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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

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【創世の絆・序章】未踏の大地を行く

リアクション


18.劇〜【魔法少女 マジカル☆たいむちゃん!】・終場 たいむちゃん復活!〜

「ふはっはっはっは!」
 と、魔物役・雪国ベア(ゆきぐに・べあ)があらわれた。
「俺様は魔獣シロクマー! この世界は俺様達がいただくクマー! 手始めにこの学校から支配してやるクマー!」
 ソア・ウェンボリスを人質に取っている。
 舞台は学校の校庭。
「くやしかったら、こいつを力づくで奪って見やがれ! クマー」

「そうは、私達がさせない!」
 ぱっとライトが当たる。
 そこには合計4名の魔法少女たちが、思い思いの姿勢で立っている。
 
 ――ナレーションの声(司会):
   さあ、ここが、山場だ!
   はたして、たいむちゃんは変身できるのだろうか???

 ■
 
「では、私から行くわね? 皆さん」
 宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)は断りを入れてから、変身! で魔法少女に華々しく変身する。
「私の名前は魔法少女えむぴぃサッチー。この世界は、狙われているわ」
 たいむちゃんの肩を掴む。
「私の世界を襲った魔物たちが、この世界にも目をつけたみたい。気をつけて……もうすぐ近くまで来てるかもしれない……て、もういるのね?」
 魔獣シロクマーを振り返る。
「前置きがあるの、少し待ってくれない?」
「バカモノ、おまえらの頼みなんか……」
「待ってて欲しいです、ベア」
「わかった、ご主人」
 魔獣シロクマーは頷いた。聞きわけの良い魔物のようだ。
 
 使い魔役の樽原明(たるはら・あきら)が機晶石や手足を伸ばして、ミュージカル風にたいむちゃんに契約を促す。
 
 ♪我輩と契約してぇ魔法少女になってよ〜ぅ!
  我輩の住んでいた魔法の国が魔物に襲われてしまったのだ。奴ら、我輩たちの国だけでは満足せずこの世界にまで攻め込もうとしているのだ。
  この世界……ニルヴァーナを救えるのはたいむちゃんだけなのだ!
  この世界にも魔法の世界パラミタからやってきた魔法少女たちがいる!彼女たちと力をあわせてニルヴァーナとパラミタを救って欲しいのだ。
  さぁ〜この〜魔法の携帯電話を〜ぅかけるのだぁ。そ〜ぅすれヴぁ〜新しい道がひらけるのだろ〜ぅ。
  
 ……声はベテラン声優並みに良いが、「樽」だけに不気味だ。
「ほれ、契約の証しだ」
 ぽんと魔法の携帯電話を渡す。
 たいむちゃんが電話をかけると、魔法の国につながった。
 明は再び台詞を歌い始める。
 
 ♪これで〜今日から〜君も本当に魔法少女〜
  めでたしめでたし…… 
 
「わかった、もう終わったんだな?
 じゃ、暴れるぜ! クマーッ!」
 魔獣シロクマーはソアを抱えたままジャンプ、明の前に着地する。
 明は身構えるが、所詮は樽。そして魔物・ベアは強い。
 軽く蹴っただけで、明はあ〜れ〜とあらぬ方向に転がって行くのであった。
「くっ、油断したわ! さすがは魔獣シロクマー」
 えむぴぃサッチーは明を追って、一旦退場する。
 
 ■
 
  ――ナレーションの声(司会):
    次の魔法少女へ、バトンタッチ。
 
 ■
 
 次なる魔法少女の神代明日香(かみしろ・あすか)は足をくじいていた。
 もちろん役の上でのことである。
「これも待つのか?」
 魔獣シロクマーは学習したようで、待っている。
 
