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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【4】旗幟鮮明……3


「……言っておくが、態度を改めるべきは大尉だけではないぞ」
 その言葉に一同は振り返る。
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は背中を壁に預けながら、隊員たちの顔を見回す。
「そなた達、この探索隊に何の為に加わっているのだ。まさか物見遊山や金品名声目当てのトレジャーハントではあるまい。この探索隊が目指すのは、ブライドオブシリーズの回収と、それを使ってニルヴァーナを目指すことだろう」
 隊員たちは、それはそうだけど……と小さくもらす。
「軍上層から指名され指揮を執る人物を、単なる気に食わないと言う理由で非難するなど正気の沙汰とは思えんな」
 ふと、遠く霊廟の方角を見る。
「そう、正にわたくし達は正気とは言えない状況に陥っているのかも知れん。この鬱屈としたコンロンの、廃都の死臭や穢れを纏う空気の影響かも知れない。正直、わたくしも少々他人の言葉に敏感になっている節がある……」
 そう言われて、何か思い当たるフシがあるのだろう。隊員たちは顔を見合わせた。
 彼女の言う通り、ここの空気はどうも人の心ささくれさせる何かがある。心の闇を増大させる何かが……。
「わたくしの意見は遺恨は後回しにして、大尉は勿論だが、全員が生き残り目的を果たし大手を振って帰ることだ。これは皆の協力がなければ絶対に成しえない。後々、コンロンの探索隊は腰抜け集団だったと言われるのも不愉快だろう?」
「あったり前だろ!」
「誰が腰抜け集団だ! 舐めんな! コンロンくんだりにまで来て汚名背負って帰ったんじゃ母校に帰れねぇ!」
「ならば、するべきことはひとつ……!」
 不敵に司は微笑む。
 すると今度は、人形師の茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が声を上げた。
「皆さん、聞いてください!」
 注目を一斉に浴びる衿栖……と、隊員たちがざわざわと色めきだした。
 それもそのはず、彼女は人形師を営む傍ら芸能活動もする、操って歌って踊れるアイドルなのだ。
「おい、あの娘どっかで見たことないか……?」
「ばっか、おまえ846プロのアイドルだろ、あの娘。この前、電気屋の前で歌ってるの見たぞ
「えー! え、え、まじか! つか、なんでこんなところに……って、おい、テメーなに持ってんだ!?」
「なにってオフィシャルサイリウムに決まってんだろ。ほら、通販で売ってるから、おまえも5本ぐらい買っとけ」
「マジかよ、ガチじゃねぇか……」
「静かに……」
 衿栖の師レオン・カシミール(れおん・かしみーる)はそっと唇に人差し指を当て、隊員たちの動揺を鎮めた。
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)も一緒に彼女の話を聞くよう促す。
「今、私達はとても困難な状況にいます。だからこそ、お互いに支え合う必要があると思うんです!」
 衿栖はレッスンで鍛えた声を張り上げて語る。
「皆が無事に生還するため、待っている人達の元に帰るため、協力し合ってこの状況を打破しましょう。ですが、闇雲に進んでいては非常に危険です。ご存知のように、ここには不浄妃という恐ろしい敵がいます。状況を打破するため、統制のとれた指揮の元で皆が一丸とならないといけません。皆さん、軍と民間の垣根を越えて全員で生きて帰りましょう!」
 そう言うと、メルヴィアに目を向けた。
「大尉、あなたからもお願いします。あなたの言葉を聞かせてください」
 注目の集まる中、メルヴィアは一歩前に出た。
「言っておくが、私は自分の考えを曲げるつもりはない。おまえ達を消耗品と言ったことを撤回する気もない。任務において兵は駒、無論、私も含めてな。中には私の言動を気に入らん者もいるようだが……、おまえら、何のためにここにいるんだ。ニルヴァーナへの到達はパラミタの未来を担う任務。中途半端な信念で達成は出来ると思うな。覚悟のない人間には到底達成することなど不可能。だから私は他校生とて甘やかす気はさらさらない」
 そう言ったあと、小さく笑った。
「まぁ中には、私に説教したり、私を最前線に放ったり、目標を見失わず行動できる骨のある奴もいるようだがな」
 凛とした眼差しを探索隊に向ける。
必要なのは志を同じにする者。帰りたい者は帰れ。だが同じ志を持つなら、共にニルヴァーナへの道を切り開こう!
 大路に静寂が訪れる。
 しかしそれも束の間、パチパチ……とどこからか聞こえた拍手は、次第に広がり、大きな拍手となって彼女を包んだ。
「覚悟、か。言われてみれば、この隊にはすこし欠けていたかもしれんな……」
「でも、初めからそう言ってくれれば良かったのに……」
 朱里の言葉に、レオンは首を振った。
「実際、彼女も我々を見くびっていたんだろう。だから、命令通りに動くよう徹底させたんだ」
「そっか……。けど骨のある奴もいるって認められたんだね」
「当たり前だ」
 そう言ってレオンは見事に演説をしてみせた弟子を見つめた。
「……よろしければ皆さん、決戦を前に乾杯してはどうでしょうか?」
 ふと、グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が提案した。
 と言っても、彼が用意したのは酒瓶……流石に戦場に持ってくるのはあれなので……ではなく紅茶だった。
 それぞれ行き渡ったティーポッドから、カップに飴色の液体を分ける。
 同じ釜の飯……ではないが、同じティーポッドでも絆は同じはずだ。
 再びこのティーポッドで憩いの時を過ごすことを約束して、探索隊はカップをかざした。


