シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

手を繋いで歩こう

リアクション公開中!

手を繋いで歩こう
手を繋いで歩こう 手を繋いで歩こう 手を繋いで歩こう 手を繋いで歩こう 手を繋いで歩こう 手を繋いで歩こう 手を繋いで歩こう

リアクション


第33章 約束

「レイル、本当にレイルなのー!?」
 ヴァイシャリー家の別荘にて、茅野 菫(ちの・すみれ)は庭に現れた男の子を見るなり、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がって、突進するかの如く走り寄る。
「レイル、会いたかったわー!」
 両手を広げて走り、彼を抱きしめる――寸前に、思いとどまる。
 付き人に咎められるだろうから。目をつけられると、会わせてもらえなくなるかもしれないし……。
 だけど。
「菫ちゃーん!」
 ぱあっと顔を輝かせ、レイルの方から菫にぎゅっと抱き着いてきた。
「もー、レイルってば可愛いんだから」
 付き人の手前、抱きしめ返しはほんのわずかな時間に留め、菫はレイルの頭をちょっと強めに撫でてあげた。

 庭園にはテーブルセットが置かれていたが、向かいに腰かけると離れすぎてしまうため、椅子を近づけて、菫とレイルは隣に腰かけた。
 レイルの世話係の男性が、2人に紅茶を淹れてくれる。
 世話係が後方に下がった後で。
 菫は鞄の中から包装された箱を取り出した。
「一カ月遅れちゃってごめん。チョコレート、あげるわ」
 そう言って、菫は高級店で購入したチョコレートをレイルに押し付けるように差し出した。
「バレンタインのチョコってやつだね! ありがと〜。遅くても嬉しいよ、毎月くれてもいいんだよっ」
 そんなことを言って、レイルは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それなら、ホワイトデー分も持ってきちゃえばよかったかな」
「ホワイトデーって……チョコのお返しをする日だっけ」
 言いながらレイルは包装紙を剥がしていく。
「日本ではね」
 菫は柄にもなく頬を赤く染めていた。
 まだ11歳の彼女だけれど、レイルに渡したチョコレートは本命チョコだから。
「バレンタインは私の誕生日でもあるんだよ。あ、誕生日だから会いにこれなかったわけじゃなくて」
「……うん、わかってる。ボクがどこにいるか、わかんなかったんだよね。シャンバラが2つに分かれちゃったり、ヴァイシャリーで危ない戦いがあったり、新しい女王様が決まったり、色々あったからボクはいろんなところに避難してたんだ」
 感情を表さずにレイルはそう言った後、箱の蓋をあけて、中身を確かめる。
「チョコレートが沢山! 皆、形や色が違うね」
「うん、全て別の種類なんだよ。色々な味を楽しんでね」
「ありがと! えっと」
 そして、レイルはきょろきょろあたりを見回す。
「ボクも菫おねぇちゃんに、プレゼント贈りたいな。誕生日は1ヶ月すぎちゃったし、バレンタインもすぎちゃったから、ホワイトデーのお返しってことでいいかな」
「何もいらないよ。その気持ちだけですごく嬉しい」
「でも……次はいつ会えるかわからないから、今日のうちにお返ししたいな……」
 レイルは貰ったチョコレートを見ながら、考えている。
「食べて食べて」
 菫は箱の中のチョコレートを一つとって、レイルの口に運んであげた。
「遠慮なく食べてね。……でも、もし」
 菫は微笑みながら、やっぱり少し顔を赤く染めたままでレイルに軽快に話していく。
「お礼を考えてくれるのなら、今よりずっと、うんとかっこよくなってから、あたしをデートに誘いに来てよ。あたしもうんといい女になって、待っててあげるからさ」
「うん、わかった」
 返事をして、レイルは今度は自分の指でチョコレートをつまんで、口に運んだ。
「とっても美味しい〜♪ でもさ、菫おねぇちゃんは今のままの方が可愛いよ。もっといい女ってそうぞうできないなー。でも、未来の菫ちゃんも、早く見てみたいかも」
「うん、未来のレイルも楽しみ」
 そして2人は笑い合った。
「えっと、お礼じゃないけどお茶菓子、食べてね!」
 レイルは世話係が用意してくれた焼き菓子を菫の前に引き寄せた。
「ありがとう、いただくわ」
 1枚手に取って、口に運ぶ。
(レイル、約束守ってくれるかな?)
 無邪気にチョコレートを食べているレイルを見ながら、菫はそう思うが。
 さっきも自ら言ったように、受け取ってもらえたこと、食べてもらえたこと。
 こうしてごく近くで話をしたり、笑ったりできること。
 それらが全て、最高級のプレゼントだ。
「菫おねぇちゃんは、最近どんな風に過ごしてるの? ……危ないこと、してない?」
「そうね。全くしていないと言ったらウソになっちゃうかもね。イルミンスールは今さあ……」
 菫は学校の様子や、事件についてわかりやすくレイルに話していく。
 自由に街にも出れないレイルには、菫のお話は別世界の物語のようでもあった。
「無茶しなでね」
「しないわよ、大丈夫」
 本当はしないとは言い切れないのだけれど、無茶して倒れたらこういったチャンスにさえ、レイルに会えなくなってしまうから。
「レイルも、無茶しないで。未来の約束守ってほしいし」
「うん、約束」
 チョコレートを食べながら笑顔を浮かべているレイルに、菫は少し切なげに微笑んで、「約束」と、首を縦に振った。