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ありがとうの日

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ありがとうの日
ありがとうの日 ありがとうの日

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○     ○     ○


「わたくし、こういう催し物が初めてなので、ドキドキ致しますわ!」
 明るい音楽が響く街に到着し、セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)はキラキラ目を輝かせていた。
「そうか、色々楽しもうな!」
 健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は、船着き場にあったパンフレットを手に取って、パートナーのセレアと天鐘 咲夜(あまがね・さきや)を連れて、街の中へと繰り出す。
「健闘くん、健闘くん」
 咲夜はパタパタ走って、彼の前に出る。
「どうですか? 似合いますか?」
「この浴衣、咲夜様が着せてくださったのですわ。いかがですか、健闘様?」
 咲夜は小首を傾げて。セレアはわずかに不安げに、健闘に尋ねる。
 二人とも、可愛らしい浴衣姿だった。
「すごく、可愛い。可愛いぜー!」
 愛らしい彼女達の手をぎゅっと掴んで、健闘は屋台の方へと引っ張っていく。
「そうですか、ありがとうございます」
「嬉しいです」
 二人は嬉しそうな笑みを浮かべて、屋台へと引っ張られる。
「これが似合う!」
 最初に、健闘が2人に勧めたのは綿菓子だった。
「で、夏祭りっていえば、やはり焼きそばやたこ焼きとかだよな!」
 定番の食べ物を次々に購入して、3人で食べて飲んで。
 女の子2人は、ヨーヨー風船つりを楽しみ。
 健闘は射的に挑戦。
 イコンのプラモデルや、少年向けの玩具も沢山あったけれど。
「行けっ!」
 健闘が狙ったのは、ぬいぐるみの的。
「頑張ってください」
「えっ、当てたら何かもらえるんですの?」
 2人が応援する中、パシンと音を立てて、弾が的に当たる。
 一度で命中というほど、簡単ではなかったけれど、十分かっこいい所を見せることが出来た。

 水風船に、お土産用のわたがしが入った袋。
 それから健闘がゲットした、クマとウサギの可愛らしいぬいぐるみをそれぞれ持って。
 咲夜とセレアは公園に入っていく。
「彼女達、可愛いね。俺達と遊ぼうぜ」
 2人の姿を見つけるなり、少年グループが近づいてきた。
「えっ?」
「遊ぶのですか?」
「そうそう、楽しませてやるぜ!」
「何食いたい?」
 少年達が、咲夜とセレアの手を掴もうとした。その時。
「悪い。その娘達は遊び疲れてるから、他の娘達を当たってくれや」
 健闘が少年達と2人の間に割り込む。
 笑顔だけれど、有無を言わせない強い目で睨むと、少年達は舌打ちして去っていった。
「また遊べますよ」
「健闘様とでしたら」
 咲夜とセレアはそう、健闘に微笑みかける。
「うん、3人で遊びつくすための余力残しておこうな。その為にも、少し休憩!」
 健闘は2人をベンチへと誘う。
 真ん中に腰かけて、買ってきたジュースを2人に手渡して。
 それから、空を見上げて、はあ〜と大きく息をつく。
 日が暮れかかっている。赤く染まった空は、美しかった。
「うわ、綺麗な夕焼けですね……。昔の記憶が一気に思い浮かびますね」
「そしてこの綺麗な夕暮れ……。幸せな気分が致しますわ」
 咲夜とセレア言葉に、健闘は空を眺めながらわずかに頷く。
 色々思いだすなあ……と思いながら、視線を落とした途端。
 健闘はパートナーの2人の視線に気付く。
 左右にいる2人は、もう夕焼けではなくて、健闘をじっと見ていた。
「どうした、2人とも?」
「いつもありがとうございます、健闘くん」
「いつもありがとうございますわ、健闘様」
 ほぼ同時に、咲夜とセレアはお礼の言葉を口に出した。
 咲夜は。
「健闘くんに出会ってから、私はもう独りぼっちじゃない気がしてきます!」
 明るい笑顔を浮かべて。
「本当に、健闘に出会えてよかったです!」
 そう、ぎゅっと健闘の右腕を掴んだ。
「わたくし、今までずっと悲しい思いをして参りましたが、健闘様に出会ってから、心の闇が消えましたわ」
 セレアは健闘にちょっと近づいて、彼の腕に手を添えて、微笑んだ。
「これは全て、健闘様のおけがですわ」
 二人の言葉を、僅かな驚きの表情で聞いた後。
「ああ、そうか。俺も、二人にありがとうと言わなくちゃならないよな」
 健闘はにっこり屈託のない笑みを浮かべる。
「いや、咲夜とセレアだけじゃない、いつも俺を支えてくれたみんなだ」
 そして、夕焼け空に、また目を向ける。
「みんながいるおかげで、俺はいままで頑張れた!」
 彼女達の肩に手を回して、ぽんぽんと叩いて。
 ここにはいない人達のことも思い浮かべて、健闘は言う。
「これからもみんなの期待に応えるように頑張るぜ!」
「はい」
「ええ……」
 ふわりと、咲夜とセレアは微笑んだ。
 彼の隣にいられる幸せを、かみしめながら。

