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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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作戦終了 それから



 戦いから一晩が明けた。
 千代田基地の状況は、オリジンから渡ってきた契約者達の目には、防衛が成功したというのが信じられないほど悲惨なものだった。
 各部隊ごとに欠員の確認が行われたり、学外の生徒に協力の感謝を行ったりと、一晩明けたあとものんびりできる空気ではなかった。
 中でも忙しく活動していたのが、仮設テントによって行われているダエーヴァの分析作業だ。
「しかしまさか、女王殿が二人になるとは、いささか信じられない話でござるな」
「コリマさんが二人居るんですもの、アイシャさんが二人居るのもおかしい話とは思いませんわ」
「そうは言うでござるが、こちら現れたのは……痛っ」
「お喋りはそこまで。さあ、こっちの手伝いをして頂戴」
 立ち話をするスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)フラー・ラガッハ(ふらー・らがっは)に、天貴 彩羽(あまむち・あやは)が割って入る。
「ほら、急いで」
 仮設テントには、兵器型の怪物のパーツや、ゴブリンの亡骸など様々なものが回収され、運ばれてきていた。中には生きている個体もいたが、テレパシーなどでの会話はできなかった。また、どの個体にサイコメトリーを試みても、夜の空の風景か、高い所から東京を見下ろす風景ぐらいしか読み取る事ができなかった。
 細かい分析はこれからである。
「解剖準備できたよ〜」
 奥から夜愚 素十素(よぐ・そとうす)の声がする。
 用意した粗末な台の上には、ほぼ完全な形で残っているゴブリンの亡骸が用意されていた。
「あの、それがしに何を」
 はい、と彩羽からビデオカメラが渡される。
「記録のために撮影しといてね。別に目を瞑っててもいいわよ」



「やっぱり、余計な事考えずに行ったりきたりできるのは楽でいいね」
 冬月 学人(ふゆつき・がくと)はビニール袋を片手に治療用に使っていた部屋のドアをくぐった。
「あれ?」
 返事が無い。電気もついてないので、学人は電気のスイッチを探してつけた。
「死屍累々、って感じだね」
 大した物もなく、机とオリジンの東京から持ち込んだダンボール箱の山の部屋は、相変わらずのままだ。治療用といっても、こっちは医療従事者の詰め所であって、治療を行っていたのは別の部屋というのもあって結構汚い。まぁ、汚いのは部屋を出る前からで、違いは床つか机とかに、倒れた人の姿がある事だ。
「あ、あー、お帰り」
 電気がついたからか、斑目 カンナ(まだらめ・かんな)が重そうなまぶたを開けた。
「道は……東京はどうだった?」
「あっちも大変だったみたいだけど、こっち程じゃないってさ」
「そう」
「あと、差し入れ。向こうの自販機で買ってきたよ。炭酸とか色々あるけど?」
「じゃあ、うんと甘いやつ」
「とにかく甘いものが欲しいわけね」
 目を覚ましているのは、カンナ一人。残りは、きっと薬品などを保存するためにあるのだろうと思われる小さな冷蔵庫に入れておく。残念ながら、この冷蔵庫にしまわれるべき薬品なんて残ってはいない。
「道の方だけど、近々拡張工事をするらしい。地下にあるかた手間だけど、一度に運べる物資の量を増やしていく事ができるらしい」
「工事なんて方法で、なんとかなるのね」
「道自体は広げるのはそんなに難しい話じゃないんだってさ。あの地下の水溜りを物理的に広げるだけでいいらしい。横に広げれば、その分入り口が大きくなる、みたいな話だったよ。あと、天井も広げてくみたい。そのうち、イコンも出入りできるかもね。そうだ、それで向こうの入り口は井の頭公園池をそのまま使うって事で、しばらく公園は教導団が管理するって事になるらしい」
「ふーん」
 カンナの返事には興味の色が薄い。疲れているのだろう。
「そういえば、ローズは……」
 改めて死屍累々の部屋を見渡すと、何かを探していたのか、ダンボールに頭を突っ込んだ状態で意識を失っている九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)を発見した。
 あんまりなので箱から救出するが、置き場所に迷い、近くの事務椅子に彼女を預けた。
「自分で休憩のシフトを作って、自分で破ってたら意味無いよ」
 医療部隊に地獄が訪れたのは、怪物達が撤退したあとだ。敵の密度が薄くなった頃に、大量の負傷者が雪崩れのように押し寄せてきた。
 もともと基地に用意されていた物資と、持ち込まれた物資で物不足に陥る事は無かったが、人手はとことん足りなかった。
 収容しきれない負傷者が外に寝かされ、降り注ぐ火の粉で気温は四十度を超え、地獄のような光景が広がっていた。一つだけマシだった点を上げれば、明かりには苦労しなかった事だろうか。
 今は道を越えてやってきた医療班に引き継いでもらって、こうして休憩を取る事ができている。
「もともと、何かあったら叩き起こすように言われてたし……自分は破るつもりだったんだろうけどね」
「う〜ん……AB型のRHマイナスの輸血パックが……」
 学人が振り返る、どうやら寝言のようだ。
「起こした方がいいかな?」
「寝かせといてあげよ。あたしも、まだ眠い」
 夢の中で戦いの続きを見ているローズに、学人は毛布をかけてやってから部屋を出た。



