シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

魂の器・第2章~終結 and 集結~

リアクション公開中!

魂の器・第2章~終結 and 集結~

リアクション

 
     〜2〜

 ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)は、帰還した8人と関係者の集まる大きめの応接セットにノートを持って座った。ライナスは機晶姫の研究においての大家だ。ステラとしても、彼の研究については興味が大いに刺激される。彼女自身、機晶姫でありアーティフィサーであるところから、機晶姫の研究は自分自身についてよく知ることにも繋がる。今回の一連の件については、ノートに記述してまとめたいと思っていた。そして、全てが終わった後にライナスにレポートとして見て貰いたい。
「お茶と軽食です。休憩も兼ねて、ゆっくり話しましょう」
 そこで、樹月 刀真(きづき・とうま)が紅茶を皆に配り始める。応接セットの中央にサンドイッチの載った皿を置き、自分も座る。
 落ち着いた所で、戻ってきた皆の報告を聞く事になった。
「書斎でこんなものを見つけたのだが」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、ライナスに研究者――遼の書いた手記のようなものを手渡す。そこには、こう書いてあった。

機晶石が採掘される鉱脈と地層
 機晶石の交換を行う際には、同じ地層で採掘された機晶石を使用しなければ、既存の石と同じエネルギー変換効率を行うことは難しい。何故ならば、機晶姫の身体はその石に合わせてチューニングしているからだ。
 単三電池のところに単四電池を入れて使用しようとして動作不良が起きるのと同じ。単純なエネルギー用量の話ではなく、その石に宿っているエネルギーの種別(濃さや波長)が採掘された土地により違いがあることを覚えておく必要がある。尚、現在使用している機晶石のエネルギー充填方法は明確には確立出来ていない』

「彼は、こんな研究をしていたのか……」
 顎に手を当て手記を読んでいたライナスは、そう呟いて顔を上げた。
「証明するには、石を実際に別地層で発掘して性質を調べなくてはならない。正式な文書になっていない辺り、調査途中だったのかもしれないな。電池の喩えは私としても納得出来る。機晶姫と石には相性があるからな。……モーナ、ファーシーの移植の際に使った石の出所は判るか?」
 手記をのぞきこんで見ていたモーナは、ソファに座りなおして答える。
「あ、はい。イルミンスールの生徒が発掘してきたもので……、今、調査をしてもらっているツァンダの機晶姫製造所にあったものです。何でも、随分と大きな機晶石だったとか。不純物等の無い、綺麗な石でした」
「それは、つまり……、ファーシーの出身地の石であるということか」
「製造時期を考えると、彼女にも、同じ塊の石が使われていた可能性は高いと思います。あくまでも可能性ですが」
「ふむ、彼女の身体を調べて、他の手段を講じても治らないようなら再度の移植も検討してみるか……。移植用の石は此処にもあるが、比較の意味も込めてその石が欲しい所だな」
 ライナスが言うと、そこでリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が立ち上がった。
「じゃあ、私が向こうに連絡してみるわ。元々、戻ってきたらラスに連絡しようと思ってたの。ここ、電波繋がるのよね?」
「ああ、屋上に一箇所だけあるな」
 先にその場所を使った隼人がおおまかな位置を伝えると、リーンは屋上へと上がっていった。

                           ◇◇

 彼女が席を外した後も、引き続き調査報告が行われる。ライナスは和原 樹(なぎはら・いつき)から『チャージリング』の設計案を受け取り、これは十分に有用だという結論を出した。
「早速、開発を進めていこう」
「……樹、あの件については話さなくていいのか?」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が樹に言う。
「え? あ、うん……そうだな、話してみようか」
 促され、若干照れた様子を見せながら樹は話した。ファーシーの中にあるルヴィの銅板に、エネルギーが送られているのではないかという事。それが、新しい魂を産みつつあるのではないかという事。
「銅板? か……、いや、それは……」
 ライナスは渋い表情をした。そういった事例はこれまでに無い為、想像し難い。それは、機晶姫としてはかなり規格外な話だ。
 そんな事を考えていると、刀真がそこでライナスに言った。
「でも、ファーシーという子の脚が少しでも動いたというなら本体に問題はありませんよね。となると、やはりエネルギー問題という事になってくると思います。そして、その原因を確認する為に、エネルギーの流れをこちらで観測できればいいのですが。そういった方法はありますか?」
「それなら、別室にある。機体を寝かせて撮るタイプだ。まあ、システムとしては機晶姫のレントゲン、に近いか……」
「では、彼女が到着したら、まずはその辺りから検査することになりますね。レントゲンなら、本人にも負担にならないでしょうし。エネルギーの通りが悪いなら、そのリングへのエネルギー源としてバズーカの充填システムも使えるかもしれません」
「それは、研究してみないと判断は出来ないが……」
「後は、本人が無意識に『動きたくない』か『動かない』と思い込んでいるのか……。案外、必要な時が来れば自分で動くかもしれませんね」
「それに関しては、私からは何も言えないな……」
「……あれ? 未沙、何考えてるの?」
 ライナスと刀真が会話する脇で、モーナは朝野 未沙(あさの・みさ)が黙って眉をひそめているのに気付いて声を掛けた。
「うーん……子供っていうので、ちょっと……」
 未沙はそうして、話し出す。
「ファーシーさんの下半身についてだけどね、身体に魂を移植した時から気になってたんだけど、下半身の部分に何かブラックボックスっぽいのなかったっけ? 人間の女性で言う子宮の辺りだったと思うんだけど……。だとしたらファーシーさん、 本当に子供産めたりするんじゃないかな?」
「ブラックボックス? ……ん、あそこのことかな」
 モーナも、修理の時の事を思い出してそれを肯定した。
「どういう理屈で子供が出来るか詳しいことは判らないけど、相手の情報を元に自分の情報を混ぜて体内で新しい命を形成出来るシステムなんだと思う。……合ってますか? ライナスさん」
「……そうだな。彼女はそういうタイプだ」
 ライナスはポーリアをちらりと見て、頷く。
「銅板からルヴィさんの情報を子宮に流し込めば、ルヴィさんとファーシーさんの子供を作ることも可能かもしれないね。現在のエネルギーが銅板を回っているかどうかは分からないけど……」
「伝えてきたわよ。すっっっっごいめんどくさいけど石、探してみるって……、あれ、どうしたの?」
 その会話の途中で、リーンが戻ってくる。彼女に、これまでの話を簡単にして、未沙は続けた。
「脚が動かないのも、子宮がまだ機能を回復出来て無いから安全装置が働いてて、下半身へのエネルギー供給をシャットアウトしてるからなのかも。魂が完全になって、ファーシーさんが女性として覚醒すれば、機能が正しく使えるようになるんじゃないかな。モノがモノだけに、男性には遠慮して貰って、ファーシーさんが来たら、モーナさんとあたしで確認してみませんか? もしかしたら、その中でどこか異常が残ってるかもしれないしね」