「たいむちゃん、私の事を覚えていますぅ〜?」
 魔法少女の明日香は足を引きずってたいむちゃんの下へ寄る。
 
 彼女はたいむちゃんのクラスメイトの1人。
 近くの席にすわる同級生の神代 明日香――という設定だった。
 
「そう、私も魔法少女。
 ご近所さんには内緒ですよ〜?」
 ふふっと気弱な笑み。
 明日香は体育の授業で足を捻っていた。
 痛む足をさすりつつ。
「足を捻ってしまった私は満足に戦えないですぅ〜。
 世界を守るために、力を貸してください!」
「私に力なんかないけど……」
 たいむちゃんは気力を振り絞って、台詞を続ける。
「……どうしたらいいの?」
「大丈夫! 一目見た時から、たいむちゃんには適正がありそうだと思ってましたよ〜。
 私の使い魔もそう考えていますぅ〜」
 すっと振り返った。
「そう、使い魔・アッシュ!」

 アッシュは袖幕から飛び出した。
 驚いて、明日香に駆け寄る。
 観客に聞こえないように小声で。
「チョット待って! これって、打ち合わせの時はなかっただろう?」
「仕方がないですぅ〜!
 使い魔がいないんですぅ〜!
 今日持ってくるの忘れちゃったんですぅ〜!!!」

 ええーっ!!!

 アッシュは頭を抱える。
 何せ、責任者の彼はアドリブだらけで働き続けだった。
(もうヘトヘトだぜ……)
 だが責任感の強いアッシュはこんなことではへこたれない。
 う、うんとOKしてしまった。
 この劇に参加する前に、彼女はアッシュに誰にも言わないでね、と言って、こんなことを言っていたから。
 
 ショックを受けている時にかけた言葉は届きにくいと思います。
 しかし自分のために何かしてくれていると言う事に気が付いたには後からでも心に染み渡るのではないでしょうか。
 時間が解決してくれる事もあると思います。
 時間を置く意味も含めて、アッシュくん――君のお馬鹿企画に参加させてもらいますね……
 
(結局はたいむちゃんのためだもんなぁ……)
 ハアッと息をついて、
「俺様、いまから使い魔ね?」
 分かりやすく観客席に向かって片手をあげてみる。
 たいむちゃんの手をガシッと両手で握って。
「おうっ! 俺様もそう思うぜ!
 立派な魔法少女になってくれぇー!!!
 よし、契約終了っ!」
 アツ苦しく力説してから、退場して行く。
「よかったですぅ〜!
 これで今日からたいむちゃんも立派な魔法少女の一員ですぅ〜!」
 明日香はニッコリと笑うのであった。
 
 ■
 
 ――ナレーションの声(司会):
   次の魔法少女へ、バトンタッチ。
 
 ■
 
「アイシャちゃん……」

 騎沙良詩穂(きさら・しほ)はそっと呟いて、胸のブローチをぎゅっと握った。
 それは美しい金細工のブローチ――羽とレイピアがデザインされた細身のデザインで、石が柄の中央に嵌まっている。
 石はルビーで、シャンバラ女王・アイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)の瞳の色を想わせる。
 それもそのはず。これは女王自らが詩穂に贈ったブローチ【アイシャの騎士】であり、この世に唯ひとつしかない。

 いわば、女王の騎士の証なのだ。
 
 詩穂はブローチを受け取ったクリスマスの事を昨日のことのように思いながら、ルビーを軽く弄ぶ。
 贈り主のアイシャは、シャンバラの危機の為に、何人も立ち入れない祈りの場にたった1人でいる。
 それが寂しくないか? と問われれば、寂しいに決まっているのだが。
(……うん、大丈夫)
 ブローチから手を離した。
(このルビーのブローチをプレゼントしてくれたから、
 アイシャちゃんがどこにいても、いつだって一緒だよ)
 そして、自分は「アイシャの騎士」。
 アイシャがしたくても出来ない事、彼女の大切なモノを一緒に護るのが役目だ。
 
 いま、目の前にはたいむちゃんがいる。
 故郷に一人ぼっちで帰ってきて、今にも悲しみに折れそうな人のように見える。
 そして詩穂の知る限り、アイシャは全ての人が心の底から笑顔を絶やさずにいてくれることを願う女王だった。
 彼女が望むのならば、と詩穂は考える。
(詩穂はたいむちゃんを励ますために頑張るよ。
 再びアイシャちゃんに会えた時、隣に立てるようになりたいから!)

