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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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アナザーの戦い 3



 アナザーの千代田基地から離れた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)と、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は松戸市にあるという巨大な黒い樹木へと進んでいた。
 千代田基地で情報を集めた結果、ダエーヴァの本拠地は松戸市の黒い大樹であると知ったからだ。その偵察と、可能なら破壊工作のためにセレンフィリティとセレアナは向かっているのである。
 極力戦闘を避けながら、慎重に進んできたためその足は快速とは言えなかった。だが着実に進んでいた彼らの足は、その途中でピタリと止まってしまっていた。
 三人の前に広がるのは、有刺鉄線でがちがちに固められた陣地だ。見張りが抜かりなく配置され、さらに敷地の内外は武装したゴブリンが二人一組で巡回している。
「徹底してますね」
 黒い木までは、まだかなり距離がある。この陣地は、前線基地なのだろう。目に自信があれば、並ぶ戦車や、ヘリなどの武装が点検されている様子も捉えることができる。
 前線基地は広大とも言える敷地を持っていた。だが、三人が足を止めたのは前線基地があるからではない。わざわざ突破しなくても、迂回するなり手はあっただろう。それができなかったのは、敷地の中に何人もの部下を従えて歩く、全身鎧のダエーヴァが居たからだ。
 鎧で覆われた中身は見えなかったが、そこから放たれる気配は、技量ある契約者はそれだけで危険を察知する事ができる。
「いつまでこっち見てるのよ」
「今は我慢するしかないわね」
 気配を惜しみなく漏れさす鎧に対し、三人は気配を断って物陰に潜んでいるのだが、鎧はずっと三人が隠れているビルの方を眺めている。
 この不毛なかくれんぼは、地面を揺らす足音が三人の横を通り過ぎていく事で終わりを迎えた。
「全身金色……」
「あまりいい趣味には思えないわね」
 現れたのは、全身金色の鎧とマントを身に着けた、ダエーヴァの怪物だ。何故か、肩に女の子が乗っている。
「ザリスよ、寝床から出ているとは珍しい」
「そう言わないでくれ、ダルウィ。君には軍団の指揮を任せてしまっている事は、悪いとは思っているんだ」
 三人は、怪物から発せられる人間の言葉に耳を傾ける。巨漢の金色がダルウィ、それに比べると細身で一般的な男性とさして姿の変わらない方はザリスというようだ。
「その件については構わん。それよりも、お主がただ散歩をしようとしているわけでもあるまい。何をするつもりか?」
「少し、オリジンの様子を見ようと思ってね」
「正気か? 我らは、いや、下級兵ですら危険を伴うというのに、力を持つ者にあの抜け道は狭すぎる。危険だぞ」
「万全の状態では無理だろうね。けど、下準備はしてあるから問題はないさ。その為に光太郎を送り込んだんだ」
「あやつか。今からでも考え直さぬか、あのような大儀も志も、それどころか戦士の教義もわからぬものをパートナーにするなどと、正気の沙汰には思えぬ」
「その件については、意見を受け入れるつもりはないよ。それに、パートナーの件では、君だって同じだ。そんな小さい子に、何ができるっているんだい?」
「もとより、何かをさせるつもりなどはない。これは我のケジメだ」
「この話はダメだね。いつまでたっても平行線だ。それより、コリマの件を片付けよう」
「仕方あるまい。密偵によれば、コリマは道を明日にでも完成させられるという。オリジンに送った者からの報告によれば、オリジンでも道を安定化させるための準備を着実に整えているようだ」
「オリジンの戦況は?」
「兵力では我らが上だが、一晩で落とすとなると厳しいものがあるな」
「なら、僕が直接出向く事に異論はないね。下級兵に任せていては、こっちの抜け道が使い物にならなくなる。オリジンそのものは今はさして問題ではないけど、行き来の主導権を奪われるのは困る、違わないね?」
「ふん、適当に理由をつけてオリジンの観光がしたいだけだろうに。だが、立場ではお主が上だ。我はその決定に従おう」
「立場か、他はともかく僕に気にする必要はないと思うけどね」
「それでは兵に示しがつかぬだろう。それに、すぐにコリマの首を取り、汚名は返上するつもりだ」
「なら僕はその吉報を楽しみにしておくよ。けど、気をつけてくれ、コリマは、危険だ」
「わかっておる。奴とはロシアからここまで何度も矛を交えてきた。一筋縄ではいかぬ相手よ。だからこそ、討ち取る価値もあるというもの。お主こそ、せいぜい気を緩めぬ事だな」
「ははは、僕に限ってそんな事はないさ。今夜の軍の指揮は君に一任する、コリマ達の道の安定化を妨害し、千代田基地を制圧してくれ」
「任されよう」
 二人は会話を終えると、二人の怪物はそろって三人の居るほうを見た。
「これってもう帰れって意味よね、たぶん」
 セレンフィリティは呆れながらそう零した。その考えは、セレアナも唯斗も異論は無い。
「必死な様子の千代田基地とは偉い違いね。それだけ、余裕があるって事なんでしょうけど」
「ま、今回は好意に甘えておきましょう。コリマさんから聞いていない気になる単語もいくつかありましたし。日本人らしい名前に、パートナー……まだ教えてもらってない事がありそうですよ」