                           ◇◇

「……子、ですか……」
 未沙達の話を聞き、そしてお腹の大きなポーリアと幸せそうなスバルを見て、小尾田 真奈(おびた・まな)は俯き、息を吐いた。
「ん? 真奈、どーした?」
 彼女の変化に素早く気付いた七枷 陣(ななかせ・じん)が気遣わしげに声を掛ける。
「いえ、ご主人様……」
 真奈は、陣を目で促して通路に出ると、開け放されていたドアを閉めた。それでも、しばらく黙ったままで――
「本当にどうしたんや? 何かあったんか?」
 ますます心配そうにする陣に、彼女は徐に口を開いた。
「……機晶姫でも、子を成せるんですね。話を聞いていて、スバル様達を見ていて、私は……」
 視線を落としたまま、低い声で言う。
「私は子を成せないから羨望するなど……。度し難いですね、私は」
「真奈……」
 それは、羨望だけではなく。真奈の口調には、確かな自分への自嘲へと怒りが混じっていて。身体の違いではなく、そんな気持ちを抱いてしまった自分への、負の感情。
 陣は、そんな純粋な痛みを感じて彼女をそっと抱きしめた。
 やさしく、やんわりと包み込むように。真奈は、その胸に静かに額をつける。
「……子供が産めなくても、オレは……ちゃんと真奈を愛してるから」
「ご主人様……」
 真奈はゆっくりと瞳を閉じる。
 慰めてくれている。でも、その言葉は心からのもので。
 本当に愛してくれているとわかるから。陣を抱き返し、深い感謝と愛情を伝える。
「スバル様達が幸せになられると良いですね……」
「……ああ、そうやな」
 2人に祝福を祈り、落ち着いた所で真奈達はドアを開けて室内に戻った。廃研究所から戻ってきた面々との報告、話し合いは一段落したようで、ライナスは1人、真奈が預けていたハウンドドッグを整備していた。傍らには、刀真が淹れたのであろう紅茶のティーカップが置いてある。
 ドアの音で真奈達に気付いたライナスは、手を止めて2人を呼び寄せた。
「お、ちょうど良かった。もう少しでメンテナンスが終わるからちょっと待っていてくれ」
 程なくして整備が終わり、彼は真奈にハウンドドッグを渡した。預ける前よりも綺麗なのは勿論、引き金を引く際の指心地も良さそうだった。サバイバルナイフの切れ味も良くなっていそうだ。
「……ありがとうございます」
 受領し、真奈は改めてライナスに言った。これからは、気を取り直して開発に臨みたい。
「ライナス様、機晶姫用の強化パーツについて案を考えてみたのですが、確認していただけますか?」
「……そうだな、見せてくれ」
 興味を示した彼に、真奈は先程まで書き記していた設計図を広げて見せた。モーナも近付いてきて、一緒にチェックする。
「……なるほど、刀ですか」
『トンファーブレード』と名付けられたその刀の説明と開発図面に、ライナスは丁寧に目を通していった。
 説明文にはこう書かれている。
『トンファーの形状をした三日月型で片刃の長太刀。分子硬化処理を施した金属で出来ておりとても頑強。攻めるよりも、攻撃をいなし反撃する事に向いている。ブーメランの様に投げつける事も可能』
「特に問題は見られないな。開発に着手してみてくれ」
「……わかりました。完成に至るように努力します」
 真奈は設計図を丁寧に畳むと、以前にも使った開発専用の部屋に移動しようと踵を返す。陣も彼女の後を追いかけかけたが、その途中で足を止めた。モーナに対して笑顔を浮かべる。
「モーナさん、開発の件、一緒に頼んでくれてありがとな」
「ん? いいんだよそんなの、全然」
「納期ずらして来たんやろ? これで滞在期間延びるかもしれんし……デスマ必至だろうし、帰ったらオレ達も一緒に仕事、手伝うから。……真奈は兎も角、オレは雑用メインになりそうやけどもな」
「……そうだね」
 モーナは苦笑して、冗談めかして言う。
「何日か寝られないかもよ」
「……ああ、約束や」