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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【4】旗幟鮮明……2


「大尉、こちらでしたか」
 国軍所属のシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は崩落に巻き込まれた隊員の救出にあたっていた。
 メルヴィアの姿を見つけると、横に肩を並べ手短に状況の報告を済ませる。
 名簿に登録されている全隊員の安否が確認された。負傷者は多数でたが死者は出なかったのが不幸中の幸いである。
「ところで、大尉。めしは食べました?」
「いや。不浄妃討伐の作戦案をまとめねばならん。そんな暇はない」
「食事はちゃんととったほうがいいっすよ。朝もお茶しか飲んでないんでしょ」
 そう言って弁当を手渡す。
「作戦考えながらでもいいですから食べて下さい」
「む……」
 それから、隊員たちが休息をとる大路に移動する。
 武器の手入れをする者、怪我人の手当に奔走する者、携帯ゲームで暇を潰す者、彼らに混じり遅い昼食にする。
 もそもそと味気ない弁当を食べつつ、気難しい顔で煮物を睨み付けるメルヴィアに目をやる。
 気丈に振る舞ってるけど気にしてないわけないよな。部下から総スカンなんて、俺には耐えられそうにない……。
 とそこに他校出身の隊員たちがやってきた。メルヴィアは怪訝な顔で彼らを見る。
「なんだ、貴様ら。文句があるなら大熊を通せ」
「……いや、さっきはありがとうよ。まさかあんたが前線に出てくるとは思わなかったぜ」
「けどなぁ、ちょっと口に気を付けろよ。言っとくけど、おまえ、あんな態度で迫られたら誰だって怒るんだからな」
 ふぅん……と聞いていたシャウラだったが、はっと顔を強ばらせた。
「ば、馬鹿。おまえこそ口に気を付けろ。また余計な火種が……」
「構わん」
「……へ?」
「この程度で指導を加えるほど暇ではない。時間がある時に矯正してやる」
 なんかちょっと丸くなったのかな……、シャウラは思った。
 まぁそこで終われば良かったのだが、国軍所属の隊員たちがむっとした顔でこちらにやってきた。
「貴様、なんだその態度は。大尉に無礼だろうが」
「なにぃ……?」
「おいおい、人として空気読もうぜ」
 シャウラは両者の間に入った。
「貴様も軍人だろう! 何故、目の前に不敬に目を瞑る!」
「あのなぁ……」
 シャウラはため息を吐き、傍で様子を見守るユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)に目配せする。
「すみません。先遣隊からの補給物資の確認をお願い出来ますか」
 ユーシスは不遜な態度の軍人に言った。
「書類の形式が国軍のものですので軍関係の方に目を通して頂こうかと」
「……了解した。我々が確認してこよう。貴様らには出来ん仕事のようだからな」
 軍人たちは去って行くと、ユーシスは小さく微笑んだ。
「空気読めない人には書類を読んで貰うことにしましたよ」
「へっ、やるじゃねぇか。軍人にも話がわかるヤツがいるみてぇだな」
「私たちも普通の人間ですよ。任務の間は軍規で自分を律してるだけです。まぁそうでもない人間もいますが……」
「な、なんで俺を見る」
「君は任務中でも女性に……」
「ば、馬鹿やめろ。大尉の前で……って、大尉?」
 メルヴィアは席を立ち、スタスタと去ろうとしている。
「待ってくださいっ」
 あわててその手を掴む。
「どこに行くんですか」
「本来、上官と部下は席を共にすべきではない。先ほども無用な諍いを起こすところだったろう」
「なに言ってんですか、あいつら、大尉と話したくて来たんでしょうに」
「なんだと?」
「皆、大尉と仲良くなりたいんですよ」
 彼は微笑む。
俺もです。俺は大尉の怖い所も怖がりな所も可愛いと思ってますからね
「ふざけたことを……」
 掴まれた手にはっと目を落とし、メルヴィアはあわてて振り払う。


