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ぼくらの刑事ドラマ

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リアクション


chapter.1 前説 


 この世はすべて舞台であり、人間は皆役者である――シェイクスピアはそんな言葉を残したそうだが、その言葉が本当なら、彼らもまた役者なのだろう。
「演目のスケジュールは、ある程度間隔を空けておいた方が良いはずだ。観客たちが、余すことなくイベントを楽しめるように」
 大勢の生徒が、刑事や犯人になりきるべく役柄に入り込もうとしている中、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はセッティングされた舞台の裏側で忙しなく動いていた。その手に持っているのは、本日舞台上で公演される予定の題目一覧だった。無論、全員に確認は取っていないため漠然と流れが書かれているだけのものだったが、彼がパートナーたちに指示をするには充分だった。
 レンは演劇を見に来た子供たちに渡すためのスタンプカードを整理しながら、パートナーのザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)へと目を向けた。
「もう開演間近だってのに、なんでこんなに小道具が足りてないんだよ?」
 ザミエルは、両手いっぱいに大きな袋を抱え、右へ左へと走り回っていた。おそらく舞台上で使用される小道具の類が入っているものと思われる。
「大体、大道具と小道具の担当って普通は分かれるものだろ」
 その口から僅かな愚痴をこぼしつつも、ザミエルはレンに指示された通り、演目ごとに必要な小道具をテキパキと振り分けていた。彼のその言葉から、どうやら小道具だけでなく、大道具も仕事としてこなしていたらしい。舞台上のセットの制作にも、携わっていたに違いない。
「よく働いてくれているな。サポートも大事な仕事、裏方の務めというヤツだ」
 レンが声をかけると、ザミエルは「せっかくの舞台だからな」と短く答えた後、レンの手にしているスタンプカードへと目を落とした。
「それを子供たちに渡して、どうするんだ?」
「ああ、これは効果的に集客を狙うためと、親御さんにも特典がつくようにするためだ」
「特典?」
 聞き返すザミエルに、レンは答える。
「このスタンプカードは、各演目を見るごとにスタンプが押されるシステムにしている。それを全部コンプリートしたら、レストランでの食事券や商店街の割引券などの景品と交換できるよう主催者に掛け合っておいた」
「なるほどな」
 一通り小道具の割り振りを終えたのか、座って何かをいじりながら相槌を打った。今度は、レンが質問する番だった。
「それは、何を?」
「これか? まあ、皆が気持ちよく演技できるよう、こだわりぬいた小道具をちょっと、な」
 そう言ったザミエルは、薄く笑っているようにも見えた。
「小道具って、それ機晶爆弾……」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
 さすがに、偽物だろう。よしんば本物だとしても、火薬の量を調節して、演出用に留めているはずだ。レンはそう信じ、それ以上深くは触れなかった。ちら、とレンが視線を移すと、アリスがこれから出演するであろう役者たちに、何か熱く語りかけていた。近づくにつれ、それは鮮明な言葉になっていく。
「いくら子供向けの芝居であろうとも、妥協をしてはいけない!」
 赤い瞳を輝かせ、アリスは周りの者に演技のイロハを説いていた。
「喋り方、視線の動き、声の出し方……そのひとつひとつで、演技の上手下手は決まる。覚えておきなさい。観客は役者に多くのことを教えてくれるということを。下手な演技をすれば、簡単に離れていってしまうということを!」
 アリスの演技指導はヒートアップしていく。が、周囲の者たちは若干冷めた目で彼女を見ていた。合唱コンクールなどで無闇に張り切る女子が鬱陶しがられるのに近い現象である。
「あなたたちの才能を無駄にしないため、血を吐くまで頑張り続けなさい!!」
 アリスのテンションがマックスに達したところで、ついに周囲の者たちから不平が漏れた。
「つうか誰だよこの女……」
「急に来てそんな偉そうに仕切られてもなぁ……」
 ぽつぽつと出始めた声はしかし、すぐにアリスによって遮断された。
「……無駄口叩く余裕があるなら、セリフのひとつでも練習しておきなさい」