 司の言葉 +10
 衿栖のアジテーション +10
 メルヴィアの演説 +10
 連帯回復【100%】


 ……とここで締めてしまえば良いのだが、まだこのシーンを終わらせるわけにはいかない。
 曇天に向かってカップを上げた一同の元にはらりはらりと紙吹雪が舞う。いや、紙吹雪にしては一枚一枚が大きい。
「なんだこれ、漫画の原稿用紙ぐらいサイズがあるけど……。ん、4コマ漫画『メルヴィア大尉の憂鬱』……?」
「あ、こっちのは『セクシーコンパニオン外伝エロイよ!! 雅羅さん』だって」
「マジで! それ当たりじゃねぇ?」
「同人イベント用見本誌ってメモが貼ってあるぞ……?」
「だ、誰の仕業だ!」
 メルヴィアは先ほどの凛とした姿から一転、視線で殺すぐらいの勢いで睨みを利かす。
 すると頭上の建物の二階から、ふっふっふ……と不敵に笑う変態っぽい声が。
オレだよ、オレオレ!
 黒いコートをはためかせ、のぞき部部長弥涼 総司(いすず・そうじ)、華麗に推参。
 登場するなり、総司はノートパソコンを手摺に置き、探索隊のほうに向けた。
「醜くいがみ合うあんたたちのため、歩くウィキリークスことこのオレがひと肌脱いでやる。とくと見よ!」
 パソコンに手を置き、昨晩見た光景を画面に念写する。
 映し出されたのは小さな覗き穴。そこに視線が寄ると、イチゴ柄のパジャマを着たメルヴィアの姿があらわれた。
 と同時に、閃光が総司の鼻先をかすめた。
「うおおおおっ!?」
 手を置いていたノートパソコンが微塵に刻まれ崩れ去る。
 戦慄して目線を上げた先には、手摺にバランスよく乗り、必殺の斬糸を向けるメルヴィアの姿があった。
「……殺す!」
 次の瞬間、総司の身体を包むように斬糸が走ったかと思うと、一瞬にして彼の身体はバラバラに切り裂かれた。
 エッグスライサーに乗せられた卵のように、輪切りにされた……かと思いきや、刻まれたのはキノコマン。
「!?」
「こんなこともあろうかと用心して正解だったぜ……って言うか、マジで殺す気だったの!?
 隣りの建物の二階に総司は健在。
 そして能力で隠蔽していたもうひとつのノートパソコンを実体化させる。
「ノーパソは2台あった!」
「な、なんだと……!?」
 再び始まった映像。パジャマ姿のメルヴィアはぬいぐるみを抱え、キャンディよりも甘ったるい声で話しかける。

 あのねあのね、今日は皆と一緒に怖いお化けのいるところに行ったの。
 メル、お化けとか苦手なのにぃ。どうしてこんな任務振られるのかなぁ。もうやだよぉ。
 ううん、ちゃんとやったよ。お仕事だもん、頑張らなくちゃ。

 何故だか無線機に連結していたパソコンの音声は、付近にいる探索隊メンバーに大ボリュームで届けられた。
 探索隊は別の意味でしんと静まり返った。
「お化けが苦手な大尉殿もこうやって頑張ってるんだ! それなのにっ、それなのにキミ達は……!」
 総司は探索隊にビシィと指先を突き付ける。
 がしかし、不和は既に解消されてるので、全員「もう頑張る決意しましたけど」的な反応。
「ヴァラーウォンドを手に入れる戦いは国軍……教導団員の名誉だろーっ! 違うのかぁっ?」
 国軍側の探索隊も「いやマジそれどころじゃねぇだろ」とノーパソに視線が釘付けである。
「総司の奴、いい具合に歌舞いておるのぅ」
 屋根の上、飛良坂 夜猫(ひらさか・よるねこ)はひひひと楽しそうに笑う。
 探索隊の無線機に周波数を合わせ、ノーパソの音声を侵入させているのは、彼女の仕業なのだ。
「メル、お化けとか苦手なのにぃ」
 夜猫はからかう。だが、ピタリと固まったままメルヴィアは微動だにしない。
 反応の薄さに首を傾げていると……激震の走った探索隊のほうから、次第にくすくすと笑う声が聞こえ始めた。
「……や、なんつーか、大尉も人の子だったんだなぁ」
「俺、割りとマジに血も涙もない軍人バカ一代みたいな人だと思ってたから、ちょっと安心したって言うか……」
「親近感?」
「そう、それそれ。意外に可愛いとこある……」
笑うなっ!!
 メルヴィアは叫んだ。
 気のせいだろうか、その目にうっすら涙が浮かんでいるような……。その様子に隊員たちは狼狽する。
「た、大尉!?」
「ご、ごめん! なんかごめん! もう笑わないから!」
黙れ、クソども! このことを口外したら傷病者にして一生精神病院にぶちこんでやる……!!
 ゴクリと息を飲み、それ以上は誰も何も言わなかった。つーか、言えなかった。
「これで絆も深まったことだろう……!」
 ほんと良いことしたなぁ、と踵を返す総司……だったが、その首筋に冷たいものが当たった。
「乙女の秘密を公衆の面前で暴露とは褒められた趣味ではないな」
 背後に立つのは女傑、姫神司。抜き払った剣が冷たい光を放つ。
「3秒やる。念仏をとなえるがいい」
「あの……」


 メルヴィアの秘密 +20
 連帯回復【120%】