○     ○     ○


「んじゃ、思い切り楽しむよー! おーっ!」
 高島 真理(たかしま・まり)は拳を振り上げると、バッと駆けていく。
「美味しいもの沢山食べた後は、パレードに参加だよ!」
「パレード……」
 敷島 桜(しきしま・さくら)は、縫いぐるみをぎゅっと抱きしめながら、真理の後についていく。
「私達は衣装を持ってきていませんから、沿道で見学していましょう」
 南蛮胴具足 秋津洲(なんばんどうぐそく・あきつしま)が後に続きながらそう言うと、桜はこくんと首を縦に振った。
「はしゃぎ過ぎて、転ばぬようにな」
「大丈夫、大丈夫〜。うおっと!」
 源 明日葉(みなもと・あすは)が言った傍から、真理は大柄の男性とぶつかって転びそうになってしまう。
「すみません。お祭りだから許してねっ!」
 明るくそう言って、屋台に突撃。
 最初は、かき氷の店だ。
「大盛りでお願い、シロップは全種類かけてーっ!」
「……わたくしも、おなじ……」
 桜が真理の真似をしようとする。
「氷は溶けて水になるとはいえ、沢山食べたらお腹壊すでござるよ」
「お手洗い、あまりないですし」
「大丈夫、大丈夫〜!」
 明日葉と秋津洲が案じるが、真理は気にせず大盛り、全種類シロップかけのかき氷を作ってもらって、受け取った。
「そう、全部、全種類、全て、全てよっ!」
 突如! そんな声と共に、ぐわしっと真理の腕が掴まれる。
「ん?」
「こっちの子も、そっちのお姉ちゃんも! 全部、纏めて、相手をしてあげるわ!! 祭りよ、祭りだもの! 盛大に激しくいくわよーーー!!」
 妖艶な雰囲気の魔女……ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)だった。
 ルルールは、真理の腕に自らの腕をからめ、桜をぐいっと引き寄せて。
 明日葉と秋津洲にもすっごい笑顔で迫っていく。
「ナンパはお断りでござる」
 明日葉が足を引きつつ、身構えたその時。
 がぼっ。
 ルルールに、乱暴に何かが被せられる。
「んーんーんー!?」
 突然のことに驚き、もがく彼女に大柄の男が完全にそれ――イコンの着ぐるみを被せて、チャックを閉める。
「暗いー! 何これ何も見えない暑い! そして厚い! 分厚くて暑いー!」
 じたばたもがいていた彼女だが、あまりの暑さに大人しくなっていく。
「なになに!? これいい、これ着る! これ着てパレード出ようっ!」
 真理はそのキラー・ラビット風の着ぐるみがとっても気に入ってしまった。
「うさぎ、かわいいです……」
 桜もぼそりと言う。
「本部で貸し出しているようですよ」
 秋津洲が運営スタッフのいるテントを見ながら言った。
 着ぐるみだけではなく、民族衣装などの貸し出しもやっているようだ。
「こんなものを着て歩き回ったら、熱中症で倒れそうでござる」
「そのための、水分補給だもんっ!」
 真理はかき氷を流し込むように食べて。
「あうっ、頭イタイ」
 ガンガン痛み出す頭を抑えながらも、イコンの着ぐるみを求めて、本部へと向かっていったのだった。
 桜もぬいぐるみを抱きしめたまま後に続き、明日葉と秋津洲は顔を合わせて、軽く微笑んで。
 露店で飲み物を沢山購入してから、テントへと向かった。

