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リアクション
井の頭公園防衛戦 2
地球の東京では、ダエーヴァの軍勢の動きに変化があった。それに素早く気づいたのは、都内を動き回りながら遊撃部隊として活躍していた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)とヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)だった。
背中を見せて逃走していくゴブリンの集団を見送りながら、二人はそれぞれスレイプニルとワイルドペガサスの足を止めさせた。
「戦意を喪失した、か?」
ヴェロニカは敵の姿が見えなくなるまでは監視をしたが、見えなくなってからは背中を向けた。ここから先には、避難所は残っていない。県を越えていくほど、ダエーヴァの行動範囲は広くは無いようだ。
「確かに、派手に暴れてきたけど、こっちを見かけてすぐ逃げるってのはなんか怪しいわね。でも、陽動にしても動きが杜撰だし」
二人にも、その乗馬にも、あちこちに小さな新しい傷が見受けられた。戦場を機動力に任せて渡り歩いていたのだ。様々な場所でダエーヴァと遭遇戦や奇襲を仕掛けてきた彼女達の事を、ダエーヴァが共有している可能性は否めない。
「この地点の都民の探索も終わったみたいだし、一旦仲間と合流しましょ。他の場所でも似たような動きなら、こっちもそれに対応した動きをすればいいんだし」
「この子達も少しは休ませてやりたい。少し、無茶をさせすぎたしな」
二人が避難所に戻ると、そこには僅かな教導団の人間と、契約者の姿しかなかった。ざっと見たところ、ここで戦いが繰り広げられた様子は無い。
この避難所も、居間は引き払う準備が進められているところだった。アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)はそこで一緒に撤収作業を進めているところで、戻ってきた二人に水やお菓子など、難民用に用意していた物資を手渡した。
「お疲れ様ですわ」
祥子はダエーヴァの動きの変化や、他の報告が無いかをここで尋ねた。銃型HCは所持していたし情報は飛び交っているのだが、現状はどうやら道の防衛線が白熱しているらしく、撤収の段階に入っている避難誘導の方は情報が少ない。
「わたくしもはっきりとは言えないですけれど、確かに動きに精彩が無くなってきてると思いますわ。恐らく、現場指揮官の不足ではないでしょうか?」
現状は手が空いているので、撤収の手伝いなどをしているが、アデリーヌはパートナーの綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)と共に、防衛線を超えてダエーヴァの撃退に参加していた。
「見た目で、誰が偉いかわかりやすいのよね。羽帽子だったり、あとはゴブリンよりも体が大きかったりね」
さゆみは思い出しながら、続ける。
「部隊の動きをよく見ないでも、あいつがリーダーだってわかるから、攻撃目標を見つけるのは簡単だったわ。私達でも簡単にわかるんだもの、みんな同じだったと思うわ」
「わたくしたちも、自慢できるほどの数ではありませんが指揮官の襲撃に成功しましたわ」
「全体で見たら、相当な損害を出しているというわけか」
ヴェロニカの呟きは、事実だった。
敵影の濃い薄いの差はあちこちであったが、多くの戦場で指揮官を狙った戦いが繰り広げられた。特に、ダエーヴァ側が契約者の危険度を理解できていない頃に、彼らは多くの損害を被っていた。
「そろそろ、撤収作業も終わりね」
「わたくしたちは、彼らと一緒に別の地区の手伝いに向かいますわ」
「ここまで来たら、最後まで付き合うわよ」
オフィスビルのエントランスホールは、煙幕ファンデーションによる煙によって視界を覆われていた。その中で、四体のゴブリンが、それぞれ敵の気配を探ろうとキョロキョロと頭を動かしている。
