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【空京万博】子猫と子犬のお散歩日記

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【空京万博】子猫と子犬のお散歩日記
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○     ○     ○


 その頃、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は……。
「みー……」
 パビリオンから外へ出て、ベンチの傍に蹲りながら、時折通行人を見ていた。
「ふしゃー!」
「み、みーーーーーーっ!」
 突如、彼女の前に一匹の黒猫が現れ、飛びかかってきた。
「ふにゃー、にゃんにゃにゃんにゃー!(キミは、同じ苦労をしている者だな! 元気を出せ馬鹿者!)」
「みー……?」
 一緒にごろごろ転がった後、飛び掛かってきた相手――黒猫と化した桐生 円(きりゅう・まどか)が、アレナとは知らずに言う。
「にゃあ、にゃん(いかなる状態でも前向きに生きていくべきなんだ)」
「みぃ?」
 とりあえず敵ではなさそうだけれど……三毛猫アレナは警戒して後ろへと後ろへと下がる。
「みゃん、にゃー(もう一生人間に戻れないかもしれない)」
「みー! みー……(も、戻れない、なんて……困ります。どうしたらいいんでしょう)」
 悲しげな声を上げる三毛猫アレナの肩を、黒猫円が前足でぺんっと叩く。
「みゃん、にゃにゃん!(だが強く生きるべきだろ。ボク達は一生猫であっても生きていかなければならないのだから。食料確保の方法はもう解っているのかな?)」
「みーみー」
 三毛猫アレナは首を左右に振った。
「うにゃん、にゃー、にゃー(猫の食べ物と言えば……。しかし、虫は食べたくないー、試してみたけど捕まえられなかったー、疲れるしやだー)」
 黒猫円はごろごろごろごろ転がりだす。
「みー……?(つ、強く生きるのです、よね?)」
「仕方ない、人間に食べ物を恵んでもらうとしようか。ヘイガール! 三毛猫! 名前は!?」
 ぴこんと突如起き上がると、黒猫円が三毛猫アレナに尋ねる。
「みー、みぃ(アレナ・ミセファヌスです。百合園生です……)」
「……あぁ、うんアレナくんね。有名だもんね、知ってる知ってる」
 何故か黒猫円は顔をそむける。色々あって、ちょっと気まずい相手だった。
 でもすぐに、黒猫円はきちんとアレナの顔――三毛猫化した顔を見て、鳴き声をあげる。
「にゃー、にゃにゃなー(さぁ、行くぞアレナくん! 出来るだけ弱ってるふりをするんだ、足を引きずりながら食べ物を持っている人間を見つけて。よわよわしい声をだして近付くのだ!)」
「みー……(はい、ご飯、必要ですよね)」
「にゃん、にゃー(軽く思うなよ、ボク達の命が掛かっているのだから)」
「みー、みー(は、はい)」
 黒猫円に従ってアレナは歩き出す。
 同じ境遇の猫に会えて、ほんの少しだけ落ち着いたようだった。

