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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【5】無明長夜……5


『戦闘班はただちに補給せよ、追撃戦の準備を急げ。負傷者の回収は私と後方部隊に任せろ』
 メルヴィア大尉の命令が無線インカムから繰り返し流れている。
 不浄妃との戦闘は彼女の撤退により中断された。光条兵器を放つとすぐに霊廟の更に奥へと消えたのだ。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は廟内を調べるように歩き、天井を見上げる。
 澱んだ空気を肌に感じる。憎悪、憤怒、絶望、この都市に渦巻く様々な負の感情が入り交じった空気だ。
 人はそれを穢れと呼んでいる。
「穢れは不浄妃の糧、やはり探索隊の不和はこの穢れが少なからず関わっているようだね……」
 天音自身もここに来てから攻撃的になっている。軋轢はメルヴィアの態度だけが原因ではなかったのだろう。
「天音」
 そこにブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が足早にやってくる。
「……む、何をしているんだ?」
「この穢れが今回の騒動を呼び起こしたものかと思ってね。いや、そもそもここが廃都になったのも……」
「不浄妃が原因だと言うのか?」
「可能性の話だよ。大量の穢れが彼女の復活に必要なら、そうなる呪いをかけたのかもしれない、この都市に」
「都市規模の呪詛か。あの怪物なら有り得ない話ではないが……もはやそれを調べる術はないな」
「……ところで、ブルーズ。何か用があったんじゃないのかい」
「おお、そうだ。天宝陵組の世から地下道の地図が届いたぞ」
「見せてもらえるかな」
 天音は地図を確認し、霊廟との位置関係を調べる。どうやらこの下にも無数の地下道が走っているようだ。
「ふむ。何かの役に立てばいいけど」


「……本当に師兄なのですか?」
 目の前に佇む兄弟子の姿に九龍は動揺を隠せずにいた。しかしそれは白龍も同様だった。
「さっきの術は我ら流派の結界術……。何故、おまえがそれを使う?」
「覚えておりませんか、師兄。わたしです。小龍です」
「小龍だと? バカを言え、小龍はまだ齢15。おまえとは似ても似つかない」
「……そうかもしれません。20年は人が変わるには十分な時間です。ですが、わたしは王龍道場の小龍です」
「む……」
「師兄、あの晩のことを何も覚えていないのですか……?」
 そんな2人の様子を桐生 円(きりゅう・まどか)は静かに見守っていた。
「本当の仲間だったんだ……」
「ええ、2人とも嘘は言っていないと思うわ」
 オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は言った。
 2人は白龍の正体を九龍の作ったキョンシーだと疑っていたが、どうもそれは杞憂だったようである。
 支配下に置こうとする九龍から白龍を守るため気を張っていたが、それももう必要ない。
 けれども、もうひとつの懸念はおそらく当たっている……円には不思議とその確信があった。
「白龍くん……」
「なんだ? お、おい何をする……?」
 おもむろに円は白龍の腕を掴んだ。
 ひどく冷たかった。まるで氷の彫像に触れているように。彼の身体に生者の持つ温もりはなかった。
「放せ」
 怪訝な顔で振り払う白龍。円は真実を告げるべきか言いよどむ。
 白龍くんの話を聞いたときから違和感があった。
 あの状況で、彼だけが逃げ切れたと言うのはいくらなんでも虫がよすぎる。
 でもどうしよう。真実を伝えても誰も幸せにならないと思う。気付いていないならこのまま……。


「本当にそれでいいのかい?」
 彼女の背中から察したのだろう、天音は言った。
「例え、辛い現実でも明らかにしたほうがいい」
「でも……」
 天音は手で制し、白龍の身体を慣れた手付きでまさぐった。
「な、なんの真似だ!」
「こうしてると落ち着くんだよ……ふぅん、なかなか面白いね」
「言っておくが、オレにそんな趣味はないっ」
「そうかい。つまらないね」
 けれど今ので大体わかった。彼の異常な体温の低さ、そしてところどころに節のようあるつなぎ目。
 そう言えば、呼雪が言っていたな。仲間の死体を繋ぎ合わせて復活したんじゃないかってね。どうも正解のようだ。
「……聞いてほしい、白龍。調査で発見された君の仲間の遺体から見て、君たちが喰われたのは約20年前のことだ」
「20年前……? ふざけたことを、我らがあの怪物と戦ったのはつい先日の……」
君はもう死んでいるんだ
「ぐ……っ!」
 再び激しい頭痛に襲われた。頭を抱え、うずくまったその時、白龍の脳裏にあの晩のすべてが蘇った。
 引き裂かれる仲間の姿、そして成す術なく力尽きる自分……最後に見たのは末弟、小龍の青ざめた顔だった。
「そうだったのか……」
 顔面蒼白で立ち上がった。
「お笑いぐさだな。オレはこの20年間、止まった時間の中を復讐のために彷徨っていたのか……」
 あるいはこの記憶の混濁こそが、彼を現世に繋ぎ止めていたのかもしれない。
「師兄……」
 白龍は九龍に目をやった。
「おまえが本当にあの小龍なのか……?」
「はい、あの小龍にございます。随分身なりは変わりましたが、道場の末弟でございます」
「随分と苦労をさせてしまったようだな。すまなかった。オレの所為で……」
「何を言います! 私がこうして生き残ったのは、師兄が最後の力で逃がしてくれたからでございましょう……!」
 九龍の目を熱い涙が伝った。それはこの冷酷な暗殺者が数十年ぶりに流した涙なのかもしれない。
「小龍……」
 白龍は霊廟の奥へ続く通路を見やる。先ほど不浄妃が撤退する際に崩した瓦礫が散乱している。
「今は死して尚仇を討つ機会に恵まれたことに感謝しよう。小龍、王龍一派の無念、今宵こそ晴らそうぞ
「お供いたします、師兄」
「そーゆーことなら、道案内はお任せっ」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は大剣『ミネルバちゃんSP』を肩に担ぎ、瓦礫の前に立った。
「パイロンちゃんのゆく道をー。ミネルバちゃんが切り開くー」
 ぶるんと剣を振り回し、瓦礫の山に一撃を見舞った……!