百合園女学院

リアクション

【妄執の根元】



「ここまで来るといっそ壮観だな」

　アーグラが小さく呟くのに「そうですね」とダイアモンドの騎士が頷いて見上げる。
　大陸の裏から伸ばされている根は、アールキングの妄執を体現していると言って良かった。
　ナラカの瘴気の中、大陸の底……下から見れば天井に見えるその位置へ向けて太さもばらばらな根が、曲がりくねり、折り重なり、所狭しと侵食している。そこへ取り付いている蟲龍たちがいかにも頼りなげに見えるような、見るものを不安にさせるような光景に、配置についた龍騎士たちも軽く眉を寄せたが、そんな気分に浸っている場合ではない。
　既に、戦いは始まっているのだ。


「ここは、通しませんよ！」

　遠野　歌菜（とおの・かな）の一声と共に、アンシャールのマジックカノンが轟音を上げた。続けざま撃ち込まれ、張られた弾幕に、向かってくる樹化イコンの部隊が僅かにその足を鈍らせると、月崎　羽純（つきざき・はすみ）が加速する機体を一気に懐まで飛び込ませる。急所を狙った暁と宵の双槍が、一撃でその中央を抉り、二撃目で振り払ったところで、落ちていく機体を傍にいた龍騎士が屠った。
「……次！」
　一体を倒せば、更にもう一体。
　部下イコンの援護射撃を受けながら、部隊の中心がまだ到達していない、散漫に敵の分散している内に、歌菜と羽純の駆るアンシャールは確実にその数を減らしていく。
　そして、アンシャールの張る弾幕に留まった部隊へ、纏めて攻撃を仕掛けていくのは朝霧　垂（あさぎり・しづり）の鵺だ。
「生身が乗ってるイコン相手じゃねえんだ、手加減の必要はねぇな！」
　幻影の尾羽が作り出す七体の分身が、固まった部隊へと攻撃を仕掛けて分散させると、そこへ堀河　一寿（ほりかわ・かずひさ）のサージェント・ペパーのスナイパーライフルが部隊を外れた機体へと火を噴いた。
「敵、散開。左方、小隊が蟲龍に向かってる。逸らして」
　ランダム・ビアンコ（らんだむ・びあんこ）が淡々とサブシートからオペレートを受けて、サージェント・ペパーが一体一体を打ち落としていく中、その進行先で待ちうけていたのは、祥子・リーブラ（さちこ・りーぶら）が同化するインテグラルナイトだ。サージェント・ペパーが数を減らした小隊へ、追い討ちのように黒色チャクラム・ホロウで迎撃し、更に接近をかけてきた最後の一体へと、接近と同時に星滅のカルタリを、相手を叩き潰すようにして振り下ろした。
　ごしゃり、と嫌な形が変形すると同時に爆散する機体を横目に、ふう、と祥子は息をついた。
「蟲龍に近付けさせるわけには行かないものね」
「そうだね」
　祥子の言葉に、一寿も同意の声を上げる。
「蟲龍は、その「仕事」をしている間は、無防備にならざるを得ないからね」
「ええ……」
　頷いた祥子は、歌菜たちや龍騎士たちが奮闘する防衛線を見やりながら目を細めた。
「アールキングはここで滅ぼす……今まで散々やらかしてきてくれたお礼をしなくちゃね」
　そして、龍騎士をこの場に出すと決めたセルウスの大仕事に、結果を出してあげることだ。教師である手前、セルウスのことよりも生徒たちのために、と言うべきなのだろうが、短い時間とはいえ戦場で生徒のように思っていた相手だ。彼の皇帝としての大きな仕事に、失敗と言う烙印を押させてしまうわけには行かないのだ。
　そんな視点で戦場を眺める祥子とは別に、一寿はまた違った意識でこの戦線へと加わっていた。
　イコン乗りとしての自分の力量は、自分自身が良く知っている。ヴォルフラム・エッシェンバッハ（う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは）の助けを得ても、足を引っ張りかねないこともだ。悔しいけれど、主導権は他の契約者や龍騎士達に任せるほか無く、自分は将棋の駒の様な「戦力」のひとつに過ぎない。
「けど……ナイト、の働きは無理でも、ルークやビショップ程度には頑張りたいかな」
　呟く一寿とは裏腹に、ランダムが指示する座標を、他の契約者や龍騎士たちへと転送し、通信を担っていたダニー・ベイリー（だにー・べいりー）が盛大に溜息をついた。
「ちきしょー、普通のでかさのガン・ファイトなら俺の出番だってのによう！」
　サージェント・ペパーに登場するメンバーの中で、最もその操縦が不得手なダニーは、戦闘に対してはほとんどすることがないのだ。戦場へ出ていると言う高揚感と、それに直接手を出せていない苛々とが重なっている様子の横顔に肩を竦めながら、一寿は前線を抜けてやってくる樹化イコンへ攻撃しつつ、ほんの僅かに過ぎる申し訳なさに「悪いね。でも立場が違えば、僕もそうされるのはさだめだ」と呟きを漏らしていた。
　互いに今こうして戦っているのは、立場は違うが、鏡の向こうとこちらのようなものだ。生き残るために、自分たちの未来の為に。邪悪な意思だろうとなんだろうと、それだけは自分たちと何の違いも無い筈だ。
「望む未来を、勝ち取りたい――そのためには、君たちが邪魔だ……おあいこだよ」
　恨みっこなしだ、と。そう口にした一寿の傍で、サブパイロットのヴォルフラムは息をついた。
「情けをかけるほどに、心を動かすことが既にエネルギーの無駄遣いですよ、一寿」
　騎士の英霊であるヴォルフラムにとって、敵は敵だ。戦場にあって敵意を向ける相手に、容赦を向ける必要は無い、とその口は語る。
「ルークであろうとビショップ…否、唯のポーンであろうとも、私たちは「指し手」ではなくてこの戦闘においては「駒」であることには違いないのですから、目の前の敵を落とすことに注力してください」
　頷いた一寿に、ほんの少し表情を緩めて、ヴォルフラムは再びモニターへと意識を戻す。
「龍騎士さんたちが、右方から接近する部隊に寄るってよ！」
「防衛網に一部、穴が出来る。各機、交戦中。フォローに入る必要あり」
　ダニーからの報告に、ランダムがマップに矢印を入れていきながら告げる。
「了解。駒の役目、しっかり果たすよ」
　一寿が狙いを定めるのを待ち、ヴォルフラムは決意をその口に乗せたのだった。
「邪な意思は、少なくとも私が認めません」