「にゃんにゃあんにゃーにゃー」
 黒猫円は黒い服を纏った青年の足にすり寄って、ごろごろ転がって、腹を見せて。
 努めて可愛らしい声を上げて、こびてこびて媚びまくる。
「みー……」
 アレナは声を上げてすりよるので精一杯だった。
「お腹すいているのですか……。どうぞ」
 その青年は、お菓子を一つ、地面に置いて行った。
「みー(ありがとございます)」
「にゃーん(よしゲット)」
 三毛猫アレナはぺこりと頭を下げてお礼を言い、黒猫円は品定め。
 彼がおいて行ったのは、バランス栄養食、1ブロック。チーズ味のようだ。
「にゃん、にゃーにゃっ(チッ、しけたもん寄こしやがって。可愛い猫が2匹もいるんだから奮発すべきだろうに、ねぇ?)」
 前足で半分に割って、三毛猫アレナに半分渡しながら、黒猫円は言葉を続ける。
「にゃん、にゃ(ボクは桐生円だ、まぁ厳しい世界だろうが。頑張って生きて行こうね)」
「みー? みみぃ(桐生、円さん? 百合園、の?)」
「にゃん、にゃー(ボクらは今、百合園の生徒ではない、猫なんだから)」
「みー……みー(戻れる方法、あるはずです……)」
「にゃん、にゃー!(往生際が悪いよ。どちらにしろ、方法が見つかるまで生き延びなければならないんだよ、ボク達は)」
「みー、みみー(そうですね)」
 そう言って、猫アレナも青年からもらったお菓子を食べ始めた。
 その時。
「カァー!」
「みー」
「にゃん!」
 突如現れた鴉が、2匹の首に爪を立てた。
「みぃーっ」
 驚いて、三毛猫アレナは植木の中に突っ込んでいった。
「にゃあっ!」
 黒猫円は鴉に飛び掛かろうとするが、鴉はその一撃だけで空へと飛んで行ってしまった。
「にゃー、にゃん(可愛い子に悪戯したくなる気持ちはわからなくもないが、迷惑なことだ)」
 ぷりぷり怒りながら黒猫円は、外れてしまった赤い枠の黒い首輪を咥えた。
「にゃん、にゃー(アレナ君の姿がないね。しかも、貴重な食料を食べ残したままとは、けしからん! 厳しい教育が必要なようだね)」
 そんなことを言いながら、黒猫円はとりあえずお菓子を平らげるのだった。

○     ○     ○


 子猫達にお菓子をあげた青年――樹月 刀真(きづき・とうま)は、逸れたパートナー達を探していた。
「くーん」
「ワンワン」
「みゃーん」
「ん?」
 足に重みを感じて見下ろせば、ズボンの裾に1匹の子猫と2匹の子犬がじゃれついている。
「さっきの仔達とは違うな」
 蹴り飛ばさないよう、そっと足を揺らして振りほどき、刀真はその場から去ろうとする。
 と、その時。
「カァー! カー、カアアー!」
 一羽の鴉が狙っていたかのように物陰から現れて、子猫、子犬に襲い掛かる。
「……」
 刀真はなんとなく放っておけなくなり、鴉を手で追い払う。
「みゃーん」
「くうーん」
「ワンワンワン」
 子猫も子犬も無事だった。
 だけれど、子猫が首にしていた首輪が無くなっている。
「襲いかかってきたわけじゃないのか……。どこかに隠れてるんだな」
 立ち去ろうとする刀真だけれど。
 子猫、子犬達は可愛らしい声を上げながら刀真の後をついてくる。
「仕方ない、な……確かパラミタのパビリオンで預かってくれるところがあったはず。総合受付でも大丈夫かな」
 ついてこられても困るし、なんだか放ってもおけなくなり、刀真は一匹一匹抱き上げていく。
 そして、じっと見て確認。
「くーん」
「……」
「ワンワン」
「……」
「みゃーん?」
「……全員、雌か」
「みっゃーーーーん!」
 突如黒猫が暴れだし、刀真の手をひっかく。
「くーん……」
 白い子犬はか細い声を上げて、俯き。
 金色の毛並みの子犬は「わんわん♪」となんだか楽しそうな声を上げている。
「みゃーん、みゃーーーん」
「こらっ暴れるな!」
 暴れ続ける黒猫を刀真は手で押さえつける。
 小さな体は、刀真の手の中にすっぽりと収まる。
「皆、首輪をしてたんだよな。首輪よりも……」
 黒猫は赤いリボンをくるくると首に巻いていており、こちらは外れていない。
 金色の毛並みの子犬は、赤い花の首輪。
 白い子犬は白い花の首輪をしていた。
 外されてしまった首輪の代わりに、刀真はお土産屋でもらった赤いリボンを、子犬達の首にも巻いてあげた。
 それから、子猫を頭の上に置き。
 子犬を懐に入れて、優しく抱きながら歩き出す。