 そして行こうとしたその時、ぴょいんとその胸に龍造寺 こま(りゅうぞうじ・こま)が飛び込んだ。
 小さな女の子の姿にぴょこんと生えた猫耳。愛らしい外見の彼女を前に、メルヴィアは人知れずふるふると震えた。
「あれ、メルメル顔が赤いにゅ。どうしたにゅ」
「べ、別に赤くなどなっていないっ」
 こまは種族的には英霊。とある化け猫。
 どちらかと言うとメルヴィアの苦手な心霊現象的なものなのだが、怖さは見た目が完全にフォローしていた。
「あ、そうだ。しのむが話があるって言ってるにゅ」
「しのむ、だと……?」
 ふと、顔を上げるとそこにいたのは教導団騎兵科に所属する藤原 忍(ふじわら・しのぶ)
 見るからに負けん気の強そうな男勝りの少女だ。騎兵科ではメルヴィアの教え子にあたる。
「メルヴィア……!」
 グッと拳を握りしめた忍は、なにをトチ狂ったか上官の顔面をおもくそぶん殴った。
 軽く2メートルほど吹っ飛ばされた鬼将校に、周囲の隊員たちは唖然。
「な、なんつうことを……」
 シャウラは戸惑いながら彼女を助け起こそうと走る。
 がしかし、その前に彼女は立ち上がった。鼻血をだらだらと流しながら。
貴様ぁーーーっ!!
 ナラカの魔物も裸足で逃げ出す危険な目付きで、メルヴィアは拳を振りかぶる。それをシャウラが必死に止める。
「ちょ、ちょっと大尉! 落ち着いて!」
「上官に手を挙げるとは良い度胸だ、藤原! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる!」
「へっ、今のあんたのパンチなんか何発喰らっても効きゃしねぇよ!」
 ビシィと指先を突き付ける。
「聞いたぜ、この隊の体たらく。表面上は取り繕ってるんだろうが、お化け嫌いのあんたのことだ、どうせビビって能力が発揮出来ないんだろ! らしくねぇ見せてみな、いつものあんたを! 俺の気合いのパンチで目が覚めただろ!」
「は?」
「こう、ハートに熱いものがこみ上げたハズだ! そいつを見せな! 俺がしっかり見届けてやる、さあ見せてみな!」
ふざけるな、このクソ三等兵!!
 完全なる俺理論をまくしたてる彼女にぶちぎれ。さりげなくお化け嫌いをバラされたのが怒りを加速させる。
 しかし忍はそんなものどこ吹く風とマイペースに隊員たちに向き直った。
「おまえらもおまえらだ! 軍じゃ上官の理不尽な言動なんか当たり前だ! 額面通りに受け取ってんじゃねぇ!」
 しーーんと静まり返る隊員たち。
 いや、理不尽を絵に描いたようなあんたに言われても……。残念ながら説得力は皆無である。


「いい加減にしなさいっ!」
 とその時、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)大尉の一喝が、静まる大路に響いた。
 普段温厚な彼の怒声はそれだけで迫力があった。険しい顔でまず忍を叱りつける。
「藤原隊員」
「な、なんだよ……」
「あなたに悪意がないのは見ていればわかります。しかし上官を殴るなどもってのほかです」
「いや……」
「言い訳は無用。まして部下が大勢いる前で。彼女に恥をかかせる気ですか。軍人なら軍規を重んじるべきです」
「ぐ……」
 そして今度はメルヴィアに視線を向ける。
「あなたもあなたです、メルヴィア。そのままでは任務を達成することはできませんよ」
「な、なんだと……!」
「俺も軍人、あなたの意図はわかります。ですが、言いましたよね。必要なのは味方だと。正直いって今のあなたは、自分の思う通りにわがままを通そうとする子供です。自分の考えが一番正しいと信じて疑わない。足元が見えていない」
「貴様!」
 メルヴィアは鼻血を拭うと、ルースの胸ぐらを掴んだ。
 しかし彼は一歩も退かない。
「もしあなたが子供でいるのなら指揮権をオレに渡しなさい。今のあなたよりはうまくやれる自信があります」
「ふざけるな!」
「でも、子供でないというのなら……証明して見せなさい」
「!?」
『能力を示せ』あなたがオレに言った言葉ですよ
「…………」
 胸元を掴む彼女の手が緩んだ。


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