 詩穂は客席を見た。
 最前列に、清風青白磁(せいふう・せいびゃくじ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)の姿がある。
 目配せをする。
 いまだ、行け! と言うことらしい。
(うん、ありがとう! 2人とも)
 そして、詩穂は魔獣シロクマーに立ち向かうのであった。
 
「か弱い乙女の味方、魔法少女しっぽちゃん☆参上!
 決してクラスメイト詩穂ちゃんではありませんよ♪」

 ■
 
 ――ナレーションの声(司会):
   次の魔法少女へ、バトンタッチ。
 
 ■
 
「現れたわね? 魔獣シロクマー!」
 七瀬歩(ななせ・あゆむ)はベアに目配せをした。
 戦闘OKということだ!
 
「覚悟しなさい!
 たいむちゃんには指一本触れさせないんだから!」
「そこをどきやがれ、クマーッ!」
 ガオーッと歩に襲い掛かるシロクマー。
「こんな攻撃、えい!」
 歩は空飛ぶ魔法↑↑でたいむちゃんとともに跳躍する。
 シロクマーは勢い余って、袖幕の向こうへ退場。
 
 降りてきたところで、歩はたいむちゃんの手を握った。
「あたしは魔法少女・歩。
 魔法少女としては、たいむちゃんの先輩になるのかな?
 悩んでいることがあったら、あたしのところにいらっしゃい」
「悩みごと……」
 たいむちゃんはぼそっとつぶやく。
「……私、これからどうしたらいいのかな。
 誰もいないのに……」
「たいむちゃん……」

 ■
 
 ――ナレーションの声(司会):
   シロクマーが戻ってきて、魔法少女達との激しい戦闘に入った。
   だが、魔獣は強く、その上人質・ソアの存在がある。
 
   彼女達は力を出し切れずに苦戦している。
 
 ■
 
 えむぴぃサッチーはブリザード(演劇の為効力弱め)を発動するが、魔獣シロクマーには全く効きていないようだ。
 チイッと舌打ちして。
「この世界では、私は本来の力を引き出すにはまだ少し時間がかかってしまうの。
 魔物と戦うには力不足だわ」
 たいむちゃんに手を手を差し伸べる。
「たいむちゃん、力を貸して。この世界を……そして私たちの世界を救うために!」
 たいむちゃんは躊躇する。
(でも躊躇するくらいには、変わってきたのね?
 あとひと押しかも?)
 畳み掛けて叫ぶ。
「落ち込んでても、何も出来ないままだわ。
 あなたはこれからどうしていきたいの? たいむちゃん!」
「えむぴぃサッチーさん……」
 たいむちゃんはどうしてよいのか分からず、魔法少女しっぽちゃんを見る。
 
 魔法少女しっぽちゃんはシロクマーに単身挑んでいた。
「たいむちゃん、今は魔法少女も格闘戦が出来なければ悪に立ち向かうことはできないわよ!」
 特技の武術でシロクマーを圧倒する。
「相手の針の穴ほどの隙を見出し、そこから逆転するのが体術の基本。逆もまた然りだから油断しないで!」
「魔法少女しっぽちゃん……」
「大丈夫! あなたは独りじゃないよ!」
「独りじゃない……」
 たいむちゃんはどうしてよいのか分からず、魔法少女・歩を見る。
 
 魔法少女・歩はピンチに陥っていた。
 正義感の強い彼女は、シロクマーに立ち向かいソアを護ろうとするが、返り討ち。
 傷ついて、たいむちゃんの下にくると倒れた。
 痛む体を起こして、たいむちゃんに息も絶え絶えに伝える。
「魔法少女になったら、何でも助けられるって思ってた。
 でも、違ったんだ。結局、あたしは手のひらの上の大事なものさえ守りきれない」
「歩さん……」
 たいむちゃんに表情が戻る。
 混乱から、場に圧倒されて、とうとう役に入ってしまった様子だ。
(でも、本当のたいむちゃんどうしていいのかわからない、て言ってたよね?)

