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リアクション
第三章 綱引く戦場
雄々しい、と表すならば西カナンの史書にも表記できるだろう。しかし目の前で剣を振るうマルドゥークの様は虐鬼のようであった。
「凄ぇな」
3人の兵士、3本の首が彼のひと振りで一度に裂かれた。それを横目にしたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は笑ってしまうほどの感嘆の覚えた。
「強ぇってのは知ってたが、ここまでとはな」
――まぁ、容赦の無さは想像以上だったがな。
マルドゥークを一人にすれば、すぐに八方から狙われ包囲されてしまう。
ラルクとエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が彼の背を守っているが故に、彼は120°ほどの視界に見える敵を相手にすれば良いのだが、それでも常に10人程度の神官兵が彼に『ハルバード』を向け、その命を狙っている。
「本当は戦いには参加しないで欲しいのですがね」
広角に効果が出るように。エオリアは『毒虫の群れ』を放ちながらに腕を振った。それこそ虫のように寄ってくる兵を牽制する意味を込めて、多勢に向けて放った。
「彼に死なれた時点でこの戦は敗けですからね」
「まぁ、戦力としては余りあるってのも事実だけどな」
一斉に突き出された『ハルバード』を薙ぎ払っては踏み込んで喉を一突く。後面からの突きを反転して避けては、剣を逆手に持ち変えて、迷いなく、突き出された腕に剣を突き刺した。
「鬼神の如く、とは正にこの事ですね」
「あぁ、俺等はその鬼神様がつまらねぇ事で死なねぇように―――するだけだっ!!」
ラルクは『鳳凰の拳』を、またエオリアは『アルティマ・トゥーレ』を神官兵の胸部に叩き込んだ。
「あ〜もう! ほらっ! 今度は先っちょから狙ってるっ!!」
クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が自軍の兵士たちの視線を誘導していた。というより指をビシッと指して示していたが、彼にはどうにもそれが不満だったようで。
「全くぅ、指で言わなきゃ分からないんじゃ意味ないじゃないか」
――それは…… 必然でしょう。
クマラのボヤキにメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は素直にそう思った。
クマラは『殺気看破』を駆使して、メシエは『ディテクトエビル』で警戒網を張っていた。
神官兵の中には『ハルバード』ではなく弓矢を使う者も居る。そうした連中からマルドゥークが狙い撃ちにされないように味方の兵に知らせて対処させていたのだが。せっかく位置を教えているのにどうにも皆の動き出しが悪い、というのがクマラの言い分だった。
「言い方を変えれば良いんだよ」
仏のような心で、いやもはや親に近い心境でメシエは言う。
「例えて言うなら時計の針や、もしくは直接方角を言ってあげた方が分かりやすいんじゃないかな」
「えぇ―? 分かりにくいって事? 分かりにくい? 分かりにくいかなぁ?」
――分かりにくいでしょう…… ショートケーキの苺の部分を中心に言われても……
クマラの10m前方を『先っちょ』、そこから自分までの距離を3等分にして『ひとくちめの右』『ふたくちめの左』、後方から迫る敵は『右の丸壁』と言った次第だ。おやつ大好きクマラの呪文のような方向指示法。
「変えた方が良いと思いますよ」
「ぶぅ―。分かったよ。じゃあね―、う―ん、それじゃあね……………… 板チョコの網目とか?」
一見すれば遊んでいるようにも…… いや間違いなく見えるだろう、何しろここは戦場の、ど真ん中なのだから。
――どうにか五分、いや、まだ分が悪いか。
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は『則天去私』で兵を殴り倒してから、辺りを見回した。
地上の戦いは五分、いやどちらかと言えば自軍が優勢。
衝突直前の奇襲で2つの『吊浮箱』を撃墜した事に加え、程なく無事に着地させてしまった残りの箱にも棗 絃弥(なつめ・げんや)が追撃を加えた。
『朱の飛沫』で威力の上げた『機晶ロケットランチャー』は、見事に箱から降りようとする敵兵たちを吹き飛ばした。すぐに反撃されて距離を取らざるを得なくなったが、それでも50人以上の敵を削ったことだろう。
地上兵の数はほぼ同じ。問題は―――
「そぉら、こっちだぜ!」
エースが見上げた空、真っ先に飛び込んできたのは、その絃弥が『ワイバーン』の背に『機晶ロケットランチャー』を撃ち込んだ光景だった。
「もっともっと暴れろよ! フォリス!!」
「了解した」
罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が絃弥に迫る飛竜に『乱撃ソニックブレード』を放った。
「我を狙いて我に向かい来るがよい、さすれば余計な傷は負わずに済む」
連続する剣撃も、狙いはあくまで派手な陽動、仕留めるのは絃弥。相手はもともと知能の低い竜、隙を作り出すことなんざ難しくねぇ。
「そんな言い方しないでくれよ」
ドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が言って、そして『ブリザード』を広域に放った。
「それじゃあまるで竜の一族はみな思考能力が低いみたいじゃないか」
『空飛ぶ魔法↑↑』で宙を舞い、己が翼をはためかせて後方へ退く、その際に。
「ふぅっ!! ふっ!! はぁっ!!」
『サンダーブラスト』『我は射す光の閃刃』『ペトリファイ』を次々に放つ。
遠慮も容赦も加減もなし。空を駆け、そして陽動に徹する、それが役目だった。密偵を行う夏侯 淵(かこう・えん)の為に。
エースは戦場を空を含めて眺め見た。淵の姿はない、もちろん『光学モザイク』を使用しているから簡単には見つからないのだろうが、今の時点では戦闘に巻き込まれている様子もない。
肝心の裏切り者たちの姿が見えないのが不気味な所だが、それも直に淵が発見して『デジタルビデオカメラ』に収めるだろう。この戦に関しては利敵行為は許されるものではない、しかるべき処置を提案する為にも背信をした生徒の顔は記録しておかねばならない。
「こっちも決して楽じゃないけど」
エースは南の空へと目を向けた。
「そっちはどうだ?」
こちらの地上戦は拮抗、空中戦は数で圧倒的に分が悪い。仮に南の戦場が『泳砂部隊』に押し切られでもしたら……。
数的不利がここに来て重く大きく戦況を圧迫し始めていた。