 千代田基地周辺の警戒を行っていたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、完全に日が落ちる前に最後の休憩をしていた。
「小競り合いばかりね。私達以外のところも、大群とぶつかったってのはないみたい」
 定期的に千代田基地と交信を行い、各地の報告や調査でわかった事などを共有している。前線に立つ身としては、気になるのは敵の行動や進軍、装備などの情報だ。
「十体前後を一塊にした部隊で、千代田基地を小突くばかりでは攻略は不可能だろうな。以前であれば、それも十分脅威ではあったのだろうが」
 部隊は装甲車を伴うものや、バンに装甲を貼り付けた簡易装甲車を中心にするもの、あるいは歩兵の集団だけというのもあるようだ。これらは、契約者を擁する部隊に迎撃されており、千代田基地の防衛網を突破されたという報告はされていない。
「撤退もかなり早く判断するようになったみたい。最初は、壊滅するまで残ってたけど、すぐに逃げていくようよ」
「契約者の力量を理解したのだろうな。対応が早い」
「私達の警戒網にもひっからなくなってきたって事は、強行部隊は被害を増やすだけって理解したのかも」
「そうだろうな。だが、間もなく日が沈む……」
 グロリアーナは、割れた窓の外を見て眉をしかめた。
 彼女達が潜伏しているのは、斜めに傾いたビルの一室だ。元は会社のオフィスだったのだろう。周囲のいくつかのビルに部下を分散させ待機させ、警戒と迎撃の態勢を整えている。
「どうしたの?」
 窓の外を凝視するグロリアーナに、ローザマリアも外の様子を伺う。太陽は半分姿を隠し、黒い影が湧き出していた。
「何……あれ?」
 雲だろうか。太陽の光を遮る黒い塊がある。それは夕日を背中に浴びながら、ゆらゆらと左右に揺らめいている。
 黒い塊は、こちらに近づいてきていた。近づくにつれてだんだんと輪郭をはっきりさせる。それは雲でもなければ、一つの塊というわけでもなかった。黒いヘリコプターが、空を覆うような数を揃えて現れたのだ。
「なんて数だ、信じられん」
「とにかく、迎撃体勢を整えるわ。基地にも伝令を、大量のヘリが千代田基地に向かってきてる」

「はわ、いっぱい、なの」
 ヘリのローターが、空気を切り裂いて進むのを、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)上杉 菊(うえすぎ・きく)はビルの屋上で確認した。
「射程距離に入るまで、動いてはいけませんよ」
「うゅ……」
 よくよく観察すると、ヘリとひとまとめに言っていても、いくつかの種類が混じっているようだ。先頭に立っているのは、シャープな概観の攻撃ヘリで、それから少し距離を置いて、寸胴の輸送用の大型輸送ヘリが続いている。
「先頭の集団を攻撃しますよ」
 コクコクとエリシュカが頷くのを確認してから、菊は対イコン用爆弾弓を強く引いた。エリシュカもホエールアヴァターラ・バズーカを構える。
「―――今です!」
 先に飛び出したのは、バズーカの弾頭だ。発射に気づいたヘリの群れは、互いに統率の取れた動作で回避運動を行う。その回避運動の予兆を読んで、菊の弓が放たれた。
 横に傾いていたヘリに矢が突き刺さり、僅かな間を置いて爆発する。近くを飛んでいた二機も爆発に巻き込まれ、さらに離れた一機が爆発に煽られて近くのビルに追突した。
「うゅ、たんごーだうん、なの」
「次、いきます」
 休む間はなく、第二射の構えを取る。まとめて五機撃墜したが、それでも砂山の上の方を、小さじで掬ったようなものだ。
 次はバズーカの弾頭を後列のヘリが回避しきれず、撃墜。弓も着弾したが、仲間を巻き込まないために自ら急降下し、一機で爆発した。
「パイロットが乗ってないからか、判断が早いですね」
 菊はエリシュカを抱えると、そのまま走ってビルから飛び降りた。彼女がどう走ったのかを残すように、ビルの屋上に機銃の弾痕が刻まれていく。
 斜めるビルの壁を利用して、一息に地面にまで降りる。
「私達を探し回ってくれるといいのですが……」
「うみゅ、何か聞こえてくる、なの」
 エリシュカを地面に降ろし、耳を済ませる。暴力的なローターの回転音に隠れて、キャタピラが地面を均す音が聞こえてくる。
「御方様の指示の通り、できる限り時間を稼ぐしかありませんね」