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ぼくらの刑事ドラマ

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chapter.3 交通違反について(2)・バイク 


「ちょっと特殊すぎるよね。刑事の人とか、あと終わり方とか」
 最初の演目が終わった後、舞台袖では主催側が改善点を指摘していた。
「もうちょっとシンプルというか、分かりやすい感じで頼むよ。子供たちは分かりやすいのが好きだから」
「分かりやすいもの……」
 残された生徒たちは、そのアドバイスを受け入れ、次に活かすことを決意した。ただ、今思えばこの時点で演劇は中止しておくべきだったのかもしれない。



「第2部 バイクのルールを守ろう」

 セットは1部と変わらず、簡易的な歩道や車道がステージには設置されていた。
 その歩道部分を、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がゆったりと歩いている。結婚して間もない彼は、どこか嬉しそうな表情で目を細めて歩いていた。日常の、なんてことのない、幸せそうな光景である。
 だが、事件というのはいかなる時も突然起こりうるものなのだ。
「わっ!?」
 背後からブオンという低音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、陽太を風が追い越していった。
「もっとスピード出すぞ、ジェット!」
 陽太のそばをバイクで駆けていったのは、風祭 隼人(かざまつり・はやと)だった。隼人は手首を回しながらバイクと一体になっていた。
「さあジェット、見たことのない世界を見に行こうぜ!」
 どうやらジェットとはバイクの名前らしい。ちなみにバイクといっても隼人の乗っているそれは、可変機晶バイクと呼ばれる、変形タイプの一風変わったバイクだ。
「俺は死んだ親父と約束したんだ……親父が残してくれたこのジェットと共に世界一速い男に……風になると!」
 隼人はかっこよさげなセリフを吐きながら、舞台を左から右へ、右から左へと素早く往復していた。もちろん演技の一環である。それを察してか、陽太も一通行人としての役割を果たそうとアクションを起こす。
「たっ、大変です! スピード違反の現場に出くわしてしまうなんて! こういう時は、ええと、そうだ! 警察へ連絡を入れないと!」
 携帯電話を取り出し、自然な流れで警察を舞台上へ呼び寄せることに成功した陽太。その間にも隼人はステージを縦横無尽に駆け回っており、手が付けられない状態だ。が、そこにすぐさま警察役が現れる。
「あっ、こっちです! スピード違反の人はこっちにいます!」
 陽太の誘導により隼人の前に立ち塞がったのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
「待たせたわね! すぐに捕まえてあげるわ!」
「……セレン、張り切りすぎないようにね」
 刑事という役柄をテンション高めに演じるセレンフィリティと対照的に、セレアナはどこか落ち着いた様子だった。いつもの調子から、彼女が無闇に元気を出しすぎて暴れん坊状態になってしまうことを薄々感じていたのだろう。セレアナは、何か起こりそうな時はすかさずフォローする心積もりであった。そんな心中をよそに、当のセレンフィリティは拳をパシンと鳴らし張り切っている。
「おっと、俺を捕まえるつもりか? 追いつけるものなら追いついてみやがれ!」
 隼人も割とノリノリで、バイクをブルンブルン言わせている。防犯の劇になっているかどうかはともかくとして、子供の食いつきは良さそうだ。が、ここから彼らはちょっとテンションが上がりすぎて、予想外の事態を引き起こしてしまう。
「上等じゃない! どこまでも追いかけてあげる!」
 言うと、セレンフィリティは全速力で隼人に向かってダッシュした。それにあっさり捕まっては盛り上がるまいと逃げてみせる隼人だったが、思った以上に彼女の脚力があったのか、あっという間に距離を詰められた。
「くっ……やるな……」
