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リアクション
■ おいしい茶碗蒸しを召し上がれ ■
夏休みが始まろうかという頃。
鈴木 周(すずき・しゅう)とレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)の元にそれぞれ手紙が届いた。
手紙の差出人はどちらも鈴木 修一郎、周の父親からだった。
「クソ親父から手紙だなんて、一体何だ?」
周が開いた手紙にはこうあった。
愚息へ
たまには愛しいパパの元へ帰ってくるがいい。
レミちゃんは招待済みである。
……来なければ、義理の娘の料理を近所へ振る舞う。いいな?
ラブリーパパりんより(はぁと)
「なんだと? 外道親父め……ご近所を人質に……」
周は焦った。
実家にいた頃、レミが作った自称茶碗蒸しは完全にバイオテロだった。
使用したのは玉子やえび、椎茸やかまぼこ等々、至極普通の材料だけなのに、出来上がったブツはといえば。
蒼と緑のゲル状の物体がぐねぐねと混ざり合って、紫のガスがぷしゅう〜ぷしゅう〜と噴出し、骨のような器官がにょっきりと器から突き出ているという、毒の沼地も真っ青というものだった。
それを、美味しいよレミちゃんと言いつつ食べていた父の舌と胃袋が周には信じられない。
あんな危険物を近所にふるまったら、その一帯が全滅しかねない。
「招待済みって……まさかレミ、お前あの親父の口車になんて……」
とレミを見てみれば、レミはほわほわと幸せそうだった。
「たまには周くんと一緒に帰っておいで、かぁ。懐かしいなぁ……あたし、周くんに拾われた後あの家に住んでたのよね」
「おい、レミ?」
「うん、帰ったら久しぶりにパパさんに大好物の茶碗蒸しでも作ってあげようっと。周くんはお料理絶対やらせてくれないけど、実家でならお料理させてもらえるもんね」
嬉しいな、と手紙を抱いてにこにこしているレミには、もう何を言っても耳に入らない。
「ダメだ! 完全にノリノリじゃねーか!」
ご近所さんを守る為、周は帰省を決意するしかなかったのだった。
という訳で、帰省する気はさらさらなかった周はレミを連れて実家に帰った……のだが。
「レミちゃーーーんーーー! しゅーーーうーーー!」
はるか遠くから聞こえてくる父の声。
「遠く……ってか上だとぉ?」
気づいた周の上にみるみる大きくなってゆくパラシュートの影。
「ちょ……待て!」
がばぼっ。
周はスカイダイビングで降りてきた修一郎のパラシュートの下敷きになった。
「ククク、意地っ張りさんとその嫁のレミちゃん、よくぞ帰ったな」
何事もなかったように立ち上がり、修一郎は歓迎の意を述べる。
「親父ぃぃっ! この登場はどういうことだよ!」
「ただ会うだけではこのパパの迸る愛情が収まらぬというもの。なに、心配するな。スカイダイビングの費用は会社の経費で落とす」
ツッコミどころが多すぎて、もはやどこから突っ込めばいいのかさえ分からない。
「相変わらず周くんとパパさんは仲が良いよね」
「おお、さすが愚息の嫁、親心というものを知っておるな。ささ、早く家に入るが良い」
修一郎はさっさと2人を家の中に連れ込んだ。
「あたしはお料理してくるね。美味しい茶碗蒸し作るから楽しみにしてて」
レミはエプロンをしめると、いそいそとキッチンに立っていった。
そのレミに楽しみにしていると声をかけると、修一郎はさあと腕を広げた。
「愚息よ、愛するパパりんを思う存分抱っこするのだ!」
「誰がするかー!」
「そう照れずとも良い。パパへの愛を存分に表すのだ」
周が一向に来ないので、修一郎は自分から周に腕を回してくる。
「くそっ、べたべたくっつくな!」
じたばたと周は抵抗し、廊下を駆け回って父の腕から逃れまくった。
「むっ……」
息子のつれない態度に修一郎は顔をしかめたが、すぐにまた楽しそうな顔になって周にウインクする。
「貴様、この間帰省した時に忘れ物をしていっただろう。優しいパパが預かっておいてやったから有り難く思え」
「忘れ物?」
何かしたっけ、と周が考える間もなく修一郎は大声で言う。
「机の引き出しにあったぞ。『女教師琴子ちゃん攻略計画』なるノートが!」
これだ、と父に突きつけられたノートに周は青くなる。
「てめ、勝手に人の机の引き出しあさったのかよ……」
「愚息よ。妄想ナンパ計画はいいが、正妻はディア・マイ・ドーターであるレミちゃんで、側室は3人までにしておくのだぞ?」
「しーっ、親父、声がでかい。こんなことレミに知られたら……」
「……知られたら?」
地を這うような声に、周は慌ててそちらを見る。そこには腰に手を当てたレミがいた。
「げ、レミ!」
「周くん。パパさん。ちょっとそこに座りなさい。正座!」
「正座って……いや、わかった、おう」
「せ、正座か……い、いや、うむ、はい」
レミから立ち上るオーラに、2人はその場に大人しく正座する。
「周くん! ナンパはダメって何回言えば分かるの? パパさんも! 正妻とか側室とか、そういう問題じゃないよ! そもそも……」
レミのお説教を周と修一郎は並んで頭を垂れて拝聴した。
ちょうどそれが終わる頃、キッチンからタイマーの音が聞こえてくる。
「あ、茶碗蒸しがそろそろ良いみたい。食べよ」
レミは嬉しそうに身を翻し、キッチンへと走っていった。
そして――。
器からあふれ出す瘴気。ふつふつだらだらと……
「これ、食うのか……ってか、これ、自力運動してないか?」
口に入れるのも恐ろしい物体を前に周はひるんだ。
「熱いうちにどうぞ」
にこにこと勧めるレミの笑顔さえ、異次元のもののように感じられる。
けれど修一郎はそのチャワンムシを美味しそうに口に入れた。
「久しぶりの説教後の食事は格別だな。腐敗臭が良いぞ!」
「ほんと? 嬉しい。周くんも遠慮しないで食べてね」
遠慮したいです。ホントに……。
しかし遠慮してこれが近所にでもふるまわれたら目も当てられない。
周は息を詰めると、その物体を口に入れ……た――。
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