 円形に机が並べられた会議室に猿渡 剛利(さわたり・たけとし)は緊張した面持ちで座っていた。会議室には、羅団長補佐や、アナザー・コリマ、そしてアイシャの姿もあった。
 なんだか場違いな空気に緊張していた剛利には気づけなかったが、アイシャは眠そうに船をこいでおり、目も薄く開いたり、閉じたりを繰り返していた。
「すみません、まだ……同期に時間がかかりそうです」
「辛いのでしたら、奥でお休みになっていてください」
 羅の言葉を受けて、少し逡巡したのち、アイシャは部屋から出ていく事になった。
 一人部屋から抜けた程度でこの部屋の重圧な空気は変わらない。ここには教導団の尉官クラスの人間と、千代田基地のトップが集まっているのである。
 会議では、オリジンアナザー両方での戦闘での発見や報告、現状などの確認が粛々と進められていた。
 その中には、先ほど退出していったアイシャの件も含まれていた。
 アナザーに居るアイシャは、アナザーの地球に存在していたシャンバラの女王、アムリアナとの共鳴の際に現れたものだという。現に、オリジンのアイシャは既にシャンバラに帰還しているという。
 いくつかの推測が混じるが、アナザーを護るために力を使い果たしてしまったアムリアナの力を補うために起きた一種の事故ではないか、という事らしい。ただ、アナザー・コリマはこの結果をまるで知っていたかのように対応していたようだ。
 また、シャンバラの女王の力を借りる為に、道を護る作戦の重要な部分をギリギリまで秘匿しなければなかった事を羅が詫びる場面もあった。シャンバラを護る為の祈りを一時中断せねばならない事や、危険な思想から彼女を護るためなど様々な問題を短期間で強引に解決するためには止むを得なかったらしい。
 もっとも、剛利にはその話の半分も頭に入ってはいなかったのだが。なぜなら、
「では、猿渡さん。こちらで行っていたダエーヴァの調査の報告をお願いします」
 来た!
 目眩を感じながら、渡された資料を持って剛利は立ち上がった。

「剛利はちゃんと役目をこなしているかな」
 真っ黒になった手袋をゴミ箱に投げ捨てながら、生贄として捧げられた剛利のことを佐倉 薫(さくら・かおる)は考えてみたりした。
「俺様が用意したスペシャルな資料があるんだ、あとは棒読みしてりゃなんとかなるよ」
「緊張で舌が回らなくなってなければいいんだけどね」
 三船 甲斐(みふね・かい)エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)は既に術着を脱ぎ捨て、切り取った細胞の一部を顕微鏡にセットしていたりする。その後ろでは、真っ白な光に照らされた、常人の顔色が真っ青になりそうな惨殺死体が転がっていた。もちろん、怪物のである。
「やっぱり、こいつらがイレイザーなのは間違いないのね」
 彩羽はバラバラにされてしまったゴブリン、一応これは戦場で拾ったもので捕虜ではない、をサンプルとして保存するための防腐剤を準備する。
「取れたデータに間違いが無ければ。けど、こいつらは俺達の知ってるイレイザーとはちょっと違う。いじらしく、進化してんのさ」
「一番の違いは、ちゃんと内臓があるって事だよね〜」
 レントゲンの骨写真を光にすかしつつ、素十素はゴブリンの骨格が生物として無駄の無いものである事を確認する。
「今まで私達の前に現れていた、イレイザー・スポーンは見た目こそ生物のようなものだったが、その構造は肉の塊でしかなかった。食事って概念そのものも無かっただろうし、たぶん製造した際に充電されたエネルギーが全部で、補充するにしても外部から供給するもんだったんだろうな」
 甲斐は座っている椅子をぐるぐる回転させながら続ける。
「けど、こいつらは飯を食ってエネルギーを自分で作る事ができるようになってる。何故か? 何故だろうな。にっしっし、その答えはここが地球で、シャンバラが無いからだよ」
「シャンバラの有無が、ダエーヴァの影響を及ぼしたというわけ?」
「ニルヴァーナの技術の根幹には、機晶技術があるだろ。でも、地球には機晶石自体が無い。もともとイレイザーは、ニルヴァーナの人が作ったもんだから、機晶石が存在しないと立ち行かなくなるってわけだ」
「だから、生き物の真似をする必要があったんだね〜」
「食事によるエネルギーの供給は、非効率的だよ。消化って段階に余分なエネルギーを消耗する事になるんだから。それでもそうしなければならなかったって事だ。それは、機械と融合した怪物にも同じ事がいえるわけだ」
 戦車や戦闘機の残骸を回収し、こちらも研究が行われている。ハデスらそちらの班からの報告によれば、怪物兵器には燃料が積まれていたそうだ。燃料は、シャンバラと出会うことの無かった世界であるために、今なお化石燃料が利用されている。
「怪物が生き物の真似をした結果、長い活動時間と広大な行動範囲を得る事ができた。だが失われた物もある」
 薫は魔術的な観点から、ダエーヴァの体を調べていた。
「第一が魔法に対する耐性の劣化よ。生き物としては強靭な肉体も、魔力的、魔術的な防御力はむしろイレイザーより低下しておる。不要と判断したのか、コストの問題かは定かではないがな」
「そしてもう一つ!」
 エメラダがびしっと人差し指を立てる。
「ご飯を食べなきゃいけない、燃料が必要ってことは、どうしても補給が必要なのだ。直接戦う以外でも、あたし達には戦い方があるって事だよね」
「と、まぁ、大体こんな感じの事を適当にまとめたスペシャルな資料を渡してあるから、会議の方はうまくいってるだろ。さて、次は貴重な牛の解剖だぜ、にっしっし」