 演劇でたいむちゃんが元気になるかはわかんないけど、色々伝えなきゃいけないことはある。
 ……上手く言えるかはわかんないけど、そんな気がする。
 ニルヴァーナへ戻ることと劇の内容を重ねられるようなことは出来ないかな?
 
 歩は役になぞらえて、謎かけのような台詞を伝えてみる。
 自分の想いを込めて。

 ……後悔してるのかって?
 そうだね、力不足、もっと力があればって思ってばっかり。
 でもね、そう思うたびにまた考えるの。力だけで助けられるものには限られてるって。

 だから、本当に大切なものを守れるかは、魔法少女とか関係ないのかもしれないね。
 力があれば守れるものは増えるだろうけど、それで守りたいものが守れなきゃ意味がないもの。

 まるであたしが酷く後悔してるように聞こえるね?
 でも、この答えが見つけられたのも今のあたしがいるから。
 昔のあたしはとても一生懸命だったんだと思うし、それが間違いとは思いたくない……
 
「あなたもそうなんでしょう?
 大切なものを守るために選んだ道なんだもの。
 休憩くらいなら良いけれど、まだ、その道が続いてるなら途中で引き返してちゃダメよ」
「……大切なもの?
 パパと、ママと、お姉ちゃんと……それから……」
 たいむちゃんは歩を見た。
 他の魔法少女たち、ソアにも、観客達にも――。
 
「魔法少女の力の源は夢や希望なんですぅ〜!」
 明日香は歩の想いを汲んで、ここが正念場とばかりにたいむちゃんに向かって声援を送る。
「現実に絶望して夢と希望を失ってしまっては魔法少女としての力を失ってしまいますぅ〜。
 諦めちゃダメですぅ〜。
 夢と希望を持っていれば強くなれますぅ〜」
「明日香さん……あたしね……」
 言いかけて、結局頷いた。
 にこ〜。
 明日香は笑っただけだ。
 けれどちゃんとわかっていた。
 大丈夫、いまのたいむちゃんは何が大切か分かり始めている。
 たとえ、役に入り込んでしまっているだけだとしても。
 
 どさくさにまぎれて、アレイ・エルンストがたいむちゃんを押し倒した。
 本当は設定上、たいむちゃんが只者ではないと分かったために、その魔力が欲しい! という台詞だったが。
「お前が……欲しい!」
 たいむちゃんと同様、役に入りこんで段々と混乱してきたのか、台詞を間違ってしまった。
 しかもチョットどころではない。
「つまり、なんだその……」
 結局1番言いたいことは……と、アレイの中で虚実が入り混じる。
「この学校のために、いやこの星のために、お前が必要なんだ!」
 たいむちゃんからそろそろと離れつつ。
「だからオレも、皆も力を貸してやる! ついてこいってことだよ!
 前を向け。お前の道はたった今ここから始まってるんだ!」

「私の、道?」
 たいむちゃんの瞳に、すうっと生気が戻ってくる。
 
 ――よし、いまだ!
 その場の全員が、願いを込めて、たいむちゃんに向かって叫ぶ。
 
「さあ、変身よ! 魔法少女まじかる☆たいむちゃん!!
 あなたの力が必要なの!」
 
 たいむちゃんは「元気」に頷く。
「ええ、、私頑張るわね!
 マジカル☆たいむちゃんに変身!」

 急にたいむちゃんの姿が消える。
「オレも一緒に行くぜ! 行こう! たいむちゃん!!!」
 アレイはたいむちゃんのあとを追う。
 
 ■
 
 たいむちゃんが現れたのは、野外劇場近くの岩場の上だ。
 そこには、予め五月葉終夏(さつきば・おりが)ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)タタ・メイリーフ(たた・めいりーふ)チチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ)が、たいむちゃんの登場シーンを盛り上げるべくスタンバイしていた。
 やっぱヒロインは高い所からだよねー、と言う訳だ。
 ちなみに用意したのは、ニコラである。
 