 ジャキ、と音が聞こえた。彼女は、黒薔薇の銃を今にも発射しかねない雰囲気で銃を構えていた。それを見かねたのか、レンが間に入った。
「すまない。つい熱が入ってしまっただけだろう。代わりと言ってはなんだが、俺が警察官時代に培った専門知識を伝授しよう。少しでも演技の肥やしにしてくれれば幸いだ」
 そこからレンのうんちくが始まったが、周りの者たちは「なんか長話が始まった……」とよりテンションを降下させていた。



 舞台裏でそんなちょっとしたトラブルが起きていた頃、ステージでは満員の観客の前に茅野 菫(ちの・すみれ)フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が姿を現していた。菫が、マイクを口に近づけ挨拶をする。
「良い子のみんな、こんにちは」
 するとすぐさま、客席側にいた菫のパートナー、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が「こんにちは」と反応を返す。それが引き金となり、集まっていた子供たちも一斉に挨拶を返した。出揃った声を聞いて満足げな菫は、ゆっくりと自己紹介を始めた。
「あたしは菫。菫お姉ちゃんって呼んで。こっちはフレデリカお姉ちゃんよ」
 紹介を受け、フレデリカが一歩前に出る。事前に警察から借りたのか、カッチリとした制服に身を包んだ彼女は「よろしくね」と短い挨拶と共にお辞儀をした。
「今日は防犯イベントということで、演劇をこれからみんなに見てもらうんだけど、その前にあたしたちから少し話をさせてもらうわ」
 菫はそこまで言うと、目線をフレデリカに送った。隣のフレデリカはそれを受け、続きを話す。
「これからみんなに話すのは、不審者とか、危ない人と出くわしちゃった時の対応よ。しっかり聞いて、勉強してね!」
 そしてふたりが声を合わせ、改めてよろしくと挨拶すると、パビェーダが先程と同じように先陣を切って拍手をしてみせる。すると子供たちを含めた観客全員が、彼女たちに拍手を送った。
 拍手が収まるタイミングを見計らい、菫はマイクに声を通す。
「そうそう、もうひとり紹介するのを忘れてたわ。みんなと一緒にお勉強するお兄ちゃんが今日は来てるの。今から名前を呼ぶから、みんなも大きな声で呼んであげてね?」
 そう言って菫が口に出した名前は、あまり聞こえの良い名前ではなかった。
「ペドお兄ちゃーん。ほら、みんなも呼んで。せーの」
 しかし、その響きの意味を理解していない子供たちは無邪気に菫が出した名前を大声で呼んだ。
「ペドお兄ちゃーん!!」
 一部の観客と陰で見ていたイベント主催者側が頭を抱えたのは言うまでもない。が、それは本当に人名もしくは人名の略称で、彼女たちも知らず知らずのうちにそう呼んでしまっているのだとしたら、諌めるのは早計になってしまう。これがアウトなら、ベンくんとか陳さんとかもアウトではないか。
 そう考え、進行を許可した彼らだったが、彼らのその優しさはこの直後、無惨にも裏切られることとなる。
「はい、ペドお兄さんですよぉ! 小学生最高!!」
 そう言いながら舞台に飛び込んできたクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は、パンツ一丁だった。つまり、ほぼ全裸である。格好から発言に至るまで、オールアウトだった。
「おおっと、皆さんの熱い視線で、息子が大変な……」
 何やら股間が動き出したクドを見て、その場にいた全員が思った。こいつやばいわ、と。
「な、何やってるのよ!?」
 イベントが中止させられる前に、慌ててフレデリカがサイコキネシスでクドの頭に衝撃を与える。有無を言わさぬ速度で頭部にダメージを受けたクドは、股間の現状を伝えきらない内に前のめりにぐらついた。そこに、菫が金的を食らわせ見事なコンビネーションでクドをノックダウンさせる。
「ちょっと、なんてかっこしてるのよっ……あ、み、みんな、えーと、今のが、典型的な変質者の例よ。勉強になったわね」
 菫が誤魔化しているうちに、フレデリカは股間を抑え悶絶しているクドを舞台袖に引きずり込み、無理矢理ブラックコートを着させた。パンツ一丁に黒のコートという出で立ちもそれはそれで怪しいが、ないよりはマシだろうとの判断からだ。
「いい? 次変な格好で出てきたら、承知しないから!」
 絶賛悶絶中の彼に言葉が届いているかどうか不明だが、フレデリカが注意をする。そしてステージに戻ろうとした彼女だったが、袖に下がったついでとばかりに、裏方として控えていたパートナー、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)に仕事を頼み込んだ。
