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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【3】画竜点睛……1


 武芸者の聖地『天宝陵(てんほうりょう)』。
 ぼんやり鈍く光る提灯の下がる通りの一画、タンメン屋の軒下で煙草を吹かす女子高生の姿があった。
 道端に並んだテーブルにドッカと腰を下ろすのは八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)である。
「は? DQNとか不良学生とか誰かが言ってるって?」
 優子は不機嫌そうに顔を歪めた。どうも誰かが言ったらしい。誰だか知らないけど。
「あーそう。そいつマジで良かったよ、私が美味いタンメン食って幸せな気分の時で。普段なら、私の課外授業が『人間はヴァイシャリー湖の水を何リットル飲めるのか調査』になるとこだったよ」
 ローファーのつま先を鳴らし、ずり落ちそうなスナイパーライフルを隣りの椅子に立てかける。
「マジどこから見たらDQNに見えるんだっての。わざわざ百合園女学院制服着てるってのに」
「う、うん……」
 向かいに座る国軍の世 羅儀(せい・らぎ)は苦笑しながら相づちを打った。
「で、さっきの話なんだけど」
「ああ、タンメンおごってくれるんだって?」
「天宝陵における八ッ橋さんの食費は国軍の『探索費』としてツケにするよ。だから調査に協力してくれないか」
「別にいいけど。空大進学するから課外学習しとかないとアレだし。ついでに色々聞き出してやるよ」
「そ、そう。助かるよ」
 それにしても……と羅儀は思う。
 白竜のやつ、大尉に反抗的な彼女を調査に巻き込むことで、大尉の面目を保とうとするつもりなんだろうけど……。
「おっちゃん、杏仁豆腐と胡麻団子3皿づつ持ってきて」
「大丈夫かな……」


「……と言うわけで来たけど」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)少尉とともに訪ねたのは天宝陵『万勇拳』の道場。
 ほんとに弟子がいないらしく、広い道場は若干荒れ果てており、柱と壁とか大分ムシに喰われちゃってる。
 ミャオ老師を前に、白竜は礼儀正しく頭を下げた。
「昨日はありがとうございました。チラシは任務が終わったら責任を持って配ります。もう少しお話を伺えませんか?」
「そうそう。あ、なんなら万勇拳に弟子入りするけど。カンフーがマイブームだからちょうど入門したかったし」
 優子が言うなり、老師は白目を剥いて、口からぶくぶくと泡を噴き出した。
「し、しっかりしてください! 大丈夫ですか!?」
「カハッ! はぁはぁはぁ……あ、あまりにも嬉し過ぎて心臓が止まるところだったぞ! 殺す気か!」
「ここの少子化、よほど深刻なんだな」
 そう言って、優子は煙草をくわえた。
「と言うか、空京にカリスマギャルがいるから、そいつに会って女紹介してもらえば門下生も増えんじゃん?」
「かりすまぎゃる……?」
「そうそう。ここだと私も通えないから空京に道場作れば? 最初は公園の広場使えば金もかかんないだろ」
 ふむぅ……と唸りながら、煙草に火を点けてあげる老師。
「まぁそれはおいおい考えるとして……。お前さんたちの話を聞こう」
「では、龍の名を持つ8人の弟子を持った王龍の道場のこと、何かご存知ではありませんか?」
「懐かしい名じゃな。除霊に失敗して彼らが死んでから、もうかれこれ20年になるか……」
20年?
「ああ。そう言えば、弟子の中にはお前さんと同じ名前の男がおったな。パイロンとか言う」
「ええ、彼だけが生き残ったそうですね」
いや、ひとり生き残ったのはたしかじゃが、奴はパイロンではないぞ。名前はちょっと思い出せんが……生き残った弟子はその後、九龍と名を変え、黒楼館に入ったのじゃ。お前さん達の調べておったあの九龍じゃよ
「ど、どういうことです!?」
「仲間を助けられなかった自分の力不足を嘆いていたのかもしれん。暗殺拳を磨き異例の早さで師範代までいったが10年前に突如姿を消したのじゃ。よく知らんが、シャンバラの秘密組織と通じておったらしく、そちらに移ったとか……」
「なるほど……」
 白竜は頷きながら、話を手帳に書き記す。
 しかし、優子はと言うとプカプカと煙を吐きながら、なんとも退屈そうな顔をしている。
「正直、そいつの過去とか興味ないんだけど……。やっぱ課外学習と言ったら歴史が王道だろ」
「お前さんは何を知りたい?」
「ええと、なににすっかな。あ、そうだ。無線機からよく聞こえてくる『不浄妃』って言う奴のこと知らない?」
「ああ、ブセイが退治した怪物か。なんだってそんなものを調べてるのか知らんが、まあわしの知ってる話はしよう」
 コホンと咳払い。
「不浄妃は不死の魔物。しかし、元は普通の剣の花嫁だったそうじゃ。それも東方都市を治める美貌の領主だと言う」
マジか。私みたい
「しかし、権力も美貌も失われるもの。女はそれを酷く怖れたそうじゃ。お前さんたち、キョンシーを知ってるじゃろう。あれは死体に穢れが入って動いておるが、ああなった死体は時が止まり腐らなくなるのじゃよ。そこで昔の道士は考えた。肉体をキョンシー化したまま、魂を定着させることが出来れば、不老不死が実現出来るのではないか、と。理論はあったが実現には甚大な霊力を要する。それを補ったのが宝貝じゃ。女は宝貝を使い不老不死の秘術を発動したのじゃ」
「ふむふむ」
「……しかし失敗じゃった。魂だけではなく多くの穢れも巻きんでしまった。そして生まれたのがあの怪物じゃ」
「ふうん、で、どうやって倒したのよ」
「……結論を急ぐやつじゃ。じゃが、わしは知らん。その辺の細かい部分まで伝説にはなっとらん」
「えー」


 それから2人は道場の前で羅儀と落ち合った。
「例のものは手に入ったのですか」
「ああ、大分吹っ掛けられたけど地下道の地図は手に入れたよ。バイクでひとっ走り黒崎に届けてくる」
「頼みます。それとこれをメルヴィア大尉に。もう少し布の多い服を着てもらわねば……」
 渡された女性ものの道袍に羅儀は目を落とす。
 おまえは大尉の父親か。
 その後ろでは、優子が無線インカムで探索隊に連絡を入れている。
『……こちら作戦本部の武神だ』
「あー……テステス、タンメンの美味い店と、不浄妃の話、どっちが知りたい?」
 ニヤリと優子は笑う。
「普通は決まってるよ。タンメンだろ