 たいむちゃんがつくと、終夏とニコラはたいむちゃんなりきりセットで「着ぐるみたいむちゃん」の格好をしていた。
 彼女が目を丸くしたため、終夏は菩薩のように微笑んで見せる。
「目を閉じて、頭の中であの万博のタワーを想像してみて下さい。
 そうやって目を開けるとほら、そこにはタワーが」
「え? これが万博タ……う、うん、そうね。そう見えるかも?」
 やさしいたいむちゃんは、終夏の妄想にも必死で付き合ってみる。
 
 それで、ようやく楽しかったことを思い出した。
 辛いことばかりじゃなかったな、と。
 
 タタ・メイリーフ(たた・めいりーふ)チチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ)がとことことやってきて、たいむちゃんの両脇に立った。
 タタは右手を、チチは左手を握る。
「まほうのおまじないだよー」
「ありがとう!」
 たいむちゃんはつられて思わず微笑った。

 よいしょ、と終夏はニコラに手伝ってもらって、
 たいむちゃんを岩のてっぺんに押し上げる。
 そのままふらつかないように両足を固定させた。
「空、青いね」
 終夏は両目を細めて、たいむちゃんを見上げると、
「ええ、青いわね」
 といって、彼女はお日様の中で笑っている。
「ニルヴァーナに来れてよかった。
 ……それでみんなとあえて、本当によかったわ! 私」
 
「いくよ、たいむちゃん」
 終夏達は声を合わせた。
 時間だ、合図を送る。
「せーの」
「うん!」
 たいむちゃんは魔法少女の格好で、ピシッと登場ポーズを決める。
 
 ――正義の味方、魔法少女 マジカル☆たいむちゃん 参上!
 
 声に合わせて、チチとタタは『サンダーブラスト』を使う。
 たいむちゃんのまわりに、キラキラとした輝きが現れる。
 
 おお!
 
 大岩のてっぺんから現れたたいむちゃんに、観客達は驚いてどよめく。
 
「いくわよーっ!
 たいむちゃん・ふらあぁあああああああ――――っしゅっ!」
 
 たいむちゃんは笑顔全開で決め技の姿勢をつくると、そのまま両手から超特大のエネルギー波を放った……。
 
 ■
 
 ……元気全開の魔法少女の一撃が、シロクマーのみならず、野外劇場の総てを吹き飛ばしたことはいうまでもない。
 
 ■
 
 あと片づけが済んだ頃、タイミング良く回廊の調査隊隊員達が駆けつけた。
 アイリ達で、彼等は手に「栗鼠」を持ったままたいむちゃんを探している。
 
 そこへ、丁度良くたいむちゃんが現れた。

 ■

 調査隊の隊員達は目を丸くする。 
「あれ? たいむちゃん、もう大丈夫なの?」
「え? あ、う……うん、あはははは――っ!」
 たいむちゃんはどう答えたものか分からず、笑ってごまかしてみる。
  
 ちょっと、やりすぎちゃったかな……
 
 正気に返ったたいむちゃんは、まいったと頭をかいている。
 野外劇場は何もない更地になってしまい、彼女は今まで小一時間ばかり各方面へ謝りに行っていたのであった。
 
 たいむちゃんが戻ってきたことに気づいたのだろう。
 アッシュが駆け寄ってきて、栗鼠をのぞきこんだ。
「へー、ニルヴァーナに栗鼠なんかいたんだ……」
「うん、でもロボットみたいなの」
 隊員は何気なく、たいむちゃんに向けた。
 たいむちゃんの水晶が、一瞬赤く光った……ような気がした。
 
 その時である。
 
 ――あなた、ニルヴァーナ人なの?

 誰かが、たいむちゃんに語りかけた。
 キョロキョロとみた。誰もいない。
 
 ――ここよ!
 