「ルイ姉、ちょっと空気が微妙になっちゃったから、ナレーター役でうまくフォローしてくれない?」
「分かりました。任せてください。音響役もいることですし、しっかりこなしてみせます。ねえ、クロさん?」
 急な頼み事にも嫌な顔ひとつせず、むしろフレデリカに頼まれたことを嬉しく思うような顔で頷いたルイーザは、そばで音響役として控えていたクロ・ト・シロ(くろと・しろ)に話を振った。契約者であるラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)を置いてきたらしいクロは、ニヤニヤしながら彼女に返事をした。
「ん?wwww任せとけwwガキ共に犯罪のいろはを教えんだろ?wwオレも一肌脱いで頑張ろうじゃねぇかよwww」
「……な、何か不安が残るけど、じゃあ後はお願いね!」
 クロの態度にひっかかりを感じたものの、いつまでも袖に引っ込んでいるわけにはいかない。フレデリカは急いで菫のいる舞台へと戻った。そこでは、菫が至って真面目に、子供たちに向けて防犯ルールを教えていた。
「いい? 知らない人にはついていっちゃダメ。もちろん知らない人の車に乗るなんて論外よ。もし何かあったら、すぐに大きな声で助けを呼ぶこと。そしてすぐに逃げるのよ。それから、ちゃんと通報することも大事ね」
「菫さん……!」
 正直、このメンバーでは何をやらかすか不安を感じていたフレデリカだったが、その真っ当な指導を見て、彼女は安心した。次に思ったのは、「自分も負けずにきちんと仕事をしなければ」ということだった。
「はい、そこでみんなに見てほしいのは、さっき渡した防犯マップ! ちゃんとこれを見て、いざという時に逃げられる場所、人通りが少なくて危ない場所とかを憶えておいてね!」
 ステージに上がる前、ルイーザとふたりで協力して観客に配っていたお手製の防犯マップに目を通させるフレデリカ。その準備の良さ、そして彼女らの真面目な態度を見て、さっきまで心配していた大人たちもほっと一息吐いた。
「フレデリカお姉ちゃん! さっき出て来たお兄ちゃんは、なんで叩かれたの?」
 そこに、子供からイレギュラーな質問が飛んで来た。まさか「股間を膨らませていたから」などとは答えられず、一瞬言葉を失ってしまうフレデリカ。しかしそれも、ルイーザが天の声としてフォローすることで事なきを得る。
「それは、あの男の人が危ない人だったからですよ。人を叩いてはいけませんけれど、自分の身を守るため、時にはああいった対応をしなければならないこともあります」
 舞台袖から発せられたルイーザの言葉に、フレデリカは「わあ、どこかから声がして答えてくれたね、不思議だね」とうまいこと辻褄を合わせ、乗り切った。
 しかし、やはりこのまま大人しく進むはずがなかった。
「いたたたた……せっかく幼き乙女たちに衣服を脱ぐことの素晴らしさ、全裸とパンツ一丁の違い、パンツをはくという意味と意義、そしてその芸術性を教えようと思ったのに……!」
 股間強打事件から復活したクドが、ゆっくりと立ち上がり舞台の方を見ながらそう呟いていた。彼は内股の姿勢を崩さないまま、気を持ち直した。
「まあいいです。正直立ってるだけでも辛いですが、与えられた役割をきっちりこなしましょう」
 そう言うとクドは再び、舞台へと進み出た。パンツとコートだけを身にまとい、内股のままで。
「あ、お兄ちゃんだ!」
 ゆっくりと舞台に再登場したクドを見つけた子供が、声を上げた。バッと振り向いた菫とフレデリカは、とりあえずコートを来ていたクドに安堵しつつも、またこいつ何かやらかすのでは、と不安も隠せなかった。その不安を具現化するように、袖にいたクロがなぜかクドの登場に合わせ音を鳴らした。
「お昼やーすみはウキウキ……」
「あれ、タモさ……」
 しかも、完全に場違いな音楽である。これには思わずクドも、ついサングラスを探してしまった。
「ちょっ、それ違うBGMじゃないですか!」
 大慌てで音楽を止めさせるルイーザ。まあその注意する声もスイッチが入ってしまっていたせいで会場にだだ漏れであったが。
「おっといけねぇww間違ったかな?wwww」
 どこをどう間違ったら、というかどうやってその音源を手に入れたんだという話だが、ルイーザはとにかくフォローに専念した。
「お昼休みって、うきうきしますよね。皆さんのそんな気分をより盛り上げるために、クドお兄さんに再び登場してもらいました」
