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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 脱ノ章

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chapter.16 積み掬い 


 広間に喧騒が溢れている。
「なんと力強い名刀でしょうか……」
 隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)が宗吾の持つハルパーを見て呟いた。彼女は、現在でマホロバにいる樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)のパートナーであり、白姫言われ明倫館で強さを学んでいた生徒のひとりだった。
 しかし、このような強さは未だ見たことがない。銀澄は僅かに眉をひそめた。
「しかし、醜いです」
 銀澄はぽつりと漏らすと、晴明と宗吾の間に入ろうとする。それを視界の隅に捉えた宗吾は、ギロリと銀澄を睨んで一喝する。
「邪魔すんな! 今やーくんと遊んでるんだよ!」
 ぶん、と彼が刀を一振りすると、ハルパーは空気を切り裂き、銀澄を刻もうとした。それを横に倒れこみかわした彼女は、短く息を吐いてから、宗吾に堂々とした声で告げた。
「拙者に刃を向けるというなら……隠代銀澄、参ります!」
 言葉と同時に、彼女が駆け出した。今の宗吾と自分の間合いでは、アレを使うしかない。銀澄は刀を地面と水平に構え、その技を繰り出した。
「死の太刀、千穿桜!」
 素早い速度で急所を狙う銀澄。しかしそれは、ハルパーによって容易に阻まれた。きん、と甲高い音が響くと同時、宗吾は曲刀を翻し、銀澄の胴を裂こうとした。
 瞬間、風と共に大剣が突然宗吾を襲う。
「うおっ!?」
 咄嗟に態勢を変えた宗吾のバランスは狂い、対象である銀澄に当たる前にその大剣に防がれた。
「危なかったね!」
 走りながら、ルカルカが駆け寄ってきた。彼女が力強く踏み込んだ疾風突きが、宗吾に横槍を入れたのだ。
「……だから、邪魔なんだって」
 宗吾がすっと低く身を構えた。既にルカルカも銀澄も、彼の間合いの中だ。横に構えた彼の刀は、ふたりを同時に薙ぎ払おうとしていた。
 それをすんでのところで止めたのは、ダリルだった。
「絡みつけ。阻害しろ」
 彼は潜ませていたウィップの式神に命を下した。すると、意思を持ったその鞭が宗吾の体を縛ろうとする。
「なんだよこれ、うっとうしいな!」
 宗吾が身をよじらせそれを振り払った隙に、ルカルカと銀澄は呼吸を合わせ、各々の武器をかざし宗吾に狙いを定めた。
「いくよっ!」
「壱の太刀、桜花!」
 同時に声を上げ、刀を振り下ろす。
「!」
 咄嗟に飛び退いた宗吾だったが、かわしきることはできなかったらしく、はだけた胸元に赤い線が走った。たらりと、血が流れる。
 浅かったか。ふたりがそう思い再度攻撃に移ろうとした時、突然広間を敵意が覆った。
「悪いが、それは俺がもらう」
 不意に聞こえた声。次の瞬間、鋭い突きを繰り出しながら宗吾に迫っていたのは、久我内 椋(くがうち・りょう)だった。そこには敵意の範疇を超えた意思が込められており、宗吾の腕ごと切り落とさんという勢いだった。
 そう、彼――椋もまた、力を欲し、ハルパーを求めるひとりであった。
「……っとお!」
 死角から迫ってきた椋の突きを、上半身をねじらせハルパーの脇で受け止めた宗吾は、刀を弾き、その勢いで椋、そしてルカルカや銀澄と距離を取った。
「次から次に……!」
 睨みつける宗吾を前に、ルカルカと銀澄は椋が味方なのだと判断し、陣形を整えようとする。しかし、椋は予想外の行動に出た。
 小声で何かを囁いた椋は、得体のしれない気に満ちていた。その大気はやがて一ヶ所に収束し、人の形を成した。それは、椋の召喚によって呼び寄せられた悪魔の浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)だった。
「急に呼び出したと思えば、ずいぶんと薄汚れたねぇ、少年」
 椋を見たクロケルは嫌味を含んだ微笑みを浮かべながら言った。椋は言葉にしなかったが、自分がこの場に呼ばれた時点で彼の意図するところは分かっていた。
「我を呼んだのは、少年が刀を奪うのに集中したいためだろう? 今回は特別サービスだ、手伝ってあげるよ」
 言うが早いか、クロケルは持っていた弓を構えると、そこから光の矢を宙に放った。
「これは……っ」
 周囲の生徒たちが放たれた直後気付く。その矢は宗吾ではなく、自分たちにも向けられていると。クロケルは生徒たちを見下ろし、再び笑みを零した。ちらりと椋を横目で見て、こともなげに呟く。
「どうせ、周囲はすべて敵なのだろう?」
 その言葉と同時に、矢が広間に降り注いだ。宗吾も晴明も、それを囲んでいた生徒たちもその一撃で陣形を乱され、後に残ったのは椋が宗吾に駆け寄るための動線だった。
 ――この男は、探索隊としてハルパーを得ようとしていない。
 宗吾に向かって走る椋を見て、生徒たちはすぐにそう判断し、彼を捕まえようと足を動かした。彼らの判断は正しかった。
 椋は、寺院にも、探索隊にも属さない者としてハルパーを狙っていた。ただ強さを得るそれだけのために。
「これ以上の混乱は避けるでありんす!」
 ハイナが生徒たちを一喝すると、彼らは宗吾に突撃する椋の背中を追った。が、それをパートナーのモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が阻んだ。
「ちょうど深守閣のあいつじゃ物足りなかったところだ。少し遊ばせてもらう」
 そう言いながら立ちはだかったモードレッドは、先制して煙幕を巻いた。周囲に煙が立ち込める中、強化光翼を身につけたモードレッドが宙を舞った。
「邪魔するものは全員敵だ!」
 モードレットがそう告げると、椋に近づこうとする者に急降下し、突きを放った。
「わっ!」
 ハルパーを無事探索隊のものとするため椋を追いかけていた美羽は、あわやその直撃を食らうかというところだったが、護衛をしていた祥子が一撃を防ぎ、事なきを得ていた。
「なんでこお、我欲を優先させちまうかねえ。止むに止まれぬ事情があるなら別だけどさ……」
 祥子の着ている魔鎧、朱美が呟く。その声の後、祥子は朱美の持つ能力をフルに使い、椋らを止めるべく打って出た。
「躊躇したらアウトだよ」
「分かってるわよ」
 朱美に答えた祥子は、大剣の幅の広さを利用しモードレットやクロケルの攻撃を防ぎつつ、隙間を縫うようにしてその大剣――ヴァルザドーンからレーザーを放った。
「!」
 不意に飛んできた攻撃に、椋がのけぞる。今度は宗吾が、それを見逃さなかった。
「横槍いれるから、こうなるんだぞ?」
 言って、ハルパーを頭上にかざし飛び上がった。重力を加えたその一撃を食らっては致命傷だ。椋は無理な態勢から強引に後方へ飛びずさることで、際どくそれをさけた。その代償として椋は、足に鈍い痛みを与えられた。回避の仕方を誤ったためだった。椋がさっきまで自分の立っていた床を見ると、そこは無残に破壊されていた。
「……!」
 ハルパーの圧倒的威力に椋は息を呑んだ。そして、それを見ていた者がもうひとり。椋のパートナー、在川 聡子(ありかわ・さとこ)だった。彼女はその禍々しさすら感じる刀に、じっと眼差しを向けていた。
「ハルパー、あなたはそれほどまでに、瘴気を一身に背負っていたのですね……」
 彼女は深守閣でのことを思い出していた。
 あの、黒々とした空気をまとっていたハルパーと、それによって生み出された異形を。今のハルパーが瘴気の残り香を散らしているのか、新たな瘴気を生もうとしているのか、それは分からない。ただ剣の花嫁である自身の体内に格納しようとしていた聡子は、言葉を発せずにはいられなかった。
「私もあなたも、武器は武器。扱う方によって生きる道は違うはず。椋様なら、あなたを使ったとしてもとても大事にしてくれるはずなのに……」
 その言葉が宗吾に、ハルパーに届くことはなかった。