 総合入口に到着し、案内をしている雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)に子猫と子犬を預けようとしたが、子猫と子犬は嫌がって、刀真から離れようとしなかった。
「嫌われてるのかしら」
 元気に案内をしていた雅羅の顔から、少し笑みが消えた。
「そうではないと思いますよ」
 理由は分からないが、この子猫と子犬は自分に懐いている。
「ならいんだけど」
「それはそうなんですけれど……なんとなく、君から他人を拒む壁を感じます。その壁をこの仔達も感じているのかもしれません」
「……」
「……その壁の原因が『災厄』であるならそれは気にする事無いですよ、契約者は化け物とすら呼ばれる程の存在です、君が気にしているそれは俺達にとって何でもありませんよ君の物差しだけで俺達を決めつけて拒まないでくださいね?」
「わたしから他人を拒む壁を作っているのかしら……わたしの物差しであなた達を図っているつもりはなかったけど……分からないわ」
 雅羅は刀真の言葉に困惑して、しばらく考え込む。
 それから、少し笑みを浮かべて、こう言う。
「ただ、拒んでいるつもりはないから、これからも迷惑を掛けるかもしれないわね」
「俺達もそうですが、君にもパートナーがいますよね。だから、大丈夫だと思いますが」
 刀真は彼女を案じながら、自分にとってのパートナーについて、語っていく。
 自分にとってのパートナーは自分が死んで全てをおいていく事になったとしても、ナラカまで何が何でも連れていく……そんな我侭を通したいと思えるほどの存在だと。
「凄い、大切なのね」
 雅羅のそんな感想に、刀真は我に返る。
 喋りすぎたようだ。
 どうにも孤独を感じさせる人には余計なことをしてしまう。
「今の話は他の人達には内緒にしてくださいね? 恥ずかしすぎますから」
「言わないわ。多分、ね」
 雅羅はそう笑みを浮かべ、今度は刀真が少し困惑する。

(私も同じ気持ちだよ)
 黒猫――頭の上に乗せられた黒猫と化した漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、彼の言葉にそう思いながら、彼の身体を見下ろす。
「ワンワン(なんだか嬉しくなってきた)」
 懐に入れられた子犬のうち、金色の毛並みの子犬は玉藻 前(たまもの・まえ)だ。
 元の姿の時には、こんなふうに優しく抱きしめられたりすることはなく、とても新鮮だった。
 顔も近いし、今の気持ちを表現するために、キスでもしたいところだが。
 それは無理そうなので、舌で顔をなめまわすことにする。
「きゃうーん(わ、私も一回だけ)」
 性別を確認されてしまったことや、裸であることに恥じらいを感じて大人しくしていた白い子犬――封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)も、前を見習って、一度だけと思い刀真の顔を舐める。
 だけれど、一度では足りなくなって。
 自分は犬だから、嬉しい気持ちを表現したいだけなんだと自分に言い聞かせて、気の済むまで舐め続ける――。
「みゃーあん! みゃん!(刀真ッ! 独りを感じさせる人を放っておけないのは分かるけど……優しくしてるの、女の子ばかりだよね!!)」
 それを見ていた黒猫月夜が、ペシペシと刀真の頭を叩く叩く。
「くすぐった……こらっ、叩くな……っ」
 3匹にじゃれられて大変な刀真の様子を、雅羅はくすりと笑みを浮かべながら見ていた。

 数時間後。
 子猫と子犬が元の姿に戻る。
 月夜は普段通りの姿だったけれど……。
 首輪を外され、リボンを巻かれていた子犬2人は――。
「何事!? ……玉藻と白花は裸リボン?」
「刀真、ここまで好き勝手に我らを弄んだのだから今宵は閨で我らの好きにさせてくれるよな? こんな格好をさせる位だ、お前だって……」
「何でですか!? 恥ずかしいですーっ!」
 前は刀真に迫り、白花は悲鳴を上げて蹲る。
「刀真は見るな! 見るな! 見るなー!」
 即座に、月夜がゴム弾でヘッドショット! 何度も何度もヘッドショット!
「こら月夜! 刀真を撃つな」
「いやー……」
 前が止めに入るが、既に刀真は白花に覆いかぶさって倒れていた。