「あー。今日は良いや。見物に回ろう」
 テントに向かいかけた夢野 久(ゆめの・ひさし)だが、思いなおして菓子を手に沿道に向かうことにする。
「きっととんでもねえアイデアだったり無闇にクオリティの高い着ぐるみイコンが並んで練り歩くんだろ。そいつを見て素直に驚いたり感心したり突っ込んだりしてるとするぜ」
 言った後、何故かため息をついき、「あー……」と声を漏らす。
「久君、随分とダレてるじゃないか? 何かご不満かい?」
 ポップコーンを買って戻って来た、佐野 豊実(さの・とよみ)が久に尋ねる。
「いや、不満って訳じゃなくてよ。何か実感沸かねえんだよ。和平しました! 平和になりましたー! って言われてもなあ……どうしても不安に思っちまう。何か残ってるんじゃねーかとか、何か起こるんじゃねえかとか……」
 明るい音楽が響いていても。
 人々の笑顔があふれていても、心の中に消し去れない不安がある。
「……なるほど、実感ね。要するに心配な訳か。次々起こる戦火や事件の連続にスッカリ順応しちゃったんだねえ。ある意味ワーカホリックか。かわいそうに」
 全然可愛そうと思っていないような、心の籠っていない口調だった。
 久はため息をつく。
「色々あったからなあ」
 そして目を伏せてこの1年を振り返る。
「そう、温泉掘ったり、ルルール殴ったり、
 御人が攫われたり、あっちこっちで龍騎士に喧嘩売ったり、ルルール蹴ったり、
 戦争になったり、受験生の寮で龍に喧嘩売ったり、御人が攫われたり、ルルール投げ飛ばしたり、
 キマクで恐竜騎士に喧嘩売ったり、御人が攫われたり……」
 そこまで言って「ん?」と首を傾げる。
「何か、全然色々じゃ無くてひたすら似たような事を繰り返してきただけな気もしてきたな。まあ良いか」
「それにしても、温泉かあ……懐かしい話だね。随分昔の事の様に思えるよ。私も行ってみたかったね」
「ん? あ、ああ。温泉は印象に残ってるぜ。やっぱ時期が丁度一連のゴタゴタの最初の方だったしな。わいわい色んな奴が顔つき合わせて概ね協力しあって作業してたのも感慨深いさ」
 久の顔が少し穏やかになっていく。
「つーかゴタゴタしてるうちになあなあにしちまってたが、また一度行くか。流石に夏のさなかに行く気は起きねえし、秋にでもよ」
 豊実はニヤっと笑みを浮かべた。
「……それは無理だと思うなあ」
「……え? 何で無理なんだ?」
「いや、だってさ。どうせその頃にはまた何かしら火種が爆発して温泉どころじゃなくなってるよ。和平はしても全部の問題が解決した訳でなし」
 その言葉に、久は渋い顔をする。
 そんな理屈抜きにしても――。
「ねえ?」
 と、豊美は満面の笑顔で。
「何も起きないなんて、あり得ないだろう? ――このパラミタで」
 そう言った。
 久は大きくため息をつき。
「……ああ、それは、確かにな……」
 呟いた後。
 こちらへと向かってくる、パレードに目を向ける。
 有志による演奏。
 暑い中、明るさを振りまいて踊る人々。
 あの中に混ざったら、自分もパワーを貰えるだろうか。
「それはそれで、せいぜい今の内に英気を養っておくか」
 言った後、道の中央でふらふら踊っている着ぐるみに目を留めた。
「おいルルール、何時まで遊んでんだー」
「な、そ、久、そこにいるの! いるのねッ! 遊んでんじゃ無いわよ!?」
「変わった踊りだな」
「踊ってないし!!」
 それは、パートナーの一人、ルルールだ。
 可愛い女の子達のナンパをしていたところ、久にイコンの着ぐるみを被せられてしまったのだ。
 よたよた歩きまわっても、久と豊美に助けを求めても。
 2人は今まで完全に無視して、話を続けていた。
「脱がしてー!!」
 ふらふらと歩み寄ってくるルルールを、久はトンと押し返す。
「なんか結構ウケてるみたいだから、もう少し踊っとけ」
「髪の毛引っかかって痛いの痛いのー!」
 ギャーギャー言いがなら、ルルールは踊り続ける。
 そんな彼女の声も姿も、人々が奏でる音楽と、歓声に溶けて混ざり、パレードの一部となっていた。