一番離れていたゴブリンの前に、人影が現れた。咄嗟に剣で切り伏せようとするが、手ごたえなく床を叩いた甲高い音が鳴る。
「……」
レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)は剣を叩き付けたゴブリンに死角から入り込むと、のどに一撃を加えた。人間と同じ彼らの急所だ。
仲間の異変に気づいて、ゴブリンが動く。陣形が崩れたゴブリン達は、一人、また一人とレギーナによって狩られていく。
煙が晴れた頃に、階段から足音が聞こえてきた。一つではない足音の先頭に立って現れたのは、三船 敬一(みふね・けいいち)だ。
「片付けておきましたよ」
敬一はレギーナに言葉を返さず、持っていた自動小銃【ハルバード】の銃口を向けると、すぐに引き金を引いた。倒れていたゴブリンの一体がうめき声をあげる。
「よし、撤退するぞ。忘れ物はないな?」
敬一が振り返り、後ろの人たちに声をかける。
年齢も性別もばらばらの三人組だ。彼らはこのビルで働いていた人たちだ。会社の重要なデータと回収するためにここに残っており、避難所での自衛隊による輸送に間に合わなかった人たちである。
「レギーナ、合流地点までの偵察を頼む」
ずるりとレギーナの姿が影に隠れる。既に日も落ち、隠れる場所には事欠かない。
「あまり俺から離れないように、いいですね?」
敬一は、怪物達の死体が視界に入らないように、注意しながら外へと向かって進んだ。
「おーけー、見つけたぜ!」
家の塀を飛び越えたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、言われた通り三体のゴブリンを確認した。
真っ直ぐ地面には降りず、そのままの勢いでゴブリンの顔面を蹴り飛ばす。反動で空中で一回転、回転しながらSPAS15が二度火を噴いて、驚いて固まっているゴブリンを蹴散らした。
低い姿勢で着地したところに、もう一体が斧を掲げて駆け寄ってくるが、片足を伸ばしながら引く姿勢のまま横回転し、襲い掛かってくるゴブリンの足を払う。倒れたところにすかさずSPAS15をお見舞いし、最後に最初に蹴りを受けて倒れたゴブリンの胸を蹴って起き上がるのを阻止すると、頭に銃口をのせて引き金を引いた。
「よし、こっちは終わった。他にいるか?」
エヴァルトは、通信で白河 淋(しらかわ・りん)に尋ねる。
「この周囲はあらかた片付けたみたいです。あ、三船さんたちが戻ってきました」
「了解、合流地点に戻る」
合流地点となっていたのは、一台の車だ。車の中には、大田川 龍一(おおたがわ・りゅういち)と天城 千歳(あまぎ・ちとせ)の姿がある。
「残っていた避難民は以上だ」
淋が彼らを車の中に促し、乗車させる。
「あとは頼むぜ」
エヴァルトが運転席の龍一に声をかけた。
「ああ、ついでに実家の様子見てくるよ」
「今から急げば、自衛隊の移動にも追いつくだろう。横須賀基地まで、気を抜くなよ」
「はい」
「横須賀基地……横須賀基地。ナビの設定も終わりましたわ」
「このカメラは何ですか?」
「これは車載カメラですわ。少しは情報収集の助けになるかと思いまして」
「それじゃ、いってきます」
「ああ、何かあったらすぐに連絡をしてくれ」
「俺達が駆けつけてやるぜ。じゃあ、しっかりやれよ」
走り出す車を見送り、敬一は本部に避難完了の報告を行った。
井の頭公園の防衛線は、さながらシーソーゲームのようであった。
ダエーヴァが数と勢いで攻め寄せると、一時的に防衛線は押されるが、情報を処理する支援部隊が優秀な事もあって素早くこれに対応し、元あったところまでダエーヴァは押し返す。
数ではダエーヴァが優位ではあったが、質では契約者達に分があった。だからこその押し合いであり、どちらにも決定打となる手段が無かったとも言える。
「乱暴者さんは、きついお仕置き、です!」
エーリカ・ジークルーネ(えーりか・じーくるーね)のツインスラッシュが決まり、最後のゴブリンが倒れる。
「随分押されたが……まだ持ち堪えられそうだな」