 このままでは追いつかれてしまう。隼人がそう思った時、彼のバイクが動きを止めた。そのままバイクは、可変であることの特性を活かし、人型へと変形した。
「ジェット!?」
 突如形を変えたバイクに戸惑った様子を見せる隼人。が、一方ではそれが何を意味するか、分かってもいた。
「ジェット、まさか……!」
 隼人が呟く。可変バイクは、隼人とセレンフィリティの間に立ち、彼女の進路を塞ぐように腕を広げた。
「何? バイクがあたしを止めようっていうの? なめられたものね!」
 勢いに任せ突破しようとするセレンフィリティだったが、可変バイクは意地を見せ、少しの間ではあるが彼女の動きを体を張って止めていた。その様は言葉こそなかったが、「今のうちに逃げろ」とでも言っているように見えた。
「そんな、お前を置いて逃げろっていうのか……!?」
 戸惑う隼人。しかし時間の猶予はない。このままではジェットだけでなく俺も捕まってしまう。隼人は断腸の思いで相棒に背を向け、前を向いた。
「お前のことは忘れないぜ、ジェット……」
「甘いっ」
 が、彼の逃走よりも早く、セレンフィリティはジェットを振り払っていた。そのまま彼女は、隼人の首根っこを後ろから掴もうとする。この辺りで捕まっても良かったが、隼人は何やら背後にいるセレンフィリティに演技ではない、本気のノリを感じていた。彼女のオーラが「暴れ足りない」と語っていたのだ。
「あ、こらまた逃げる……こうなったら、どこまでも追いかけてあげる!」
 そう言うとセレンフィリティはなんと、ステージの外へと隼人を追いつめ始めた。場外へと追い出された隼人は、やむを得ずそのままステージから飛び降り、客席へと着地した。
 ざわつく客席の中、逃走を続ける隼人と追跡を続けるセレンフィリティ。
「セレン、いい加減にしなさい! やりすぎよ!」
 そして、そのセレンフィリティを止めようと追いかけるセレアナ。3人は客席へなだれ込んだ後も、そのまま追いかけっこを続けていた。
「ようし、このまま追い込んで……」
 セレンフィリティに追われた隼人は、場外をぐるりと一周し、再びステージ上へと上げられた。彼女の狙い通りである。
「さあ、そろそろ捕まったらどう?」
 彼女がじり、と隼人に歩み寄った。隼人はステージ上で倒れている可変バイク――ジェットを横目でちらりと見る。
「ジェット……俺たちはいつも一緒だぜ」
 その言葉を合図に、向かい合っていたふたりは互いの間合いに入り、熾烈な肉弾戦を始めた。熱くなったセレンフィリティはマシンピストルを取り出し、セットが壊れるのもお構いなしで弾を放つ。もちろん実弾ではないだろうが、たとえ本物でなくてもセットを破壊するだけの威力は備えていたようで、隼人の付近にあったセットがボロボロと崩れ始めた。
 通行人役としてステージ上に残っていた陽太が、その惨状を見て思わず電話を取り出した。
「もしもし、警察でしょうか? 大変です、警察が暴れて手に負えません! なんとかしてください!」
 言ってることがおかしいが、間違っていないのが皮肉である。陽太の希望に沿った新たな警察は来なかったものの、真っ当なポジションにあったセレアナが見かねてセレンフィリティに告げた。
「もう、これ以上暴れると今夜は寝てあげない!」
「えっ?」
 セレンフィリティの動きが、ピタと止まった。どうやらそれが彼女を止める最善の策だったようで、セレンフィリティはあっという間に大人しくなった。
「まったく……防犯啓発の劇で本気で暴れるなんて、どうかしてるわよ!」
「どうせならリアル思考でいこうかと思って」
 反省の様子をあまり見せず、笑って言うセレンフィリティに、セレアナがもう一度言葉をぶつけた。
「何がリアルよ! ベタな刑事アクションまんまじゃないのっ!」
 その横では、隼人が観念したように座り込み、ふたりの女刑事にあっけらかんとした表情をしたままこう言った。
「さて、年貢の治め時ってヤツだな。そこのデカふたり、カツ丼はもう注文しといたんで、支払いはよろしくな!」
 もはや、誰もカツ丼の使いどころを理解していない現状に、主催者側は頭を抱えるしかなかった。そしてその頭痛は、さらにこの後悪化する。

