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ありがとうの日

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ありがとうの日
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○     ○     ○


「ビールや果実酒は勿論、ブランデーやワイン、ウィスキーも菓子で馴染みあるから、味は想像つくんだけど、日本酒はいまいち解らないな……」
 窓の傍に運んだテーブルの上には、超有名銘柄の日本酒の瓶と、枡にグラス。
 それから優子が買ってきた刺身の盛り合わせがあった。
「どんな味がするのかしらね。ふふ……」
 照明を落としてある部屋の中で、窓際のソファーに並んで腰かけて、祭りの光を見ながら、二十歳になって初めての酒を楽しむ。
 場所は、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)がヴァイシャリー市内に借りている家。
 亜璃珠の隣にいるのは、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)だ。
 優子は足を伸ばしてすっかりリラックスしている。
 亜璃珠もソファーにゆったり腰掛けて、冷酒を口へと運んだ。
 今日は、亜璃珠の誕生日。自分の二十歳の誕生日に、酒を一緒に飲みたいと亜璃珠は優子に話してあった。
「ん……これは甘い酒なんじゃないか? 飲みすぎないように注意しないとな」
「大丈夫よ、この1本しか用意してないから。酔い潰してみたい気もするけど、ね」
 くすりと優子に笑いかけると、優子も軽く笑みを浮かべる。
「酔わせてみたいのは、私も同じ。可愛いキミが見てみたい」
「どんな私を期待してるのかしら」
 優子は忘れずに予定を開けておいてくれた。
 尤も、忙しい彼女のことだから。何か事件が発生したら飛び出していってしまうのだろうけれど。
 今日は邪魔をしないでほしいなと思いながら、亜璃珠は優子と他愛もない話をしていく……。

「実ははじめは単純に優子さんを篭絡したくて、それで手始めに実力を認めさせようと思って団の作戦に参加したの」
「私を篭絡して、何になるんだ?」
「さあ……別に、白百合団を掌握したかったわけじゃないし、つまり、優子さんが気になったってことなんだと思う。頭固そうで、不器用そうで、手懐けたら面白いかなとか、どんな一面を見せてくれるのかなとか。そんな感じかしらね」
「亜璃珠は口に出して言っていることと、内面が随分違う気がする」
 ツンデレとか言われたら、いつもは否定するところだけれど、今日は黙って優子の言葉を聞いてみる。
「最初はというか、今年に入るまで、私は亜璃珠のことを仕事仲間だと思っていた。友人としては付き合える人じゃなさそうなだと」
「……まあ、随分性格違うものね」
「親しくなるとどうしても妥協できないところが見えてしまうからな。縛るつもりはないんだけど。でも、やっぱり亜璃珠のこと好きだし、卒業しても長く付き合いたいと思った。これからもよろしく」
「ええ、よろしく」
 軽く微笑み合って、刺身を食べて、お酒を飲んで。
 ゆっくり、会話を続けていく。
「百合園の卒業、考えてるのかしら?」
「短大の卒業と、白百合団を引退することは決めてある。だけどその後のことは……まだはっきりとは決めていない」
「自分のやりたいこと、実はもう自分で答を出しちゃってるんじゃないかな」
 亜璃珠は優子のグラスに酒を注ぎながら、話していく。
「『自分を必要としてくれる人の為に、私のことを好きだと言ってくれる人の許で、剣を振るっていたいから』って言ってたわよね。その人たちの傍にいられるのが、優子さんが自分を一番活かせる選択なんじゃないかしら」
「確かに。……ただ、今しか出来ないことがあるはずだから。長く、そう生きる為に、今、すべきことが、学ぶべきことがあるのかもしれない、とも思う」
「……」
 期待より、自分を優先した結果、自分を必要としている人が見えなくなったり――その人達を巻き込んでしまうことへの不安もあるだろう。
 だから。
 亜璃珠は決めた。
 少なくても自分は――。
「私は、いつまでも神楽崎優子を欲しがる人でいますわ」
 優子の言葉に、亜璃珠はそう約束をした。
「ありがとう。離れることになっても、そう言ってくれるキミがいるヴァイシャリーに私はいつか戻ってくる」
 いつの間にか、祭りの音は止まっていた。
 時計を見れば、もうすぐ日が変わる。
「遅くなってしまったわね。アレナに迎えに来てもらう?」
「いや、アレナを一人歩きさせる方が危ないから。一人で帰れるよ……。なんか微妙に、感覚が変な気もするけど」
 優子の顔色に変化はないし、口調も足取りにも影響は出ていないようだった。
「泊っていってもいいのよ。大丈夫、酔った勢いであんなことやこんなことをしたりは……………………………」
「どうしてそこで言葉を止めるッ」
 優子がいつもより陽気に笑い出す。
「気軽に泊れないじゃないか。……大丈夫、今日は帰るよ」
 言って、玄関に向かう彼女を、亜璃珠は見送る為に追った。
 外へ出て、一緒に門まで歩く。
「亜璃珠、暑いから今の時期は仕方なくもあるけど、そんなに肩が出てて、胸元が大きく開いた服ばかり着てたら風邪引くぞ。もう若くないんだから」
「十分若いわよ。私たちまだ20歳になったばかりでしょ」
 答えている最中に。
 優子は鞄から取り出したものを、亜璃珠の肩にふわりとかけた。
 薄紫色の、シルクのスカーフだった。
「って、20年後も同じことをキミに言いそうな気がする」
 亜璃珠の首にスカーフを巻いた後、優子は満足そうな笑みを見せて。
「おやすみ、良い夢を」
 そう言葉を残して、街へと消えていった。

 直後に。
 ヴァイシャリーに、0時の鐘が静かに鳴り響く――。