シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

地球に帰らせていただきますっ! ~3~

リアクション公開中!

地球に帰らせていただきますっ! ~3~
地球に帰らせていただきますっ! ~3~ 地球に帰らせていただきますっ! ~3~ 地球に帰らせていただきますっ! ~3~

リアクション

 
 
 
 ■ 将来へ掲げる灯 ■
 
 
 
 里帰りと言っても、コインロッカーベイビーである瀬島 壮太(せじま・そうた)には逢いたい両親なんていない。
 施設も途中で飛び出してしまったから、今更顔なんて出せやしない。
 それに何より、生徒は割引料金になるにしろ、空京・上野間の往復新幹線代は財布事情を直撃する。
 だから長期休暇は一層バイトに精出すのが、壮太の毎年のならいだった。
 けれど今年は違った。
「んじゃ行ってくるわ」
 ミミ・マリー(みみ・まりー)に声をかけると、荷物らしい荷物ももない身軽な恰好で壮太は上野行きの新幹線に乗り込んだ。本当はミミも一緒に連れて行きたかったのだけれど、旅費の都合で留守番させるしかなかった。
 いってらっしゃいとミミに手を振って送り出されて、壮太は地球へと向かった。
 
 壮太が向かったのは川崎だった。
 そこに、壮太が蒼空学園に入学するときに金の面倒を見てくれた山岸 裕也がいるからだ。
 山岸とは壮太が施設を飛び出して、色々あって荒れまくっていたときに出会った。偶然見かけた壮太のことをシメて、それからきっちり更生させてくれた人だ。
 行く場所がなかった壮太や、そんな状態なのにうっかり契約してしまったミミを山岸は自分のマンションに住まわせてくれ、学校に行ってなかった壮太に、蒼空学園に入学するよう勧めてくれた。
 繁華街で壮太を拾っただけの赤の他人でしかないのに、山岸は壮太たちの面倒を見てくれ、蒼空学園の入学金も用意してくれた。
 その時に山岸が払ってくれた金を、壮太はバイトして少しずつ返している。
 蒼空学園は学校設備が充実しているにもかかわらず、入学金や授業料は日本の公立高校並みだ。おまけに授業料の支払いが苦しい場合は学校側が相談に乗ってくれ、場合によっては生活費の補助も受けられると、契約者はかなり優遇されている。だから、扶養パートナーを抱えながらの壮太でも、贅沢をしなければ学校に通うことが出来る。

 ……だけど、その先は?
 ほんとうは蒼空学園の大学部に進みたい。けれどぎりぎりで生活している壮太に進学する金なんて無い。奨学金を受けられるほど頭は良くないし、山岸にこれ以上金を借りるわけにはいかないし……ということを考えれば、進学は諦めて就職して金を稼ぐべきではないかとも思う。
 そろそろ進路を決めなければならない時期なのに決められず、壮太は山岸の話が訊いてみたいと地球にやってきたのだった。
 
 山岸は川崎のカフェバーで働いている。
 老夫婦が営むこの店は、昼はカフェ、夜はバーになるのだが、山岸はそこの夜の経営を任されているのだ。
 だから壮太は夜になるのを待って、カフェバーに行ってみた。

「よ、どうした未成年。生意気に飲酒しようってか?」
 店に入るなり、山岸の軽口が飛んでくる。
「まさか。オレ久しぶりに山岸さんの淹れたコーヒーが飲みたいな」
 カウンターに座ると、壮太は山岸がコーヒーを出してくれるのを待ってから話し始めた。
 パラミタではなんとかやっていってること。ミミも元気でやってること。
 進路の相談の方はどう話していいか分からないものだから、とりあえず聞いてみた。
「ぼちぼち進路決めなきゃなんねーんだけど、オレに向いてる仕事ってなにかな」
「なにって、やりてぇ仕事を選べばいいだろ」
「そうなんだけどさ。これといってやりたい仕事も浮かばねーし、だったら向いてそうな仕事についてみようかなーって」
「はん、気のねぇハナシだな」
 山岸は鼻を鳴らして壮太を眺めた後、表情を引き締めた。
「てめえ自身がやりたいかどうかも分からねぇで就職活動すんじゃねえ迷惑だ」
「でもオレ、早く働いて山岸さんに金返さないといけねーし、大学部に行く金だって……」
「ガキが金のことなんて心配してんじゃねえよ。あと4年きっちり勉強してこいクソガキ」
 口悪く言った後、進学してぇんだろう、と山岸は笑う。そんなことを相談しに来た時点で、本当は壮太が大学部に行きたいと思っていることなんてお見通し、というところか。
 そう言ってくれる山岸に礼を言いながら、壮太は不思議に思う。山岸はどうして、自分みたいな見ず知らずの子供に良くしてくれるのだろうと。
 それとなく聞いてみると山岸は、
「俺はなにも慈善事業してんじゃねぇんだ。貸したもんは将来働いてきっちり返してもらうぜ。その為にも大学で勉強さぼってんじゃねぇぞ」
 と茶化してから教えてくれた。
「……俺も昔、手のつけられないクソガキだったけど、そんな俺を拾って面倒見てくれた人がいる。そん時の人と同じことをてめぇにしてやってるだけだよ」
 誰かがしたことによって助けられた人が、また誰かを助ける。強制された訳でもないし、する必要があるものでもないけれど、かつて自分がしてもらった時の感謝と、僅かばかりの恩返しと、そして……目の前で途方に暮れてる誰かに昔の自分の面影を重ねて。
 そんな不思議な縁の鎖の先で、壮太は山岸に拾い上げてもらったのだ。
 この場所は郷里じゃない。
 山岸も親家族じゃない。
 けれど……やっぱりこれは、壮太の『里帰り』なのだろう。山岸の所に、というよりももっと大きな流れの中への――。