ブーストソードを鞘に戻しながら、杠 桐悟(ゆずりは・とうご)は現状を確認する。幸い、今の突撃は大した数ではなかったので損害もそれほど無い。
「万助橋から随分離れてしまいましたね」
朝霞 奏(あさか・かなで)が口にしたように、桐悟達が最初に居たのは万助橋の辺りだ。そこから、何度も繰り返されるダエーヴァの攻撃によって、じりじりと後方に押し込まれて、御殿山に近づいてきている。
「そうだな。だが、この辺りまではまだ予定通り……いや、時間的には予定よりもマシだ」
時計を見ると、既に日付が変わっていた。思ったよりも時間が過ぎるのは早かったようだ。
防衛線が夜間は縮小されていくのは、人間は暗闇で視野を確保できない以上仕方の無い事だ。明かりを確保できているのは御殿山が中心で、外の防衛ラインは視野が取れない代わりに人の密度で対処するしかない。
装備と準備の整った要塞であれば話も変わるのだろうが、広い公園でしかも道の強度がどれぐらい信用できるものかわからない以上、絶対に敵を近づけるわけにはいかないのだ。
「なんだ?」
「何か、聞こえますね?」
彼らの耳に聞こえてきたのは、カチャカチャと金属同士がぶつかる音だった。歩くようなリズムで、音は近づいてきている。
「一つ……いや、一人?」
ジャンヌ・ダルク(じゃんぬ・だるく)は怪訝に思いながら陣形につく。他の仲間も同様だ。怪物達は集団で行動するはずなのに、聞こえてくる音はどう耳を澄ましても一人分なのだ。
やがて、黒い闇の中にすっと人影が浮かぶ。一つだけ、二メートルにも満たないフルプレートメイルに身を包んだ影だ。鎧はジャンヌ達とほぼ同じタイミングで、こちらの姿を確認した。
鎧はぐるりと周囲を大げさに見てまわる。視界から自分の姿が途切れたと判断した瞬間、右翼からジャンヌはすかさず飛び出した。
「視力だけが認識する器官とは思わんが、これでも喰らうがいい!」
一旦切られた視線を引き付けながら、至近距離で光術を放った。鎧は驚いたように一歩下がる。
夜闇の中の光術は、周囲の仲間の視界も一瞬遮った。だが、桐悟達は光に視界を焼かれるような事はなく、それぞれに対処している。一方、鎧は思いも拠らぬ光で確かに視界を奪われたようだ。光が落ち着くと、鎧は目の部分を手で多い、頭を左右に振っていた。
「ぐあっ」
だが、もう片方の手は三メートルはありそうな長刀を持ち、その柄の部分でジャンヌを地面に押し付けていた。一体あんな長い武器をどう扱ったのか、光術の一瞬に何があったのか、ジャンヌ自身にもよくわからなかった。
「ああ、驚いた」
鎧はジャンヌを抑えていた長刀を持ち上げる。逃がしてやろうという考えが鎧にあったわけではなく、エーリカと桐悟が迫ってきていたからだ。
再度光術が辺りを飲み込んでいく。奏の放ったものだ。光を背に、桐悟はソニックブレードで、エーリカは豪雷閃で仕掛けた。しかしどちらも鎧に触れる前に、回転させた長刀に巻き込まれて、吹き飛ばされた。幸い躊躇せずに間合いに飛び込んだため、どちらも刃を受ける事なく、持ち手の棒の部分をぶつけられた。
「うん? あれ?」
鎧は足元で倒れていたジャンヌの姿が無くなっている事に気づいた。さらに、光術を放った奏の姿も無い。だが、鎧のそんな疑問はすぐに消え去る。桐悟とエーリカが立ち上がり、向かってきたからだ。
木の陰に身を隠し、奏は様子を伺う。二人が仕掛けてる間に助け出したジャンヌは、自信にヒールをかけていた。相当なダメージだったのか、すぐに全快とはいかないようだ。
「本部、こちら、教導団所属、杠班……」
桐悟は膝をつき、獲物を地面に突き立ててなんとか倒れないように堪えていた。彼の視界の端には、うつ伏せに倒れるエーリカの姿が映る。パートナーであるエーリカはまだ生きてはいるが、動けない事には変わりなく、それは自分も同じだった。
「触れることもできないとは」
長刀とはいうが、鎧の持つ長刀は長すぎる。それを、手足の延長のように自在に操り、二人を打ち落とし、払い、なぎ倒した。長刀の間合いに入る事すら難しい。