 え? とたいむちゃんは声の方を探す。
 隊員の腕の中からのようで、つまりどう見ても「栗鼠」からだ。
 たいむちゃんがびっくりして目を丸くしていると。
 
 ――あなたに伝えたいことがあります。
 
 ぱあっと、栗鼠から光線が放たれて、綺麗な女の人が投影された。
 たいむちゃんは驚いたが、周囲の者達は更に驚いたようだ。
 口を開けて、突然現れたニルヴァーナ人と思しき女性の立体映像を眺めている。
 
「まっ、ママッ!」
 たいむちゃんは驚いて、立体映像の美しい女性をまじまじと眺める。
 
 ■
 
『おかえりなさい。
 このギフトは、“ニルヴァーナ人”がこの世界に現れた時のためのものです。
 ……本当に、このギフトが起動する時が来るなど、今は信じられないけれど――
 しかし、実際にこうしてメッセージが再生されているということは、あなたは本当にニルヴァーナ人で、
 そして、この世界に戻ってきてくれたということなのですね。
 ありがとう。
 私たちは心から感謝します。
 あなたが生きていてくれたこと……再び、この世界に帰ってきてくれたことに。


 私たちが居る時代、ニルヴァーナは謎の敵性勢力に襲われています。
 おそらく、もう誰も生き残ることは出来ないでしょう。


 ですから、私たちは、あなたに――あるいは、このニルヴァーナを訪れた誰かに、“ギフト”を残すことにしました。
 ギフトは様々な形をしており、そこに収めたものも様々です。
 しかし、きっとこのニルヴァーナの地を再興するために役立つものと思います。

 ニルヴァーナは荒廃してしまった……いずれ、何もかもが失われるでしょう。
 私たちの文明を滅ぼしたモノは強大で、恐ろしい力を持っています。
 ――……勝手なお願いかもしれません。でも、私たちは願わずにはいられない。
 お願いです。
 どうか再び、あの豊かな世界を取り戻してはくれませんか?
 この地に色を、音を、暖かさを咲かせ、笑顔を溢れさせて欲しい。
 私たちは、あなた方が新たな世界を創り出してくれることに希望を託すため――このメッセージを残します』
 
 そして、ほんの少しの間を置いてから、映像の女性は続けた。

『……そんな奇跡など許されはしないのでしょうけれど――
 もし、このメッセージを再生したのが、かつてニルヴァーナを脱した私の娘ラクシュミや、その血を継ぐ者であったのなら……改めて、言わせてください。
 おかえりなさい。よく、帰ってきてくれたわね……――ありがとう。
 そして、ごめん、なさい……私達は、私は……あなたの帰ってくる場所を、守れなか――』

 そこで、メッセージは終わった。

 ■
 
 メッセージが終わると女性は消え、映像が再び再生されることはなかった。
 
「たいむちゃん……」
 学生達はあまりのことに、またたいむちゃんが元に戻ってしまうのではないかと心配する。
 彼女の母が語った事は、それは残酷な事実だったのだ。
 しかもこのメッセージの女性も、おそらくは生きてはおるまい。
 
 けれど、たいむちゃんはメッセージを聞いても変わる事はなかった。
「大丈夫よ。みんな、ありがとうね」
 いつものお日様のような笑みを向ける。
 でもね、と付け加えて。
「これはさすがに、私ひとりの力じゃ無理かな?」
「たいむちゃんは、元の豊かなニルヴァーナに戻したいのかい?」
 うん、とたいむちゃんはやはり小さな子供のように、気弱に頷く。
「ママの頼みなんだよね、じゃあ、がんばらなくっちゃね」
「協力してくれるの?」
「たいむちゃんが、そう望むのならね」
 うんと、たいむちゃんは大慌てでペコっと頭を下げる。
「ごめんなさい、どうしても皆さんの力が必要なの!
 お願い! この通り! 勝手なお願いだけれど、
 また私に協力して欲しいの!!」
「そうそう、女の子は素直が一番だ!」
 アッシュが笑った。