 宗吾が最初にハルパーで攻撃を仕掛け、戦いが始まってまだ十分も経ってはいなかったが、目まぐるしく戦況は変わっていた。
 神海は既に生徒たちによって取り押さえられ、椋は満足に行動する力を残してはいなかった。
 そして。
 晴明と宗吾は、周りを生徒たちに囲まれる中、お互いの視線を外さないままでいた。晴明の頭上には既にいつでも放てる状態の最大威力の式神が、宗吾の手にはハルパーが握られている。
 言ってしまえば、結果は見えていた。
 既にこの広間で、大勢の生徒が宗吾を囲んでいる以上、あとは晴明が大きな一撃を放ちさえすれば、宗吾がそれをハルパーで斬り払おうとしたところを一斉に取り押さえればいいだけだ。おそらくふたりも、それを分かっている。分かっていて、晴明は式神に命を下せずにいた。
「来ないのか? やーくん」
 宗吾がこれまでの戦いで乱れた呼吸を整えながら、話しかける。晴明は無言で息を呑んだ。脳裏には、いくつもの言葉と記憶が詰まっていた。幾重にも積んだそれらの中から彼が掬ったのは、ここに来る途中、歩から受け取った言葉だった。

「汚れと向き合って、それを受け入れられる人は……きっと他の人の汚れた部分も受け入れられる。そういう人が本当にきれいな人なんじゃないかな?」

 晴明はそれを心の中で反芻すると、目を閉じ、かっと見開いた。
 それは晴明の決意。多くの時間を共にした者との決別だ。晴明は大きく声をあげた。
「バイ・オール・ミーンズ!!」
 巨大な紙が、宗吾目がけ鋭い角度で迫った。宗吾はそれをハルパーで迎え撃つ。晴明最大の技といえども、ハルパーを持った宗吾には通じず、彼は迫り来る式神を刀で真っ二つに斬り裂いていった。同時に、周囲の生徒が宗吾の捕獲に向かう。最早刃の向きを変えることは不可能だった。
 生徒たちに取り押さえられる瞬間、晴明は、彼の声を聞いた。
「やーくん、また遊ぼうな」
 宗吾が、畳の上に倒れた。