○     ○     ○


「みゃーん」
「あ、もう……くすぐったいってば」
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、腕の中の子猫を撫でながら明るい笑顔を浮かべる。
 この小さな子猫は、千百合にとってとても大切な子。
 自分のパートナーで、伴侶でもある冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)なのだ。
「みゃあ、みゃー」
 日奈々は千百合の腕の中から抜け出して、彼女の肩に上って、頬をぺろぺろと舐める。
「あははははっ、それじゃ、あたしもこうしちゃうぞ」
 千百合は日奈々の顎に手を伸ばして、優しい手つきで撫でていく。
「みゃ……」
 気持ちよさにうっとりしてしまう日奈々。
 小さな子猫になっている今は。
 千百合の指も身体もいつもよりずっと大きく感じて。身を任せたいという気持ちと、普段の姿では感じ取れないことを、知りたいという気持ちがあって。
「みゃーん、みゃー(今……私、猫なんですよねぇ? 猫なら……こういう場所でも、こういうことしたりするの……普通、ですよねぇ? いいですよねぇ!?)」
「ふふふ、日奈々、可愛い。あっこらっ」
 日奈々はするりと、千百合の服の中――胸へと飛び込んだ。
「あ、あははははっ、くすぐったいって、くすぐったいよー」
 胸の中で暴れる日奈々の動きを止めようと、千百合は日奈々を服の上から押さえつける。
「みゃーん、みゃあん」
 胸に押さえつけられた日奈々は、彼女の胸をぺろぺろと舐めだした。
「ひゃっ、く、くすぐったいって」
 赤くなりながら千百合は走って、ベンチに腰かけると、慌てて日奈々の顔を服の外へと出した。
「はあはあ……びっくりした。うん、でも猫だからね。ふふ……」
「みゃーん、みゃん(猫、ですからぁ。大好きな人にところ構わず、こういうことしちゃうんですぅ)」
 日奈々はくるりと向きを変えて、千百合の顎を舐める。
「あはははっ」
「みゃーん」
 それから、日奈々は胸の中から脱走して。
 千百合の頭の上に駆けのぼった。
「んー、頭の上に柔らかい感触。なんか不思議」
 手を伸ばして、千百合は頭の上の日奈々を愛おしげに撫でた。
「みゃーん(ちょっと休憩ですぅ。……胸の中じゃ、どきどきして休めないですしねぇ)」
 身体を伸ばして、張り付いて。
 撫でられながら心地よさそうに、日奈々は目を瞑った。

 ほのぼの、穏やかに時を過ごしていたそんな2人の元にも――。
 バサバサと羽音が響いた次の瞬間に。
「みゃあん!」
「日奈々!?」
 日奈々が首につけていた首輪が外されて、地面に落ちた。
「カー、カァー」
 日奈々の身を案じて頭に手を伸ばした千百合より早く、落ちた首輪を掴んで鴉は飛び去っていった。
「だ、大丈夫? 切られたのは首輪だけ?」
「みゃーん……(びっくりしましたけれど……怪我とかはしてないですよぉ)」
 日奈々は心配そうな目を向けている千百合を安心させようと、頬にすり寄った。
「よかった、よかった……」
「みゃん、みゃあん……!(あ、でも首輪とられちゃいました)」
 わんにゃん展示場で薬を貰った際、日奈々はきちんと説明を聞いていた。
 首輪をしたままでいれば、元に戻った時も普通に服は着ている、と。
 首輪を外してしまったら……そして、失ってしまったら?
「みゃーん、みゃんっ(大人しくしていますぅ。だから千百合ちゃんの胸の中にいさせてください〜)」
 日奈々は千百合の胸の中に再び飛び込んだ。
「うん、この方が安全だね。それじゃ、散歩の続きしよっか」
 千百合は日奈々の頭を撫でて、愛しんだ後。
 ベンチから立ち上がって歩き出す。
 大切な彼女を抱き続けながら。