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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第3回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第3回/全3回)

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第一章  挑む者と構う者

 もう何度だって見てきた。いや、正確には意識なんてしなくてもベッドに横たわるだけで嫌でもその壁は白い顔で見下ろしてくる、つまりはだから正確には『何度だって見せつけられてきた』なのかもしれない。
 西カナン領主マルドゥークの要請を受けてこの地を訪れた、古代戦艦ルミナルヴァルキリーは飛行不能に陥るほどの破損を負ったが、それも今は完全に修復を終えている。戦艦周辺にはポート・オブ・ルミナスを始めとした建物や施設の建設が成された、それは今も続いている。水神 樹(みなかみ・いつき)もそれらに一役買ってきた。だからこそ、なのだろうか。
「くっ」
 毎日のように見てきた部屋の天壁が、ここぞとばかりに色濃く見えた。憤りと苛立ちが色彩認識を偏らせているのかもしれない。
 左肘を脇に寄せ、上体を僅かに捻る、ただそれだけをしただけなのに、
「イっ痛ぃ!!」
 右腹部に激痛が走った。
 先日の戦いで神官兵の『ハルバード』に右腹部の肉を抉られた。当然今は出血も収まり、表肉も塞がってはいるのだが、伸縮が起これば途端に血肉と筋繊維が悲鳴をあげる。それでも、だからといってこのまま一人寝ているだけなんてには到底耐えられなかった。
「まだ無理だよ。寝てなって」
「そんなことありません。一度こうして起き上がってしまえば―――」
 肩に添えられた水神 誠(みなかみ・まこと)の手を支えにして左腕で踏ん張って上体を起こした。荒い呼吸と髪を滴る汗が苦痛の程を物語っていた。
「ハァ…… ハァ…… ほら、この通り」
「あぁダメだね、大人しく寝てなさい」
「ちょっ―――痛っ」
 両肩を掴まれて強引に寝かされた。走った激痛に文句の一つでも言おうと思ったのだが、目の前に見えたの顔はいつもよりずっと凛々しく見えた。
「大人しくしてろ、そんな体じゃ足手まといにしかならないだろ」
「でも…… この戦いはマルドゥークさんにとっても大事な戦いだから……」
「だからこそ、だろ。今は寝てろ」
 邪魔になるだけだと言われた、でもの目は「ここに居てくれ、治療をしてくれ」と切に訴えているようだった。
 『あんなに青くて冷たい顔なんて…… 潰したみたいに血が流れ出てて…… 呼吸なんてすきま風みたいに細く揺れてて……』『あんな様はもう…… 崩れるように倒れる様はもう、もう見たくない、頼むから今はここに居てくれ』
 怪我をしている自分よりもずっとずっとずっと痛そうに見えたんだぞ、と言われているようで。はフッと力を抜いた。
「わかりました。ここに居ます」
「お、おぅ」
 の頬も緩んだのに、すぐに「そんな怪我してるんだから当然だ」なんて言って顔を背けてしまった。
 マルドゥークを筆頭に彼の部下であるアイアル、そして多くの生徒たちが西カナン南部へ向けて出兵を果たした。目的は一つ、ネルガル軍に占拠されている居城を奪還すること。
 一行は一度ドラセナ砦に立ち寄り、更に兵を加えるという。連れだつ兵の数を見ただけでマルドゥークの決意の大きさがわかる、それだけ今回の出陣に力を入れているのだ。
 マルドゥークの出兵がネルガルに知れれば、ここぞとばかりにこのルミナスヴァルキリー周辺に攻め入る事も考えられる。
 マルドゥークの部下であるマウロを中心に生徒たちも防衛陣を敷いているが、実際に襲撃を受けたならどこまで耐えられるか。居城奪還が長引くならそれだけ状況は不利になる。
 西カナンの命運をも左右する戦いは、すでに始まっているのだった。




 西カナンの上中央部。こちらが視界の先にそれらを捉えたとき、向こうもそれに気付いたのだろう。
 先頭を行くマルドゥークドラセナ砦に向けて馬歩を進ませるにつれて砦からは何とも男臭い歓声が沸き上がっていった。
 割れんばかりの群声に包まれながら生徒たちもドラセナの砦に入りた。
 それらの歓声は間違いなく帰還した領主に向けられたものだったが、歓声を浴びるようにして迎えられるというのは決して悪くなかった、いやむしろどんなムッツリでも例外なく高揚させられてしまうような、そんな魔力にも似た力を感じた。
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は『ステージに立つアーティストってこんな感じなのかな』なんて思ったが、酔っていたのはこの瞬間ばかり。すぐにアイアルに詰め寄った。
「物資庫を見てくるわ、開いてるわよね?」
「物資庫? 水と食料か?」
「えぇ、それと薬に衣類、あとは…… あぁそうね、お酒も必要かしら?」
「ふっ。こりゃあ任せた方が良さそうだな」
「ありがとう」
 居城までの道のりを考えれば物資を補給できるのはこの砦が最後、万が一にも戦いが長期化した時の事まで考える必要がある。
「アイアル、投石機を見せてくれ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が期待を込めた目を向けて訊いた。「終わってるんだろう?」
「目標の数には達してないがな、20台ほどなら終わってるはずだ」
「十分だ」
 先の戦いの際に造った『投石機』に車輪を取り付ける作業。アイアルによれば既に20台ほどが稼働型への拡張を終えているという。ダリルは揚々とそれらの工場へと歩みを向けた。
「俺からも良いな?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は束になった書類をアイアルに差し出した。
「前に作った『兵士たちの名簿』だ」
「名簿? あぁ、砦を奪還した時に作ったものか」
「そう。砦から連れていくのは300人だったよね? 集めてくれるかな?」
「それは構わんが………… 全員照合するつもりか?」
「もちろん。今回ばかりは敵が紛れてましたってのはシャレにもならないからね」
 名簿には名前と所属、そして顔写真が添付されている。照合するだけでなく3人1組で組ませる事で外敵に潜入の余地を与えない。時間との戦いになるだろうが、出来るだけの事はしたい、この戦いに懸けるマルドゥークの想いに応えたいとエースフレデリカダリルも、もちろん他の生徒たちだってそう思っている事だろう。
 準備が整い次第、出発する。
 更に南下した先に構えるマルドゥークの居城へ。
 主の凱旋を必ず果たす、と軍の志気は時と共に高まってゆくようだった。