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バレンタイン…雪が解け美しき花びら開く…

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リアクション


第1章 ハートを離さない!

 遊園地へ行く前に御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は恋人のためにプレゼントを作ろうと、お菓子作りのガイドブックを広げて作り始める。
「バレンタインですし、あげるならやっぱり手作りですよね♪」
 ふるいにかけたコーンスターチをバットに詰め、100度に温めたオーブンに入れる。
「これをかき混ぜて、乾燥させるんですか・・・」
 数分後、ミトンを手にはめてオーブンから取り出し、手順をチェックしながら泡だて器でカシャカシャとかき混ぜる。
 乾燥するまでの間に他の作業に取り掛かろうと、水と砂糖を鍋に入れてコンロの火にかける。
 コトコト・・・。
「焦らずじっくりと作るみたいですね。セシルくん・・・喜んでくれるといいな♪」
 彼の喜ぶ顔を想像しながら、115度になるまで愛情の熱を込めて煮詰める。
 ウイスキーを加え、ゆっくりと木ベラで混ぜ合わせる。
「えっと次は、布巾を水で塗らした上に置いてっと・・・」
 台所で布巾を濡らし、鍋の下敷きにして粗熱を取る。
「コーンスターチが乾燥しましたね。この後はどうするんでしょうか?」
 ガイドブックのページをぺらっと捲って作り方を見る。
「―・・・表面を平らにならしたら、これに窪みをつけて・・・。あぁっ、危ないっ。はみ出てしまうところでした!」
 窪みからはみ出ないように糖液を垂らし、表面が結晶化してくるまで置いておく。
「もう反転させても大丈夫そうですか」
 その上に茶漉しで粉をふるいかけ、結晶化するまでそのままにしておいく。
「この間に、チョコレートを刻みましょう♪」
 まな板の上に板チョコを乗せ、包丁でトントンと刻む。
「セシルくんを恋心の中に溶かしちゃおうかな、なんて思ったりしちゃいましたね。フフッ」
 湯煎でトロトロに溶かすと甘い香りがふんわりとキッチンに漂う。
 ボトル形のチョコレート型の表面にぺたぺたと塗り、冷蔵庫の中へ入れてパタムと扉を閉める。
「そろそろ取り出せそうですね」
 結晶化しボンボンを取り出し、余分な粉をサッサッとハケで落とす。
「チョコが固まるまで、これに入れておきましょう。ガイドブックによると、こうすると湿気がこないみたいですね」
 乾燥剤が入った入れ物にボンボンを入れて保存する。
「さてと、やっと固まりましたね」
 時計で冷やした時間を確認し、冷蔵庫からチョコレート型を取り出す。
 ボンボンと残ったチョコを隙間に入れてつなぎめに塗った後、固まったチョコが入っているもう1つの型を被せ、また冷蔵庫に入れて冷やす。
「ふぅ・・・なんとか出来たみたいです」
 型から外して丁寧に箱の中に並べ、キレイにラッピングする。
「あぁっ、もうこんな時間!フフッ、めいっぱいおめかししていかないとね♪」
 クローゼットの中から着て行く服を選び、セシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)にもらった指輪を指にはめる。
「う〜ん。予定以上に時間がかかっちゃいましたね。間に合えばいいんだけど・・・」
 待ち合わせの場所で待っていてくれるか不安になりながら大急ぎで遊園地へ向かう。
「どこにいるのかな・・・」
 遊園地の入り口の前にいないか、往来する人々の間を通って探す。
「あっ、見つけました。セシルくん、ごめんなさいーっ。待たせちゃった?」
 チケットの販売所の近くで待っているセシルを見つけて片手を大きく振り、彼の名を呼びパタパタと駆け寄る。
「俺もさっき来たばかりだな」
「そうなんですか?私から誘ったのに、もしかして遅刻しちゃってないかな・・・と思ったんですけど」
 クリスマスの日をモーントナハト・タウンの町中で過ごしたあの日から2ヶ月ちょっと経ち、その思い出の場所でデートしようと今度は自分からセシルをデートに誘った。
「そんなことないって。ほら、千代の分も買っておいたぜ」
「えっ?誘ったのは私ですし。それくらい払いますよ」
「何言っているんだ。その・・・彼氏・・・が払うのは当たり前だろ」
 気恥ずかしくなったのか、セシルは言葉の間のボリュームを下げて言う。
「それに俺から誘おうと思ったんだからさ。これくらいは払わせてくれよ」
 バレンタインの日に女の方から声をかけるのは日本だけだからと、アメリカ人の彼は自分から千代を誘うとしたが、声をかける前に彼女からデートの誘いをもらったのだ。
「じゃあ・・・お言葉に甘えちゃいますね♪」
 1日パスを受け取り差し出されたセシルの手を、指輪をしている方の手できゅっと握る。
「(少しは似合う男になれたか・・・?)」
 傍らで嬉しそうに園内の様子を見る千代をちらりと見る。
