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リアクション
2
フレイムタン・オアシスは、フレイムタンの中でも溶岩が流れ込まない浮島のようになっており、そこはかつてニルヴァーナ人が作ったのであろう、半透明のドームに覆われ、中は大きなビルが一つ建っている。
ビルは鋼鉄質の金属が繭のような形状で、上に向うようなうっすらとした螺旋を描いている。
落盤事故現場からそれほど離れていないものの、アルテミスの加護は事故現場に集中させているため、ダイソウたちを熱から守るのはフレイムたんと『亀川』の役目。
フレイムタン・オアシスに再度入ったダイソウは、ビルの前でヴァルヴァラとエメリヤンから降り、まずラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)を呼んだ。
「ラルクよ」
「どした?」
「……酔った」
「……無茶な騎乗なんかやるからだぜ……」
ダイソウはラルクに酔い止めを出してもらい、薬が効くのを待つ間もなくビルを見上げる。
隣には、【ペンギンアヴァターラ・ロケット】に跨る桐生 円(きりゅう・まどか)がいる。
「問題は……このビルの扉をどうやって開くか、だ。円、我々の仮説をどうやって検証する?」
ダイソウと円は、フレイムたんを使えばビルに入れるに違いないと思い込んでいるが、その結論に至ったソースは皆無で、結局何をどうすればいいか全く分からない。
それを象徴するように、
「ねーねー、フレイムたん。これどうやって開けるのー?」
と、円は身も蓋もない質問をぶつける。
普通に質問して開けてくれるほど、やはりこのギフトも甘くはなく、
(なにがー?)
と、全身を炎に包まれたまま、円に向かって首をかしげる。
「ふむ、やはり謎解きくらいは、我々でやらねばならんようだな」
「ひらけー、ごま!」
円はおもむろに叫んでみるが、退屈そうなフレイムたんは座り込んで寝る体制に入った。
「あちゃー、寝ちまったじゃねえか……」
と、ラルクが人差し指で頬を掻く。
「まだ聞きたいことあるのになー」
「よっし、円。おまえ、フレイムたんから情報引き出せるか色々試してみろ」
「うん。ラルクくん、何かやんの?」
円の問いに、ラルクは拳を合わせて応え、
「俺がやることっつったら、決まってんだろ?」
と、今日もふんどし一丁の彼は全身からオーラ(湯気)を発し、
「殴り飛ばしてやんよー! 中にシャワーくらいの設備はあってくれよなー!!」
【七曜拳】でドアの破壊を試みる。
「むむ! こういう時の強行突破は定石でありますね! 自分達もお手伝いするであります!」
ラルクの行動を見て、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)も目が輝き始める。
彼女は片膝をついて【ホエールアヴァターラ・バズーカ】を構えた。
「え? ふ、吹雪! さすがにギフトは無茶なんじゃ……」
イレイザーにすらダメージを与える武器をビルに向ける吹雪を見て、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が慌てて止めに入る。
「大丈夫であります、コルセア! このビルの装甲は、とんでもなく堅いと聞きました。この程度で使えなくなるような建物なら、ダークサイズの役に立たないであります!」
「だ、だって壊れちゃったらどう責任取るのよ!?」
「信じるであります、このビルの強さを!」
「壊れないって思うなら何のために撃つのー!?」
もはやギフトを打ちたいだけにしか見えない吹雪は、コルセアを振り向きもせずにバズーカを放つ。
「あ、ラルクさん避けるであります」
「今言うなああああ危ねええええ!!」
紙一重で飛び退いたラルクの脇をすり抜け、バズーカは爆音と共にドアに直撃する。
吹雪はようやくコルセアを振り返り、
「ね、びくともしない」
「ますます意味がないじゃない!」
円は強力な熱は発するフレイムたんと距離を置きつつ、