 両側から腕を掴まれ、隼人が逮捕される場面に差し掛かった時だった。
「フハハハ、勇敢なふたりの女刑事よ、この程度で事件を解決したと思ったら大間違いだ!」
「だ、誰っ!?」
 突如会場に響いた声に、セレンフィリティとセレアナが同時に声を発した。
 あれ、こんなの台本にあったっけ? そう隼人や陽太も思っていた。しかしそんな一同の考えなど度外視するように、声の主はステージに堂々と上がってきた。
「古今東西、犯罪の裏に悪の秘密結社あり! 貴様らの敗因は、この事件の真の黒幕が我ら悪の秘密結社、オリュンポスであることを見抜けなかったことだっ!!」
「え、いや事件の黒幕っていうかただのスピード違反……」
「案ずるな犯人よ! 我らオリュンポスが来たからには、そう簡単に捕まらせはせんぞっ!」
 隼人の言葉を遮り、完全に自分のペースで話を展開していたこの男はドクター・ハデス(どくたー・はです)。彼は「秘密結社役で出演する」と強引にこの演目に割り込んで来た、流れや空気完全無視のフリーダムな男だ。
「もしもし、警察でしょうか? 大変です、警察が暴れていたと思ったら今度は秘密結社が!」
 陽太は自分の役割をまっとうしようと通報の演技を続けるが、もはや自分でも何を言っているか分かっていない。そしてハデスは、正義の味方である警察を成敗すべく、自分のパートナーである高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)も舞台に呼び寄せようとした。
「ククク、混乱しているようだな……オリュンポスの力、今こそ見せてくれよう! 来るがいい、我が秘密結社の改造人間、サクヤよ!」
 ハデスがノリノリで呼ぶが、咲耶はなかなか舞台に上がってこない。
「ん? どうしたサクヤ! 我らの力、思い知らせてやるのだ!」
「ちょっ、ちょっと兄さん……っ! なんですかこのコスチューム! 私、こんな衣装で人前になんか出られませんっ!」
 咲耶は、ステージ近くの客席からハデスに向かって首を横に振って上がることを拒絶していた。それもそのはず、彼女の服は、真っ赤なビキニアーマー、それのみだったのだ。清純そうな彼女の外見と性格を考慮すれば、それはとてつもなく羞恥心を煽られる格好であることは間違いない。
「何を言う! 我ら秘密結社のコスチュームではないか!」
「む、無理です無理! せっかく兄さんが、社会貢献を理解してくれたと思ったのに、結局こうなっちゃうなんて……!」
「ほら、ポジション的に博士が戦ってたらおかしいだろう! 早く! 早くっ!」
「知りませんっ! 大体私だって、こんな格好で動き回って戦うなんて出来ないですよ!」
 ハデスと咲耶が揉め始め、他の演者たちも「これどうすんの」と思っていると、これまた突然ナレーションが急に流れ出した。
「陰謀、破壊、犯罪……それらが渦巻く現代に、正義の騎士が蘇る」
「え、何? 何が始まったの?」
 突然降ってきた声に戸惑う一同。当然観客も、見事に置いてきぼりだ。だがナレーションは止まらない。
「正義の心と共に、法の目を逃れる犯罪者たちを追う正義のヒーロー……武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)。人は彼を田中……ごほん、ケンリュウガーと呼ぶ……!」
 そこで、ナレーションは途切れた。入れ替わるように舞台に颯爽と登場したのは、今名前があがった牙竜であった。まるで悪の組織が舞台に現れるのを予期してかのように、彼はそのヒーローっぷりを思う様発揮した。
「俺は特捜刑事、ケンリュウガー。見ての通り刑事物のヒーローだ! 悪ある限りどこまでも、無敵のヒーローここにあり!」
「むむ、ついに現れたな特捜刑事め! この秘密結社オリュンポスが、相手になってやろう!」
 思わぬヒーローの登場に、同調するようにハデスのテンションも上がる。他の生徒たちは、空いた口が塞がらない。防犯の劇をやってる最中いきなり特撮ヒーローっぽいステージになったのだ、無理もない。
「秘密結社か……相手にとって不足はない! のぞきから国際指名手配犯まで、俺は悪党なら何でもぶちのめすぜ!」
 牙竜もハデスのノリに気を良くしたのか、ヒーロー口調全開である。
「出番ですね、こんなこともあろうかと、新兵器を用意しておきました」
 牙竜のパートナー、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が隣に進み出て、牙竜に装置の説明を始めた。
「先端テクノロジーにより開発された試作オモチャ……いえ、新装備、マキシマムスマッシャーです。ベルギーの有名な機関銃をベースにしていますので、オモチャといえども実践で充分使用に耐え得る銃です」
「おお、テコ入れ用の強化アイテムか! よし、早速変身してそれを使うぞ!」
 言うと、牙竜はハデスの方を改めて向いて大きく叫んだ。
「変身、特捜刑事ケンリュウガー剛臨!」
「カードインストール!」
 それが変身のかけ声なのだろう。牙竜と同時に灯も声を上げ、その姿を魔鎧へと変えた。瞬間、灯の服が破れたがあまりに一瞬のことだったのでよく見えなかった。なのでセーフだ。もっとも、灯は「私の服ー!」と内心切なさを覚えてはいたが。
 ともあれ、牙竜はその姿を無事ケンリュウガーへと変えた。その手には、先程灯が説明していた新兵器の機関銃がセッティングされていた。
「行くぞ、ケンリュウガー新装備! マキシマムスマッシャー、ファイファー!!」
 ドウン、と打ち放たれたそれは、牙竜に大きな反動をもたらしつつ、まっすぐにハデス目がけて飛んでいった。
「なっ、これ実弾……!」
 気付いた時には既に遅し。ハデスは、牙竜のとてつもなく重い一撃を受け、天高く吹き飛んだ。
「兄さんっ!」
 咲耶の悲痛な叫びがこだまする中、ハデスは舞台のセットに頭から突っ込んで倒れた。
「しまった、うっかり本当に弾を入れてしまっていたようだ……まあ、見栄え的に結果オーライか」
 牙竜が銃口を見つつ口にする。一方、ハデスはセットの残骸から這いずるように出てくると、ふらふらとした動きで捨て台詞を残した。
「お、おのれっ……我らを倒したと思っていい気になるなっ! いつか第二、第三の秘密結社が現れ、この空京に犯罪をもたらすであろう! それまで、せいぜい束の間の平和をたのしむがいいっ……!」
「その時は、またヒーローが悪を滅ぼすだけだ!」
 そして、牙竜とハデスは満足げな顔で舞台から去った。後に残ったのは、半壊状態のセットとぽつんと残された陽太だけであった。陽太はどうにか締めくくらなければいけないと、最後の電話をかけた。
「もしもし、警察でしょうか? 暴れていた警察によって捕まりそうになった犯人を庇った秘密結社が、正義のヒーローに倒されました!」
 そこで、イベントの主催者側から半強制的に幕が下ろされた。