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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

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Zanna Bianca II(ドゥーエ)

リアクション


●17

「狙撃者の銃撃が、止みましたね」上杉 菊(うえすぎ・きく)は口を開いた。彼女は弓を引きしぼり、機械犬に向かって放つ。これが合図だ。ローザでも目視できないほどの位置の狙撃手ゆえ、当然、彼女のスナイプが命中したという保証はない。しかし菊はローザの腕を信じていた。
「行く!」
 磁楠が戦陣を切った。火天魔弓ガーンデーヴァから、同じタイミングで二本の矢を放つ。同じくバロウズが、舞うようなステップで機械の犬たちに斬り込んだ。
「私は戦闘はそこまで得意じゃ無い……という訳でもないけど」アリアは回復役を担当する。敵の攻撃に傷つくバロウズを治療した。一方でエシクは、戦場を縦横無尽に駆け巡っていた。
「第二波! 攻撃開始!」波状攻撃だ。鬼崎朔は合図とともに、自身、戦いの中に身を投じ、
「僕は僕なりのやり方で彼女達を守ってやる……必ず!」朝斗がこれに並ぶ。バロウズの背を襲わんとした犬の鉄の前脚を、必殺の無光剣で叩き落とした。
「針の穴でも撃ち抜いて見せます!」ここに夜霧朔が参加し、
「事情までは訊けなかったが、パイとローの絆が大切なものなのは判った。なら、守ってみせるのがオレたちの役目だ!」とカオル、さらに、
「うん。そう思うよ! 誰だって楽しく笑って毎日を過ごして行きたいものだよね!」援護を行いつつライゼが加わる。怪我の応急手当を終えて栞も参加した。
「俺たちは第三波だ。遅れを取るな!」
 グレンが呼びかけ、ソニアとナタも放棄した。ミスティーことミスティーアは後方でローのそばについており、ドゥムカも同様だが、その契約者の雄軒、それにパートナーのバルトは戦いに舞い戻っていた。睡蓮の姿もある。あの寡黙な機晶姫、九頭切丸の姿も。
「おまえらと肩を並べて戦うことになるとはな」雄軒の援護射撃を受けながら、垂は仕込み箒で半円を描いた。剣の軌跡が奔り、機械の脚や腕、時には首を叩き斬った。無論、剣の切れ味だけで成し得る業ではない。垂の並外れた臂力と技量があってのことだ。
「私も、奇縁と思っていますよ」皮肉な口調ではなく、素直に雄軒は言った。
「正直、完全には信用はしてない。だが、目的が同じである以上、協力はする」
「そう願いましょう。少なくとも今回の件については、お互い、それほど目的は異なっていないはずです」
 垂と雄軒、二人の視線は刹那、激突して混じり合った。
「正直、『クランジ』という存在に関しては、私は技術・研究価値以外のものを見出すつもりはありませんよ」睡蓮が口を開いた。彼女は両腕を拡げ、新たなフォースフィールドを展開する。「ただ、『ロー』や『パイ』といった個体となら……お友達になりたいかもな、と思います。その心は、たぶん道具ではありませんから」
 このとき、ただ一人、戦闘に参加しきれていない者があった。
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)だ。
 相手がこれだけ強大でなければ、朝斗ないしルシェンが、あるいは、似た境遇である夜霧朔あたりが察知したかもしれない。しかし戦いは集中を要した。ゆえに誰も、アイビスの様子がおかしいことに気づくことができなかった。
 アイビスは、夢遊病者のような足取りで雪の中を歩んでいた。
 ――まただ。
 また、記憶の断片が蘇ってきた。クランジと関わるとしばしば、アイビスの頭の中のメモリに、思い出したくないものが蘇ってくるのだ。意味のわからない光景がフラッシュバックし、そこに、ますます意味のわからない言葉が踊る。
 自分と同じ顔の女性、神社、雑踏、ドクター・ミサクラ、緑がかった写真、風にも折れそうな体格、RIB計画、タイプIとオリジナル・クランジ、手首を掴む彼女……
(「何時の頃だろう? 私が……今の私になったのは何時の頃だろう? 私が……私ではなくなった時は」)
 爆発がたてつづけに起こり、剣が舞い、光線が飛ぶ、そんな状況下にもかかわらず、アイビスは虚ろな目で歩き続けた。ラムダの姿を見たのが悪い(あるいは『良い』)影響をメモリーに与えたのだろうか。
(「あの夜、美空に会い、あの映像を見てから『何か』が狂い始めてる。あの映像の人物は確かに私だった。でもどうして? 今まで過去の記憶なんて考えた事なかったのに……」)
「チガウ」誰かの声が聞こえた。
(「誰? ……過去の記憶は消えてしまったのかと」)
「ワスレテ」また聞こえた。
(「思い出せない」)
「オモイダスナ」もうわかっていた。声は、自分の唇から出ているのだ。アイビスの思考に、アイビスの本能が返事しているのだ。アイビスは抗うように思考を続けた。
「私はあの人を」「ヤメテ」
 一人で問答しているように見えたことだろう。彼女の口を二人の『アイビス』が取り合っているかのようだった。どちらが本当の自分なのか。いや、そもそも『本当の自分』などというものがあるのか。
「アノヒトヲ」「止めて」
「アノヒトヲ」「ヤメテ」
 熱に浮かれたように繰り返す。
「ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ!!」
 いつしか彼女は、頭をかきむしり狂ったように、雪の中に倒れ込んでいた。
 十秒ほどそうしていただろうか。突然彼女は、電池が切れたオモチャのほうに昏睡した。