「ねえねえフレイムたん? 昔ニルヴァーナ人がいた時、キミはここで何してたのー?」
と、手を口元に添えて、やまびこでもするように問いかける。
フレイムたんはぴょこんと耳を動かして顔をあげ、
(んとねー。分かんない)
「分かんないってなんで?」
(ボク、みんながいなくなるちょっと前に生まれたからー)
「どういうことだろ?」
円が首をひねると、隣でダイソウが、
「フレイムたんは、フレイムタンを封鎖するために、必要に迫られて作られたようだな。ここの運用管理のためではなく、ニルヴァーナを破滅に追い込んだ敵から隠すための鍵だったわけか」
「ここのビル、フレイムたんが開けたことある?」
(ないよー)
予想以上にフレイムたんにはニルヴァーナの情報の蓄積がなく、フレイムたんはフレイムタンの戸締り専用に作成されたギフトであることがうかがえる。
円はどうしたものかと腕を組みながらも、
「早く中がどうなってるか観たいんだけどなー」
と、こぼしている。
☆★☆★☆
秋野 向日葵(あきの・ひまわり)は、のっけから元気がない。
「向日葵さん……あの発言、思いつきで行ったよな……?」
涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は、ほとほと困り果てた顔で、うつむく向日葵を見下ろす。
涼介の言うあの発言というのは、向日葵がダイソウに向かって、
「ビルはあたしがいただくわ!」
とタンカを切るようにのたまった言葉の事だ。
大岡 永谷(おおおか・とと)も涼介に完全に同意した顔で、
「俺達って、正義を実現するために、ダークサイズに挑戦してるんだよな? ビルを欲しがる事って、意味あるのか?」
「……」
黙り込む向日葵に、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が止めの一言。
「そもそも……チーム・サンフラワーのどこが正義の組織なんですか? タダのやられ役じゃないですか」
向日葵の両目から、堰を切ったように涙があふれ出した。
向日葵の軽率な発言を問い詰めていた涼介と永谷だが、さすがに小次郎の発言には、
「そ、それを言っちゃあダメだろう!」
「ニルヴァーナでは、あくまで共闘すべきだという、私達の方針を確認してるだけでだな!」
と反論する。
「サンフラワーちゃんいじめちゃだめー!」
と三人の前に、やはり今日も御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に送り出されて独りでやって来たノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、両手を広げて立ちふさがる。
が、彼女も向日葵につられて、すでに目には一杯の涙が溜まっている。
向日葵は、
「ひくっ……ひっく……」
と、しゃくりあげる泣きに入っているあたり、本気で落ち込んでいる様子で、
「がははは! おいおっぱい(向日葵)! てめえそんなマジ泣きしてたらスキだらけだぜーっ! 今日こそ俺様におっぱい揉みし抱かれる日が来たようだなーっ!……おい、ほら……ここは俺様を一発ぶんなぐるところだろーがよ……」
と、ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)までが気を使っている始末。
「だって……もうどうしたらいいか、わかんないんだもん……」
ようやく向日葵の口から出た第一声は、とてつもない弱音であった。
打倒ダークサイズを掲げてここまで突っ走ってきた向日葵たちチーム・サンフラワーだが、ダークサイズの勢力を叩くどころか、今や引き立て役という泥沼から抜け出せない状態になっている。
向日葵はそれでも踏ん張って正義の御旗を掲げようとしてきたものの、ここ最近はダイソウと対等な敵対ができてるとは到底言い難い所で、涼介たちに説教をされることによって、ついにその小さなプライドも崩壊する結果となった。
向日葵を包むシリアスな落胆には、さすがに永谷や涼介は困ってしまい、
