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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【4】旗幟鮮明……1


 ニルヴァーナ探索隊仮説本部。
 拘束された九龍を前に護送の手配を隊員たちが進めている。
 指揮を執るのは国軍所属のクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)
 九龍を手錠と戦乱の絆で拘束。ダメージも相当だったが、生命に支障のない状態にまで応急処置を施してある。
「隊に静けさが戻って来たか……。軍主導の作戦に参加した時点で軍隊式の統制が前提のはずだが、人の心は理屈だけでは動かないものだな。上官の指揮下で駒として機能する事は俺達には当然だ」
 隊員たちを前に彼は言う。
「我々は滞りなく任務を優先させる」
「了解っすー」
 とその時、セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)がくすくす笑った。
「硬いよ、クローラ。軍隊式の物言いにならないよう気を付けてるんじゃないのかい」
「む……、そんなに硬かったか?」
 ミロクシャのコンロン駐留軍と連絡は済んでいる。そこまで護送出来れば安全に本国まで送り届けられるはずだ。
 クローラは九龍に目をやった。彼は顔を上げ、呻くように口を開いた。
「……何故、ここで殺さない?」
「貴方には法の裁きを受ける権利があり、俺達には受けさせる義務がある」
「そう、僕達の目的は殺しじゃない。貴方も生きて罪を償うべきだ」
 その時である。
 靴音を響かせ、ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)が護送隊の元にあらわれた。
 傍らにはメルヴィア大尉とパートナーのニコライ・グリンカ(にこらい・ぐりんか)もいる。
「……白龍と九龍、同じ系統の術を使う2人がここにいる、果たしてそれは偶然でしょうか?」
「何か裏があると言うんだな?」
「ええ、2人ではなく実は1人2役ではないでしょうか。九龍と白龍が同じ場面に現れる事はこれまでもありません」
「たしかに昨晩から白龍は姿をくらましている」
「師と仲間を失ったことが、多重人格と生んだと推察します。白龍が基本人格で九龍は負の感情が生んだ人格かと」
「なるほど。そう考えれば理屈が合うな」
 メルヴィアが護送隊を見回すとクローラ達はあわてて敬礼をした。
「しかし、不浄妃討伐には白龍の協力が必要です。ここは2つの人格を統合させるのが最優先ではないでしょうか」
 ザウザリアスは地べたに座る九龍に目を移す。
「時間がないので単刀直入に言います。あなたとあなたの中のもう一人のあなたの二人の協力を我々は求めています」
「……何の話だ?」
「隠す必要はありません。いるんでしょう、白龍さん」
「…………」
「…………」
「え?」
「え?」
 九龍はマジで意味が分からないと言う顔をしている。
貴様、まさか私に無駄足を踏ませたのか……?
「え、ええと……」
 メルヴィアのプレッシャーを背に浴びてザウザリアスは固まった。
「思い違いだったか。彼と大尉を契約させれば戦力増強になるかと思ったのだが……」
「はぁ?」
 ポツリと呟いたニコライの胸ぐらをメルヴィアは掴んだ。
「なんでこの私が犯罪者と契約しなけりゃならんのだ!」
「そ、その……契約による戦闘力の向上が望めるかと」
「私の能力に問題があると言うのか、貴様。銃殺にするぞ」
「ええと……、あ、あと九龍も探索に協力すれば恩赦が与えられるのではないかと思いまして」
「だから、なんでこの腐れ犯罪者に慈悲を与えにゃならんのだ! 与えるのは鉛玉で充分だ! ふざけるなっ!!」
「す、すみませ……ぎゃあっ!」
 乱暴。怒りの激鞭がニコライに飛んだ。
「おいおい、落ち着けよ……」
 ポリポリ頬を掻きながら、いつの間にかそこにいた朝霧垂は言った。
 一緒に数名の隊員たちもいる。
「第四師団の朝霧だ、メルヴィア大尉。ああ、コレ、セイカからの差し入れ」
「む……」
 差し出されたあまり可愛くない人形を懐にしまう。
「第四師団が何しに来た?」
「特務隊に任せっきりじゃ、駐留部隊の面子が無くなるからな。作戦に参加させてもらう」
 とその時、隣りにいた茅野菫が九龍に飛びかかった。その顔には大きな青たんが。
「さっきはよくも顔面蹴飛ばしてくれたわね〜〜!」
「わっ、馬鹿やめとけ。そんなことしに来たんじゃねぇだろ」
 彼女を羽交い締めにし、垂は九龍に話しかける。
「お前『白龍』って名前に心当たりは無いか?」
「……!?」
「奴は今『流派の中で唯一の生き残りとして』ここにいる」
「ああ、自分以外の師弟を殺した不浄妃を討つために」
 先遣隊から合流した早川 呼雪(はやかわ・こゆき)も垂と肩を並べ言った。
「馬鹿な……、何故白龍師兄が……。あの方は死んだはずだ……!
 その言葉にしんと静まる。
「1つ確認させてくれ……九龍『お前は誰だ?』
 問われ、彼は目を伏せた。
「俺はブラッディ・ディバインの九龍。昔の名は王龍道場が末弟、小龍(シャオロン)……」
「やっぱり繋がりがあったか……」
「しかし何故だ。何故、師兄がここにいる……!?」
「それは俺たちにもよくわからない」
 呼雪は言った。
「彼は20年前に殺された。それは天宝陵からの情報にもあるし間違いない。ただ、何らかの要因で殺害以前の記憶と理性を保ったまま蘇ったのだと思う。おそらく肉体は8人分の遺体それぞれの損傷部分の繋ぎ合わせだろう」
「報告によると君の仲間の遺骸は喰い散らかされた状態で昨日発見されたそうだよ」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は報告書を見ながら言った。
「食あたりでもおこしたのかもしれないね。君たち道士は死霊退治のため、光を帯びたものも身に付けてるんだろう。ヴァラーウォンドに寄せ付けたくない光輝の力と一緒に吐き出したのかも。黒い霧で光を阻むのもその為じゃないかな」
「その残った部位の集合体が、白龍。彼を生者同様に動かすものの正体……それこそが勇猛の名を冠する杖、ヴァラーウォンドなのかもしれない。不浄妃は不死の術の失敗によって生まれたと言う。白龍はその術の成功例なのではないか」
「その術のことは師に聞いたことがある……」
「死の間際、白龍の術に呼応し、死者の埋葬にも使われたと言う月牙産がその勇猛な魂を掬い上げたのかもしれない」
 俯く九龍の肩を、垂は叩いた。
「よし、俺たちと一緒に白龍のところに行こう」
「!?」
「まずは不浄妃を倒してお前達流派の呪縛を解き放つ! その後、まだ鏖殺寺院に加担するなら俺が全力で止める!」
「自分の手で因縁に決着をつけるといい。抜心は単に暗殺の為に会得した訳じゃないだろう」
 呼雪も同意する。
「……気付いたのか」
「不浄妃の心臓に当たるのは、あの杖だ。あの技を武器にしていることが、あんたがまだ引きずっている証拠だ」
「何を勝手なことを言っている!」
 メルヴィアは垂たちに詰め寄った。
コイツの身柄はシャンバラ教導団第四師団武装メイド部隊隊長、朝霧垂が預かる!
「俺からも頼む……」
 しばらく睨み合ったのち、メルヴィアは踵を返した。
「……作戦終了まで監視を怠るな。それが条件だ」
「大尉……」
「テレスコピウム隊員、護送はひとまず延期だ。不浄妃討伐が終わるまで待ってやれ」
「はっ。大尉のご命令とあればそのように致します」