 粛々と進んでいく会議の中、マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)は特に発言する事なく静かに成り行きを見守っていた。
 オリジンの契約者が動きやすいように、様々な状況の立案に行動していたマリーは、そのおかげでこの会議で話される内容や決議についてもいち早く知る身となり、驚きや新鮮な発見は特に無い。
 ただ少し興味を引いた事があれば、怪物の胃の内容物を確認した結果、カップ麺やパンなどが多く発見されたことだ。これらは東京を襲ったついでに略奪されたものだろうが、人間を率先して食べる生き物ではないらしい。
 オリジン組み、アナザー組みでの情報の共有が一通り終わったところで、今後の方針についてに議題が移った。
「いいニュースと悪いニュースがある」
 そうアナザー・コリマが切り出した。
「日本の自衛隊が、ダエーヴァを侵略者と認定し、国連軍との共同作戦に参加する事になった」
「はい? 自衛隊は今まで参戦してなかったのでありますか?」
 これには、思わずマリーも疑問を持った。
 この千代田基地の人種は多国籍化しているが、それでも半分以上は日本人だった。自衛隊が参加しているのは、もはや当然の事のように考えていたのである。
「日本の自衛隊は軍ではないから、国連軍に編入はできんのだ。だが、協力が無かったわけではない。ここの日本人の大半は、自衛隊を退役したのち志願した者だ。また、武器や弾薬なども特例として我らに供与されている。また、過去に何度か我々の無線を傍受し、作戦を行ってもいる」
「……さ、左様でありますか」
 無線を傍受の辺りに涙ぐましい努力を感じる事ができる。水面下で情報を共有しつつ、あくまで独自の活動を行った事にしたかったのだろう。
「国家ごとの立場や問題は解決されたわけではない。彼らは彼らなりの最善を尽くしてくれていた。だが、状況が変わった。アメリカ軍がダエーヴァに対し、戦闘の継続を断念しカナダへと撤退を開始した。これが悪いニュースだ。国連軍ではないとはいえ、世界最高の軍事力を持った国家の敗北は、我々だけでなく世界に与える影響が大きい」
「国連軍では、ない?」
 会議室全体が少しざわめいた。
「うむ。私の研究の後ろ盾になったのがロシアだったのだ。そのいざこざで、国連軍にアメリカは参加を見送り、単独でダエーヴァと戦いを行っていたのだ」
「厄介な話でありますな」
「当時はまだダエーヴァの危険は想定の範囲でしかなかったのも大きい。それに彼らには世界一の軍事国家である意地もあっただろう。だが、敗北のニュースを放置してしまえば、世界中の戦地の士気に影響が出るだろう」
 コリマは首を横に振る。
 そこからはコリマにかわり、羅が一歩前に出た。
「よって、我々はすみやかに日本に存在する黒い大樹の攻略を行う事を決定した」

 黒い大樹攻略作戦。
 戦いの傷口が塞がる前に決定されたその作戦は、アナザーの地球の今後を大きく決める大事な作戦だった。
 そしてその重要さと同じほど、困難な作戦になるのもまた、明白だった。