「参ったな……まさかここまで思いつめていたとは……」
少し沈黙を挟んで、小次郎が口を開いた。
「ビルの所有権が欲しい、というのは分からないでもありませんが……まずリニアモーターカーの運用を押さえるべきですねぇ。あの先端技術は、運用と管理にはかなり気を使わないと継続できない交通手段です。電力とかコイルの制御とか、どうせダイソウトウは深く考えてないんでしょ? ビルに気が言っている間に、私たちはコイルを奪ってしまえばよかったのに。そういう隙をつかないから、ここに来て存在自体が危うくなってるんですよ」
「お、おい! 今ちょっとそういう話は! 泣きっ面にハチになっちゃうから!」
小次郎が思いのたけを述べるのを、永谷と涼介が止める。
ノーンは【コピー人形】を変身させずにぴょこぴょこと操り、
「サンフラワーちゃーん。一緒におやつ食べよー?」
と、【お菓子の詰め合わせ】を差し出す。
向日葵は何も言わずに【コピー人形】を抱え、お菓子を一つかじる。
(お菓子食べる元気はあるんだ……)
と、永谷達は心の中でツッコむが、向日葵の塞ぎこみようを何とかしなければ。
「よ、よーし! おいバーバーモヒカン! 今日こそダイソウトウのヤツを、立派なモヒカンにしちまいなだぜ!」
ゲブーがバーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)に向かい、ダイソウを指さす。
バーバーモヒカンはあっけらかんとして、
「まっかしといてよ! 前はあのセキトバくん(ヴァルヴァラ)が邪魔してくれたからねー。あいつもまとめてモヒカンだーい!」
と、走り去ってゆく。
ゲブーは向日葵に、バーバーモヒカンのモヒカン攻撃を見せながら、
「見ろおっぱい(向日葵)! いよいよダイソウトウをモヒカンにしてやんぜ! 行けバーバーモヒカン! く、ダイソウトウのヤツ、バーバーモヒカンの動きに慣れてきやがったぜ。あっ、黒豹(ヴァルヴァラ)がダイソウトウを乗せやがった。おいバーバーモヒカン! それ前回と同じ動きになっちまってるぜ! なんだあの白山羊(エメリヤン)? あっ、山羊がダイソウトウの頭咥えて引っ張り抜いたぜ。おいバーバーモヒカン! 何で黒豹に乗ってんだ! ロデオみたいになっちまってるぜ! おおーい、何だその四つどもえのじゃれあいはー! こらバーバーモヒカン! 何笑って楽しんでやがんだー! お友達になっちまってどうするー!」
ゲブーは向日葵を笑わそうとバーバーモヒカンの攻撃を実況するが、いつの間にか熱が入ってツッコミコメントが目立っている。
ノーンやゲブーの励まし作戦を覗いていた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が、ニヤつきながら歩いてくる。
大佐は小次郎たちにメガネを光らせ、
「泣ーかした♪ 泣ーかした♪ せーんせーに言うてやろー♪」
と、何とも嫌な感じで口ずさむ。
「い、いや、泣かしたわけじゃ……」
永谷と涼介は慌てて否定するが、
「そうです、単に発破をかけていただけです」
涙のトリガーを引いた小次郎は飄々としている。
大佐は向日葵を見下ろす。
「いっそダークサイズに入ってしまえば、こんな要らぬ苦労はせずともよかろうに」
「……やだ」
「まあよい。ところでサンフラ、私を見てみるのだ」
向日葵が顔を上げると、大佐の【フレイムワンピース】姿が目に入る。
向日葵は、ゲブーが贈った【真夏柄のワンピース】を着ているが、
「それじゃフレイムタンの熱に耐えられないだろう」
と、永谷の【エリート巫女服】を借りて重ね着している。
炎の魔力が込められているとはいえ、ワンピースのみでフレイムタンをうろつく大佐は、かなり強気な攻めのファッションである。
大佐はワンピースの裾をヒラつかせながら、
「そんな恰好で暑くないのか?」
「暑いけど……お肌に悪いもん」
テンションがダダ下がりのまま、向日葵は大佐の質問に答える。
「ほう、お肌に……ねえ」
大佐の瞳が嗜虐的に光る。