　そうして、各機がそれぞれの役割のもと戦い、その戦線を維持し続けていたが、問題は、守るべき蟲龍と味方勢力に対して、敵の数が多いことだ。最初の頃は、自分にくっついてくる鬱陶しい蟲、程度であっただろう蟲龍が、自分の養分を吸い続けていることに、段々と危機感を覚えてきただろう。樹化イコン部隊のが、その数を次第に増やしつつある様子に、外側に向いていた意識を内に向けてき始めたのがありありと判る。
「……随分、盛大な歓迎だね？」
「言っている場合か
　それをやや離れがちに見やりながら、天音はひとりごち、ブルーズが聞きとがめて溜息をついた。
　量も問題だが、もうひとつの問題は長時間のナラカでの戦闘で、パイロットや龍騎士たちが疲弊することだ。イスナーンの外部スピーカーで激励し、あるいは歌菜の歌う回復の歌にあわせるように、鼓舞の歌を響かせるその間、操縦担当のブルーズがポムクルさんに修理依頼をかけて、それぞれの負担軽減に勤しんでいたが、そんな天音のイスナーンや契約者達のイコンの操縦席に、警告の声が上がった。
『樹化虚無霊接近！　……凄い数』
　ランダムが注げた最後の一言は、敵影を表示するマップを見るまでもなかった。イコン部隊の後ろから、ずるりとその長い体を滑り出させて、蟲龍たちへ接近する樹化虚無霊は、目視しただけでも十数体はいるだろうか。
　歌菜の戦慄の歌が響き、天音は天使のレクイエムで迎え撃ったが、元はアンデットではあるものの、樹化されているからか、正面から歌を浴びる形になった数体がその影響で明らかに悶え苦しんではいるが、その後ろから這い出す樹化虚無霊たちに押し出されるようにして、前進は続いている。
　樹化イコンへの対応の為に、各イコン機はその対応が遅れた。その時だ。

「―――……！」

　「巨人族の秘宝」と呼ばれる歌――正確にはその旋律が、戦場へと流れた。
　天音の歌声は向かってくる樹化虚無霊たちの魂に共鳴し、その動きを止めさせた。

　時間にすれば僅かな間だが、それだけあれば――充分だった。