 彼女からすれば年下のセシルは子供で未熟な存在に見えてしまっているのか。
「(千代にとって俺より頼りになるやつが、もしも現れたらと思うとさ。―・・・時々不安になるんだよ)」
 そんなことを心の中で思いながら、彼女の手を離したくないと少しだけ強く握る。
「いろんな乗り物がありますね。どれから行こうか迷ってしまいます♪」
 セシルの不安を知らず千代は園内を散歩しながら、彼と一緒にアトラクションを見て回っている。
 逸れてしまわないように手をつないで歩いていると、いつの間にか沈んでいき、園内はだんだんとライトアップされていく。
「すっかり夜になったな。千代、次は何に乗りたい?」
「そうですね・・・観覧車に乗りたいです。(あの時も観覧車に2人で乗りましたよね、覚えていてくれてるかな・・・?)」
 淡いクリーム色に輝く観覧車を見上げてニコッと微笑む。
 セシルと出会ったあの日から半年が過ぎ、困っていた千代に声を掛けてくれたのが彼だった。
 その時、彼は彼女に太陽のような笑顔を向けてくれた。
 覚えてくれているのか、セシルを見つめてじっと返事を待つ。
「そっか、そういえば出会った日も最後に観覧車に乗ったっけ。場所は違うけど、あの日も一緒に夜景を見たよな」
「えぇ。だから今日も乗って夜景を見てみたいんです」
 忘れないでいてくれた彼の気持ちを嬉しく思い、ピトッと寄り添う。
「この時期はやっぱりまだ寒いですね。―・・・もう片方の手もいいですか?」
「あっ、あぁ構わないぜ」
 千代とつないでいる片手を彼女にぎゅっと両手で握る。
「セシルくんの手、温かいですね。もう寒くなくなりました♪」
「そ・・・そうか?」
「フフッ。乗る順番来ましたよ、行きましょう」
 照れる彼を見て可愛いと思ってしまい、千代は少し視線を逸らして思わずクスッと笑ってしまう。
「夜になるとまったく違って見えるな・・・」
 観覧車に乗ってセシルは窓の向こうに見える景色を眺め、童話に出てきそうな夜景を見下ろして思わず息を呑む。
「千代も見てみろよ!」
「えぇ。お花の上で蜜を汲んでいるミツバチがとても可愛いですね」
 彼に言われて千代も見てみようと窓側へ寄る。
 植物園のモニュメントを見下ろすと、ブライトイエローの蜜やアザレアの花びらが、透き通った飴細工のように輝いている。
「(思えばあの日から、俺は千代を好きだったんだ)」
 夜景を楽しむ千代をちらりと見る。
 セシルは一目で彼女は他の奴とは違う、キレイだ・・・ってそう思った。
「―・・・千代」
 彼女の名を呼び、光術で明かりを灯して小箱を取り出した。
 今日は男から女の子に何かしてあげるのが、自分の国では習慣だからとセシルは彼女にプレゼントの小箱を渡す。
「開けていいですか?」
 千代は首を傾げて聞くとセシルが静かに頷いた。
 その中には宝石箱とチョコケーキの入っている。
「とても美味しそうです、後でゆっくりいただきますね。あれ、もう1つ箱があるんですか?」
 宝石箱を開けてみるとキレイにアレンジメントされた一輪の赤い薔薇がある。
「ディース イスト アイネ ブルーメンクンストツイーネンツゲーベン」
「―・・・え?」
「今日、宮殿の方で椿のコンテストをやっているみたいなんだ。それでそこで言う言葉をちょっとな」
 コンテストにあやかり、セシルは一輪の花を彼女に渡そうと決めた。
「驚かせたみたいだけどアメリカでは、バレンタインは男からチョコと薔薇の花束を渡すんだぜ。俺が育てた花ってわけにはいかないけどさ。代わりに自分で飾り付けてみたんだ」
「とてもキレイですね、ありがとうセシルくん。それじゃあ私からも・・・」
 頃合を見計らっていた千代は席を立つと、彼を正面に見ながらゆっくりと近づき隣に座る。
「ハッピーバレンタイン。もう私からは逃げられませんよ♪」
 キレイにラッピングしたチョコをバッグから取り出して渡す。
「手作りじゃないかっ、すっげー嬉しいぜ!」
「(口に合うといいんだけど・・・)」
 お酒が好きな彼のためにウイスキーボンボンをガイドブックを見ながら、一生懸命作ってここへ持ってきた。
 チョコを食べている彼を見つめ、大人の女として平静を装いながらも、喜んでもらえるかドキドキする。
「酒とチョコの甘さが合っていて、めちゃくちゃ美味いなっ」
「気に入ってもらえたみたいですね」
 喜ぶ彼の姿に千代は嬉しそうに美しく微笑みかける。
「いつも本当にありがとう、これからもよろしくね」
 セシルの肩へそっと寄りかかってそう囁き、静かに目を閉じる。
「千代。愛してる。・・・もっと余裕と包容力のあるいい男になる。だから、ずっと傍にいてほしい」
 彼はいつもの元気な笑顔とは違う少し大人びた微笑みを浮かべて彼女を抱きしめる。
 優しく囁き返して愛しい人と口唇を重ねた。
 セシルと口づけながら千代は今という時の心地良さを堪能し、今日という日を2人の新たなスタートにして、また明日から共に手を取り合いたい。
 ずっと一緒の時間を生きていけるように、祈る。
 もう彼の心を永遠に離さない、彼はずっと私から離れないと心の中で呟いた。