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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 
 デデンデンデデン。
 皆さん、覚えておいでだろうか、昨日渋谷署のど真ん中に、変熊仮面が出現したのを。
「だからポータラカ人ゲルパッキーの力でタイムワープしたんだってば!」
 そのまま留置所に放り込まれ一夜を明かした彼は、現在、いわゆるラクダのモモヒキとシャツを着させられた上で取り調べを受けている最中だった。
「GHQ? いやロイヤルガードだって!」
 彼は叫んだ。身の潔白を示すべく、割と言ってはならないことまで叫んだ。
「爬虫類みたいなイレイザー・スポーンは異世界のソルジャーで石化と毒が……」
 あげく、立ち上がって演説のように述べる。
 あまりにも真実を口にしすぎた……と言いたいところだが、取り調べの担当刑事にはまるで通用していない。
「あのなあ」
 芹澤 礼二(せりざわ れいじ)刑事は、脱力気味に言った。
「ぜんっぜん言ってる意味わからないよ、君」
 疲れ果てたように椅子の背もたれに身を預け、礼二は白湯をぐっと飲み干した。この変熊とか名乗る男、信じがたいが頭はマトモらしい。薬物中毒者でもなさそうだし、この奇妙な言い訳以外は応対も筋道立てたことを言うのが困ったものだった。
 礼二は前髪をかきあげた。まだ若い。二十代なかばくらいだろう。渋谷署の二枚看板、と渋谷の娼婦たちに噂されるだけあって、刑事よりも役者が似合いそうな整った顔立ちだ。暑いのでネクタイを弛め、シャツも袖まくりしているが、そのルーズな着こなしがまたよく似合う。
 やがて礼二は、爽やかな笑みのまま身を起こして言った。
「あのね、自称変熊君、僕は戦後私服警官に昇進したクチだから詳しくないけど、ちょっと前までは特高って言ってね、取り調べの際拷問でも何でも好きに使って、無理に口を割らせる人たちがいたんだよ、知ってる?」
 同時に、彼の背後のドアが開いた。
「特別高等警察は去年、GHQの命令で治安維持法と共に廃止されている。拷問、自白の強要も不法行為だ」
「あ、倉多」
「芹澤、今の発言、捉えようによっては脅迫になる。気をつけろ」
「やだな、冗談だよ冗談。僕は痛いの嫌なんだ、体験するのも見るのもね」
 取調室に入ってきたのは礼二の同僚で、やはり刑事の倉多 輝彦(くらた てるひこ)だった。実は、『二枚看板』のもう一人が彼なのである。やや軽薄そうな礼二とは違い、質実剛健な容貌だが、きりりと涼やかな目元が印象的だ。
 違法売春宿にガサ入れを行っても、彼らが出て行けば娼婦たちも喜んで縄にかかったという。輝彦は礼二と違い、きっちりとネクタイを締めた上、清潔そうなシャツはもちろん、上着まできちんと着ている。それで汗ひとつかいていなかった。
「良かった。そちらの刑事さんも聞いてよ」
 変熊仮面はすがりつくような目で言った。
「近々、強力な武器持った悪者が攻撃かけてくるの! しかも! ここへ!」
「またよりにもよってそんな嘘を……」
 礼二は呆れ顔だが、まだ反応を示しただけましだったといえよう。輝彦は反応らしい反応を見せなかった。代わりに、彼は言った。
「釈放だ」
「えっ!」
 驚いたのは変熊仮面よりむしろ礼二であった。
「受け出し(身元保証人)が現れたんだ」
「まともな受け出しなんだろうね?」
観世院 公彦氏だ」
 その名を聞いて、しばし礼二は絶句した。
「あの慈善家のボンボンが!? もの好きがすぎるよ」
「そういう言い方をするものじゃない。彼が観世院氏の名を出したから念のため照会したんだ。氏からじきじきに回答があったよ。知人らしい」
 これを聞きながらもう、変熊仮面は飛び上がらんばかりだ。
「おほっ、さすが観世院一族っ! 話がわかるゥ!」
 かくて変熊仮面は小躍りしながら出て行ったのだった。
 渋谷署の外では、黒塗りの大型自動車が彼を迎えに来ていた。
 後部座席の窓が開くとそこから、白い顔をした青年が顔を見せた。彼こそが観世院公彦だ。華やいだイメージがあり、それはジェイダス・観世院に共通したものであるが、顔色は悪く、目の下にも隈があって、なにかしら病を持っているように見えた。ジェイダスが明るい陽を浴びて輝く花だとすれば、彼は日陰に咲く花になるだろうか。
「乗りたまえ」青年は言った。
「そうでなくっちゃな!」
 変熊仮面はここでくるりと振り向くと、輝彦と礼二に向かって、
「アイ ウィル ビー バック!」
 言い切ってニヤリと笑い、開かれたドアに飛び込んだのである。デデンデンデデン。
 高級車が滑るように動き出した。
「君とは面識がないが……随分面白い人だと聞いて興味を持ったよ」
 真正面を向いたまま、公彦は変熊仮面に言った。彼は両手を杖の上に置いている。そして軽く席をした。あの杖はきっとファションではなく、一人で歩くのに不自由するからではないか。

 車を見送ると、苦々しい顔で礼二は言った。
「あいつ……まさかとは思うけど新宿の『白ドクロ』じゃないよねえ。変な仮面持ってたし」
「『白ドクロ』はあんな半仮面ではなく、その名の通り白い仮面だ。それに、あいつが捕まってる時間にも『ドクロ』は出現している。その線はないな」
「まあ、怪人というよりは変人だもんねえ……彼」
 はー、と礼二は溜息をついた。なんだか疲れたのである。
「結局、デタラメばっかり言ってさんざかき乱して出てったよなあ。まあ、なんか昨日から留置所パンク気味だし、人が減っただけでもいいとしますか」
「いや、デタラメ、とは言い切れないんだ」
 しかし輝彦は首を振った。
「他のタワゴトはともかく、渋谷署への襲撃計画については他でも聞いたことがある」
「まさか警察に!? いくら最近は暴力団が力をつけてきたからって……大体、その情報どこから聞いたの? 街のデマじゃないの?」
「情報の出所は」
 輝彦は、落ち着き払って言ったのである。
「山葉副署長だ」