。すぐに空飛ぶ魔法↑↑で上がって尻尾をやり過ごす。すると、今度は顔が優梨子に向かってくる。
「間違いなく、見えているみたいですね」
 口を閉じられる前に鼻頭を蹴飛ばして、距離を取る。
「まずは匂いですね」
 ダスプレトサウルスの顔に向かって、アンモニア入りの魔女のフラスコを投げつける。
「大当たりです♪」
 先ほど蹴った鼻頭に直撃。割れた魔女のフラスコからさっそく、アンモニアの独特な匂いが溢れる。相当臭かったのか、ダスプレトサウルスは顔をぶんぶん振って匂いを飛ばそうとするが、自分の皮膚に染み込んだ匂いはそう易々とは取れない。
 手玉に取られて怒ったのか、もう一度、最初よりも獰猛な様子で咆哮を行うと、手当たり次第に大暴れし始めた。尻尾を振り回し、頭を振り回し、その迫力は中々のものだが優梨子の場所はわかっていないようだ。
「もうおしまいですか。残念です。普通の恐竜さん、とはちょっと違うようですけど………これ以上放っておいたら、闘技場がただの瓦礫の山になってしまいますし、今日はこのぐらいにしておきますね」



 どうやら、試合に恐竜が勝った場合そのまま続投で試合するらしい。というのは、優梨子の手によって倒されたダスプレトサウルスがいい例だろう。また、パキケファロサウルスのように、肉食でもない恐竜も試合の相手として出てくるらしい。
「ぜひっー、ぜひっー」
 吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が顎までたれてきた自分の汗を、手の甲で拭う。肩で息をする竜司の視線の先には、闘技場のど真ん中で威風堂々とそっぽを向いているトリケラトプスの姿があった。
 鼻の上と、それぞれの目の上に一本づつの角を持ったトリケラトプスは有名な草食恐竜だ。また、首から上に伸びたフリルも特徴で、子供向けの恐竜の本ともなればティラノサウルスかトリケラトプスかのどちらかが表紙となるぐらい知名度と人気を兼ね備えている。「なかなか可愛らしい顔して、やるじゃねぇか」
 トリケラトプスはその大きく発達した角や、独特のフリルに目をひかれるが、カバのようなのほほんとした顔と、ちょこんとした目がなんとも言えないキュートさがある。そんなトリケラトプスだが、試合が始まってから一歩たりとも動いていなかったりする。
 だというのに、竜司がここまで消耗してしまっているのは、試合が始まる直前に、
「体力を消耗させちまえばいいんじゃね?」
 という思いつきを実行に移し、色んな方法でトリケラトプスを挑発してみたからである。その結果は、もう一度同じ事を説明する必要もないだろう。
 それから、攻撃を加えてみたが思ったよりも皮が分厚くしかも弛んでいて、まともな打撃ではダメージが入らない。目を潰そうにも、顔に近づくと頭を振られてしまい、角が危なくて近寄れない。
 と、ここで竜司の頭にビビビっと来るものがあった。物理がダメなら、精神を攻撃すりゃいいんじゃね、と。
「やっぱ、俺って天才だぜぇ!」
 せめてもの情けもかねて、竜司が行ったのは恐れの歌による精神攻撃だ。せめて倒されるなら、この俺の美声を聞いて安らかに眠れ、というわけである。
 すると、今までただそっぽを向いていただけのトリケラトプスが、すーと竜司に視線を向けた。竜司をじっと見つめる二つの眼には、なんというか、怒りにも似た感情が映し出されていた。
 トリケラトプスはついに竜司に向き直ると、片足をあげ、地面を何度か蹴ってみせる。竜司もそれが、向かってくる合図だと判断した。ついに、先ほどまで人をシカトしていたあいつが、こちらに敵意を向けてくれたのである。
「よっしゃぁ、びびってない理由はわかんねぇが、かかってこいや!」
 こっちに興味を示してくれただけで、ちょっと嬉しい。ちなみに、これまでに四人ほど恐竜の餌になっているが、それは関係ない話である。
 ついにトリケラトプスが、その三本の角をこちらにしっかり向けて走り出した。決して驚く程のスピードではないが、重量感と勢いは確かにある。角もあるし破壊力は相当なものだろう。
「………で、どうすんだっけ?」
 こちらに興味を持ってくれたのは嬉しいし、これでやっと戦いになる。当然、舎弟にいいところを見せるためには、突進を避けるなんて野暮な事はできない。
 だがしかし、トリケラトプスの突進である。何も考えずに棒立ちしたら、三つ風穴ができておしまいである。それはまずい、かっこ悪い。だからなんとかしなければならないが、かといって、一騎打ちで突進を避けるなんて漢が廃る。
 そんな感じで、頭の中が高速回転しているうちにもう目の前までトリケラトプスは迫ってきていた。もう、考えてどうこうできる状態ではない。
「こ、こなくそぉぉぉぉぉうぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
 なんと竜司は、突進してきたトリケラトプスを肩に担ぎ上げていた。計算ではなく、勢いである。
 二本の長い角の間に体をいれつつ、腕を顎の下にいれて勢いを殺さず活かして一気に持ち上げたのだ。しかし、体重五トンを超える巨体をそう長く支えていられるわけがなく、そのまま真っ直ぐトリケラトプスを地面に落とす。
 その様子は、誰がどう見てもブレーンバスターそのものだった。
 地面深くまで角が突き刺さり、頭から直立した状態でトリケラトプスの動きは完全に封じられた。短い足では、この状態から何かをするのはまず不可能。勝敗は決まったも同然だった。
「こ………腰が………」
 だが、竜司も立ち上がる事ができない。勢いを偶然利用したとはいえ、五トンを持ち上げたのである。普通の人なら、骨なりなんなりに異常が出てもおかしくはないだろう。しかし、竜司の鍛え上げられた肉体は、五トンの重さを受け止めてなお、ぎっくり腰で済んでいたのは誇っていい事柄である。
 結局、竜司は他の試合参加者によって担架で運び出され、試合そのものは両者試合続行不可能でドローとなったのだった。



 まぁまぁか、とバージェスは心の中で呟く。
 この試験には、人員の補充以外にも色々と理由がある。その理由の筆頭は、バージェス本人がより強い奴が好きだから、というものだ。こうして、新しい人材を迎えては弱い奴を追い出していく。そうする事で、恐竜騎士団はより強くなっていく。
「バージェス様、少しよろしいですか?」
「ん、なんだ?」
「先ほど試験を合格した、藤原という者が風紀委員を辞退したいと」
「………ほぅ、それは面白い。なら、好きにさせてやるといい」
「バージェス様がそういうのであれば、その通りに」
 わざわざ試験に参加したうえで、辞退するという事は何か考えがあるのだろう。戦いの様子を見ても、全力を出していたようには見えなかった。わざわざ顔を晒してまで何がしたかったのか、楽しみである。
「さぁ、次の試合だ。我を楽しませられるような奴がもっともっと必要だ。早くせんか!」