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リアクション
薔薇園のある屋敷にて
サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)の実家はドイツの町外れにあった。
屋敷は使用人が必要なほどに広く、庭はその屋敷よりも広い。
門を抜ければ両側は懐かしい庭。
今はうっすらと雪が積もり、その下に緑を隠しているけれど、春になれば薔薇園には競うように多種多様の薔薇が咲き誇ることだろう。
久しぶりの我が家。
けれど、共に帰ってきた妹のディオニリス・ルーンティア(でぃおにりす・るーんてぃあ)の足取りは重かった。
「イリス、疲れた?」
心配したサトゥルヌスが尋ねると、ディオニリスは首を振る。
「ううん。ただちょっと……怖いの」
「怖い?」
「だって……黙ってお兄ちゃんのところに来ちゃったから……」
ディオニリスはサトゥルヌスが契約者となってパラミタに行くことになったとき、ついていけなかった自分を怒り、憎み、嫌悪した。そして強化人間となっても兄の元にいたい、とまで思い詰めたのだ。
その決意を語れば止められそうで、ディオニリスは両親には何も言わずに強化人間となり、パラミタに渡ってしまった。
両親がどのくらい心配し、怒っているかと思うと……里帰りの楽しみよりも不安が先に立つ。
「ママはきっと許してくれるだろうけど、お父様がなんて言うか……」
「そうだね。父さん怖いから」
でもきっと大丈夫、とサトゥルヌスは勇気づけるようにディオニリスの手を取り、玄関へと向かった。
「お帰りなさい。ん〜良かったわ、サトゥもディオも元気そうね〜」
家に帰ったサトゥルヌスとディオニリスを迎えてくれた母、ドミツィアナ・ルーンティアはいつものようにふんわりと微笑んだ。腰につくほどの緩くウェーブのかかった金髪と、たれ目がちな赤い瞳が42歳であるドミツィアナを20代後半のように見せている。
まずはお茶でも飲みながら、とドミツィアナはローズティを淹れてふるまった。
けれど父親のヘルムート・ルーンティアは相変わらずどこか威圧的で、無言でじろりと2人を見てくる。そのたび、ディオニリスはびくりと身を竦ませた。
そんなディオニリスに代わって、サトゥルヌスはシャンバラであったことを……ディオニリスが自分を追って強化人間となってシャンバラに来たことも含めて両親に話した。
「ん〜、向こうでの生活は楽しいのかしら?」
「そうだね。いろいろあるけど、充実した毎日を送ってるよ。これ、空京で買ってきたんだ。お茶請けにでもどうかと思って」
ドミツィアナに答えながら、サトゥルヌスはこちらではあまり見かけない菓子を差し出した。珍しいだろうから、話の種にでもなるかと思って購入してきたのだ。
「まあ嬉しいわ〜。さっそくいただこうかしら〜。はい、あなたもどうぞ」
「そうだな。いただこう」
ドミツィアナに勧められ、ヘルムートは土産の菓子を口にした。けれど、うまいともまずいとも言わず、表情からもどう思っているのかが窺えない。
そんな夫にドミツィアナはちらりと視線を向けたが、何も口は出さなかった。よく勘違いされる……というか、実の子にも誤解されているけれど、ヘルムートは人一倍家族思いの父親なのだ。怒っていないのに怒っている? と聞かれたり、睨んでないのに睨んだ、と言われてしまう偉丈夫な外見と、照れ屋な性分がヘルムートの本心を覆い隠してしまっているだけで。
今も、萎縮しているディオニリスの様子にしょんぼりと肩を落としているのだが、それも子供たちには伝わっていないのだろう。
実は、とばらしてしまえば簡単なのかも知れないけれど、ドミツィアナは敢えてそれを口にしたりはしなかった。夫が助力を求めれば協力するにやぶさかではない。けれど、そうでないこの状況に自分がでしゃばる必要はない、と、ただ新しく茶を淹れ直すだけに留め。
「ん〜、なんにせよ、ディオの無事な姿を見られて安心したわ〜」
「勝手なことしてごめんなさい。どうしてもお兄ちゃんに会いたかったの」
ディオニリスは素直に謝る。サトゥルヌスがパラミタに行ってしまった後の一時期、不安定だったけれど今はすっかり落ち着いたようだ。
「とっても心配したのよ〜。もうシャンバラでの生活には慣れたのかしら〜?」
「うん。お兄ちゃんが一緒にいてくれるから。あのね、楽しいこといっぱいなの」
ドミツィアナの誘導に、ディオニリスはパラミタでのあれこれを語り出した。
「それはどういう事だ?」
たまにヘルムートが口を挟むと、ディオニリスは少しひるんだけれど、それでもパラミタでの出来事を楽しく話そうと頑張った。
そんなディオニリスの様子を夫が涙が出そうに喜んでいることもやはり伝わっていないのだろうと思いながら、ドミツィアナはふわりと香るお茶をゆっくりと飲むのだった。
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