「のう、サンフラ。おぬしはさっき、ダークサイズには入らんと言ったな?」
「……な、なによ」
「ということは、改めて言うが、私たちは敵同士だと言うことだ……!」
突然、大佐は【風術】で風を巻き起こす。
この不意打ちで慌てる涼介。
「なっ、何をする! ニルヴァーナでは協力するんじゃなかったのか!」
「知らぬ。今やイレイザーもおらんのに、共闘も何もあるまい」
「汚いぞ、ダークサイズ!」
「悪の組織だしのう。サンフラ、お命頂戴!」
大佐は【風術】を地面に当て、石のつぶてを向日葵目がけて飛ばす。
向日葵の悲鳴がこだまし、永谷とゲブーが叫ぶ。
「きゃあーっ!」
「さ、サンフラさーん!」
「てめーっ! 俺様のおっぱいキズもんにしやがったら、タダじゃおかねーっ!」
大佐は風を操り、石つぶてを向日葵の【エリート巫女服】に雨あられと当てる。
巫女服は石を食らって次々と穴が空いていき、
「今だ」
大佐は【バーストダッシュ】で向日葵に襲いかかる。
と思いきや、超スピードですれ違いざまに、【エリート巫女服】を破りながらはぎとった。
「お、俺の巫女服がーっ!」
巫女服がぼろぼろに破かれて、永谷は思わず叫んだ。
向日葵が着ていたが、あくまで永谷からの借り物である。
残ったのは、【真夏柄のワンピース】姿となった、無傷の向日葵。
「てめえー! 今のちょっぴりよかったじゃねーかーっ」
「み、巫女服がー……」
あんぐり口を開ける永谷と、怒りのポイントがずれるゲブー。
「な、何すんのよー! これ破いたら弁償しなきゃいけないのにー!」
と、向日葵の口からようやく元気な声が出る。
それを大佐が手で制し、
「おっと、動くでないぞ。巫女服のはぎとりついでに、サンフラのブラとパンツに【粘体のフラワシ】を仕込んでおいた」
「な、何っ」
「何これぇーっ、気持ち悪い……」
すでに向日葵のワンピースの下には、スライム状の物体が蠢いている。
「人質ならぬ下着質というわけだ。私に従わなければ……分かっておるな?」
【粘体のフラワシ】を、なぜワンピースではなく下着にとり付かせたのかは謎だが、大佐はダイソウを呼び寄せる。
「何だ大佐」
「ダイソウトウ。サンフラの下着質をとったのだ。チーム・サンフラに好きなものを要求するがいい」
いきなり下着質などと言われてもダイソウには意味が分からないが、彼はその辺は深く考えない。
「ではおまえたち、サンフラちゃんの命が惜しくば……」
と、久しぶりにダイソウは悪の瞳を光らせ、涼介たちはごくりと息をのむ。
「ええと……特にないな……」
「ないのかよ! 何か言えよ!」
「そう急に言われてもだな」
ダイソウは眉間にしわを寄せ、考え込んでしまった。
向日葵は足を内側に曲げてもぞもぞしながら、
「ダイソウトウ、何か要求してよぉ〜。これホント、やだぁ〜……」
ノーンは【粘体のフラワシ】をつっつき、
「うわぁ〜、ねばねばだよぉ〜……」
「ちょ、ノーンちゃん。スカートに手入れないで……」
「よし、わかったぞ」
ダイソウは掌に拳をぽんと下ろし、
「ビルに入れたら、何か面白い物を見つけるのだ」
「面白い物って……?」
「何らかの、面白いものだ……!」
「くっそ……相変わらずそういうとこ雑だな」
と、ダイソウは結局、『ビルの探索に強力しろ』という要求に落ち着いたのだが、
「お前たちが何も見つけられなければ、さもなくば……」
「ごくり」
「サンフラちゃんには、自分探しの旅に出てもらう……!」
『な、なにいーっ!!』
ということで、『ダークサイズとの共闘』に落ち着いてしまったわけで、
「この件、意味があったのか? 下着質取られなくてもそのつもりだったのに……」
と、涼介や永谷にしてみれば、訳の分からない強制力が追加されただけだし、ゲブーは頭を抱え、
「おっぱい(向日葵)のスライムプレイを取るか、俺様のカッコいいとこ見せて惚れさせるのを取るか……どうしたらいいんだぜーっ!」
と、一人悩んでいる次元が違う。
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