鎧は長刀を振るう以外に、なんら特別な事はしていない。そこにあるのは、ただ圧倒的な実力差だ。
「やっぱりオリジンはいいな。一人ひとりが頑丈だ。これなら少しは遊びがいがある」
鎧は余裕の足取りで、桐悟へと近づく。
「ちょっと待ったぁ!」
桐悟は突然の事に僅かながら混乱した。いくつもの事が同時に起こったからだ。声、そして視界に現れる高速で動く何か、獲物と獲物が衝突する音。そして、朝霧 垂(あさぎり・しづり)の後姿。
「こっからは俺が相手してやるよ」
いくぜ、と休む間もなく垂は鎧に向かって突っ込んでいく。鎧は、次々と繰り出される攻撃を長刀でそらしながら、一歩、一歩後退していった。
「ちょーっと待っててね」
さらに桐悟の後ろからの声に振り返る。
ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は無量光を放った。垂と鎧を中心に光が召還される。はっきりとした光があると、闇の濃度は増すもので、エーリカの姿を隠す事になった。
「つぎは、と」
ライゼの大地の祝福によって、立つ事もままらなかった桐悟の体力を回復させる。
「向こうでメイドさん達が待ってるから、あっちの人を連れてってあげて」
エーリカを魔法で治療しなかったのは、気絶が魔法で確実に回復するとは限らないからだ。まだ動ける桐悟を治療し、運んでもらう方が確実なのである。
「すまない」
「大丈夫だよ、垂は凄いから」
桐悟は援軍にあとを託し、撤退した。
何度かの武器をぶつけあったところで、鎧はピタリと足を止めた。垂も一度間合いを取って、足を止める。
「こっちに来てから驚いてばかりだ」
「喋れるのか!」
「え? うん、まあね。しかし、惜しいなぁ、実に惜しい」
垂は鎧の視線が自分ではなく、聖槍ジャガーナートに向いているのに気が付いた。
「槍はいい、槍は凄くいいけどさ、それじゃあダメだ」
「何がダメだってんだ?」
「武器はね、長ければ長いほど、強い! 武器の長さは間合い、間合いは広ければ広いほど有利、そして長ければ」
鎧は長刀を横に構え、振る。
「遠心力でさらに威力があがる!」
危険を察知した垂は後ろに飛んだ。だが、長刀の間合いから逃げ切れない。獲物で受けるが、受け止めきれずに吹き飛ばされた。
「ほらね」
空中で姿勢を制御し、垂は足から地面に着地。だが、衝撃を完全に殺しきれておらず、全身が軋んだような痛みを訴える。
「おっと」
突然、鎧は明後日の方向に長刀を振り下ろした。切っ先が鎧の頭を通過する瞬間、光が長刀の切っ先で散っていった。
鎧の動きはこれで終わらず、まるで演舞でもするように一人で武器を動かした。そのたびに、光が散っていく。
「だいたい場所はわかったよ」
鎧は足の先でいくつかの小石を蹴り上げると、それをまとめて長刀で打った。
すると、ちかちかと飛んできていた光はピタリと止んだ。
「うん、どうやら当たったみたいだ。さぁ、続きをしようか。まだ動けるよね?」
夜霧 朔(よぎり・さく)は視線をめぐらして、ニルヴァーナライフルを探した。突然飛来してきた小石に肩を撃ち抜かれ、落としてしまったのだ。
「これは、修理が必要ですね」
どうやら、狙いは朔ではなくライフルの方だったようだ。弾丸のように飛来した小石によって、ニルヴァーナライフルはボロボロになってしまっていた。
自分の肩を貫いたのは流れ弾である事を理解し、もしライフルでなく自分を狙われていた場合の損害を朔は推測し、それを途中で取りやめた。
不安や恐怖が押し寄せたからではなく、味方からの通信が入ったからだ。
「敵の司令官の発見、ですか」
その報告は同時多発的に、あちこちからなされていた。
示された特徴は、全身を覆う鎧をまとっている事。人間の言葉を使う事ができることだという。
「これは、どういう事でしょうか?」
中には画像を伴った報告もある。
それは紛れも無く、朔の目の前で垂と戦っている相手、そのものだった。
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