 どうにかうまいことフォローできた。彼女のナレーションに合わせ、クドが挨拶する。
「先程は失礼。つい興奮しすぎちゃいました。ペドお兄さんです」
 彼はどうやらこのままペドで押し通す気らしい。もはや誰もそこには触れようともしなかった。そして、クロ、クドの他にもう一名、問題児が実はいたのだ。
「ちょうどいいところでペドお兄ちゃんが来たわね。というわけで、今まで教えてきたことを踏まえて、ここからは上級編に入るわ」
「……上級編?」
 あれ、そんな展開あったっけ? というリアクションをするフレデリカをよそに、そう告げたのは菫だった。そう、その問題児とは、意外にも彼女のことだったのだ。
「上級編は、あたしたちの持ってる最大の武器を活用する方法よ。13歳未満の年齢という武器をね」
 次第に怪しくなっていく話に眉をひそめるフレデリカだったが、菫は止まらない。
「さっき、知らない人にはついていかないって話をしたわね? だからまず、お兄ちゃんの個人情報をあらゆる手段でしっかり調べるの。そうすればもうお兄ちゃんは知らない人じゃないからついていっても大丈夫。何かあったら、晒すのも通報するのも自由自在というわけよ。ここまで出来れば、お兄ちゃんはあたしたちの言いなりね」
「す、菫さん何言い出すんですか!?」
 突然話の内容が防犯から犯罪の教唆へとすり替わりだしたことに戸惑いつつ、フレデリカはどうにかフォローしようとする。
「え、ええとね、つまりこれはそのくらいの気構えで不審者には対応しないと、っていうことでね……」
 汗たらたらで話をまともな方向に戻そうとする彼女だが、そばにいたクドがそれを台無しにした。
「個人情報を握って脅す、ですか。純真ではなく腹黒い小学生……もはや無垢の象徴ではないというわけですね。これが新しい時代の幕開け……! ハロー、ニューエイジ!!」
「こっちもこっちで、何分けの分からないこと言ってるの!? 何よその斬新な挨拶は!?」
 何やら格好つけて妙なことを言い出したクドにフレデリカが構っている間に、菫は早々に持論を展開していた。
「それに成功したら、大きな声で罵り、蔑みましょ。きっと、とても喜ぶわ。もう逃げる必要なんてない。お兄ちゃんを踏んだり蹴ったりしていいのよ」
「だから、何言って……」
「罵り! 蔑み! さらに踏まれたり蹴られたり……! それはとても素敵で、素晴らしいことですよ! まったく、サイッコーだなぁオイ! 想像しただけでテンション上がってきましたよ!」
 菫の言葉にすっかり興奮してしまったクドは、懲りずに自らの衣服に手をかけた。どこに興奮する要素があったのかは本人にしか分からないが、ともかくクドはコートを脱いだ。そして、再びパンツ一丁になった。
「いい加減にしなさいっ!」
 とうとう耐えかねたフレデリカがそう叫ぶと、どこから調達したのか手錠を取り出すとクドにはめ、思いきり蹴り飛ばした。もちろん彼にとっては極上の喜びである。
「うおおおおっ!?」
 ドコッ、という大きな音と共に舞台袖に吹っ飛んでいくクド。その時、再び音楽がなった。
「エンダアアアアアーーーーイヤアアアアーーーー」
 その迫力ある女性の歌声は、まるで映画のラストシーンを連想させた。連想させたというか、まあ、まんまだけども。
「ク、クロさんまた変な音楽を!」
「え?wwwこれじゃねぇの?ww」
 もはや意図的にやってるとしか思えない失敗ぶりである。そして舞台上では、その音楽をバックに菫が最後のアドバイスをしていた。
「思うまま体と心を踏みにじったら、次はたかるのよ。『お兄ちゃん、あれ買って』って言えばいくらでもお金を引っ張れるから。あとは飽きたら公的機関に通報して、新しいお兄ちゃんを見つければ……」
 菫が話しているうちに、主催者側が「これ以上はダメだ」と判断し、彼女を舞台から退場させようと動き出した。それをいち早く察したフレデリカが、それよりも早く菫を袖へと強引に引っ込めた。
「こ、子供でも悪いことをしてると怖い目に遭うから、注意してね! じゃあね!」
「ちょ、まだ話終わってない……」
「もう充分よ!」
 そして、舞台から人はいなくなった。ルイーザが「では、この後いよいよ演劇が始まります!」とフォローしたが、会場からはどよめきが上がっていた。
「この調子で、大丈夫なんですか?」
「信じるしかないだろ……この後出てくる生徒たちがまともであることを。でも、あの人が来たらまずいだろうな」
 主催者席で大人たちがそんな言葉を漏らす。もちろんそんなことを、生徒たちは知る由もない。